3284話

 ヌーラの口から出た言葉に、レイは驚きながら姿を現した相手を見る。

 ヌーラが呼んだ名前……オーロラというのは、この洞窟のトップの名前の筈だった。

 そんな人物がわざわざヌーラを捜しに、もしくは妖精を追って?

 そう思ったレイだったが、どちらにせよ納得しようと思えば出来てしまう。

 具体的には、ヌーラはその血筋からそれなりの地位にいる。

 オーロラはヌーラを嫌っていても、そのような……穢れの関係者の中でも重要な血筋の者が戻ってこないとなると、捜しに出る必要があってもおかしくはない。

 ニールセンを追ってということなら、穢れの関係者が妖精の心臓を欲しているのはレイにも十分に理解出来ていたので、妖精が出たという報告を受けたオーロラが組織の為にも妖精の心臓を求めてもおかしくはない。

 どちらの理由であるにせよ、レイ達のいる場所までやって来る時に走ったりといったように、特に急いでいるようには思えなかったのが疑問だったが。


(とはいえ……若いな)


 オーロラを見たレイが、そんな感想を抱く。

 もっとも、レイの外見は未だに小柄で、この世界の者にしてみれば実際の年齢よりもかなり若く見える。

 そんなレイから若いと思われたと知れば、オーロラは一体どう思うのか。


(二十代半ば……後半? そのくらいの年齢で穢れの関係者の拠点の中でも重要拠点であると言われているこの洞窟を任されているということは、オーロラがそれだけ有能なのか、それとも単純に穢れの関係者が人材不足なのか。個人的には後者であってくれれば嬉しいんだが)


 敵対する相手だけに、その相手が人材不足だというのはレイにとっては大歓迎だった。

 もっとも、穢れの関係者が具体的にどのくらいの人材がいるのかは、レイには分からなかったが。


「ヌーラ、ですか」


 オーロラはヌーラを見て冷静にそう言う。

 しかし、その言葉には何の感情も籠もっていない。

 レイが聞いた話によれば、オーロラはヌーラを嫌っているという話だったのだが、その口調には嫌悪の色はない。

 ……ただし、同時に何の興味の色もなく、無関心という表現が相応しかった。


(好きの反対は嫌いじゃなくて無関心だとかいうのを何かで見たことがあったけど、まさにそれか。……美人なだけに、ヌーラも色々と思うところがありそうだな)


 二十代程のオーロラは、かなり顔立ちが整っていた。

 オーロラを見た多くの者が、恐らくは美人であると断言するだろう。

 マリーナやヴィヘラ、そしてここにはいないが、エレーナを見慣れているレイの目から見ても、十分に美人と認識出来るだろう顔つき。

 クールビューティという言葉が相応しく、短く切りそろえられた髪もその印象をより一層強くしていた。

 そんなオーロラを見つつ、レイは口を開く。


「一応言っておくか。ヌーラがお前達にとって重要だというのは、俺も知っている。そうである以上、ここでお前が迂闊な行動をすればヌーラがどうなるか……分かっているな?」


 分かっているなと言ったレイだったが、オーロラがどう反応するのかは何となく理解出来ていた。

 今のこの状況において、オーロラの言動は……


「好きにしなさい」


 予想通りにオーロラの口から出たのは、ヌーラを見捨てるという言葉。

 レイにとっては予想通りだったのだが、ヌーラにしてみれば予想外だったのだろう。

 慌てたように口を開く。


「オーロラ、私を見捨てるというのか!?」

「自業自得でしょう。妖精を見つけたからといって、それを自分の手柄にしようと追い掛け……その結果がこれ?」


 そう言い、オーロラは地面を……ヌーラと共にここまでやって来て、レイ達によって殺された者達の残骸に視線を向ける。

 内臓や肉、骨、血といった人の部品とでも呼ぶべきものが散らかっている地面は、見る者に強い衝撃を与える。

 事実、オーロラと共にここまでやって来た者達の中には吐き出しそうなのを何とか我慢している者も多い。

 だが、オーロラの顔には特に嫌悪感のようなものはなかった。

 それこそ、地面に落ちている石と散らばっている人間の部品は変わらないと、そう言いたげな様子を見せる。


(ここまで人の死体とかに無感動なのは……そう言えば村が騎士か何かに襲われた生き残りだって話だったな。その辺が影響してこういう感じになったのか?)


 ヌーラから聞いた情報を思い出すレイは、オーロラの様子から捕虜にするのが難しいし、捕虜にしてもヌーラのようにあっさりと情報を漏らすことはないように思えた。


「仕方がない、か。……ヌーラ……」

「え? ちょ、待ってくれ。もしかして……」


 レイの言葉を聞いたヌーラは、嫌な予感を抱く。

 自分が生かされていたのは、穢れの関係者についての情報を引き出す為で、同時に地位を利用してオーロラに対する人質とする為だったのはヌーラも知っている。

 だが、既に知っている情報は話したし、オーロラに対する人質としては使い物にならない。

 つまり、レイにとって今の自分は既に用済みだというのは、ヌーラにも理解出来てしまう。

 そしてレイ達が自分と一緒に来た者達を殺したのを見ている以上、今のやり取りから自分が殺されるかもしれないとヌーラが不安に思うのも当然だろう。

 足が地面に固定されているので動けないヌーラは、必死に後ろを見ようとするが……


「悪いな」

「が……」


 レイの口から出た一言と共に、ヌーラは意識を失う。

 ……そう、意識を失うだ。

 死んだ訳ではなく、現在のヌーラは気絶していた。

 レイにしてみれば殺しても殺さなくてもどちらでもいい相手だったが、何となくヌーラのことを気に入ってしまったというのがある。

 また、穢れの関係者の中でも重要な血筋ということもあり、生かしておけば何かに使えるかもしれないのでは? という希望的観測もあった。

 ヌーラにとって、それは幸運だったのか不幸だったのか。

 ともあれ、レイの一撃によって気絶したヌーラは地面に倒れ込む。

 そんなヌーラにマリーナが若干……本当に若干だったが、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 足が地面に固められた状態で倒れ込んだのだから、ヌーラの足にはかなりの負担が掛かっている。

 これが普段のマリーナなら、精霊魔法を使って足の拘束を解除しただろう。

 そうすればヌーラの足に掛かる負担も少ないのだから。

 だが……穢れの気配が濃い今のこの状況で精霊魔法を使うことは出来ない。

 よってヌーラには今の状態のままで気絶していてもらうしかない。

 もっとも、これから戦いになるのはほぼ間違いなく、そんな中で気絶しているヌーラが無事でいられるかどうかというのは、純粋に運が関係してくるだろうが。


「さて」


 マリーナの様子に気が付いているものの、今の状況ではどうしようもないと判断したレイは目の前にいる相手……オーロラに向かってデスサイズと黄昏の槍を構える。

 見るからに戦闘準備をしたといったレイの様子に、オーロラは大きく手を振るう。

 するとその動きに合わせるように、穢れ……黒いサイコロと黒い円球がそれぞれ四匹ずつ姿を現す。


(八匹か。……けど、何でサイコロと円球の二種類がいるんだ?)


 レイにとっても見覚えのある……ありすぎる、その二種類の穢れ。

 考えてみれば、レイがトレントの森で穢れに関わってから、穢れの形状が変化してサイコロや円球が姿を現すようになったのだ。

 具体的にどういう理由でそうなったのかは、レイにも分からない。

 レイによって次々と穢れが倒されていたのが影響してるのかもしれないし、もしくは穢れの関係者の方で何かあったのかもしれない。

 そもそも、サイコロと円球では能力的に殆ど違いはない。

 そう考えれば、わざわざ二種類に分かれる必要があるのかという疑問を抱く。

 今の状況でそのようなことを考えても意味はないと、その疑問は一度棚上げされたが。


「深紅のレイ。……例えヌーラが死んでも、貴方を殺すことが出来れば問題はありません。それにダークエルフもいますしね。妖精はいないようですが、もう逃がしましたか? それとも最初からヌーラの見間違いだったのでしょうか? いえ、元々レイを最初に発見した者の情報によると、レイは妖精と一緒にいたとありました。だとすれば……」


 そこで言葉を止めたオーロラは、不意に視線を上に……洞窟の天井に向ける。


「ひっ!」


 鍾乳石の間に隠れていたニールセンは、不意にオーロラから視線を向けられてそんな悲鳴を上げる。

 普段ならニールセンも誰かに視線を向けられても、それでここまで悲鳴を上げるようなことはない。

 だが、今は違う。

 オーロラの視線を向けられたニールセンは、その目にあった無感情さ……全く感情が籠もっていない視線を向けられ、反射的に悲鳴を上げたのだ。

 あるいは、オーロラの視線に歓喜が……穢れの関係者が欲していた妖精の心臓を入手出来るという嬉しさがあれば、ニールセンもそこまで悲鳴を上げるようなことはなかっただろう。

 だが、オーロラの視線に全く感情が存在しない。

 とてもではないが、人の放つような視線ではなかった。

 そんなオーロラの視線に本能的な恐怖を抱き、ニールセンは悲鳴を上げながら鍾乳石に隠れる。

 ニールセンの悲鳴に、オーロラ以外の何人かも反射的に天井を見て……


「っ!?」


 そのタイミングで、レイは黄昏の槍を投擲する。

 一瞬の奇襲である以上、攻撃の際に声を出すようなことはしない。

 無言で左手の黄昏の槍を投擲するレイ。

 狙いはオーロラ……ではなく、オーロラと共にこの場にいる他の面々。

 ヌーラの情報から、この洞窟には穢れを使う者が結構な人数いることが分かっている。

 そうである以上、レイとしては出来ればここで敵の人数を減らしておきたかった。

 オーロラは出来れば無力化して情報を聞き出したいし、何より奇襲であっさりと倒せるとは思わなかったので、今回の狙いから外していたのだが……


「ちぃっ!」


 レイは瞬時に投擲した黄昏の槍を手元に戻す。


「不意打ちをするのは、正義の味方としてどうかと思うのですが」


 黄昏の槍の進行方向に複数の穢れを移動させたオーロラが、レイに向かってそう告げる。

 もしあのまま黄昏の槍を手元に戻さなければ、恐らくは穢れに触れて黒い塵となっていただろう。

 もしかしたら……本当に万が一の可能性として、黄昏の槍が穢れを貫いて殺すことに成功した可能性もあるが、レイから見てそのようなことが成功するとは到底思えなかった。

 であれば、やはり手元に戻したのは正解だろうと考えつつ、レイは口を開く。


「正義の味方? 何を勘違いしている。俺は冒険者で、決して正義の味方と呼ばれるような男じゃないぞ?」


 これはレイの本心だ。

 そもそも盗賊狩りを趣味としたり、貴族や大商人に対して力を振るうのを躊躇しなかったり。

 レイの普段の言動を見れば、とてもではないが正義の味方と呼ぶことは出来ないだろう。

 レイもそれは自覚しており、自分を冒険者だとは思っていても、正義の味方だとは思っていない。

 ……実際には盗賊狩りによって盗賊の被害がなくなった場所では、それがレイが行ったと知ったその地域の者からは感謝されているのだが。


「あら、そうなのですか。噂を聞く限りだと、てっきり正義の味方だと思っていましたが」

「どんな噂を聞いているんだ?」


 それはレイにとっても純粋な疑問だ。

 自分のこれまでの行いを考えれば、正義の味方と思われるような噂が流れるとは思えなかった。

 もっともレイの噂は広く知られているし、吟遊詩人によっても流されている。

 その際に噂が大袈裟になったりするのは珍しい話ではなく、その辺りの理由で正義の味方という噂が流れたのか?

 そうも思ったが、今の状況ではそんなことを考えても意味はないと判断し、オーロラの隙を窺う。


(これは、オーロラを残した上で他の連中を倒すのは難しいか。まさか、穢れをあそこまで早く動かせるのは予想外だったし)


 トレントの森で遭遇した穢れの動きの遅さがレイの中には強く残っていた。

 ギャンガとの戦いの時に穢れは結構な早さで動かしているのを見たが、それでも黄昏の槍の投擲を防ぐように穢れを動かすというのは、レイにとってもかなり予想外だったのだ。


(とはいえ、ここにいるのは俺だけじゃない。マリーナもヴィヘラもいる。ニールセンは……オーロラとのやり取りで戦力としてはちょっと期待出来そうにないけど)


 そんな風に考えつつ、レイは自分の隣にいるヴィヘラに一瞬だけ視線を向ける。

 オーロラから視線を外すのは、数秒でも危険だと判断した為だ。

 一瞬の行動だったが、ヴィヘラは問題なくレイの視線の意味を理解し……口元に笑みを浮かべるのだった。

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