3282話

 自分を偉い人物だと豪語するヌーラだったが、実際には穢れの関係者にも関わらず穢れを使うことが出来ないと判明する。

 これで本当に大丈夫なのか?

 そう思うレイ達だったが、現状で有効な情報源はヌーラしかいないのも事実。

 ……そういう意味では、ヌーラと一緒に来た者達を全員殺してしまったのは早まったか? とレイは思わないでもなかった。

 だが、それも今更の話だろう。

 自分が以前と同じ状況になっても、恐らく今回と同じ結果になっていたのは間違いない。

 そうである以上、レイは後悔しない。

 ヌーラよりも上位の存在であるオーロラが一緒に来ていれば、話は別だったが。

 しかしオーロラは生真面目な性格をしているという。

 妖精を見つけたからといって、ヌーラのように多くの者を従えて――最終的には邪魔者扱いされたりもしていたが――追ってくることはなかった筈だ。


(とはいえ、ヌーラは穢れを使えない状態でも組織の中で十番目くらいの地位にいる。つまりこれで穢れを自由に使えるようなら……多分、もっと地位は上がっていたんだろうな。だとすれば、ヌーラの血筋ってのは俺が想像していたよりも貴重なのか?)


 ヌーラを見てそんな風に思うものの、ヌーラの性格を考えればとてもではないがそのように思えないのも事実。


「とにかくオーロラについての情報をもっと聞かせてくれ。例えば……ギャンガという奴がいたな?」

「……は? あ、ああ。いたのは間違いないが、何故知っている? まさか……」

「正解。俺達が倒した。……ちなみに確認するが……」


 倒したと肯定しておきながら、それからレイはギャンガについての外見を話し、本当に自分が――正確にはヴィヘラが――倒したのがギャンガであったかどうかを確認する。


「ああ、その外見的な特徴から考えると、ギャンガで間違いない。だが……まさか、そこまで……」


 ヌーラにしてみれば、ギャンガはこの場所で強者だという認識があったのだろう。

 だが、そんなヌーラの様子にレイはふと疑問を抱く。


「俺が知ってる情報によると、少し前にここから離れた森……それこそギャンガのいた場所でお前達の拠点の一つであった小屋を何故か破壊して、そこに来た騎士と戦った奴がいると聞いてるが?」

「アーガイルのことか? アーガイルはこの拠点に所属している者ではない。以前の件は、偶然アーガイルがこの洞窟に来た時にそういうことをしたと聞いている」

「アーガイル、か」


 呟き、レイは離れた場所にいるニールセンに視線を向ける。

 だがレイに見られたニールセンは、素直に頷くことは出来ない。

 穢れの関係者が山小屋を壊したり、騎士達と戦ったのはニールセンも見ている。

 だが、その人物が本当にアーガイルという名前なのかは、特に名乗ったりすることはなかったので、分からない。


(確証はないけど、ヌーラの言葉が事実だとすれば、多分そのアーガイルという人物で間違いないんだろうな。そのアーガイルがいないのは、喜ぶべきか、残念に思うべきか)


 レイは自分なら……そしてここにいるヴィヘラやマリーナ、ニールセンの協力があれば、アーガイルという相手を倒すことが出来ると判断していた。

 マリーナの精霊魔法は穢れを相手にするのに当てに出来ないものの、マリーナの武器は何も精霊魔法だけではない。

 弓でも十分の一流の技量を持っているのだから。


「アーガイルがこの洞窟の所属ではないというのは、残念なような、嬉しいような……そんな感じだな」

「……アーガイルは強いぞ?」


 レイの口調から、自分ならアーガイルを倒せると思っているのだと判断したヌーラがそう言う。

 アーガイルの力を知ってるからこそ、ヌーラはレイが相手でもそう簡単にアーガイルを倒せるとは思わないのだろう。


「そうかもしれないが、単純に強い相手というだけなら今まで色々な奴と戦ってきている。それに仲間がいるのだから、俺一人で戦う訳じゃない」


 レイの口から出た言葉に何か思うところでもあったのか、ヌーラは黙り込む。

 最初はそんなヌーラの様子を見ていたレイだったが、アーガイルという穢れの関係者については、この洞窟の中にいない以上は考えなくてもいいのだろうと判断する。


「オーロラというこの洞窟の一番偉い奴がかなり強いのは分かった。そしてギャンガはもう倒した。他に何人穢れを使える奴がいる?」

「え? 何人と言われても……そうだな。少しでも穢れを使えるという意味では、二十人から三十人近くはいる」

「……それは、また」


 ヌーラの口から出た言葉は、レイとしてはあまり嬉しくないものだ。

 十人くらいなら予想はしていたが、まさかその二倍から三倍もの人数が出て来るとは。

 ヌーラが少しでも穢れを使えると言っていたことから、全員が腕利き……ブレイズ達を襲ったギャンガ程の技量ではないにしても、それなりに厄介なのは間違いない。

 何しろ穢れだ。

 それこそ触れただけでそれが致命傷となってもおかしくはない、そんな穢れを使う相手が三十人。

 これを厄介と言わずして、一体何を厄介と言うのか。


(何より、こっちは行動を縛られているのが痛い)


 最低限、この洞窟のトップであるオーロラは生け捕りにしたいところだし、本拠地に繋がる何らかの書類も確保したい。

 それはつまり、レイが問答無用で炎の魔法を使って洞窟の中にいる者達を纏めて焼き殺すといった真似は出来ないことを意味している。


「どうするべきか」

「このまま大人しく帰るとか?」


 レイの呟きを耳にしたヌーラがそう言うが、言った本人ですらレイがその意見に素直に頷くとは思っていない。

 そもそもこの状況でレイ達がいなくなっても、そうなると現在ヌーラの周囲にある大量の死体についてどう説明すればいいのか。

 ヌーラに戦闘力がないことは、洞窟にいる者達の多くが……いや、大半が知っている。

 そんなヌーラがこのような状況を作り出したとは、とてもではないが信じられないだろう。

 それ以前にどのような理由でヌーラが洞窟にいる者達を殺す必要があるというのか。

 つまり、ヌーラと一緒に行動していた者が殺された時点で、ヌーラにとってはもう後戻りが出来なくなっている状況なのだ。

 ヌーラにとって不幸中の幸いなのは、ヌーラが自分と一緒に行動していた者達に対してそこまで情を感じていないことか。

 穢れの関係者の中でも重視されるべき血筋のヌーラにしてみれば、この洞窟の中にいるオーロラを含めた上位存在はともかく、それ以外の一般人と呼ぶべき者達を相手には特に何も思うところはない。

 横暴に振る舞ったりはしないが、同時に死んでも涙を流して悲しんだり、殺した相手に復讐をしたいと思ったりはしない相手だ。

 だからこそ、洞窟にいる多くの者達が殺されるかもしれないというレイの話を聞いても、そこまで動揺はなかった。


「人数が多いのなら、出来るだけ少しずつ……数人ずつくらいで倒していった方がいいか」


 これが普通の盗賊であれば、大抵の攻撃はレイが回避するなりデスサイズで斬り落とすなりするが、触れただけで致命傷となるかもしれない穢れを使う相手となると、万が一の可能性を考える必要があり、数人ずつくらい倒して数を減らすのを優先するべきとレイは考える。

 マリーナとヴィヘラはそんなレイの言葉に無言で頷いて賛成する。

 ニールセンは黙って話を聞いているのに飽きたのか、洞窟の中でも周囲の様子を興味深そうに眺めていた。

 ……周囲には内臓や血、肉といった人の残骸が転がっているものの、ニールセンがそれを気にした様子はない。

 あるいは妖精魔法でどうにかしてるのかもしれないと思いつつ、暇になってどこかに行かないといいんだがと思う。

 ニールセンにしてみれば、今のようにレイとヌーラの話を聞くのは面白くないのだろう。

 レイにもそれは分かっていたが、だからといってそれに対して何かを言って……それこそ場合によってはレイとニールセンの間で言い争いになったりしたら、ヌーラもニールセンの存在に気が付いてしまう。

 このような状況になっている以上、ヌーラも妖精の心臓を求めるといったことはないと思うが、それでもレイとしては余計な面倒は避けたかった。


(妙な真似をするなよ。それこそヌーラに悪戯をしたり、さっき見て蝙蝠に襲われて逃げてきた場所にまた向かうとか)


 そんな風に思いつつ、レイはヌーラとの会話を続ける。


「その二十人から三十人は、穢れを使うという意味で厄介だが、それ以外……具体的には穢れを使わないで戦えたりするのか?」

「さぁ? 私もそれなりの地位にはいるが、だからといってこの洞窟にいる全ての者について完全に知っている訳ではない。ただ……これはあくまでも可能性で絶対とは言えないが、恐らく穢れを使っての戦闘方法を持ってる者はいないと思う」

「何故だ?」

「この洞窟にいる者達……というか、お前達が言う穢れ関係者というのは、穢れを使いこなすことこそが自分達の使命と思っている者が多い。勿論全員が絶対にそうだという訳ではないし、上層部にいる者は穢れ以外に何らかの戦闘方法を持っていてもおかしくはないけどな」

「オーロラはどうだ?」

「持ってるとすれば、間違いなくオーロラもだろうな」

「……聞いておいてなんだが、よく自分達の組織についてあっさりと喋るな」


 聞けばすぐに答えるヌーラに、レイは若干の呆れと共にそう言う。

 そんなレイに、ヌーラは後ろめたいことなどないと言わんばかりの様子で口を開く。


「先程も言ったと思うが、私はそれなりの血筋の者だ。そうである以上、特に働かなくても普通に暮らせる地位にいる」

「つまり、そういう地位にいるから仲間を切り捨てても問題はないと?」

「そうだ。ここで無理にお前に逆らい、それでこれ以上の傷を負うのはごめんだ」


 そう言い切るヌーラは、一般的に見て決して褒められたことではないのだろう。

 だが、それでもこうして堂々と言い切るのを見ていると、レイは何となく……本当に何となくだが、清々しさすら感じてしまう。

 もっともそのように思うのはレイだけなのか、マリーナとヴィヘラは双方揃って面白くなさそうな表情でヌーラを見ていたが。


「なるほど、素直に話してくれる理由は分かった。こっちも余計な尋問をしなくてもいいのは楽で助かる。……じゃあ、質問の続きだ。オーロラについて何か弱点は知らないか?」

「弱点? 弱点と言われても……さっきも言ったが、オーロラは生真面目な性格をしている。その辺が弱点と言えば弱点か?」

「そういうのとは違って……そうだな、例えば昔の怪我で身体の一部が動きにくいとか、痛さが取れないとか、関節が脆くなってるとか、そういう感じの弱点だ」


 レイの問いに、ヌーラは首を横に振る。


「いや、特にそういうので思い当たることはない。もしあっても、そういう弱点を私に話すとは思えないし」

「そうなのか? ヌーラは重要な血筋の者なんだろう? ならオーロラにとっても……」

「言っただろう。オーロラは生真面目な性格をしていると。私のように特に働くでもなく、遊んで暮らすような者はオーロラにとって決して好むような存在ではないんだ。もっとも、そういう扱いが気になったから、妖精を追ってきたんだが……」


 言いにくそうな様子のヌーラに、レイはなるほどと納得する。

 オーロラとの関係上、自分も何か仕事をしたいと思っていたところに、いきなり妖精が現れたという報告が来た。

 あるいはニールセンが蝙蝠のモンスターに追われているのを直接見たのかもしれない。

 とにかくそのような理由によって、ヌーラは自分にも何らかの功績を挙げることが出来るかもしれないと思ったのだろう。


(妖精の心臓は、穢れの関係者にとってかなり大きな意味を持つのは間違いないらしいしな。……一体妖精の心臓を何に使うのかは、俺にも全く理解は出来ないけど。考えられるとすれば、マジックアイテムの素材とか、生贄に使うとか? 穢れに関係する何かだとすれば、生贄の方がらしいな)


 実際にそれが正しいのかどうかは、生憎とレイには分からない。

 分からないが、それでも妖精の心臓に固執するところを見ると、その考えは決して間違いではないように思える。


「その結果がこれか」

「そうだな。その結果がこれだ。たまに働くつもりになったのが悪かったのだろう」


 レイの言葉に同意するように、ヌーラは自分の右手を見る。

 切断された時の激痛はもうない。

 完全に痛みが消えた訳ではないのだが、それでも我慢出来る程度になっている。

 そんな指を見ながら、自分にとって慣れないことをしたからこのようなことになってしまったと、ヌーラは微妙な表情でそう思うのだった。

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