3257話

 捕らえた盗賊の男はセトに任せ、レイは一旦村長の家に戻る。

 すると家の中では、村長とその妻、娘夫婦、マリーナ、ヴィヘラの六人が居間で待っていた。

 子供達は、眠ったままで起きてくる様子はない。

 これからする話を思えば、それはある意味で幸運だったのかもしれないが。

 そんな者達は家の中に入ってきたレイを見て、真剣な表情で視線を向けてくる。


「レイさん、その……どうでしたか? 本当に盗賊がこの村を狙ってるのでしょうか?」


 村長の娘が真剣な表情でレイに尋ねてくる。

 この小さな村で生活していただけに、今まで盗賊に襲われるということはなかった。

 それだけに実際に自分達の村が盗賊に襲われるということになれば、不安に思ってしまうのだろう。

 マリーナやヴィヘラ以外の面々も、口にこそ出さないが心配そうな表情でレイを見る。

 そんな面々に対し、レイは素直に頷く。


「ああ。盗賊団で間違いなかった」

「そんな……何でこんな小さな村を……」

「あるいは小さい村だからこそかもしれないな。……とにかく、この村が盗賊に襲われているのは事実だ。事実だが、さっきも言ったように俺は盗賊と戦うのに慣れている」

「盗賊喰いと呼ばれているとか」


 娘に代わり、村長がレイにそう尋ねる。

 そう言いつつも、若干その目に理解出来ない相手を見る色があるのは、レイが尋問している間にマリーナやヴィヘラからレイが盗賊狩りを趣味としているという話を聞いたからか。

 レイにしてみれば、盗賊というのは少数の例外を除いて弱い相手で、その割にはお宝を貯め込んでいる相手だ。

 戦えば間違いなく勝てるし、それでいて倒せば盗賊の貯め込んでいたお宝は自分の物に出来るし、倒した盗賊の中で生き残っていたり、降伏してきた盗賊は犯罪奴隷として売り払うといった真似も出来る。

 そういう意味では、レイにとって盗賊というのは美味しい相手ですらあった。

 ……その盗賊に襲われた者達にしてみれば、そんなレイの考えを聞けば面白くないと思う者もいるだろうが。

 また、村長のように好んで自分から盗賊狩りをするレイの存在を理解出来ないという者も。

 そんな村長の様子に気が付きながらも、レイはその件に突っ込むような真似はしない。

 客観的に見て、盗賊狩りを半ば趣味としている自分が理解されないというのは、十分に分かっていた為だ。


「俺の件はともかく、聞き出した情報によると盗賊達の拠点はこの村から少し離れた場所にある林らしい」

「何ですと?」


 レイの言葉が完全に予想外だったのだろう。

 村長が驚きの声を上げる。

 いや、驚いているのは村長だけではなく、他の者達も同様だ。

 この村の者達にとって、レイが口にした林は馴染み深い場所だ。

 春から秋に掛けては遊びに行ったり、山菜やキノコを採りに行ったりもする。

 だが、その林は決して広くはなく、そのような場所を盗賊がアジトにするというのは完全に予想外だったのだろう。


「ちなみにその林に到着したのは昨日らしい」

「あら、それなら私達……というか、セトがこの村にやって来たのを見てたりしたんじゃないの?」


 不意にヴィヘラがそう言うが、レイもそれに首を横に振る。


「セト籠は地上から見ても周囲の景色に紛れて分からないようになってるし、セト籠を降ろした時の音や衝撃も、村ならともかく林までは距離があったから伝わらないと思う」


 村の側にある林と表現されているものの、それでも村から歩いて三十分程度は掛かる場所にある。

 子供の足ならもっと時間が掛かるだろう。

 そのくらい離れている以上、セト籠を地面に降ろした時の衝撃や音が林にまで届かなくてもおかしくはなかった。


「とにかく、林にアジトを構えたばかりで、しかも規模としてはそこまで大きくはない。なら、出来るだけすぐにこっちで倒してしまいたいところだ。そんな訳で……」


 明日の朝にでも盗賊狩りに行ってくる。

 そう言おうとしたレイだったが、村長一家が不安そうにしているのを見て考えを変える。


「これから盗賊狩りに行ってくる。捕らえた奴は……どうするか。やっぱり始末してしまうのが手っ取り早いけど」


 レイの言葉に、村長達は複雑な表情を浮かべる。

 村の余裕を考えると、無駄飯ぐらいを受け入れる余裕はない。

 食事をしたという意味ではレイ達もそうだが、レイ達の場合は宿泊料として相応の金額を払っているし、ガメリオンの肉のブロックを渡してもいるので、総合的に見てプラスだ。

 ……それどころか、村を狙っている盗賊の一人を捕まえ、その盗賊の本隊を潰してくれるというのだから、明らかにプラスなのは間違いない。

 そんなレイ達と捕らえた盗賊を一緒に出来る筈もない。

 だからといって、盗賊を殺せるかと言われれば難しかった。

 もしこの村が盗賊に襲われて被害が出ていれば話は別だったかもしれないが、村に被害が出るよりも前にセトが捕らえたので、被害らしい被害はない。

 捕まった男がこの村の偵察にきたとはいえ、それでも何故村の中心近くにある村長の家の前までやってきたのか。

 それこそ村の様子を確認して、それで林まで戻れば捕まるようなこともなかったのだが。

 そういう意味では、下っ端だけに偵察の重要性を理解出来ず、上手くいけば仲間達がこの村を襲うよりも前に何か奪えるかもしれない、美味しい思いを出来るかもしれないと、そのように思ったのかもしれない。

 そのような思いがあったのかなかったのかレイには分からないが、結局セトに捕まってしまったのだが。


「捕らえた男をどうするのかは、俺が戻ってくるまでに決めておいてくれ。勿論、俺が戻ってくる前に殺すなり、解放するなりしても構わないが」


 村にとって盗賊は敵だが、今回は被害らしい被害を受けてはいない。

 そうである以上、村の住人としては解放……もしくは追放をするという選択をしてもレイとしては構わなかった。

 村の判断ならば、と。


「分かりました」


 レイの言葉に村長が頷き、レイは早速盗賊狩りに行こうとするものの……


「あら、レイ。一人だけで行くつもり?」


 マリーナがレイに向かってそう言ってくる。

 その行動に村長一家とレイは驚く。

 もっとも、その理由は違ったが。

 村長一家の場合は、マリーナがレイと一緒に行くつもりになっていることに驚き、レイの場合は戦闘狂のヴィヘラではなくマリーナがそのようなことを言ってきたことに驚いてしまう。

 レイはそんな驚きの視線をマリーナからヴィヘラに向けるが……


「私は行くつもりはないわよ? 見るからに弱い相手でしょう? 私が楽しめるような相手ではまずないだろうし」


 そう言われる。

 レイにしてみれば、ヴィヘラがそのように言うのには十分に納得出来た。

 ヴィヘラは戦闘狂だが、その戦闘はあくまでも自分が楽しめる戦闘でなければならない。

 敵を一方的に蹂躙するだけの戦闘など、ヴィヘラにしてみれば面白くも何ともないのだ。

 もしこれで盗賊団の中に腕の立つ者がいるのなら、ヴィヘラも喜んで戦いに参加していただろう。

 しかし、そのような腕の立つ男のいる盗賊団が小さい筈もなく、雑魚しかいないと判断するのはヴィヘラにとっておかしな話ではない。


「分かった。じゃあ。俺とマリーナで行ってくる。もしかして……本当にもしかしてだが、俺達がいなくなったところで盗賊団が村を襲ってくるという可能性もない訳じゃないし」


 そう言うレイだったが、実際にはその可能性は皆無に近い程に低いだろうと考えていた。

 盗賊達にそのような頭はないだろうと考えながら。


「そうね。万が一にもやってきたら私が相手をするわ。レイを出し抜くような盗賊団なら、もしかしたら腕の立つ相手もいるかもしれないし」


 二人揃って万が一、もしかしたらという言葉を繰り返している辺り、本当にそうなる可能性は、まずないと思っている。

 それでもこうして言ってるのは、村長一家を落ち着かせる為というのもあるのだろう。

 また、それを抜きにしても話しているように本当にそのようなことがあった場合の護衛というつもりもある。


「ちょっと待って下さい。マリーナさんがレイさんと一緒に行くのですか? それは危険なのでは?」


 村長の娘が慌てたように言う。

 小柄だが男のレイはともかく、パーティドレスを身に纏っているマリーナや、娼婦や踊り子のような薄衣を身に纏っているヴィヘラが戦えるとは到底思えなかったのだ。

 その辺については、食事やその後の会話で二人が積極的に戦う者であると主張していなかったのも大きい。


「心配しないでちょうだい。私もヴィヘラもレイとパーティを組んでいる冒険者なのよ? 盗賊程度なら、レイ程じゃなくても容易に倒せるわ」


 そう言うマリーナだったが、村長一家は素直に信じることが出来ない。

 マリーナの外見からして、冒険者には見えないと思えるのも大きいのだろう。


「安心してくれ。マリーナは本当に強い。それこそ俺がいかなくてもマリーナだけで盗賊を倒すことが出来るだけの実力を持っている」


 レイもフォローするものの、村長一家はそれでも素直に信じることは出来ない。

 最終的にマリーナの意思が固く反対は出来ずにレイと共にマリーナが盗賊の討伐に向かうのを村長一家が止めることは出来なかった。






「……え?」


 マリーナと共にレイが村長の家の近く、セトのいる場所に向かうと、そこでセトに捕らえられていた男がマリーナの姿を見てそんな声を漏らす。

 月明かりの中に浮かぶマリーナの姿は、男にとって幻想的な光景に見えたのだろう。

 自分が捕らえられている状況でマリーナのような存在が目の前に現れることに、頭が回らない。

 一体何がどうなってそうなったのかといったように混乱したところで……


「取りあえず眠ってろ」


 そんな男の鳩尾にレイの蹴りが放たれて意識を失う。


(ちょっと力加減間違えたか?)


 男の鳩尾を蹴った時、足に肋骨が折れた感触が伝わってきたことにレイは力加減を間違えたことを知るが、盗賊だし、奴隷として売るのも難しいのだから最悪死んでも構わないと気絶した男の治療は特にしたりせず、ミスティリングから取り出したロープで縛る。

 マリーナもそんな盗賊を見て何も言う様子はない。

 ギルドマスターをする前に冒険者をしていたマリーナだけに、純粋に冒険者としての経験ではレイよりも上だ。

 それだけに、盗賊に対する扱いを見てもどうこう言ったりはしない。

 寧ろこの場で殺されないだけ幸運だとすら思っていた。


「セト、じゃあ盗賊狩りに行くからよろしく頼む。マリーナは俺の後ろに乗ってくれ」

「あら? 足に掴まらなくてもいいの?」


 そう尋ねたのは、マリーナもセトが飛ぶ時にレイ以外を背中に乗せるのがかなり負担になると知っているからだろう。

 レイはマリーナの言葉に首を横に振る。


「それで構わない。空を飛んでいかないからな。……そもそも、マリーナのその格好で空を飛ぶのは、色々と不味いだろう?」


 既に夜で誰も出歩いていないとはいえ、パーティドレスを着ているマリーナがセトの足に掴まってぶら下がるというのは、問題がある。

 外見的な意味の問題だけではなく、パーティドレスが風にはためくことによって、飛んでいるセトにも影響が出かねない。

 かといって、これから奇襲……いや、夜襲するのにセト籠を使うのも問題だった。

 これがそれこそ人が歩いて半日の距離にあるとかなら、割り切ってセト籠を使うという真似も出来たのだろうが。

 大人が歩いて三十分程度の距離なら、レイとマリーナを乗せてセトが走れば、それこそ十分……いや、数分程度で到着してもおかしくはない。

 なら、わざわざセトで飛ぶのではなく、走って移動しても問題はないだろうというのがレイの判断だった。


「レイがそう言うのなら、私はそっちでもいいわ。それに……レイとセトに乗って夜のデートと考えれば、そんなに悪い話じゃないしね」


 笑みを浮かべて告げるマリーナ。

 実際には盗賊狩りに行くのであって、決してマリーナの言うように夜のデートという訳ではないのだが……それでも、マリーナにしてみればそのように感じるということなのだろう。


「これから俺達が行くのは林なんだけどな。……それでもいいなら、デートということにしておくよ」

「グルルゥ?」


 デートという言葉に、セトは戸惑ったように喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、デートなら自分が一緒に行ってもいいのかと思っているのだろう。


「気にするなって、そのくらいは一緒にいっても構わないから。……それより、いつまでもここにいても意味はないし、とっとと盗賊達を倒しにいくぞ。お宝の類は期待出来ないけど」


 小さな盗賊団だと考えると、持っているお宝は期待出来ない。

 それだけを残念に思いながら、レイはマリーナとセトと共に盗賊狩りに出掛けるのだった。

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