3272話

 岩の幻影に守られている洞窟に自分が入る。

 そう言ったレイに、マリーナとヴィヘラ、ニールセン、セトは全員が反対した。

 穢れの関係者の拠点……それも降り注ぐ春風の妖精郷の近くにあった山小屋と違い、ここは巨大な岩の幻影を作るといった真似をしてまで見つからないようにしている場所だ。

 それだけに幻影の岩に触れたりしたら一体何が起きるのかは分からない。

 それを心配しているからこそ、レイの行動に反対しているのだろう。


「そこまで心配するなって。何かあっても何とかしてみせるから」

「そう言い切る根拠を教えて欲しいのだけど。……とはいえ、レイのことだから一度決めたら反対しても意見を曲げないと思うけど」


 マリーナのその言葉に、ヴィヘラは本当にそれでいいのか? といった視線を向ける。

 だが、レイとの付き合いは何気に長いマリーナはそんなヴィヘラに対して諦めなさいといった様子で首を横に振る。


「……けど、いい? もしその岩の幻影に触れて何か妙なことがあったら、すぐに離れてよ? もしレイに万が一のことがあると思えば、私達だけじゃなくてここにいないエレーナも絶対に心配するんだから」

「分かってる。慎重に行動するから、その辺は気にしないでくれ」


 そうレイが言うと、マリーナ以外の者達もレイの行動に頷くことしか出来ない。

 皆が了承したのを確認すると、レイは何かあった時は即座に反撃出来るようにデスサイズと黄昏の槍を手にして、岩の幻影に向かって近付いていく。

 意識を集中し、深呼吸をしてからレイはそっと幻影の中に入っていく。

 見て分かる程に存在感のある岩だったが、不思議なことにその岩に触れようとすると全く何の感触もない。


(罠はない、か?)


 てっきり幻影に触れた瞬間に何かがあると思っていただけに、これはレイにとっても完全に予想外だった。

 とはいえ、今はまだ少し幻影に触れてみただけでしかない。

 完全に洞窟の中に入っても問題がないかどうか。

 それを確認する為に、レイは真っ直ぐ洞窟の中に入っていき……


「っ!?」


 完全に洞窟の中に入ったと思った瞬間、キィーンという甲高い音が聞こえてきた。

 咄嗟に足を止め、何か他に異常がないか周囲を警戒する。

 ここが穢れの関係者の拠点……それも使い捨てにいいような場所ではなく、本当に重要な拠点である以上、警備が厳重であってもおかしくはない。

 今の音も何らかの罠である可能性がある以上、何か起きてもいいようにしていたのだが……


(何も起きない?)


 甲高い音が聞こえてきたものの、そこから特に何かが起きる様子がない。

 そのことに疑問を覚えるレイだったが、もしかしたら時間差で何かがあるかもしれないと考え、三十秒程の時間待機する。

 だが……それだけの時間が経過しても、特に何かが起きる様子はない。

 やっぱり何の意味もないのかと判断したレイは、そのまま洞窟の中を進み……不意にその足を止める。

 現在のレイは完全に洞窟の中に入っているのだが、中にはしっかりと明かりがある。

 それも篝火の類ではなく、明かり用のマジックアイテムが壁に複数埋め込まれていた。


(これは……いやまぁ、暗い洞窟の中を移動するのが大変なのは事実だけど)


 レイはゼパイル一門の技術によって作られた身体を使っているので、夜目が利く。

 暗闇の中であっても移動するのに特に苦労したりはしないものの、それはあくまでも夜目が利くからだ。

 ここを使っている穢れの関係者にしてみれば、明かりがなければ転んだり、壁にぶつかったりしてもおかしくはない。

 そういう意味では、このように明かりが用意されているのはおかしくない。


(地面……というか、道路と呼んだ方がいいのか、これ?)


 洞窟の中にありがちな、歩きにくい地面ではなく、そこにあるのはコンクリート……とまではいかないものの、歩きやすいように整えられた地面だった。

 道路に近いその光景から、穢れの関係者がこの拠点を使う際にはかなり力を入れて整備したことを意味している。

 つまりこの洞窟は穢れの関係者にとって非常に重要な拠点なのは間違いないということだろう。

 ……もっとも、岩の幻影で洞窟の入り口を隠していた時点で、それは分かっていたことだが。


(どうやら幻影には本当に何も罠の類は仕掛けられてなかったみたいだな。……完全に予想外だったけど)


 疑問を感じつつ、レイは一度洞窟から出ようとし……その足を止める。


「おい、誰か戻ってくる予定があったか?」

「ギャンガさんじゃないか? 本来なら昨夜戻ってくるって話だったけど、結局戻ってこなかったし」

「ギャンガさんだからなぁ。戦いを楽しみすぎたとか、そういうことじゃないか? ほら、最近御使いを四人従えることに成功したって話だし」

「けど、それで調子に乗って他の方々から疎まれているって聞くぜ?」


 そんな会話が聞こえ、それも会話が次第に大きくなっている為だ。

 同時に気配も近付いてきているのを思えば、何が起きているのかは考えるまでもない。

 御使いという単語について強い興味を惹かれたレイだったが、今はまず近付いてくる相手を捕らえるのが先だった。

 とはいえ、隠れるような場所はない。

 明かりのマジックアイテムによって昼間程ではないにしろ、見えない場所はないくらいに明るくなっている。

 また、身を隠せるような岩の類も綺麗になくなっていた。

 そうである以上、隠れる場所はない。……普通なら。

 デスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納したレイは、その場で跳躍する。

 スレイプニルの靴を使い、空中を蹴って天井へ。

 レイにとって幸いなことに、洞窟の天井は地面のようにコンクリートで均されたようにはなっていない。

 もっとも危険をなくす為だろう。鍾乳石のように尖った岩は除去されていたが。

 それでも天井側の除去は大雑把にしかされておらず、幾つかの尖っている部分はある。

 普通ならそのような場所に掴まるといったことは不可能だったが、レイの持つ身体能力であれば特に問題なく指だけで天井にある出っ張りに掴まることが出来た。

 指の力だけで天井にぶら下がり、下を歩く者に足やドラゴンローブが視界に入らないようにする為に、その状況で足を持ち上げる。

 長時間今の状態を維持するのは難しいものの、レイにしてみれば自分の真下を先程の会話をしている者達が通りすぎるまで待てばいいだけである以上、問題はない。

 そうして少しの時間が経過すると、二人の男がレイの下にやってくる。


「ん? あれ? おい、ギャンガさんはどこだ?」

「いないな。……何か理由があって、また外に出たのか?」

「いや、でも反応が……」


 そのような会話を聞きつつ、レイは指を離す。

 同時に落下していく短い間に体勢を整えて地面に着地する。

 完全に音を殺して着地するその技量は、それこそこの手の技術を得意としている盗賊顔負けと言ってもいい。

 話していた二人は、自分達の後ろにレイが着地したことには全く気が付いていない。

 そのことに安堵しつつ、レイは一気に地面を蹴る。

 床には石もなく滑らかである為、レイが走るのに困るようなことはない。

 会話をしていた二人は、レイが地面を蹴る音でようやく何かがおかしいと気が付き後ろを確認しようとしたものの、その時には既にレイは二人の身体に向かって体当たりを放っていた。

 この世界の平均と比べて小柄なレイの体格ではあるが、その身体能力は非常に高い。

 レイよりも大きな身体をしていた二人は、レイの体当たりによってあっさりと吹き飛ばされ……レイと共に岩の幻影を通りすぎて洞窟の外に出る。


「レイ!?」


 岩の側で様子を見守っていたヴィヘラが驚きの声を出す。

 レイはそんな言葉を聞きつつ、すぐに指示を出す。


「捕らえろ、声も発せないようにしろ! 穢れの関係者の一味だ!」


 そんなレイの言葉に、その場にいた全員が素早く行動に移る。

 マリーナは土の精霊魔法で吹き飛んで転んだ相手の四肢を固定し、ヴィヘラは妙な動きをしないように手甲から魔力による爪を伸ばして相手に見せつけ、セトは地面に倒れた二人の背中にそれぞれ足を乗せて動けないようにし、ニールセンは妖精魔法を使って植物で更に四肢を拘束する。

 それらのことは、数秒と掛からずに行われた。

 精霊魔法や妖精魔法を行うのに数秒と掛からずに行えたのは、ここが穢れの関係者の拠点で、いつ何かがおきてもいいようにと考えていたからだろう。


「な……が……」

「ぐあ……」


 一連の動きで全く何も出来ないようになっていた二人の男は、何かを言おうとしたものの、口の中に植物が入っており声を出すことが出来ない。


「取りあえずここから離れるぞ。折角ここまで来たのに離れるのは残念だけどな」


 レイのその言葉に誰も反対を口にしない。

 せっかく穢れの関係者を二人も捕虜に出来たのだから、情報を聞き出してから洞窟の中に入った方がいいと、そのように判断したのだろう。

 洞窟の内部について何も情報がない中で入るのは危険だと理解しているからだろう。


「マリーナ、ニールセン」


 レイの声にマリーナとニールセンは男達の身体を拘束していた魔法を解除する。

 ただし、ニールセンの妖精魔法によって男達の口の中に入っている植物はそのままだったが。

 手足が自由になった瞬間、二人の男達は暴れようとする。

 事情についてはまだ分かっていないものの、自分達が捕まったのは事実。

 そして自分達が表向きに出来ないことをしているのも理解していた。

 そうである以上、このまま自分達が捕まったままでは致命的なことになる可能性があった。


「ほら、こっちだ。暴れると痛い目に遭うだけだぞ」


 レイが暴れる二人の足を掴まえ、強引に引っ張っていく。

 大人の男二人を強引に引っ張るその腕力に驚きつつも、男達は騒ぐのを止める様子はない。

 そうして引っ張りながら、レイは男達の視線がセトに向けられないように注意する。

 他にもマリーナやヴィヘラに視線を向け、自分の名前を口にしないようにと視線で制する。

 昨日の一件で穢れの関係者がレイの名前を聞いてレイをレイだと……深紅のレイだと認識した場合、即座に攻撃してくる可能性が高いと判断したからだ。

 それも自分が怪我をしても全く構わず、とにかくレイを殺そうとしてくる。

 ……実際には昨日の男は殺そうとまではしていなかった。

 レイを確認しようとして、掌が半ば切断された状態になっても構わなかったというのが正しい。

 だが、レイをレイと認識した瞬間、攻撃をしてきただろうというのはレイの予想だ。

 今回捕らえた二人もそのようなタイプかどうかは分からなかったが、それでも念には念を入れるのは悪いことではない。


(そう言えば、ギャンガとかいう名前を出してたな。あの話の流れからして、恐らく御使いってのは穢れだろう? その数が四人……四匹。もしかしてギャンガって、昨日ブレイズ達を襲撃していた奴か?)


 状況証拠的にはそんなに間違っていないように思えるものの、それが事実かどうかまではレイにも分からない。

 取りあえずこの二人に聞くことが増えたと思いつつ、レイ達は洞窟からある程度離れる。


(俺が洞窟に入っても特に何か罠が発動するとかはなかった。この連中が確認に来たけど、それだけだ。だとすれば、多分あの洞窟を隠しているのは幻影の岩だけで、それ以外は特に何もないと考えてもいいのかもしれないな)


 穢れという凶悪な存在を使っている者達にしてみれば、警戒心がなさすぎるとしかレイには思えない。

 だが、すぐにそれも仕方がないかと思う。

 そもそも岩の幻影がある時点で、普通なら侵入者が来ることはないのだ。

 あの洞窟を使い始めて最初のうちは、それでもしっかりと警戒していたのかもしれないが、人というのは何にでも慣れるものだ。

 岩の幻影によって全く侵入者が来ないとなると、警戒心も下がっていってもおかしくない。

 実際にレイが捕らえたこの二人は、ギャンガという人物の心配はしていたものの、侵入者がいるとは全く考えていなかった。

 だからこそレイにとっては捕らえやすい相手だったのだが。

 そのような理由から、レイ達が警戒していたように森の中に見張り用のマジックアイテムがあったり、見張りがいたりといったようなことは恐らく考えなくてもいいだろうと、そう考えた。

 それでも洞窟の側で尋問しなかったのは、いつ誰が通るか分からないからだ。


(問題なのは、この男達がどの程度の情報を知ってるかだよな)


 洞窟の中に入ったところで様子を見に来たことを思えば、二人の男は穢れの関係者の中でも下っ端的な扱いなのは間違いないだろう。

 そんな下っ端から一体どのような情報を聞き出せるか……そんなことを思いつつ、レイはどう尋問するのかの算段を考えるのだった。

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