3256話

「何ですと?」


 レイに起こされた村長は、最初こそ寝惚けていたものの、事情を……村に侵入してきた盗賊をセトが捕まえたと話すと、眠気も綺麗に消えて驚く。

 村長だけではなく、村長の娘やその夫もレイの言葉に驚きの表情を浮かべていた。

 マリーナとヴィヘラは、何故かレイに呆れの視線を向けていたが。

 ……なお、ニールセンはレイが村長を起こしに行く前にマリーナやヴィヘラ達の眠っている部屋に預けているので、ここにはいない。

 もっともここにニールセンがいても、盗賊を捕らえたという驚きからその存在に気が付くかどうかは微妙なところだったが。


「ちなみに聞くけど、この村が今まで盗賊に襲われたことはあるか?」

「いえ、私が知ってる限りではそういうのはありません。父さんはどう?」


 娘の言葉に、村長は首を横に振る。


「このような小さな村です。盗賊にとっても襲う意味がなかったのでしょう」


 村長の説明に、レイはやっぱりかと納得する。

 実際に村の様子を見る限りでは、とてもではないがこの小さな村が盗賊に襲われるとは思っていなかった。


(俺が来たとか、それは関係ないよな? あくまでもこのタイミングで盗賊が来たのは偶然の一致の筈。……頼むからそうであってくれよ)


 自分がトラブル誘引体質とでも呼ぶべき特性を持っているのは、レイも理解してる。

 だからといって、今回の件に自分が関係しているとはレイも思いたくなかった。


「それで、その……盗賊はどうしたらいいんでしょうか?」


 村長がレイに尋ねる。

 盗賊に初めて襲われただけに、こういう場合はどう対処すればいいのか分からないのだろう。

 これがもっと大きな街であった場合、捕らえた盗賊は犯罪奴隷として売り飛ばすといった真似も出来るが、このような小さな村に奴隷を取り扱っている店がある筈もない。

 警備兵ですら、村の有志……若い者達が何とか行っている程度なのだから。


「どうすると言われても……」


 村長に頼られたレイだったが、だからといってこの状態で自分にどうすればいいのかというのは分からない。

 レイは冒険者であっても、商人ではないのだから。


「この村って行商人はそれなりに来るんだよな? そいつに奴隷として売ってみるとか?」

「次に来るのは、恐らく春になってからですからな。それまで無駄飯食いを増やす訳には……」


 言いにくそうな村長の言葉に、レイも納得する。

 この村は小さく、行商人がくるとはいえ頻繁にくることはない。

 ましてや、今はもう冬でいつ雪が降ってもおかしくないのだから、行商人が来るにしても春になってからということになるのはおかしな話ではなかった。


「となると、殺すのが一番いいか」

「……そうなりますな」


 渋々、本当に渋々といった様子で村長がレイの言葉に同意する。

 そんな村長の様子に疑問を持つレイだったが、すぐに納得する。


(そうか。この村は今まで盗賊に襲われたこともない平和な村だったんだし、人を殺すのに抵抗感があってもおかしくはないか)


 レイを含め、マリーナやヴィヘラも冒険者として活動している以上、盗賊であったり、それ以外にも何らかの理由で敵対するモンスター以外の相手と戦うことはあるし、そうなれば相手を殺すという選択肢も当然あった。

 だが、それはあくまでもレイ達が冒険者として活動しているからの話であって、この村の住人のように人と争うことに慣れていない者達にしてみれば、人を殺すということに忌避感があってもおかしくはない。

 勿論、争うことに慣れていないとはいえ、喧嘩をしたりといったようなことはあるのだろうが……それでも、相手を殺すというのは普通ならないのだろう。

 そのような状況であることを考えると、多少気後れした様子とはいえ、盗賊を殺すというレイの意見を村長が受け入れたのは村を守る為にはそうすることが必要だと理解しているからか。

 事実、村長の娘やその夫は驚きで表情が固まっている。

 村長の妻は、村長の判断は仕方ないと思っているのか悲しそうな様子を見せつつも、夫の意見に反論はしない。


「分かった。それでいいのなら俺の方で処分する。ついでに、盗賊達の拠点の場所とかも聞いてこっちで殲滅しておくよ」

「そんな……いいのですか?」


 まさかレイにそこまでして貰えるとは思っていなかったのか、村長がそのように言う。

 だが、レイにしてみれば盗賊というのは恐れるべき相手ではなく、臨時収入と呼ぶべき存在だ。


(とはいえ、この小さな村を襲おうとしていたということは、盗賊の規模もそう大きなものではないんだろうけど)


 村が小さければ、そこを襲っても盗賊の得られる物は少ない。

 同時に、盗賊団が小さければ貯め込んでいるお宝も少なく、盗賊団を殲滅しても入手出来る物は少ない。

 そういう意味では、本来ならこの程度の盗賊団はわざわざ襲うまでもないのだが……こうして世話になった村を襲ってきたのであれば、話は違ってくる。


「盗賊喰いの本領発揮ね」


 レイと村長の会話を聞いていたマリーナが、面白そうに言う。

 村長一家はマリーナの口から出た盗賊喰いという物騒な単語に驚き、レイに視線を向ける。

 今の話の流れから、盗賊喰いと呼ばれているのはレイだと、そう理解したのだろう。

 実際にそれは間違っていない。

 盗賊狩りを趣味としているレイは、いつの間にか盗賊達から盗賊喰いとして恐れられるようになっていた。

 盗賊喰いというのは、深紅のような異名でもあるのだろう。

 ……なお、レイの場合はクリスタルドラゴンを倒した件もあるので、ドラゴンスレイヤーと呼ばれることもある。

 もっとも、クリスタルドラゴンを倒してからまだそんなに時間が経っていないので、レイのことをそう呼ぶ者は多くないが。

 何だかんだと、やはりレイの異名は深紅というのが通りがいいのだろう。


「気にしないでくれ。盗賊喰いってのは、盗賊達が俺を恐れて呼んでいる名だ。そういう風に呼ばれているように、盗賊の相手は慣れている。明日にでも盗賊の拠点を襲ってくる」


 本来ならこれから行くのが最善なのだろう。

 だが、夜目が利くとはいえ、それでもやはり日中の方が分かりやすい。

 また、お宝の判別をする意味でも、明るい方がよかった。

 ……もっともレイの見立てではこの村を襲おうとした盗賊団は規模が小さいので、持っているお宝も決して多くはないだろうと思えたのだが。


「ありがとうございます」


 村長が頭を下げて感謝の言葉を口にする。

 そんな村長に気にしないでくれと言ってから、レイは村長の家を出る。


「じゃあ、ちょっと尋問をしてくる。あまり見ていて楽しい光景じゃないから、家からは出ない方がいい」


 尋問というのは、他人が見て決して気持ちいいものではない。

 そうである以上、わざわざそれを見せる必要はないとレイが判断してもおかしくはなかった。


「分かりました」


 村長もそんなレイの考えを理解したのか、特に反対することなくそう言うのだった。






「で? お前達の拠点はどこだ?」

「ふざけるな! そんなこと、言える訳が……」

「セト」

「グルゥ!」

「ぎゃあっ!」


 レイの一言で、男の背中を押さえていたセトの足に力が入る。

 その痛みに男の口から悲鳴が上がる。


(こいつ、こういうのに慣れてないのか? 自分が盗賊だというのをあっさりと認めてるし。見るからに下っ端なんだから、そういうのは慣れてない訳じゃないと思うんだが)


 本来なら偵察というのは相応の技量が必要となるので、下っ端に行わせるようなものではない。

 しかし、それはあくまでも集団行動に慣れている者達の話で、盗賊のような者達にしてみれば偵察は下っ端の役割となる。

 セトに捕まった盗賊は見るからに下っ端である以上、偵察の類にはそれなりに慣れていてもおかしくはないのだが……まさかそんな下っ端が、あっさりと自分が盗賊であると認めるとは思わなかった。


「素直に話した方がお前の為だぞ? ここで尋問に耐えても、明日には俺とセトが空からお前達の拠点を探る。そうなれば、お前達の拠点が見付かるのはそう遠くない。なら、今のこの状況でお前が素直に拠点の場所を教えてもいいと思うんだが?」

「ぐ……」


 レイが優しく、言い聞かせるように男に告げる。

 男にしてみればレイの言葉をどこまで信用していいのか分からない。

 分からないが、今のこの状況が決して自分にとって有利なものではないのは明らかだ。

 であれば、ここで素直に自分の知ってることを言えばこの状況から助かるのか。

 盗賊団の中では下っ端だからこそ、男がそう安易に考えてもおかしくはない。


「ほらほら、いつまでも今のままって訳にはいかないだろ? セトの力も段々強くなっていくぞ?」

「待て! 待ってくれ! 俺が拠点の場所を言えば、助けてくれるのか!?」


 レイの言葉に従い、セトの踏みつける力が強くなった瞬間、男はこれ以上は耐えられないと判断し、そう叫ぶ。


(早いな)


 まさかこの程度で拠点の場所を教えるというのは、レイにとってもかなり予想外だった。

 何しろ今のこの状況は、まだ尋問としてはそこまで厳しくないのだから。

 もっとも、相手が盗賊……それも大きな盗賊団ではなく、小さな盗賊団であると考えれば、その反応はある意味で納得も出来たのだが。

 小さい盗賊団だけに、今まで自分がこうして捕まって尋問されるということもなかったのだろう。

 もしこういう状況になったことがあるのなら、既に男の所属している盗賊団は壊滅させられているか、あるいはもっと大きな盗賊団に吸収されていただろう。

 その辺の状況を考えると、やはりこの盗賊団が幸運だったのは間違いない。

 ……こうして最終的にはセトに捕まり、レイに尋問されているのを幸運と呼んでもいいのかどうかは微妙なところだが。


「ああ、そうだな。助けよう。幸い、お前はこの村で何か騒動を起こした訳じゃないからな」

「言う! じゃあ、言うよ! だからこの足を退けてくれ! 頼む! 腹が潰れそうなんだ!」


 そう叫ぶ男にレイは一瞬だけ呆れの視線を向けてから、セトを見る。

 それだけでセトは何をするべきなのかを理解し、男の背中を押さえつけていた足から少し力を抜く。

 あくまでも、少しだけだ。

 セトの足から逃げることは不可能なくらいには、きちんと男は押さえつけられていた。


「じゃあ、教えて貰おうか。その場所はどこにある?」

「この村から少し離れた場所に林があるのは分かるか?」

「……あったな」


 レイはセトに乗ってこの村を見つけた時のことを思い出しながら、男の言葉に同意する。

 だが、この話の流れからするとあの林が盗賊のアジトということになるのだろうが、それを素直に信じることは出来ない。

 何故なら、その林というのは本当にちょっとした林なのだ。

 今は冬なので、この村からも林に行くような者はいないだろうが、もし誰かが何らかの理由でその林に行こうものなら、すぐにでも盗賊達が見付かってもおかしくはない場所。

 それだけに、そのような場所を盗賊が拠点にするとはレイには思えなかった。


「一応言っておくが、俺を騙そうとしても無駄だぞ? お前が苦しむ時間が長引くだけだ」


 念の為にレイはそう言っておく。

 実際には、もし嘘を言われてもそれが上手い嘘であればレイを騙すことも可能だ。

 だが、それはあくまでも上手く嘘を吐ければの話になる。

 セトに押さえつけられている男が、そのような上手い嘘を吐けるとは、レイには到底思えなかった。

 もしこの状況で男が嘘を吐くような真似をすれば、それこそレイは即座に男を殺すだろう。

 セトによって押さえつけられている男を殺すのには、デスサイズや黄昏の槍を使う必要はない。

 セトに頼めば一瞬で男は殺せるし、なんならレイが男の頭部を踏み砕くなり、首の骨を折るなりしてもいい。

 レイの言葉から下っ端故の鋭さで本気を感じ取ったのか、男は慌てて叫ぶ。


「違う! 嘘は吐いてねえ!」


 レイに対して男が必死に叫ぶ。

 自分の言葉を信じて貰えないというのが、何故なのかといった様子を見せていた。

 男にしてみれば、本当のことを口にしているだけだ。

 なのにレイがそれを信じないのは何故そのようなことを言うのか理解出来ないらしい。


「あの林は俺も上から見た。けど、かなり小さい場所だったぞ。そんな場所を拠点にするのはおかしいと思わないか? 今まで見付からなかったのはどういう訳だ?」

「それは、俺達がこの辺りに来たのは昨日だからだ! だから見付からなかったんだよ!」


 叫ぶ男の言葉にレイは眉を顰める。

 その言葉が本当なのかどうか、分からない。

 しかし、一応そう考えれば可能性は十分にあるのも間違いはないのだ。

 一日程度ならこの村にいる者達から盗賊が見付からないというのも分からないではなかった。


「取りあえず確認してみるか。それで嘘なら……どうなるか分かっているな?」


 尋ねるレイに、男は必死に頷くのだった。

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