3255話
「おお、貴方達が村に来てくれた冒険者の方々ですか。この寒い中、よく……」
村の村長は、六十代、もしくは七十代程という老人だった。
しかし年齢の割にはまだしっかりとした様子を見せている。
「いや、もうテオから聞いてると思うけど、セトという従魔がいるからな。空を飛んでの移動だから、そこまで苦労することはなかったよ。寒さの方もマジックアイテムである程度対処出来るし」
「はっはっは。冒険者というのは豪毅ですな。……それで、今日は私の家に泊まりたいとのことでしたな。それは問題ないのですが、部屋の問題がありまして……空き部屋は一つしかないのですよ」
申し訳ないと頭を下げる村長。
基本的にこの村にやって来るのは行商人くらいだ。
その行商人も決して大きな集団ではなく、一人だけ。
だからこそ今までは村長の家の空き部屋も一つあればよかったのだが……ここにいるのは、レイとマリーナ、ヴィヘラの三人だ。
そうである以上、この三人を一つの部屋で寝泊まりさせるのは問題かもしれないと村長が思ってしまうのはおかしくない。
「あら、私はレイと一緒でもいいわよ? ヴィヘラはどう?」
「マリーナの意見に賛成ね」
「おやまぁ……」
マリーナとヴィヘラの口から出た言葉は、村長を驚かせるに十分なものだった。
もう老人である村長から見ても、マリーナとヴィヘラの美貌には目を奪われそうになる。
「こほん、父さん?」
村長の娘が自分の子供の世話をしながら咳払いをする。
このままだと相手に失礼になると、そう思っての言葉なのだろう。
「その、貴方達がどういう関係なのかは分かりませんが、この家でそういう行為は避けて欲しいのですが」
女は村長に……自分の父親に向けるのとは違い、申し訳なさそうにレイ達に言う。
最初はその言葉の意味を理解出来なかったヴィヘラだったが、慌てて首を横に振る。
「そういうことをするつもりはないから、安心してちょうだい。ねぇ、マリーナ」
「あら? レイが望むのなら私は……」
「マリーナ!」
いつもはヴィヘラをマリーナが抑えているのだが、現在行われているのは正反対の出来事。
そんなやり取りを見ていたレイだったが、それを見咎めたのはヴィヘラだ。
「レイ? レイはどういう風に思ってるのかしら?」
「あー……そうだな。俺はこの居間で寝てもいいし、何なら外でもいいけど」
そうじゃない。
そうヴィヘラが言おうと思ったが、村長の娘がこのままでは自分の子供の教育に悪いとでも思ったのか、ヴィヘラが何かを言うよりも前に口を開く。
「では、この居間を使って下さい。折角この村にやって来たのに、家の外で寝泊まりさせる訳にはいきませんし」
「そうか、悪いな」
レイにしてみれば、居間で寝るよりもマジックテントの中の方が快適なのだが、相手の厚意を受け取らない訳にもいかないだろう。
また、この居間で寝ても特に問題はないので、村長の娘に感謝の言葉を口にする。
村長一家……村長、その妻、娘、夫、その子供が二人。
そんな家族達と楽しい夕食の時間がすぎていく。
勿論、村長の家に泊まる以上はレイ達も相応の金額を支払っているし、料理に使う食材としてガメリオンの肉を渡してもいる。
このような村では、ガメリオンの肉を食べたことがある者は殆どいない。
村長の家でも、村長が若い頃にガメリオンの干し肉を少し食べたことがあるだけだった。
そんなガメリオンの肉の生肉をブロックで貰ったのだから、それが喜ばない訳がない。
……もっとも、娘は家に泊める為の料金を貰った上にこのような貴重な肉を貰う訳にはいかないと、そう言っていたが。
レイにしてみれば、ガメリオンの肉はそこまで貴重なものではない。
何しろ今年はニールセンと行動を共にしていたので、ギルムの近くではなく、もっと離れた場所……それこそギルムから数日は掛かるだろう場所までセトに乗って移動し、大量のガメリオンを倒してはミスティリングに収納してたのだから。
その為、今年のギルムでは当初ガメリオンがあまり姿を現さず、例年に比べて値段が上がってしまったのだが。
それでも途中でレイがガメリオン狩りを止めたので、次第にガメリオンがギルムの近くまでやって来て、最終的には例年通りの値段で肉の売買は行われていた。
レイが食材として渡したのは、そうやって入手したガメリオンの肉だ。
村長の娘も事情は知らないものの、それでも貰った肉が上質なものだというのは理解出来たのだろう。
それでも問題ないというレイやマリーナ、ヴィヘラに押しきられる形で肉を受け取ったのだが……
「美味いっ! ちょっ、母ちゃん、これ美味いよ!」
村長の孫……十歳くらいの子供が、ガメリオンの肉を食べながら嬉しそうに叫ぶ。
他の者達も夕食に出て来たガメリオンの肉と野菜を炒めた料理に舌鼓を打つ。
「ねえ、兄ちゃん。兄ちゃんがこの肉を獲ったの?」
叫んでいたのとは別の子供が、レイに向かって不思議そうに尋ねる。
何故そこで不思議そうな様子なのかと疑問に思ったレイだったが、その言葉に素直に頷く。
「そうだ。ギルムという場所にいるモンスターの肉だな。……もっとも、別にギルムの側だけにいる訳じゃないんだが」
レイにとってはガメリオンというのはギルムの冬の名物という認識だったが、以前ベスティア帝国の内乱に巻き込まれた際に、ベスティア帝国にもガメリオンがいるという情報を得ていた。
もっとも、このような村の住人にとって、隣国のベスティア帝国というのは名前は知っていても具体的にどのような国なのかという知識はないだろう。
そして一緒に食事をしているヴィヘラが、実はそのベスティア帝国の元皇女であるというのは全く想像出来ない筈だ。
「ふーん。兄ちゃんが倒せるなら、僕も倒せる?」
「こらっ!」
村長の娘が慌てて子供を叱る。
何故なら、今の言葉はレイが弱いと言ってるも同然だったからだ。
村長の娘にしてみれば、レイが具体的にどのくらい強いのかというのは知らない。
知らないが、それでもグリフォンという強力なモンスターをテイムしているのだから、弱い訳がないと思えた。
そんな相手に弱い自分の子供が言ったのだから、レイの機嫌を損ねないかと心配だったのだろう。
だが、そのような心配とは裏腹に、レイは笑う。
「そうだな。お前がもっと大きくなって冒険者になれば……もしかしたら倒せるかもしれないな」
子供の言葉には、決してレイを馬鹿にするようなものはなかった。
だからこそ、レイも特に気にした様子がなくそう返せたのだろう。
これがレイの外見から弱い相手だと判断し、マリーナやヴィヘラを求めて妙なちょっかいを掛けるような真似をしてくれば、レイもそんな相手をそのままにしておく訳にはいかなかっただろうが。
「冒険者かぁ……こんなに美味しい肉を食べられるのなら、僕も冒険者になる!」
「そうか、頑張れよ」
そんな風に言いつつ、レイは食事を楽しむのだった。
「じゃあ、申し訳ありませんけどここでお願いします」
「気にしないでくれ。この寒い中、外で寝なくてもいいだけ感謝するよ」
村長の娘にそう言い、居間を見る。
寝るのに邪魔なテーブルや椅子は部屋の隅に移動されていた。
居間もそこまで広い訳ではないのだが、それでもレイが眠るだけの余裕は十分にある。
「では、ゆっくりと……は無理かもしれませんが、休んで下さいね」
村長の娘はレイにそう言うと自分の部屋に向かう。
その後ろ姿を見送ると、レイはミスティリングから出した布を床に敷いて横になる……前に、ドラゴンローブの中に手を入れる。
「寝てるか」
ドラゴンローブの中にいたニールセンは、今まで暇だった為だろう。
ニールセンは既に眠っていた。
「取り合えずここに置いておけばいいか」
地面に敷いた布の上で、レイの側にそっと置く。
レイが村長達と話している中で……いや、テオ達と接触する前にドラゴンローブに入ってから、何だかんだと結構な時間が経っていた。
その時間を思えば、ニールセンが暇を持て余して眠ってもおかしくはない。
ましてや、ドラゴンローブの中は簡易エアコン機能のおかげで非常に快適なのだから。
「後は……もう特にやることもないし、寝るか」
これが普段なら、モンスター図鑑を読んだりするのだが、今この状況ではモンスター図鑑を読むようなこともない。
今のこの状況で自分が出来るのは、もう寝てしまうだけだ。
何しろレイが寝るのは居間だ。
それはつまり、明日の朝になれば村長の家の者達が起きてきて、朝食の準備を始めたりする必要がある。
そんな中で、レイもゆっくりと眠っているようなことは出来ない。
泊めて貰っている以上、そのような邪魔をするのはレイにとっても避けたかった。
つまり、村長の家の者達が起きるのと同じくらいにレイも起きる必要がある。
……幸いだったのは、今の季節が冬だということだろう。
畑仕事がないので、朝早く……それこそ午前五時とかそういう早朝に起きるようなことはない。
「それでも早く起きるのは間違いないんだし、寝る……ん?」
寝るか。
そう言おうとしたレイだったが、不意に外からセトの声が聞こえてきたのに気が付く。
「セト?」
もしかして村人の誰かが妙なちょっかいでも掛けてきたのか?
そんな風に思いつつ、レイは寝るつもりだった予定を変更して村長の家から外に出る。
すると……
「ひっ、くそっ、何でこんな村にグリフォンがいやがる!」
聞こえてきたその声に、レイは疑問を抱く。
最初、レイは村人の誰かがレイ達の存在を疎ましく思ったのか、あるいはセトが高ランクモンスターのグリフォンなので奪おうとしたのか、とにかく村人が何かをしたと思っていた。
しかし、聞こえてきた言葉の内容は村の中にグリフォンがいるとは全く知らないかのような言葉。
自分を騙そうとしているのかとも思ったが、セトに捕まえられている……正確にはうつ伏せに倒れた相手の背中をセトが前足を置くことで押さえているその男は、レイの存在に全く気が付いた様子もなく騒いでいたのだ。
つまり、レイを騙そうとして叫んでいる訳ではない。
であれば、セトに捕まっているのは一体誰なのか。
そんな疑問を抱きつつ、レイはセトに捕まっている男に向かって近付いていき……
「ああ、なるほど」
セトの前足によって動けなくなっている男の様子を見て、一体男がどのような存在なのかを理解する。
汚らしい服に、伸び放題の髭、男から少し離れた場所にあるのは元からなのか、セトの攻撃でそうなったのかは分からないが、刃の一部が欠けている斧。
それもバトルアックスと呼ばれる、いわゆる戦闘用の斧ではなく、樵が木を伐採する時に使うタイプの斧だ。
戦闘用の斧と樵用の斧というのは、似ているようで色々と違う。
具体的には、生き物を相手にするか、樹木を相手にするかの違いだ。
勿論戦闘用の斧で樹木を伐採したり、樵用の斧で敵と戦ったりといったことが出来ない訳でもないが、それでも向き不向きというのは間違いなくあるのだ。
そういう意味では、この男が持っている斧の事から考えると……
「盗賊か」
「っ!?」
セトに押さえられていた男が、レイの言葉を聞いて息を呑む。
自分の正体がこうもあっさりと見抜かれるとは思っていなかったのだろう。
……あるいは、この村の住人なら何とか誤魔化せたかもしれないが、生憎とレイは盗賊喰いと呼ばれる程に盗賊を倒してきた経験を持つ。
そんなレイの目から見ても、目の前の男が盗賊だというのは間違いなかった。
問題なのは、一体何故このような村に盗賊がいるのかということだろう。
(いや、こういう村だから盗賊が狙ってもおかしくはないのか?)
村の周囲は一応木の板で囲まれているものの、そこまで厚い木の板ではない。
時間を掛ければゴブリンでも壊せるのではないかと思えるような、そんな木の板だ。
盗賊にしてみれば、村の中に侵入するのはそう難しくはないのは間違いなかった。
それは問題ない。この村の様子から、恐らく盗賊に襲われたことはないのだろうと思えるが、それはこの村の小ささ故だろう。
もしこの村を襲っても、住人が少ないということは盗賊達にとっても収入は少ない。
だとすれば、盗賊達も余程の理由がない限りはこの村を襲うような真似はしないだろう。
(問題なのは、なんで俺がいる時に限って盗賊がやって来たのか……だろうな。幸い、村の中は騒がしくないし、恐らくこの男は斥候的な役割で来たんだろうけど)
元々自分はトラブルを引き寄せるような性格をしているのはレイも分かっていたが、それでも今回の件は少し予想外の出来事だった。
「取りあえず、村長達を起こしてくるか。セト、そいつを逃がすなよ」
「グルゥ!」
「ちょっ、おい待て!」
叫ぶ盗賊をそのままに、レイは村長の家に入るのだった。
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