3283話

 ヌーラからオーロラの弱点について聞き出そうとしているレイだったが、ヌーラは何も言わない。

 ただしそれは、オーロラの秘密を知っていて何も喋らないのではなく、単純にヌーラがオーロラの弱点などというものを知らないから何も言えないのだが。

 仕方がないので、それ以外にも穢れの関係者について色々と話を聞き……そうして三十分程が経過する。


「さて、そろそろいいだろう? 私が知ってることは全て話したつもりだ。これ以上私から情報を聞き出そうとしても、他には何も話せることはないぞ」


 ヌーラはこれ以上自分に何かを聞いても無意味だと判断する。

 レイもそれは理解出来た。

 これまでの言動から、ヌーラは穢れという存在についてそこまで重要視していない。

 見張りは自分達が使徒と呼ぶ存在をレイが穢れと呼ぶと、それだけで激高した。

 だが、ヌーラは使徒と呼ぶとレイ達を刺激すると考えたのか、レイ達と同じように穢れと口にしている。

 それだけを見ても、ヌーラが穢れに対してどのように思っているのか想像するのは難しくない。

 ヌーラにとって、穢れの関係者というのは自分が遊んで暮らせるような環境に関係する者達ということなのだろう。

 だからこそ、この洞窟のトップのオーロラはヌーラに何か重要な情報を教えるといったことはしなかった。


(ある意味、穀潰しを養ってるようなものなんだよな。いやまぁ、働かないで暮らせるってのはかなり楽しそうではあるけど。……もっとも、趣味か何かがないとすぐに飽きて何もすることがなくなりそうだけど。この世界だとゲームとか漫画とかもないし)


 女遊びでもしていたのか? ヌーラを見てそう思っていたレイだったが、不意にその耳に聞こえてくる音があった。


「どうやら、また誰か来たみたいだな。人数はヌーラの時のように多くはないけど、それでも結構な数の足音が聞こえてきた」

「何?」


 レイの言葉にヌーラが耳を澄ますもののヌーラの耳には全く何も聞こえない。

 一体レイがどうやってその聞こえてきた何かを感じたのか、全く理解出来なかった。

 とはいえ、この状況でレイが嘘を言うとは思えない。

 ……もっとも、レイの呟きは別にヌーラに対して言ったものではなく、マリーナとヴィヘラ、ニールセンに向けてのものだったのだが。

 ヌーラに余計な情報を与えない為か、その三人はレイの報告を聞いても特に声を上げるようなことはない。

 レイとしては、マリーナとヴィヘラはともかく、ニールセンが同じように黙っていたことに驚く。

 このような状況である以上、ニールセンが騒いでもおかしくはないと思っていたのだが。

 とはいえ、ここでニールセンが騒がなかったのはレイにとっても悪い話ではない。


「レイ、私をどうする? 先程も言ったが、私からもうこれ以上話すようなことはない。このまま私をここに置いて逃げれば、後を追わせないと約束しよう」

「そう言ってもな」


 レイとしては、ヌーラの言葉をどこまで信じてもいいのかどうか微妙なところだ。

 本人曰くそれなりの地位にいるという話だし、それは嘘ではないのだろう。

 だが、この洞窟を任されているオーロラには決して好かれておらず、穢れの関係者であるにも関わらず穢れを操る能力もない。

 血筋だけが取り柄という点では、レイの嫌っている貴族と同じようなものだった。

 それでもレイがヌーラを殺さないのは、情報収集の為もあるが、本人が自分は有能ではないと理解しており、高圧的な態度を取ることがないからだろう。


「悪いが、俺達の目的はお前達の本拠地についての情報を知ることだ。ヌーラがその辺についての情報を持ってるならともかく、具体的にどこにあるのかも分からないとなると、こっちもこのまま逃げる訳にはいかない。二十人から三十人……まぁ、その程度ならどうにかなるだろ」

「本気か?」


 レイの言葉に、ヌーラは思わずといった様子でそう言う。

 ヌーラもレイについての情報は聞いている。

 聞いているが、だからこそ今のこのような状況の中で本当にそのような……一人でこの洞窟にいる穢れを使える者達を倒せるのかと、そう思ったのだろう。


「平気でしょ。私達もいるし」

「っ!?」


 不意に聞こえてきた声に、ヌーラは驚く。

 ヌーラも鉤爪を突きつけられていたし、何よりこの場所に他の者達と来た時にその姿を見ていたので、自分の後ろに誰かがいるのは分かっていた。

 しかし、ヌーラは気配を察知するようなことは出来ない。

 その上で今まで基本的にレイだけにヌーラの相手をさせていたので、ヌーラは自分の後ろにいる者達について意識を向けるような余裕は殆どなかったのだ。

 そんな状況の中、普通に背後から声が聞こえてきたのだから、ヌーラに驚くなという方が無理だろう。

 レイを含めて、その場にいる者達はヌーラの様子を全く気にしていなかったが。


「穢れを使う奴を倒すのもいいけど、今はまずここに来る連中を倒す方が優先だな。恐らくだが、戻ってこないヌーラを捜しに来たんだろうし。もしくは妖精を見つけたという話を聞いてか」

「その中にも穢れを使える者達が入っていると思っていいのよね?」


 尋ねるヴィヘラに、レイは頷く。

 ヌーラを捜しに来た者達ということを考えると、何かあったかもしれないと考えて相応の戦力を用意してもおかしくはない。

 妖精を……より正確には妖精の心臓を欲しての者の場合は、穢れを使える者がいない可能性もあった。

 レイとしては前者の方が、この洞窟にいる者達の戦力を減らせるという意味で好ましい。


「取りあえず、ヌーラを便利に使うか。血筋はいいけど能力はないから、人質にはちょうどいいし」

「普通に倒すのは駄目なの?」

「ヴィヘラには悪いが、上手くいけば新たな情報源を手に入れられるかもしれない」


 ヌーラからは色々と情報を聞き出せたものの、本人が血筋はいいものの、決して有能な人物ではないということもあり、特に重要な情報は持っていなかった。

 もっとも、実はレイに言ってないだけで、重要な情報を持ってはいるがそれを話していないだけという可能性はあったが。

 レイもその可能性は理解していたし、その辺を突いて確認しようかとも考えていたのだが、それをやる前に事態が動いてしまった。

 新たにやって来る者がどのような存在かは分からないが、ヌーラよりも詳しい情報を持っている。あるいはヌーラでは知らなかった情報を持っている可能性は高い。


「おい、ちょっと待て。私を人質に!? そんな真似をする必要がどこにある!?」

「どこにあると言われてもな。血筋が良くて穢れを使えない。組織ではそんな状況でもそれなりに高位の立場にある。……この状況でお前を人質にしないという選択肢があるか? 耳の一つや二つや三つは切断されるかもしれないけど、それは仕方がないよな」

「待て待て待て待て! 私から右手の指を奪った上に、耳まで奪うつもりか!? そもそも耳は二つしかない!」


 ヌーラにしてみれば、この状況で人質にされるのは絶対にごめんだった。

 もしそのようなことになったら、それこそオーロラからどのように扱われるのか分からない。

 最悪、上に報告してヌーラを切り捨てるといったことにならないとも限らず、それを知ってるヌーラとしてはそのようなことは絶対に避けたい。

 とはいえ、それはあくまでもヌーラの考えで、レイがそんなヌーラに配慮する必要はなかった。

 これまでの会話でレイはヌーラの性格をそれなりに気に入っているが、それはあくまでもそれなりにだ。

 殺そうとは思わないが、そうするしかないとなれば躊躇なく殺すだろう。

 それだけに、ヌーラを気に入っていてもここで人質にしないという選択肢はない。

 いや、もっと有益な手段があるのなら、そちらを選んだかもしれない。

 しかし、今の状況ではとてもではないがそんな手段は思いつかない。


「レイ、悪い知らせよ。どうやら新しくやって来る相手の中には穢れを使える者がいるみたい」


 マリーナの口から出た言葉に、レイは微かに眉を顰める。

 もしかしたらと予想はしていた。

 だが、マリーナの言葉でそれは確定したのだ。

 とはいえ、当初からそのつもりでいた以上、眉は顰めるものの、それだけだ。


「人数は分かるか?」


 レイの言葉にマリーナは首を横に振る。

 精霊の様子から穢れを使う者が近付いてきているのは分かるが、それが具体的にどのくらいいるのかと言われても、それには答えられなかった。

 レイもその件に関しては出来れば知りたいといった程度だったので、無理だと言われると素直に納得する。


「分かった。なら、マリーナは俺の後ろに、ヴィヘラは俺の横に、ニールセンは上に隠れていてくれ」


 レイの指示に異論はなかったのか、それぞれが指示通りに行動する。

 とはいえ、ニールセンは自分だけが上……鍾乳石に隠れるというのがあまり納得出来なかったようだが。

 とはいえ、自分が……妖精の心臓を欲する者達の前に、しかも穢れを使うような存在の前に姿を現したいとは思わなかったのか、最終的には大人しくレイの指示に従ったが。


「うお……」


 ヌーラが改めて、間近でしっかりとマリーナとヴィヘラの姿を見て、そんな声を上げる。

 しかし、ヌーラが行ったのはそれだけだ。

 ヌーラは、先程自分の首筋に突きつけられた鉤爪の鋭さを覚えていた。

 もしここで自分が何か余計なことをした場合、最悪先程の鉤爪で首筋を斬り裂かれると判断したのだろう。

 この辺を素直に判断出来るのも、血筋しか自慢することがない貴族とは違うところか。


「マリーナ、まだ精霊魔法は使えるか?」

「規模の小さいものなら何とか」

「なら、ヌーラを後ろ向きに……向こうからやって来る穢れの関係者達にしっかりと顔が見えるようにしてくれ。そうしないと、もしかしたらヌーラの偽物だとか、もしくはヌーラが本物でも死んでいると認識するかもしれない」


 ヌーラが重要な血筋の者だという以上、簡単に死んでいると認識されたりはしないだろう。

 だが、それでも万が一を考えると、しっかり生きていると見せておいた方がいいのは間違いなかった。


「分かったわ」


 レイの言葉にマリーナは集中して精霊魔法を使う。

 普段であれば、身体を動かすのと同じような感覚で使える精霊魔法だったが、穢れが近くにいる今はかなり集中してようやく小規模な精霊魔法を使うことが出来る。

 穢れに関する影響は、予想以上に高いと様子を見ていたレイに感じさせる。


「うおっ、お? おお……?」


 レイの方を見ていたヌーラの身体が自動的に後ろを向く。その足を固めていた地面がヌーラの身体の方向を無理矢理変えたのだ。

 自分の意思ではなく、自動的に身体が動く感覚にヌーラの口から驚きの声が上がる。

 だが、レイはそんなヌーラの様子を全く気にした様子はない。

 かなりの無理をして精霊魔法を使ったマリーナに気遣うような視線を向けていたものの、その視線はすぐに洞窟の奥に向けられる。

 そんなレイの様子を見て、マリーナとヴィヘラもそれぞれ迎撃の準備を整える。

 マリーナは何とか息を落ち着かせ、弓を手に。

 ヴィヘラはレイの横に自然体で立つ。

 そのような状況になり、数分……やがてその場にいる誰の耳にも足音が近付いてくるのが聞こえてきた。


(やっぱり、これはちょっと予想と外れたか?)


 レイがそのように思うのは、近付いてくる足音が決して急いではいないからだ。

 鍛え上げられた兵士のように、一糸乱れぬ足音といった訳ではない。

 足音は特に合わせる訳でもなく雑多に歩いている音が聞こえてくるものの、その足音は決して走ったりはしていない。

 ヌーラが他の者達を率いてニールセンを追ってきた時は、それこそ少しでも急がなければならないと思えるように、全速力で走っている足音が聞こえてきたのが、現在洞窟の向こうから聞こえてくるのは、走るのではなく歩いている足音だ。

 もしヌーラを捜すのなら、少しでも早く見つける為に必死に走ってもおかしくはない。

 それがないということは、近付いてくる者達はヌーラを捜しにくるのではなく、もっと別の理由でレイ達のいる方に向かってきているということを意味していた。


(穢れを使う奴がいるのは間違いないけど、ヌーラの言ってることが事実なら、少しでも早くヌーラを捜そうとしてもおかしくはない筈。なのに、何故こうして落ち着いている?)


 もしかしてヌーラの言葉は全て嘘だったのか?

 そうも思ったが、ヌーラの着ている服が豪華な服で、他の者達と大きく違うのは間違いない。

 つまり、ヌーラがそれなりの地位にいるのは明らかだった。

 そんなレイの疑問は、やがて姿を現した穢れの関係者達のうち、先頭にいる人物の名前をヌーラが呼んだことで明らかになる。


「オーロラ?」

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