3976話
GWなので、毎日2話ずつ投稿します。
今日が6日なので、GW連続投稿の最終日となり、明日からはまた1日1話投稿に戻ります。
こちらに直接来た人は前話からどうぞ。
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レイがガンダルシアに出立する日の朝、マリーナの家の庭には全員が集まっていた。
仕事に行くのはまだ少し早い時間だったが、それでもマリーナとヴィヘラ、ビューネも見送る為にこうして中庭に集まっている。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「レイなら問題はないと思うが、くれぐれも気を付けてな」
「私の精霊魔法も届く距離が決まってるから……ガンダルシアまで届けばいいんだけど」
「ダンジョンで強力なモンスターと遭遇したら、その時のことを後でしっかりと教えてね」
それぞれの言葉に、レイは頷きながらセトを撫でる。
アーラからも気を付けて欲しいと言われ、ビューネはいつものように一言だけだが、それでも頑張ってと言ってるのがレイには分かった。
そんな面々にそれぞれ返事をしてから、レイはセトの背に乗る。
「じゃあ、次に来る時は秋……ガメリオン狩りの頃になると思う」
「ええ、その時は……そうね。今回に一緒に来た人達なら、この家に泊めてもいいわ。もっとも、空いてる部屋はあまり多くないから、数人で一つの部屋ということになると思うけど」
「……いいのか?」
マリーナの口から出たのは、レイにとっても予想外の言葉だった。
この家はマリーナにとって大事な場所だ。
ニラシス達が来た時のように、一時的に滞在するのなら別に構わない。
エレーナとの面会を希望する者達が、まさにそれだろう。
だが、それが泊まるとなると話が変わってくる。
マリーナが問題ないと思った相手でなければ、この家に泊まることは許されないのだ。
そんなマリーナが、こうして泊まってもいいと言うのだから、レイに驚くなという方が無理だった。
「ええ、いいわ。この前レイが連れてきた時に話したけど、全員いい子達だったもの。……もっとも、私達に対抗心を抱いている人もいたようだけど」
最後は小声で言うマリーナ。
それでも五感の鋭いレイの耳にはしっかりと聞こえていたのだが、小声で言ったのならそれについては何も言わない方がいいだろうと思ったのだ。
……マリーナが言った対抗心を抱いているというのは、イステルのことだろうというのはレイにも予想出来た。
ただし、これは合っているが、同時に間違っていた。
レイはイステルが対抗心を抱いたのは、自分よりも有能な美人が多数いたからだと思ったのだが、マリーナが言ったのはレイに想いを寄せる女としての意味で対抗するというものだった。
とはいえ、だからといってマリーナも……そしてエレーナやヴィヘラも、イステルを排除しようとは思わない。
だからといってイステルの存在を完全に認めたという訳でもないのだが。
「話は分かった。もっとも、今回ギルムに来た面々も、生徒の中から選抜されて来たんだ。そう考えると、秋に来る時にまた同じ面子で来られるかとなると、微妙だと思うけど。……いや、それ以前に、秋に俺が帰ってくる時も生徒が一緒に来るかどうかは分からないな」
今回だけが特別で、秋に帰る時には生徒が一緒に来るとは分からない。
生徒達のこと思えば、実技……模擬戦はともかく、座学はかなり遅れているのだから。
ギルムに来たことによって、学校では習えないことを冒険者の本場で生活することで経験出来るという意味では、大きな糧となったのは間違いない。
それでも冒険者育成校のことを考えれば、授業が遅れたのはどうしようもない事実ではあった。
「そう? まぁ、あくまでも参考程度に考えておいてちょうだい」
「そうするよ」
そう言い、レイはイエロとやり取りをしていたセトを呼ぶのだった。
「おーい!」
セトが領主の館の中庭の上に到着した時、そこには既にニラシス、アーヴァイン、イステル、ザイード、ハルエス、カリフ、ビステロといった面々の姿があった。
そしてレイに向かって……あるいはセトに向かってかもしれないが、ニラシスが大きく手を振っている。
「って、騎士達……だけじゃないな。メイドや執事なんかも結構集まってるな。……見送りか?」
普通なら、領主の館に泊まった客人が帰るだけでここまで見送りはいない。
それでもこうして多くの見送りと思しき者達がいるのは、それだけニラシス達が領主の館で皆に受け入れられた証なのだろう。
前もっての約束通り、ギルムにいる間、レイはニラシス達に対して積極的に関与はしてこなかった。
その間、ニラシス達は……いや、この場合はアーヴァイン達生徒が積極的に動き、それで領主の屋敷で働いている者達に受け入れられたのだろう。
勿論、領主の館の客人であったり、あるいはレイの同僚や教え子であるということで、最初からある程度受け入れられていた……いや、好意的だったのは間違いないが。
それでもそこからこうして受け入れられたのは、間違いなくアーヴァイン達の活動の結果だった。
「そういう意味では、さすがと言うべきか。……セト」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトはすぐに地上に向かって降下を始める。
そんな様子に、地上からは歓声とも、黄色い悲鳴とも呼ぶべき声が発せられていた。
(あれ? これってもしかしてアーヴァイン達が受け入れられたんじゃなくて、セト目当てだったりするのか?)
地上に降りるセトの背の上で、ふとレイはそう思う。
とはいえ、実際そういうことになってもおかしくはないのだろうというのは、レイにも理解出来た。
元々、セトは領主の館でも多くの者達に人気があった。
その最たる例が、今は朝食の準備もあってかいないが、料理人達だろう。
いつもはセトが中庭でゆっくりとしていれば、セトに自分達の作った料理を食べさせている。
そんな料理人達程ではないが、それでも他の者達もレイが領主の館の中にいる時は、セトを愛でているのだ。
セト好き達にしてみれば、今日ニラシス達がガンダルシアに帰るというのは知っており、そうなると当然ながらレイも一緒に行くわけで、だとすればレイの従魔であるセトも一緒に帰るということになってもおかしくはない。
だからこそ、レイがガンダルシアに行く前、最後にセトを愛でたいと思う者がいてもおかしくはなかった。
中庭にいる全員がそうだとは、さすがにレイも思っていなかったが。
「っと」
地上に降りたセトの背の上から、レイが下りる。
するとニラシス達がレイに近付いてくるのだが……それなりの人数がセトに向かっているのを見て、レイは自分の予想がそんなに間違っていなかったことを知る。
とはいえ、だからといってそれを不満に思ったりといったようなことはなかったが。
「レイ」
「よう、ニラシス。随分と大勢の見送りが……と思っていたんだが、どうやら違ったみたいだな」
「……まぁ、そうだな」
レイの言葉に微妙な表情を浮かべるニラシス。
ニラシスにとっても、今のこの状況には色々と思うところがあるのだろう。
「とにかく、荷物だ。……あれで全部か?」
庭の隅に置かれた荷物を見て、そう尋ねるが……その言葉に若干の呆れがあったのは、来る時と比べて倍……とまではいかないが、それでも五割増しくらいの荷物になっているのを見たからだろう。
何が増えたのか。
そう思って見れば、武器や防具、それ以外にも何かが入っている袋であったり、レイの嗅覚を微かに刺激する食欲を刺激する香り。
恐らく弁当なのだろう。
もしくは、保存食の類か。
それはレイにも分からなかったが、とにかく荷物が来る時よりも増えているのは間違いない事実だった。
「あ、ああ。その……悪いな。あいつらにはあまり荷物を増やすなって言ったんだが、それでもギルムという冒険者の本場に来て、羽目を外しすぎたらしい」
「つまり、殆どが生徒の荷物だと?」
一応、念の為にそう確認するレイだったが、その言葉にニラシスはそっと視線を逸らす。
その行動そのものが、ニラシスの言葉の全てが正しい訳ではないことを示していた。
「まぁ、いいけどな。別に手間は変わらないし」
例えばこれが、馬車に積み込んで運ぶというのであれば、どうやって荷物を馬車に積み込むのか、馬車を移動させている時に荷物が崩れたり、壊れたりしないかといったことを心配する必要がある。
特に今は夏なので、食料の類は悪くなりやすい。
馬車で運ぶ場合、保存食でもない限りはなるべく早く食べた方がいいだろう。
しかし……そんな中、レイの持つミスティリングは、収納しておけば腐るということはない。
ニラシスや生徒達も、あるいは弁当を作ったのだろう料理人達も、それを前提として用意したのだろう。
「悪いな」
「気にするな。このくらいなら手間じゃない」
そう言いつつ、レイは荷物を次々とミスティリングに収納していく。
おお……と、そんな様子を見ていた者達の何人かから声が上がる。
この場にいる者達は、当然ながらレイがミスティリングを持っているのを知っていた。
だが、知っているのと実際に自分の目で見るのとでは、どうしても違うのだ。
こうして実際にレイがミスティリングを使っているのを、初めて見た者も多い。
そのような者達にしてみれば、ミスティリングに次から次に荷物が収納されていくのは驚きなのだろう。
とはいえ、レイにしてみればそのような反応は馴染みのものだ。
その為、特に気にした様子もなく次々に収納していく。
そして収納し終わったところで……
「相変わらず、アイテムボックスは凄いな」
そう声を掛けられる。
聞き覚えのある声に振り向くと、やはりそこには予想通りの人物……ダスカーの姿があった。
「これはダスカー様。わざわざ見送りに来てくれたんですか?」
「別にそこまで不思議に思うこともないだろう? 我が家の客人が帰るのだからな。それに……仕事前の、ちょっとした気分転換も兼ねている」
「あー……なるほど、分かりました」
ダスカーの仕事量を知ってるだけに、レイとしてもその言葉にはそう返すしかない。
自分達の見送りをするのが気分転換になるのか? という疑問はあったが、ダスカーがそう言うのなら、そうなのだろうと。
「じゃあ、ダスカー様。同僚と生徒達が世話になりました」
「気にするな。一昨日、もう感謝の言葉は貰っている」
そう言うダスカーに対し、レイは最後に一礼するとニラシス達の荷物と入れ替わるようにセト籠を取り出す。
この場にいるうちの何人かは、このセト籠にも見覚えがあったらしく、そこまで驚いた様子はない。
だが、セト籠を初めて見る者は、これは一体何だといったように驚きを露わにしていた。
「さて、じゃあ行くぞ。セト籠に乗ってくれ」
レイが指示をすると、ニラシス達は別れの挨拶を終え、セト籠に乗る。
メイドのうちの何人かはアーヴァインが帰るというのを心の底から残念そうに思っていた。
アーヴァインは顔立ちも整っているので、メイド達の中には話をしている間に好意を抱くようになった者もいたのだろう。
やるなと思いつつ、レイはセトを呼ぶ。
こちらもまた、セト好きの者達にとって可愛がられていたセトがレイの側にやって来る。
「さて、セト。そろそろ行こうと思うんだけど、準備はいいか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せてと喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子に頼もしさを覚えつつ、レイはセトの背に跨がる。
ニラシス達は既にセト籠に乗り込み、扉を閉めていた。
もう、いつでも出発出来る状況だ。
「じゃあ……行くか。……ダスカー様」
「ああ、行ってこい。レイがガンダルシアで実力を示せば、それはギルムにとっても大きな利益となる。遠慮することはない、思う存分その力を発揮するといい。……秋にまた帰って来るんだったな?」
「はい、そのつもりです。……もっとも、特に何もなければの話ですが」
レイは自分がトラブル誘引体質であるというのを知っている。
そうである以上、秋にギルムに帰ろうした時、何か思いも寄らぬトラブルが起きる可能性は十分にあると思えていた。
実際。ガンダルシアからギルムに出発する数日前に、貴族出身の冒険者と騒動になったりもしたのだから。
(そう言えば、あの件は結局どうなったんだろうな)
最終的にその貴族にどのような罰が下されたのか、レイは分からない。
出発するまで時間がなかったからというのも大きいだろう。
だが、既にあの一件があってから相応の時間が経っている。
レイがガンダルシアに戻れば、その時にはもう処分の方も終わっているだろう。
具体的にどのような処分になったのか、レイには分からなかったが。
「よし、セト。行くぞ」
「グルルルルルゥ!」
レイの言葉にセトは頷き、数歩の助走の後で空に駆け上がっていく。
そして十分な高度を取ると、領主の館の中庭に置かれているセト籠に向かって降下していくのだった。
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