3285話
ヴィヘラの笑みを見たレイは、オーロラの意識を自分に向ける為の行動を始める。
最初に行ったのは、左手に持っている黄昏の槍をミスティリングに収納するということ。
これがオーロラ以外の者……もしくは穢れを自由に使えないような者を相手にする場合は、今のまま黄昏の槍を使ってもいいのだが、オーロラはヌーラが言うように明らかに穢れを使った戦闘において手練れと評するに相応しい技量を持っていた。
そうである以上、オーロラに黄昏の槍を投擲すれば、先程と同じように穢れで受け止め……黒い塵にして吸収しようとしてもおかしくはない。
そうである以上、レイとしては使い捨ての槍ならともかく、デスサイズと並んで主武器である黄昏の槍が壊れるのを前提として行動する訳にはいかなかった。
勿論、そうしなければならない理由があるのなら、レイも黄昏の槍を諦めて使うだろうが、今はそうではない。
右手に持っていたデスサイズを左手に持ち替え、空いた右手で腰にあるネブラの瞳に触れて起動させる。
ネブラの瞳は一般人ではとてもではないが使えないマジックアイテムだ。
大量の魔力を使い、使い捨ての鏃を生み出すという効果を持つ。
しかし、莫大な魔力を持つレイにとっては、それこそ使い捨ての武器を無限に生み出せるという、非常にありがたい代物だった。
わざわざデスサイズを左手に持ち替えたのは、単純にネブラの瞳が右の腰にあるからだ。
「各自、気を付けなさい。相手は深紅のレイよ。何をやって来るのか分からないわ」
レイの行動から何らかの危険を察知したのか、オーロラが忠告を促す。
「忠告をしたからといって、それで素直にどうにか出来るとは思わないことだな!」
言葉と同時に、素早く鏃を投擲する。
一つずつ順番に投擲するのではなく、数個纏めての投擲。
数個の鏃を握り締めたままで放つ一撃なので、当然だが一つだけで投擲するのに比べて一撃の威力は低いし、狙いも大雑把にしかつけることが出来ない。
だが……今回のような場合は、それがいい。
敵はオーロラを含めて他にも多数が一塊になっている。
そのような状況なので、大雑把に狙いを付けての投擲であってもある程度に攻撃を集中させることは出来た。
「くっ!」
レイの動きを見た瞬間、何かを投擲するというのは理解したのだろう。
オーロラは黄昏の槍を受け止めようとした時と同じく穢れを盾代わりにしようとするものの、その狙いはある程度しか成功しない。
咄嗟のことだったので、オーロラが操った穢れは二つ。
その二つに数個の鏃は命中して黒い塵となって吸収されたものの、それで防ぐことが出来なかった鏃は他の穢れの関係者に向かって降り注ぐ。
「ぎゃっ!」
「があああっ!」
「うおおっ!」
そんな叫びを上げつつ、鏃が命中した者達はその部位の皮が破れ、肉が弾け、骨が砕ける事によって悲鳴を上げる。
「そら、続きだ!」
レイは再びネブラの瞳で生み出した鏃を複数投擲した。
続けて上がる悲鳴。
オーロラは自分の身を穢れで守ってはいたが、それ以外の者達はそう出来ない。
いや、オーロラ以外にも穢れを使う者がおり、そのような者達は何とか自分の身体を穢れで守ろうとするが……
「うわあああああああっ!」
「おい、一体何をしてるんだ! 御使いが……」
「うわ……ぎゃあっ!」
咄嗟に自分の身を守ろうとした者の一人が、穢れの扱いを失敗して隣にいた仲間の身体に触れさせてしまう。
穢れの関係者の仲間だろうと、穢れが触れればそこは黒い塵となって吸収されてしまう。
(仲間でも全く関係なく吸収するんだな。これは発見……と言っていいのかどうか分からないけど)
鏃を連続して投擲しながら、レイは穢れの関係者であっても穢れに触れれば黒い塵となって吸収されるのを防げないことに驚く。
「レイ!」
そんなレイの耳に鋭く聞こえてくる声。
その声を聞いたレイは、鏃の投擲をオーロラに集中する。
レイの真横を素早く通り抜けていくヴィヘラ。
鏃の投擲が終わった隙を突き、一気に敵の群れの中に突っ込んでいく。
「させると……くっ!」
オーロラはそんなヴィヘラの様子を見逃さず、穢れを使って阻止しようとするが、そうはさせじとレイの放った鏃がオーロラに集中する。
鷲掴みにして鏃を投擲するのではなく、いつも通りに一つの鏃だけを投擲するという形に戻したレイが狙うのは、主力となるオーロラ。
穢れが非常に厄介なのは間違いないが、穢れを操っている者はそこまで強い訳ではない。
レイが見たところ、オーロラの身体の動かし方は素人とまではいかないものの、そこまで腕利きには見えない。
勿論、実は凄腕で身体の動かし方から自分の実力を見抜かれないように誤魔化している……といった可能性もある。
レイにとっては、それならそれで構わない。
そういう相手なら、そういう相手として認識して戦えばいいだけなのだから。
そんな訳でレイの投擲する鏃の速度と鋭さは一段と増す。
オーロラは自分に向かってくる鏃を何とか穢れで防いでいるが……そのような状況ではヴィヘラの動きを封じることは出来ず、ヴィヘラはあっさりとオーロラの横を突破して穢れの関係者の群れの中に突っ込む。
また、マリーナが弓で射る矢もそんなヴィヘラを援護するように穢れの関係者達に向かって放たれる。
精霊魔法程ではないにしろ、マリーナは弓の技術も一流だ。
そんなマリーナから射られた矢は、穢れの関係者の中でも穢れを操っていると思しき者の頭部に綺麗に一本、二本、三本といったように突き刺さっていく。
「くそっ、あの女だ! あの女を……ぐぎゃ」
弓を持つマリーナに攻撃をしろと叫ぼうとした男だったが、その言葉は最後まで発せられることもないまま、ヴィヘラの一撃によって地面に倒れる。
矢によって頭部を貫かれて死ぬに比べれば、ヴィヘラの一撃によって肋骨を数本砕かれたことによって気絶した男の方が幸運ではあるのだろう。
本人がそれを認めるかどうかは、また別の話だったが。
「一度退きなさい」
仲間が次々と地面に倒れていくのを見たオーロラは、レイによる鏃の攻撃を防ぎながら味方に指示を出す。
近くに味方がいる状況では、自分の実力を最大限に発揮出来ないと考えたのだろう。
先程の穢れの関係者の中にもいたが、例え穢れをある程度使いこなしていても、だからといって穢れに触れても無事でいられる訳ではない。
仲間が近くにいる状況は、オーロラに穢れを操る空間的な余裕を与えないということを意味している。
実際にはオーロラは穢れの関係者の中で先頭を進んでいたこともあったので、前方で穢れを操るという意味ではそこまで問題ではない。
だがそれは、背後……穢れの関係者達がいる場所は穢れを使えないということを意味してもいた。
オーロラとしては、それで実力が発揮出来ないと判断しての指示だったのだろう。
レイが驚いたのは、今の状況……穢れの関係者達の中にはヴィヘラがいて暴れ回り、その援護としてマリーナの弓から射られた矢が次々に飛んでくる中でも、穢れの関係者達はオーロラの指示に従って後ろに下がり、オーロラが思う存分戦える空間的な余裕を作ろうとしたことだろう。
自分達が危機に陥ろうとも素直に命令を聞く。
そんな様子は、オーロラの指導力がどれだけ高いのかをレイに教えるには十分だった。
「とはいえ、だからといってこっちも素直にそっちの思い通りにさせるつもりはないけどな!」
叫び、鏃を投擲する。
今までよりも更に速度と鋭さを増した一撃だったものの、オーロラは操る穢れを増やしてそれを防ぐ。
レイが鏃を投擲してから回避するのは不可能だと知っているオーロラは、自分とレイの間を遮るように複数の穢れを並べる。
鏃がオーロラを狙っている以上、その進路上にある穢れに鏃が触れるのは間違いなく……次々に穢れは鏃を黒い塵として吸収していく。
(厄介だな。いっそ鏃じゃなくてデスサイズを使って攻撃するか? 飛斬みたいな遠距離攻撃のスキルなら……いや、それでも駄目か。穢れに触れた時点で黒い塵となって吸収されてしまうし)
レイにとって厄介なのは、ヌーラから詳しい情報を聞き出すことが出来なかった以上、オーロラから詳しい情報を聞き出す必要があるということだろう。
つまり、他の穢れの関係者達と同じようにあっさりと殺す訳にはいかないのだ。
生け捕りにして情報を聞き出す必要がある。
……もっとも、ヌーラから聞いたオーロラの性格と、こうして直接接したオーロラの性格を考えると、生け捕りにしても素直に情報を話すとは思えなかったが。
だが、それでも現在のレイにとって穢れの関係者についての情報……特に本部がどこにあるのかといった内容を知ってるのはオーロラしかいない。
最初に尋問をしたヌーラがその辺について知っていれば手っ取り早かったのだが、ヌーラは本部に行ったことがあるものの、その時は目隠しをされていたので、どこにいるのかは分からないと言っていた。
それだけに、どうにかしてオーロラから情報を聞き出す必要がある。
(もう少しこの洞窟が広ければ……というか、洞窟の外だったら)
洞窟の外なら、セトによる上空からの奇襲も可能になるだろう。
だが、この洞窟ではそのようなことは不可能だし、戦闘が可能な空間も限られているので、どちらかといえば速度を重視した戦闘をするレイにも向いてはいない。
なら、どうやってオーロラを捕らえるか。
そんな疑問を抱くレイだったが……
「こ、これは!?」
不意にオーロラの動揺するような呟きが聞こえてくる。
冷静なオーロラだけに、そのような驚きの声を発するは珍しい。
事実、その声が聞こえたレイだけではなく、ヴィヘラとマリーナによって一方的に狩られている穢れの関係者達も何人かオーロラの声に視線を向けていた。
いきなり声を発したオーロラに疑問を抱いたレイだったが、だからといってここで鏃の投擲を止める訳にはいかない。
「くっ!」
オーロラは自分に向かって放たれる鏃を次々に防ぐ。
穢れを盾にするように行動してはいるものの、その顔には先程までの冷静な表情はない。
次第にその表情は厳しく引き締まったものになっていった。
穢れの関係者達はオーロラの後ろにいるので、その表情を確認することは出来ない。
しかし、もし穢れの関係者がオーロラの表情を見れば、いつもは冷静な美貌が焦っているのを見て驚くだろう。
それだけ、オーロラが現在陥っている状況は悪かった。
「一体どんな魔力を!」
苛立ち混じりに叫び、今まで使っていた穢れを自分の前から移動させ、新たな穢れを自分の前に移動させて盾とする。
何故、オーロラがここまで必死になっているのか。
それはオーロラが操作する穢れがレイの持つ魔力を大量に吸収することによって限界に達しそうになっている為だ。
レイが使っている鏃は、ネブラの瞳というマジックアイテムによって作り出された物だ。
一般人は勿論、普通の魔法使いであっても使うのが難しいくらいに大量に魔力を消費して生み出される鏃。
それでいながら、鏃が現存していられる時間はそう長くはない。
そんな鏃は、当然ながらレイの魔力の塊とでも呼ぶべきものだ。
オーロラの操る穢れは、そんな大量の魔力が込められた鏃を触れた瞬間に黒い塵にして延々と吸収し続けていた。
それにより、穢れが許容出来る魔力の限界を超えそうになってしまう。
勿論、このようなことは普通なら起きることではないし、実際にオーロラもそのようなことになるとは全く想定していなかった。
普通に考えて、レイのような莫大な魔力を持つ者がいるとは認識してなかったのだろう。
「御使い様!」
穢れを操るオーロラの口から、悲痛な叫びが漏れる。
レイ達にしてみれば穢れだが、オーロラにしてみれば御使いという存在なのだ。
そんな御使いと呼ぶべき存在がレイの持つ魔力によって限界に達しようとしているのだ。
オーロラにしてみれば、この一件は間違いなく予想外の展開だっただろう。
もっとも、レイはそんなオーロラの様子を全く気にせず……いや、寧ろ今の様子から何故かは分からないが自分にとって有利な状況になっていると判断する。
「どうした? 調子が悪くなってきたみたいだな。このまま大人しく降伏するのなら、捕虜としてしっかりと扱ってやってもいいぞ?」
「そのようなこと有り得ません!」
レイの言葉を即座に否定し、オーロラはレイを睨む視線を強くする。
だが、言葉とは裏腹に穢れは次々にレイの放つ鏃によって大きな魔力を強制的に吸収させられ……レイを睨むオーロラの額には、脂汗が浮かび始めるのだった。
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