3977話

 ギルムを飛び立ってから数時間……そろそろ昼ということで、レイ達は地上にある川の側で昼食の準備をしていた。


「あああああ、川に入りたい。泳ぎたい、泳ぎたい、泳ぎたい!」


 ハルエスが川を見ながら叫ぶ。

 他の者達はそんなハルエスの言葉にうるさそうにしているが、反対をする者はいない。

 何しろ今日はまさに真夏といった天気だ。

 空には雲一つなく、降り注ぐ太陽は夏という季節を象徴するかのように輝いている。

 まさに真夏日。

 川の側ということや、近くに生えている木の下なので、それなりには涼しい。

 だが、それでも暑いものは暑いのだ。

 ……レイはドラゴンローブを着ているので、簡易エアコン機能で暑さは気にしなくてもいいし、セトは元々真夏の砂漠でも快適に眠れるので、そこまで気にはしていなかったが。


「多分、領主の館の料理人達も、それを理解したから冷たい料理を用意してくれたんだろうな」


 そう言い、レイはミスティリングから出した料理……弁当の数々を見る。

 サンドイッチはどれも冷えており、それこそ冷蔵庫から取り出したばかりのような冷たさだ。


(こういう時は冷やし中華……は無理だけど、冷たいうどんとか、そういうのを食べたいところだけど。……あれ? でも屋台とかで冷たいうどんは売ってなかったな)


 ギルムにいる時、色々な屋台を見て回ったものの、冷たいうどんは売ってなかった。

 普通に温かいスープを使ったうどんか、焼きうどんだけしか見た覚えがない。


(もしかして、冷たいうどんはまだ食べられてない……のか? いや、けどな)


 レイの感覚からすると、うどんから焼きうどんを想像するよりも、うどんを冷たいまま食べるという方がすぐに思いつくような気がする。

 他の店はどうか分からないが、レイが満腹亭でうどんを教えた時は、茹でた後は水で洗ってから再びお湯に通して温めてからスープに入れるといったように教えたのだから。

 そうである以上、うどんを冷やした時にそのまま冷たいスープで食べるというのは、それ程珍しくはないとレイには思えた。


(今更考えても意味はないか。焼きうどんの材料を買った時に言えばよかったんだけど)


 そんな風に思いつつ、レイは全員分のサンドイッチを取り出す。

 冷えたサンドイッチだけに、具は冷えても味が落ちないものだ。

 例えば焼いた肉を挟んだサンドイッチなら、具が熱いままなら美味いが、冷えたサンドイッチとなると、脂が固まって味が落ちる。

 同じ肉でも脂身の少ない部分を、焼くのではなく煮たり蒸したりすれば冷たいサンドイッチにも合うのだが。


「あー……冷たくて美味しい」


 カリフのしみじみとした声が周囲に響く。

 その声を聞きつつ、ミスティリングから冷えた果実水を取り出して、それぞれに配っていく。

 ニラシスは果実水に、微妙に残念そうな表情を浮かべていたが。

 出来れば酒を飲みたいところなのだろう。

 ただ、教官としてこの場にいる以上、午後からもセト籠で移動するだけだと知っていても、ここで酒を飲みたいとは言えない。


(夕食の時は酒を出してやるか)


 本来なら夜は見張りをする必要があるので、酒は飲まない方がいい。

 だが、レイ達の場合はセトがいるので、見張りについては気にしなくてもいい。

 夜に敵の襲撃を気にせずぐっすり眠れるというのは、小さいようで大きなメリットだった。

 もっとも、レイとニラシスはともかく、それ以外の生徒達はあくまでも課外学習という形でここにいるのだから、見張りの訓練もしっかりとする必要がある。

 それでも今日はギルムを出発した初日だし、今日くらいはいいだろうと考える。


「さて、出発するまでそれなりに時間はあるから、それまでは川遊びをしても構わない。ただ、モンスターがいるかもしれないから気を付けるように。また、言うまでもないとは思うが、川の中には突然深くなっている場所もあるから気を付けろよ」


 これが人の手の入った川であれば、急に深くなっているといったことは考えなくてもいい。

 だが、生憎とこの川は人の手が入った川ではなく自然のままの川だ。

 深くなっている場所が多くても、外からでは分からない。


「よし、じゃあ川に入るか」

「おう」


 真っ先にアーヴァインが川に向かうと、ザイードもそれを追う。

 他の面々も、そんな二人に負けていられないと、まだサンドイッチを食べ終わっていない者は慌ててサンドイッチを口の中に押し込めると、川に向かう。


「勿体ない」


 簡易エアコン機能のあるドラゴンローブのお陰で快適な状態のレイは、川に向かう生徒達を見ながら呟く。

 そうしながら、自分はしっかりとサンドイッチを味わっていた。

 サンドイッチの具材は、焼いた魚。

 鮭……という訳ではないのだろうが、赤い身が特徴的だ。

 そこに酸味の強いソースが掛かっており、その酸味が食欲を刺激する。

 恐らくは暑さによって食事が進まない者の為にこのような具材としたのだろう。


「美味いな」

「……レイは羨ましいな。そのドラゴンローブだったか? それがあれば、この暑さが問題ないんだろう?」


 サンドイッチを美味そうに食べているレイに、ニラシスは羨ましそうに言ってくる。


「ガンダルシアのダンジョンの探索を続ければ、全く同じ……とは言わないが似たような効果を持つマジックアイテムを見つけられるかもしれないだろう?」

「……だといいんだが、俺達はそこまで深い場所まで潜れている訳じゃないしな」


 ニラシスのパーティは、間違いなくガンダルシアの中でも上位に位置するパーティだ。

 だが、それはあくまでも上位に位置するというだけであって、トップ層という訳ではない。

 実際、ニラシス達はまだ十五階に到達出来ていないのだから。

 それでもトップ層であるのは間違いなく、冒険者の少ない階層を探索出来るので、マジックアイテムを入手出来る可能性は十分にあった。

 とはいえ、高性能なマジックアイテムというのは、そう簡単に見つかるようなものではない。

 本当にレイの持つドラゴンローブと同等のマジックアイテムが欲しいのなら、それこそもっと深い階層に潜る必要があるだろう。

 それはニラシスも分かっているので、自分の実力不足を残念に思う。


「生徒達はギルムに来て学ぶことが多くあったみたいだったが、ニラシスはどうだったんだ?」


 このままではニラシスが落ち込むだけなのではないかと思い、レイは話題を変える。

 ニラシスもそんなレイの考えは分かっていたが、それでも特に逆らうようなことはなく、レイの言葉に頷く。


「それなりに色々な冒険者と会ったが、会った冒険者の大半はかなり強いと思ったな。もっとも、増築工事で仕事を求めて来た者達も冒険者として登録していたから、冒険者というのは名前だけって奴もいたけど」

「それは仕方がないだろうな」


 現在のギルムには増築工事の仕事を求めて多くの者達が集まってきている。

 それはレイにも十分に理解出来るので、そう返す。

 レイもまた、ギルムの増築工事が進むのは悪くないことだと思っている。

 だが同時に、増築工事によって多くの問題が起きているのも事実。

 実際、ギルムの中ではそれが嫌で、増築工事が終わるまではギルムを出て他の場所で活動するといった者がいるというのも、噂話としてレイの耳に入ってきている。

 レイも人混みは決して好ましいとは思っていないので、そういう意味ではその気持ちは分かる。

 ……ガンダルシアで冒険者育成校の教官をやりながらダンジョンに挑むレイも、その手の者達と同じようなものだろう。

 もっともレイの場合は、人混みから逃げ出したという訳ではなく、クリスタルドラゴンの一件が理由でなのだが。


「ただ、言えるのは……増築工事の仕事を求めて来た者達はともかく、それ以外の者達は全体的に強者が多いと思った」

「だろうな」


 ニラシスの感想にレイはそう返す。

 増築工事で人を集める機会のある今が特殊なだけで、元々ギルムは冒険者の本場と呼ばれ、地元や他の場所で活動し、十分に強くなったと判断した者達が集まってくる場所だ。

 ましてや、辺境に入ってからすぐにギルムがある訳ではなく、ギルムに一番近い街であるアブエロを出発してギルムに到着するまでの間にも辺境を移動する必要がある。

 その際に辺境だからこそ存在する強力なモンスターと遭遇し、ギルムに到着する前に死ぬ……そんな冒険者も、以前はかなり多かった。

 今でこそ、増築工事の為の仕事を求めて多くの者達がやって来ているので、街道沿いのモンスター討伐の依頼が頻繁に出ており、それで大分安全にはなっているが。

 ただし、それでも絶対に安全という訳ではない。

 街道沿いのモンスターを討伐しても、それでモンスターが近付かなくなる訳ではない。

 運悪く、モンスターに襲われるという者は相応にいる。

 これが商人なら、護衛を連れているので対処も出来るだろう。

 だが、増築工事の仕事を求めてとなると、当然ながら護衛がいる筈もない。

 そもそも金を稼ぎにギルムに向かうのだから、護衛に金を使うというのは意味がない。

 ……実際には生きていることこそが大きいのだが、それよりは金を惜しむ者が多いのも事実。

 そのような者達は、自分なら大丈夫だと意味もなく自分の幸運を信じるか、あるいは同じような者達を集め、襲撃された時は襲われた運の悪い者を残して皆で逃げ出すか。

 本当に運が良ければ、通りすがりの冒険者や、見回りをしている冒険者に助けられるようなこともあるだろうが。

 とにかく、ギルムというのはそのように非常に危険な場所であるのは事実。

 だからこそ、増築工事前からギルムにいた冒険者は強者が多いのだ。

 そんな説明をされると、ニラシスは大きく息を吐く。


「辺境って場所そのものが特殊って訳か」

「それは否定しない。……けど、その場所が特殊ってだけなら、迷宮都市のガンダルシアだって同様だろう? 不運というか、どうしようもないのはグワッシュ国にあるということだろうな。どうしてもミレアーナ王国内にある迷宮都市と比べると、集まる人が少なくなる」

「……それを言われると、どうしようもないだろ」


 ニラシスが不満そうなのは、住んでる場所によってどうしようもない格差があるというのが納得出来ないからだろう。

 実際、セトに乗って移動出来るレイのような例外でもない限り、ミレアーナ王国の冒険者がわざわざグワッシュ国にあるガンダルシアに行くかと言われれば、普通はいかないだろう。

 場合にもよるが、片道で年単位の時間が掛かってもおかしくはないのだから。

 それなら、ミレアーナ王国内にある迷宮都市に行った方が手っ取り早い。

 勿論、それはグワッシュ国にあるガンダルシアにも同じ理屈が通用する。

 グワッシュ国の冒険者、あるいはグワッシュ国の周辺の冒険者にしてみれば、年単位の時間を掛けてミレアーナ王国の迷宮都市に行くよりも、ガンダルシアでダンジョンに挑んだ方がいい。

 ただし、二大大国の一つであるミレアーナ王国と、その保護国であるグワッシュ国や周辺諸国では、どうしても冒険者の数に差が出てしまう。

 そして人数に差がつけば、それは質の違いにも影響を与える。

 中には少数でも腕の立つ者もいるだろう。

 例えば、現在ガンダルシアで最も最下層を潜っている久遠の牙の面々のように。

 しかし、人数が少なければどうしても平均的な質も低くなってしまうことが多い。

 それを示すのが、ガンダルシアではトップパーティの久遠の牙が、ギルムにおいては中堅といった程度といったものだろう。


「人数が少ないのは、冒険者やギルドでどうにか出来ることじゃないけどな。それこそガンダルシアを治めている領主とか、もしくはグワッシュ国が何らかの手段で大々的に人を集める必要がある」

「それは本当に俺達にはどうしようもないな。そうなると……」

「グルルルゥ!」


 ニラシスが何かを言おうとした時、川で遊んでいるセトの鳴き声が周囲に響く。

 ただし、それは警戒を促すようなものではなく……

 どさっと、そんな音と共にかなりの大きさの魚が、レイ達から少し離れた場所に落ちる。


「うおっ!」


 いきなりのことに驚きの声を上げるニラシスだったが、レイにしてみればセトが魚を獲るのは慣れている。


「そこまで驚かなくてもいいだろ。ギルムに向かう時も、湖でセトが魚を獲っていたし」

「分かっていても、いきなりだと驚くんだよ!」

「セト、もっと魚を獲ってくれ。そうすれば、今日の夕食は豪華になるぞ」

「グルルルルルゥ!」


 ニラシスの不満の声を無視し、セトに声を掛けるレイ。

 セトはレイの言葉に高く鳴き、魚を探すのだった。

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