3215話

「野営地に火を? それは助かるが、レイの方で問題はないのか?」


 野営地に自分の魔法で大きな火を作るという提案をフラットが断る筈もなく、寧ろ大歓迎といった様子で受け入れる。

 レイの魔力の心配もしてはいるが、それが表向きのものだというのはレイにも理解出来た。

 レイが凄腕の魔法使い――レイの意識としては魔法戦士だが――だというのは、広く知られているのだから。

 特に少し前までは、湖の主の巨大な……それこそ小さな丘くらいはあるスライムを燃やし続けるという真似をしていたのだから、この程度の魔法で魔力が足りなくなる筈もない。

 フラットが相手の魔力を感じるような能力を持っていて、レイが魔力を隠す新月の指輪を外していれば、レイの持つ莫大な魔力について知ることも出来ただろう。

 しかし、フラットにそのような能力はないし、レイが新月の指輪を外すことも基本的にはない。


「ああ、その辺については何も問題ない。それこそやろうと思えば、同じような火を複数作って冬じゃなくて真夏の暑さを演出することも可能だぞ」

「それは……少し興味あるが、面倒なことになりそうだから止めてくれ」


 フラット個人としては、出来れば冬の寒さをどうにかして欲しいのでレイの提案に乗ってもいい。

 しかし、そこまで大規模な魔法を使った場合、それこそ暖かさに惹かれてトレントの森にいるモンスターや動物が集まってくる可能性も否定は出来なかった。

 そのようなモンスターや動物が集まってくればどうなるか。

 寒さから解放されたとして、暖かさを楽しむのならいい。

 だが、モンスターや動物が集まってくれば、当然のように自分の腹を満たすべく他のモンスターや動物を襲うといったことをされかねない。

 あるいは鹿のような草食動物であっても、攻撃をされれば反撃をするだろう。

 結果として野営地の周辺は極めて危険な場所になりかねなかった。

 フラットの説明に、レイは納得する。


(俺がずっと野営地にいるのなら、それはそれでトレントの森の動物やモンスターが減るという意味で悪くはないんだろうけど、錬金術師達の作ったマジックアイテムがきちんと効果を発揮すれば、俺は穢れの関係者の拠点に行くしな)


 トレントの森を安全にするという意味で、レイの提案は悪いものではない。

 しかしレイは自分がそう遠くないうちに野営地を離れる必要がある以上、自分の考えを強行するような真似は出来なかった。


「じゃあ、取りあえず火……暖房用の炎は一つでいいのか?」

「それで問題ない。出来れば長時間……いや、長期間続くような炎なら助かる」

「分かった。じゃあそういう感じで」


 長時間ではなく、長期間。

 これは場合によっては春になるまで燃え続ける炎だろうとレイは納得する。

 それでいて、モンスターや動物が集まってこない……つまり、そこまで広範囲が暖かくならないような、そんな炎。

 頭の中で考えながら、レイは歩き出そうとして……ふと、気が付く。


「そう言えば、明日には錬金術師達が作った結界のマジックアイテムを試す為に、ダスカー様達が来るぞ」

「……何?」


 レイの口から出たのが予想外の言葉だったのだろう。

 フラットは初めて聞く話に驚き、慌ててレイを呼び止める。


「ちょっと待て。一体何がどうなってそういうことになったんだ?」

「一応、事情はオイゲンやゴーシュ達に説明してあるが……」


 そう言い、レイは妖精郷での会議について話す。

 それを聞いたフラットは頭を抱える。


「研究者達に最初に話したのは分かる。炎獄の件もあるしな。だが……それなら、同時に俺にも話してもよかったんじゃないか? この野営地を任されてる以上、俺にはその件を優先的に聞かせて貰ってもいいと思うんだが?」

「悪い、まずはオイゲン達に話すのを優先してしまったからな。……その後で話せばいいと思ってたんだけど、暖房用の炎に集中しすぎた」

「お前は……」


 レイの説明、もしくは言い訳に呆れた様子を見せるフラット。

 だが、レイが非常に忙しくしていることはフラットも分かっている。

 毎日……とは決まっていないが、それでも頻繁に野営地に姿を現す穢れ。

 穢れが現れると、レイが妖精郷からやって来て炎獄で捕獲する。

 そんな毎日を送っているのだから、レイが疲れていてもおかしくないと思ってしまうのだ。


「次からは気を付けてくれ」


 結局フラットがレイに言うことが出来たのは、そんな言葉だけ。

 レイもそんなフラットの様子を見て、少しは悪いと思っているのか素直に頷く。


「ああ、次からはきちんとフラットに話すようにするよ。……じゃあ、暖房用の炎を用意してくる。場所は野営地の中央付近でいいんだよな?」

「そうして欲しい。中央付近でないと陣地の外側にもレイの作った暖房用の炎の暖かさが広がるかもしれないからな」

「そこまで熱い炎を作ったりはするつもりはないけどな。……じゃあ、取りあえず試してくる」


 そう言い、レイは今度こそフラットの前から立ち去る。

 離れていくレイとセトの様子に、フラットは微妙に心配そうな表情を浮かべていた。

 明日の一件もそうだが、もしかしたら暖房用の炎の件でも、レイが何かやらかすのではないかと、そんな風に思ったのだろう。

 とはいえ、寒くなってきている最近の野営地を思えば、レイが作ってくれるという暖房用の炎は歓迎するしかない。

 そうである以上、今ここで自分が心配しても意味はなかった。

 あるいはレイが暖房用の炎を作るまで一緒に行動するといったことも考えたが……


「フラット、まだか?」


 冒険者の一人に呼ばれ、そちらの用事を放っておく訳にもいかず、レイと一緒に行動するのは諦めるのだった。






『おおおおおおおおお』


 野営地の中央付近。

 そこでは冒険者達……いや、何人か研究者や、その助手、護衛といった者達もいたが、とにかく多くの者達の口から感嘆の声が上がる。

 その声を生み出したのは、レイが魔法によって作り出した暖房用の炎。


「一応言っておくけど、これでも炎だ。普通の炎よりも大分温度は低くしてあるが、それでも触れば火傷をするから注意してくれ」


 触って火傷をする程度というのは、普通に考えて温度が低いとは言わない。

 しかしレイの生み出す炎の場合、それこそ本来なら熱気で近付くことも出来ないし、無理に炎に近づけば触れるようなことも出来ずに燃やされて死んでしまってもおかしくはない。

 レイの説明に、話を聞いた者達がそれぞれ頷く。


「それで、レイ。この炎は具体的にどのくらい燃え続けているんだ?」


 冒険者の一人が、恐る恐るといった様子でレイに尋ねる。

 出来れば長く燃え続けて欲しい。

 そんな思いの問いだったが、レイはそれに対してあっさりと口を開く。


「取りあえず雪が解けるくらいまでは燃え続けると思う。夏までには消える筈だ」

「それは……」


 レイの説明に、尋ねた冒険者は驚く。

 出来るだけ長く燃え続けて欲しいとは思っていたが、そんな冒険者の予想を良い意味で裏切っていた。


「その、本当なのか? レイに聞くのもどうかと思うけど、それでも春くらいまで燃え続けるってのは……」

「俺の魔法の威力は知ってるだろ? それに湖の主を燃やした魔法も知ってる筈だ。そうである以上、特に何かを燃やしている訳でもない炎が燃え続けるのはおかしな話じゃない」

「いや、何もないのに燃え続けているってのがおかしな話だと思うんだが」


 レイと話していたのとは別の冒険者の男がそう言う。

 普通に考えれば、その冒険者の男の言葉は正しいだろう。

 普通何かが燃えるとなると、薪のような何かが必要となる。

 だが、レイが生み出した炎は特に何かを燃やした様子もなく燃え続けているのだから、それを疑問に思うなという方が無理だった。


「何もないというか、俺の魔力が燃料になって燃え続けているんだから、燃料がない訳じゃないんだけどな」

「いや。そう言われても……俺は魔力を感知出来たりしないし。もし魔力を察知出来る者がいたら、レイの言葉が分かるのかもしれないが」


 レイは魔力を使って炎の魔法を使うのは既に慣れている。

 それこそこのエルジィンにやってきて、魔法を使うようになってからずっと行っていることだ。


「レイがそう言うんだし、信じないって訳じゃないんだけどよ」


 それでもまだ完全に納得出来ないといった様子の冒険者の男。


(これが戦闘に使う魔法なら、そこまで心配しないんだろうけど。戦闘じゃなくて日常生活だから疑問に思うんだろうな。個人で感じるのは違うらしいし)


 レイに疑問を口にした男とは違い、レイの説明を聞くまでもなく納得している者もいる。

 そうなると、人によってその辺は違うのだろうとレイにも納得出来た。


「色々と思うところはあるが、そういうものだと納得した方が手っ取り早くていいと思うぞ。それとも、どうしても納得出来なくて嫌なら、消すか?」


 そうレイが口にした瞬間、それを聞いていた他の者達の視線がレイと話していた男に集まる。

 お前が余計なことを言ったせいで、この暖かい炎が消えたらどうするのかといった具合に。

 男もそんな周囲の視線にはすぐに気が付き、慌てて首を横に振る。


「いやいや、そんな風には思ってないから心配するな。消さなくてもいい。感謝してる」


 このままだと自分の身が危険だ。

 そんな風に思ったのか、男は周囲に聞こえるようにそう言う。

 男の必死の態度が幸いしたのか、周囲にいる者達が向ける視線も幾分か柔らかくなる。

 ……それでも、少し間違えばレイの炎が消えていたかもしれないということで、男に向けられる視線の中には幾分か不満そうなものがまだ残っていたが。


「そうか。じゃあ、炎はこのままにしておくよ。……ああ、一応この炎は俺の魔力で燃えてるのは事実だが、炎に何かを投げ込んでも普通に燃えるぞ。もしくは串焼きとかそういうのを焼くことも出来るから、色々と使ってくれ」


 下に薪の類もなく燃えている炎は、少し……いや、かなり違和感がある。

 しかし料理といったことにも使えたり、あるいはいらなくなった何かを燃やすのにも使えるとなると、その利便性はただの暖房用の炎とは言えない。

 レイの言葉を聞いていた者達も、嬉しそうにしている者が多かった。


「ありがとう、レイ。助かったわ」


 女の冒険者が、レイに感謝の言葉を口にする。

 この場には他にも何人か女の冒険者がいるのだが、その全員がレイに感謝の視線を向けていた。

 ……いや、単純に感謝の視線を向けているだけなら、それは男の冒険者もだ。

 だが、そんな中でも特に女の冒険者はレイに強い感謝の視線を向けている。


(何でだ? ……まぁ、単純に感謝されてるだけだし、それで問題がないのならいいか)


 細かな理由までは分からないが、それでも自分に対して感謝しているのなら、それはレイにとっても嬉しいことだった。

 女であることが何らかの理由なのかもしれないが、レイはその件について特に深く聞くような真似はしないで頷く。


「喜んで貰えてよかった。じゃあ、炎の管理は任せるから。……とはいえ、俺の魔法で出来た炎だから、雨が降ったくらいでは消えたりしないから安心してくれ」


 湖の主の巨大なスライムを燃やしていた炎は、それこそ雨が降っても全く問題なく燃え続けていた。

 この炎も自分が作った炎なので雨が降っても消えないと言うと、再び嬉しく思う者が出てくる。

 雨、あるいは雪が降る中で炎が燃え続けているというのは、見ている者に違和感を抱かせてもおかしくはない。

 しかし幸いなことに、この場にいる面々は湖の主の件でその辺には慣れていた。

 そんな面々をその場に残し、レイはセトと共にその場を立ち去る。

 次に向かうのは、レイにとってはお馴染みの場所……具体的には、レイが野営地で寝泊まりしている時にマジックテントを設置する場所だった。


「あそこまでする必要があるの?」


 セトの毛の中から、ニールセンが顔だけだしてレイに尋ねる。

 ニールセンにしてみれば、少しレイはサービスしすぎなのではないかと思ったのだろう。


「寒さってのは、人間にとってかなり厳しいんだよ。……何人か獣人もいるけど、獣人だからって全員が寒さに強い訳じゃないだろうし。それに明日はダスカー様達が来る。なら、何らかの暖房の用意をしておくのは悪い話じゃないだろ?」

「そういうものなの?」

「いや、ニールセンだって寒いからセトの毛の中にいるんだろうに。寒さが厄介なのは、ニールセンも十分に分かるんじゃないか? ニールセンの場合は木の幹の中に入れば問題はないのかもしれないけど」


 木の幹の中に入れば寒さを凌げる妖精は、それなりに恵まれている。

 しかし冒険者達にはそのような方法が使えない以上、暖房用の炎くらいならいいだろう。

 そう言うレイに、ニールセンは完全に納得した様子ではなかったが頷くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る