3271話

 レイ達は結局セトに乗って、もしくはセトの足に掴まって森の中に入ることになった。

 森の中には穢れの関係者が見張りを用意しているのではないかと思っての行動となる。

 とはいえ、実際にレイはそこまで警戒する必要があるとは考えていなかったが。

 何しろ前回ニールセン達が穢れの関係者を追跡した時、この森の中を普通に移動したのだが、その時は特に何も見つかるといったことはなかったのだから。

 それでも万が一を考えれば、そうしておいた方がいいのは間違いない。


「セト、頼むな」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは任せてと喉を鳴らす。

 そんなセトに、マリーナとヴィヘラもそれぞれ声を掛ける。


「お願いね、セト。出来るだけ迷惑は掛けないようにするから」

「私は今まで何度かセトの足に掴まって移動してるから問題ないと思うけど、よろしくね」


 そう言い、セトの身体を撫でる。

 そんな二人に嬉しそうな様子で喉を鳴らすセト。

 数分程そのままの時間を楽しんだものの、いつまでもこのままという訳にもいかず、セトを愛でる時間は終わる。

 レイはセトの背に乗り、ニールセンはレイの右肩に立つ。

 レイが合図をすると、セトは助走をした後で翼を羽ばたかせて上空に駆け上がっていく。

 一定の高度に達したところで翼を使い、そのまま方向転換し……やがて地上に向かって降下していく。

 地上にいるマリーナとヴィヘラの上を通ったその瞬間、二人はセトが伸ばした足に掴まる。

 二人一緒にセトの足に掴まるということで、若干セトにとってはバランスを取りにくかったものの、それでも翼や身体を動かすことで何とかバランスをとって、無事に空中で安定することに成功した。


「よくやった、セト。問題ないか?」

「グルゥ、グルルルルゥ!」


 レイの言葉に、大丈夫! と喉を鳴らすセト。

 感謝を込めてセトを撫でながら、レイはセトの足に掴まっている二人に声を掛ける。


「おーい、そっちは大丈夫か?」

「問題ないわ」

「こっちも大丈夫よ」


 マリーナやヴィヘラにとって、飛んできたセトの足に掴まるというのはそこまで大変なことではないのだろう。

 レイは二人のそんな様子に安堵しつつ、ニールセンに声を掛ける。


「それで、俺達が向かう場所……ニールセンが見つけた洞窟はどの辺にある? 俺達がここに来るのは初めてなんだから、ここで頼りになるのはニールセンだけだぞ」

「任せてよ。えっと……ほら、向こうの方。ちょっと背の高い木があるでしょう? あそこから少し行った場所にある筈だから」


 以前は直接森の中を飛んで穢れの関係者の男を追った為か、森の上空からではしっかりとした場所を把握するのは難しいらしく、ニールセンが指示するのを聞くレイには若干の不安があった。

 とはいえ、他にその洞窟のある場所を知ってる者はいない以上、今はニールセンの指示に従うしかない。

 セトがいつもとは違ってゆっくりと飛びながら、ニールセンが示した他よりも高い木の上まで来る。

 そこからニールセンの指示に従って飛び……


「あった! ほら、あそこよあそこ!」


 やがてニールセンがそう叫ぶ。

 その叫びには、興奮と安堵が混ざったようなそんな雰囲気があり……


(多分、半ば当てずっぽうとか、そんな感じだったんだろうな)


 ニールセンの様子を見ながら、レイはそんな風に思う。

 それでもこの森のどこかに洞窟があるということだけは分かっていたので、何とかその洞窟を見つけようと頑張っていたのだろうが、それが報われた形だった。


(マリーナやヴィヘラ達も体力的に問題はないみたいだし)


 元々、レイはヴィヘラの体力的な心配はしていなかった。

 だがマリーナはそこまで体力に自信がある訳ではない。

 そういう意味では、場合によっては洞窟を探している間に体力的な限界を迎えていた可能性もある。

 もっとも、マリーナは精霊魔法の使い手として有名だが、同時に弓の使い手としてもかなりの技術を持つ。

 それだけに相応の身体能力を持っているのは間違いなく、レイにしてみれば数時間も今の状況ならともかく、今くらいの時間なら問題はないだろうと判断していた。


「分かった。じゃあ、セト。ニールセンの示す場所に降りてくれ。……セト籠だとこういうことは出来なかったんだよな」


 セト籠は運ばれる者が楽で安全なのは間違いないが、着地場所に相応の広さが必要となる。

 だが、こうしてセトの足に掴まって移動するのなら、着地する場所はそこまで広くなくてもいい。


(最善なのは、セトが俺以外にも何人も背中に乗せることが出来るようになることなんだが)


 レイはそんなことを思いつつ、セトが洞窟から少し離れた場所に向かって降下していくのを感じる。

 何も知らない者なら、地上に向かって降下する感触に悲鳴を上げたりもするだろう。

 だが、レイはセトに乗るのに慣れている。

 この程度のことは日常茶飯事である以上、それで特に驚いたりといったことはない。

 セトは森の中まで高度を下げ、セトの足に掴まっていたマリーナとヴィヘラはタイミングを合わせて手を離し、無事地面に着地する。

 二人を降ろしたセトは、再度上空まで舞い上がると、再び先程同様に地上に向かって降下し……特に何の問題もなく、着地するのだった。


「さて、じゃあ洞窟に向かうか」


 地面に降りたレイは、マリーナ、ヴィヘラ、ニールセン、セトといった面々に視線を向けてそう言う。

 現在レイ達がいるのは、洞窟から少し離れた場所。

 それこそ、いつ洞窟から穢れや穢れの関係者が出て来てもおかしくない以上、何があっても即座に対応出来るようにしながら、一行は進む。

 レイの手にはいつものようにデスサイズと黄昏の槍が握られており、いつ敵が出て来ても対処は可能だ。

 他の面々もそれは同様で、もしこの状況で敵が出て来たら即座に殲滅されるだろう。

 もっともここは辺境ではないので、特に凶暴なモンスターとかはいなかったし、実力差を感じることも出来ず、取りあえず襲ってくるというゴブリンも今はいなかった。

 その為、特に襲撃されるようなこともなく洞窟の前に到着する。


「ここよ。ほら、岩が見えるでしょ?」


 ようやく目的地に到着出来たからだろう。ニールセンが自慢げに言う。

 ニールセンが示す場所を見たレイは、納得の表情を浮かべる。


「なるほど、この岩が幻影なのか。……これだけを見ると、とてもじゃないがこの奥に洞窟があるようには思えないな」


 巨大な岩の幻影によって、洞窟の入り口は完全に隠されていた。

 幻影というのは色々な手段で出せるのだが、例えば魔法の場合は使った者が未熟だった場合、幻影の岩を置いてもどこか違和感があったりする。

 巨大なのに、まるで存在感がないといったように。

 勿論、それはあくまでも魔法を使った者が未熟だったらなので、熟達した技量を持つ者が幻影を使えば、本当にそこに岩があるといったように認識出来たりもする。

 あるいは使用者の技量に左右されないように、魔法ではなくマジックアイテムでそれを補うということもある。

 現在レイの視線の先にある巨大な岩がどのようにして作られた幻影なのかは分からなかったが、もしそれが魔法によるものであれば間違いなく有能な魔法使いが穢れの関係者に所属している、あるいは雇われていることは明らかだった。

 レイが感じたことは、マリーナやヴィヘラもきちんと理解したのだろう。

 厳しい表情を浮かべて岩の幻影を見ている。

 ニールセンにしてみれば、岩の幻影を見て驚くとは思っていたものの、こうして厳しい視線を向けるというのは予想外だったのか、一体何故そのような視線を向けているのか理解出来ないといった様子だった。


「この幻影、触っても平気だと思うか? 一応、以前ニールセンが見た穢れの関係者は幻影に触れても問題がなかったようだけど」

「どうかしらね。この幻影の精度を見る限り、かなりのものよ。何らかの鍵を持っていたり、あるいは元から登録されているならまだしも、何も知らない者が触れるといったようなことになった場合は……どうなるか分からないわね」


 マリーナのその言葉には、レイとヴィヘラも同意する。

 ニールセンの方は、幻影に触れれば何か不味いかもしれないと判断して一旦自分達の妖精郷に戻ってレイ達を呼んできた自分の判断は正しかったのだと安堵する。

 セトは……その話を聞いてはいるのだが、それよりも周囲で何か問題が起きてないか、近付いてくる動物やモンスターはいないかと警戒していた。


「とはいえ、俺達は中に入る為にここまでやって来たんだ。そうである以上、このまま見ているという訳にはいかないだろう?」

「そうだけど、どうするの? ゴブリンか何かがいれば、岩の幻影の中に放り込んで試せるんでしょうけど」


 過激な提案を口にするのは、ヴィヘラ。

 だが、過激ではあるもののレイにとっても納得出来る提案ではあった。

 ゴブリンなら、もし何があってもレイにとっては何も問題ない。

 とはいえ、そのゴブリンもここにいない以上、何ともいえない。


「ゴブリンはいらない時には頻繁に出てくる癖に、必要な時に出て来ないのはどうなんだろうな。……いっそ俺が地形操作で洞窟にダメージを与えるか?」

「駄目よ」


 レイの言葉を即座にマリーナが否定する。

 レイの……正確にはデスサイズの地形操作のスキルは、半径二kmの内部の地面を十m自由に上下することが出来るのだが、もしそれをここで行った場合は洞窟が崩壊する可能性があった。

 手掛かりの類を必要とせず、ただ単純に洞窟を破壊したいだけならレイの提案に乗ってもいいだろう。

 だが、今回の襲撃においてはあくまでも洞窟の中にあるだろう穢れの関係者の本部に繋がる手掛かりを必要としているのだ。

 そんな状況ではレイの提案するような地形操作を使って一気に洞窟を破壊するという選択肢はなかった。


「一度洞窟を破壊して、それからまた地形操作で洞窟をある程度元に戻してから手掛かりを探すのは……難しいか」


 喋っている途中でレイは自分の案をすぐに否定する。

 この洞窟が具体的にどれだけの大きさなのかは、レイにも分からない。

 だが、ここまで精密な幻影を使っている以上は、穢れの関係者の拠点の中でも重要な場所なのはほぼ間違いない。

 であれば、地形操作で破壊して崩れた洞窟の内部を掘り出すといった真似は酷く手間が掛かる。

 働く者を多数集めればどうにかなるかもしれないが、基本的に穢れの一件は公に出来ることではない。

 ブレイズ達にはある程度の説明をしたが、それはブレイズ達が穢れと接触していることが大きい。

 また、ある程度の事情についてはダスカーを始めとした上層部に丸投げしているので、レイはそこまで気にしてはいなかった。


「仕方がないか。けどそうなると……どうする? やっぱり直接試した方がいいか? やるしかないのなら、俺がやるか」

「やっぱりレイがやるのは当然よね。うんうん」


 レイの言葉にニールセンが面白そうに言う。

 そんなニールセンに素早く手を伸ばして掴む。


「きゃっ、ちょっと、いきなり何するのよ!」

「いや、俺が試すのもなんだし、どうせならここはニールセンに試して貰った方がいいと思ってな。ニールセンなら、何かあっても妖精の輪で逃げることが出来るだろう?」

「ちょ……ちょっと、冗談よね? 妖精の輪で転移出来るって言っても、すぐに転移出来る訳じゃないのよ? もし何かあったらどうするのよ」

「でも妖精のニールセンなら何とかなるかもしれないだろう?」

「レイ、その辺にしておきなさい。ニールセンも別に本気で言ってる訳じゃないんだから」

「そうか? 見た感じだと本気で言ってるように思ったんだけどな」


 そう言いつつも、レイはマリーナの言葉に従って手を離す。

 するとニールセンは、このままレイの側にいると危険だと思ったのか、素早くレイの側から離れた。

 露骨な態度を示すニールセンに呆れつつも、レイは改めて幻影の岩を見る。


「とにかく、出来るだけ早くどうにかした方がいいな。幸い、今はまだ敵が襲ってくるようなことはないけど、いつまでもここにいると、いつ穢れの関係者が……いや、穢れが襲ってきてもおかしくない」


 元々慎重にこの森に入ってきたのは、穢れの関係者達が何らかの手段で見張っている可能性があると考えた為だ。

 そうである以上、洞窟の前でこうして話をしているレイ達は、本来なら見つかっており、襲撃されていてもおかしくはない。


「でも、どうするの? 生き物じゃないけど……石か何かでも投げてみる?」


 尋ねるヴィヘラに、レイは首を横に振る。

 ここで石を投げて、それで問題がないようならまた別の何かを、それでも問題ないようなら別の何かを……そんな風にするよりは、もっと手っ取り早い方法がある。


「俺が行く」


 そう、告げるのだった。

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