3294話

 レイが洞窟の住人達と向き合っている頃、マリーナはニールセンと共に洞窟の中を移動していた。


「ねぇ、大丈夫? 無理はしない方がいいんじゃない?」


 ニールセンがマリーナに向かってそう言う。

 レイが洞窟の住人の注目を集めているのは間違いないが、それでも洞窟の住人全てがレイのいる場所に行ってる訳ではない。

 それこそまだ何が起きたのかが分かっていなかったり、嫌な予感がして行かなかったり……それ以外にもただ怠け癖によってそちらに向かったりしない者もいる。

 そのような者達がいる以上、マリーナも決して目立つ訳にはいかなかった。

 とはいえ、マリーナは美人という表現が相応しい美貌を持ち、しかも場違いなことこの上ないパーティドレスを着ている。

 そんなマリーナだけに、目立つなという方が無理だろう。

 それでも目立たないようにするには、どうするか。

 普通なら到底無理な難題だったが、マリーナの場合はそれをどうにか出来る手段を持っていた。

 即ち、精霊魔法という手段を。

 幸いにも、穢れを使える者も含めて、洞窟の住人はレイの側にいる。

 つまり穢れが近くにいないということで、マリーナも精霊魔法は使える。使えるのだが……それでも、普段穢れのいない場所で精霊魔法を使う時に比べれば、どうしても魔力的な消耗は激しい。

 穢れそのものはいなくても、穢れの残滓とでも呼ぶべきものは存在してるのだ。

 だからこそ、現在精霊魔法で他の者達に見つからないようにしているマリーナは疲れを見せていた。

 ニールセンはそんなマリーナを心配しているのだが、マリーナは大丈夫だと頷く。


「問題ないわ。少し疲れてるけど、あくまでも少しよ」

「……本当にそうなの? 言っておくけど、じつは無理をしていてそれでマリーナが後で倒れたりしたら、間違いなくレイが怒るわよ?」

「それはちょっと遠慮したいわね」


 マリーナにしてみれば、愛する男の為にこうして行動しているのに、それが喜ばせるのではなく怒らせるといった結果になるのは遠慮したかった。

 マリーナが自分の言葉を多少なりとも聞くように思ったのだろう。

 ニールセンはそんなマリーナに対し、改めて話し掛ける。


「でしょう? だから少し休んだらどう? 穢れの関係者に見つからない場所なら、少しくらい休んでも問題はないでしょう?」

「ニールセンの気持ちは嬉しいけど、ここで精霊魔法を使うのを止めたら、もしかしたら次は使えないかもしれないでしょう? なら、今はここで少し無理をしてでも頑張りたいのよ」


 マリーナの言葉に、ニールセンは反論出来ない。

 いや、何かを言おうと思えば言えただろう。

 だが、マリーナの様子を見る限りでは、もし自分がここでこれ以上休むように言っても、それに素直に頷くとは思えなかったのだ。

 だからこそ、ニールセンは黙り込むしか出来なかった。

 そんなニールセンの様子を見たマリーナは、笑みを浮かべて口を開く。


「じゃあ、進みましょうか。私達が早くオーロラの執務室を見つければ、それだけレイの負担も減るでしょうし」

「……分かったわ。けど、いい? 本当に無理だと判断したら精霊魔法を使うのを止めるのよ? そうでないと、最悪穢れの関係者に見つかった時に対応出来ないんだから」

「大丈夫よ。これがあるし」


 そう言い、マリーナがニールセンに見せたのは弓と矢の入った矢筒だ。

 そもそもマリーナにとって、穢れの関係者を相手に精霊魔法が使えるとは思っていない。

 穢れを使えない相手に対しては精霊魔法を使えるかもしれないが、穢れがいる時点で精霊魔法を使うのはまず不可能に近いのだから。

 だからこそ、弓。

 マリーナの弓の技量は、精霊魔法程ではないにしろ非常に高い。

 敵を倒すことも全く問題なく出来るだろう。

 ニールセンも、マリーナが弓を使って戦うのは何度も見ているので、弓を持って強がるマリーナの言葉には説得力があると思えた。

 とはいえ、今でも無理して精霊魔法を使っている以上、その消耗した身体で弓を上手く使えるのかと言われると少し疑問だったが。


「ほら、早く行きましょう。……とはいえ、どこから探せばいいのか迷うわね。本来なら、大きな建物があったりして目印になるんだけど、そういうのもないし。ニールセンはどの建物が怪しいと思う?」


 マリーナが洞窟の中を見回しながらニールセンに尋ねる。

 普通なら権力者は他よりも大きな家に住んでいることが多い。

 しかし、この洞窟の中にあるのはどの建物もそう大きさに違いはなかった。

 洞窟ということで二階建て、三階建てといった建物もない。


(建物の高さの問題というか、もしかしたら単純にその必要がないからかもしれないわね)


 この洞窟に住んでいる者の人数は村程度で、街には届かない。

 そのような人数である以上、わざわざ二階建て、三階建てといったように上に伸ばす必要はないのだろう。

 そう思ったマリーナは、不意に一軒の家に目を付ける。

 特に何か理由があってのものではない。

 だが、どれがオーロラの執務室……いや、住んでいる家なのかを見つけないことには、どうしようもないのだ。

 そうである以上、どこの家か当たりを付けるのも難しいのだから、取りあえず適当に何軒が見て回った方がいいと判断したのだろう。


「けど、マリーナ。その家がオーロラの家かどうかは、どうやって確認するの?」

「それは……普通なら表札とかそういうのがある家もそれなりにあるんだけど、どうかしら」


 勿論、表札のない家というのも珍しい話ではない。

 特に貴族街にある屋敷は広く、どれが誰の屋敷かというのは貴族街で知られているので、表札の類がない屋敷も多い。

 実際、貴族街にあるマリーナの家も、そこに誰が住んでいるのかというのは広く知られている為に表札の類はなかった。


「分からないけど、何もしないよりはいいんじゃない? マリーナもいつまでも今の状況でいられる訳でもないでしょうし」


 精霊魔法による消耗を少しでも早く終わらせる為には、オーロラの家を見つける必要があった。

 オーロラは捕まっているので、オーロラの家の中に入ってしまえば見つかる心配はない。

 とはいえ、オーロラはこの洞窟を任されている人物だ。

 補佐であったり、部下であったりがオーロラの家の中にいる可能性は否定出来なかったが。

 それでも数人程度ならマリーナは何とか出来る自信があった

 近付いた家の前で中の様子を探るも、人の気配はない。


「いないみたいね。中に入りましょう。……精霊魔法を大々的に使えたら、こんな苦労をしなくてもいいのだけど」


 もしマリーナが自由に精霊魔法を使えたら、それこそ一体どれがオーロラの家なのか調べるのは難しい話ではない。

 マリーナもそれが十分に理解出来ているからこそ、現在の状況で精霊魔法を使えないのが歯痒いのだろう。

 とはいえ、現状ではどうしようもないと分かっている以上、無駄なことを考えても意味はなかったが。


「ほら、マリーナ。行きましょう。誰も中にいないんでしょう? なら、調べるのは難しくないわ」


 ニールセンにとって、家の中を調べる……探検出来るのは、この状況でも嬉しいことなのだろう。

 マリーナを引っ張るように、家の中に入っていく。

 マリーナもそんなニールセンに逆らうことなく、家の中に入っていく。

 今はとにかく行動をする必要があったのだが……


「私の勘も捨てたものじゃないわね」


 手にした書類を見ながら、マリーナが呟く。

 ここはマリーナが探していたオーロラの家ではない。

 だが、オーロラに仕えている者の家なのは間違いなく、色々な情報が書かれた書類や手紙を見つけることが出来たのだ。

 その情報の中には生憎と穢れの関係者の本拠地の場所が書かれたものはなかったものの、代わりにオーロラの家についての情報があった。

 ……ヌーラの生活にどのくらいのコストが必要なのかといった書類や、どうやればそのコストを削減出来るのかといった書類もあったが。


(そう言えば、ヌーラの家もここにあるのよね? その割には大きな家はなかったけど。……となると、オーロラの家みたいに隠されているのかもしれないわね)


 書類を見てはっきりとしたのは、オーロラの家はこの洞窟のもっと奥にあるということだった。

 だとすれば、血筋的な意味でヌーラもそういう特別な場所に家がある可能性は十分にあった。


「それにしても、洞窟の更に奥があるとは思わなかったわね。てっきりこの広い空間が洞窟の一番奥だと思っていたのだけど」

「そうね。じゃあ、そっちに行きましょう。マリーナも早くオーロラの家を見つけたいんでしょう?」


 ニールセンにしてみれば、この洞窟の奥にどのような場所があるのか気になっているのだろう。

 だからこそ、少しでも早く奥に行きたかった。

 もし今のニールセンを放っておけば、それこそ自分だけで洞窟の奥に突撃しかねない。

 そう判断したマリーナは、ニールセンの言葉に素直に頷く。


「じゃあ、行きましょう」

「……少しくらいなら休んでもいいわよ?」


 マリーナの体調を心配したのか、先程まではすぐにでも家を飛び出していきそうだったニールセンが、マリーナにそう言う。

 だが、マリーナはそんなニールセンの言葉に首を横に振る。


「気にしないでちょうだい。とにかく、今は穢れの関係者の本拠地を見つけるのを最優先にするわ」

「……本当に気を付けてよ? マリーナが倒れたりしたら、私がレイに怒られるんだから」

「ふふっ、そうなったら私が自分で無理をしたとレイに言っておくから、気にしなくてもいいわ」


 そう言いながらも少し嬉しそうなのは、自分が倒れたことでレイが怒ってくれる……つまり、それだけ自分のことを心配していると分かっているからなのだろう。

 レイを愛する女として、愛する男からそのように思って貰えるのは喜ぶべきことだ。

 ……それをレイに言ったら、恐らく怒られるだろうが。

 自分の体調をしっかりと管理しろと。


「マリーナがそう言うのならいいけど……じゃあ、行くわよ」


 マリーナは何を言っても自分の意思を曲げない。

 改めてそう判断したニールセンは、マリーナと共にこの家から離れる。

 その際、少しだけマリーナは残念そうな様子を見せた。

 ここに置かれている手紙や書類といった、穢れの関係者を調べる上で重要になるだろう諸々を持っていくことが出来ないのを残念に思っているのだろう。

 これがレイならミスティリングがあるので、書類や手紙を手当たり次第に持っていくことも出来ただろうが。

 しかしその手のマジックアイテムを持っていないマリーナは、手で持てる分しか持っていけない。


(レイのミスティリングや、エレーナの簡易型のアイテムボックスがあったから気にしなくてもよかったけど、私も簡易版のアイテムボックスを入手した方がいいのかしら)


 レイが一緒にいれば、それこそ幾らでも収納出来るミスティリングがあるので、簡易版のアイテムボックスを入手しなくても問題はなかった。

 簡易型とはいえ、アイテムボックスである以上はかなり高額だ。

 いや、単純に金を出せば購入出来るという物ではない。

 購入しようとしても、商品そのものがないということもある。

 そうである以上、マリーナが入手しようとしてもそう簡単に入手は出来ない。……あくまでも普通なら、だが。

 マリーナは元ギルドマスターとして非常に顔が広い。

 ギルムの領主のダスカーとも親しい。……ダスカー本人に聞けば、即座に否定するかもしれないが。

 そんなマリーナだけに、伝手、もしくはコネは多い。

 それを使えば、簡易版のアイテムボックスを入手出来る可能性は十分にあった。


(その辺はギルムに戻ってからね。……冬になっている以上、どうなるか分からないけど)


 冬になった今、まだ雪は降っていないものの、ギルムに出入りする者の数は急激に減っている。

 そんな中で、もしギルムのマジックアイテムを売っている店に簡易版のアイテムボックスがあれば、即座に購入出来るだろう。

 幸いにも、マリーナは長年ギルドマスターとして務めてきたので、その財産は結構なものだ。

 それこそ簡易版のアイテムボックスを購入出来るくらいには。

 ……それでいながら、実はレイの持つ財産と比べるとかなり少なかったりするのだが。

 何しろレイは多くのモンスターを倒しては死体を収納したり、盗賊狩りによって盗賊の持っていたお宝を奪い、盗賊を犯罪奴隷として売ったりといったことをしている。

 その為、レイの持つ財産は一生遊んで暮らし、その子孫も同じように遊んで暮らせるだろうくらいの額にはなっていた。


「さて、簡易版のアイテムボックスの件は後でいいとして、まずはとにかくオーロラの家ね」


 そう呟き、ニールセンと共に目的地に向かうのだった。

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