3214話
「それは……本気で言ってるのか?」
オイゲンはレイの言葉を聞いて、何かの間違いではないかといったように尋ねる。
オイゲンの横ではゴーシュも口には出さないが、納得出来ないといった表情を浮かべていた。
エレーナとの話……ある意味で逢瀬と言ってもいいのかもしれないが、とにかくそれが終わった後でレイは当初の目的通りセトに乗ってトレントの森にある野営地にやって来ていた。
そして研究者の代表である二人に、明日にでも炎獄で捕獲している穢れを一度解放して、錬金術師達が作ったマジックアイテムを試すと言ったのだが、それに対するのがオイゲンの今の言葉や、不満そうなゴーシュの姿だった。
だが、そんな二人の……そして少し離れた場所で様子を見ている研究者達の視線を受けながらも、レイは素直に頷く。
「ああ、本気だ」
「それでこっちが納得するとでも?」
「お前達が不満に思うのは分かる。だが、それでも俺にしてみれば、この件に関しては絶対に進めさせて貰う。そもそもこれを決めたのは俺じゃなくて、ダスカー様だ。俺が反対されたから無理だと思っても、ダスカー様が考えを変えるとは思えない」
「それは……」
レイの言葉に、オイゲンが不満そうにしながらも黙り込む。
これがレイの決めたことなら、レイに不満を言って……もしくは何らかの取引をして、炎獄の解除を止めて貰うといった真似も出来るだろう。
だが、今回の一件を決めたのはレイではなくダスカーなのだ。
そうである以上、ここでレイに何を言ったところで炎獄の解除は止められないと理解してしまったのだろう。
「しかし、それでももう少しこちらに配慮してもいいのではないか?」
黙り込んだオイゲンに代わり、ゴーシュがそう言う。
本来なら、オイゲンとゴーシュは敵対関係とまではいかずとも、ライバル関係ではある。
しかし、それでも今はこうして何とか事態の打開をする為に協力していた。
そんな二人の姿に少し驚きつつも、レイは改めて口を開く。
「配慮をした上での決定だ。考えてもみろ。もしマジックアイテムの実験が上手くいけば、わざわざ俺が来て穢れを炎獄に捕らえるといったような真似をしなくても、そのマジックアイテムを持っている者がいればどうにかなるんだぞ? これは研究者達にとって決して悪くない出来事だと思わないか?」
言葉に詰まるゴーシュ。
実際、レイの言う通りにマジックアイテムが完成した場合、それは間違いなく研究者達にとって大きな利益となる。
今は穢れが現れたら、それが黒いサイコロであっても黒い円球であっても、とにかくレイが来るまで逃げ続けるしか出来ないのだから。
しかしそれを自分達でどうにかする……結界によって穢れを捕らえることが出来るのなら、オイゲンやゴーシュ達にとって非常に助かるのは間違いない。
間違いないのだが、穢れの異常さを……それこそ攻撃の類はほぼ無効化され、触れた場所は黒い塵として吸収する能力を持っているというのを知っているからこそ、レイの言葉を素直に信じることが出来ないのも事実。
「本当にそのマジックアイテムは効果があるのか?」
「さぁ?」
「……おい?」
ゴーシュがレイの言葉に頬を引き攣らせながら言う。
レイはそんなゴーシュを見つつ、改めて口を開く。
「そもそも、錬金術師達が作ったマジックアイテムが本当に効果を発揮するかどうかを確認する為に試すんだろう? それに……多分だけど、試験をするマジックアイテムは結構な数になる。失敗するのもあれば、成功するのもあると思うぞ」
具体的にどのくらいの錬金術師達が明日の試験に参加するのかは、レイにも分からない。
分からないが、それでもレイが予想している限り……レイがトレントの森で伐採した木を持っていった時に珍しい素材が何かないかと言い寄ってくる錬金術師達の数を考えれば、一人や二人ということがないのは間違いないだろう。
その錬金術師達は、木材に魔法的な処理をする為にわざわざ集められた者……つまり性格はともかく、能力としては優秀なのだ。
勿論、ギルムにいる優秀な錬金術師全員が雇われている訳でもないが、それでも雇われた錬金術師達が全員有能であるというのは、間違いのない事実。
そのような者達が穢れを封じ込める結界のマジックアイテムを作ったのだ。
全てが成功するのはレイも思っていないが、同時に全てが失敗するともレイは思っていない。
ましてや、今回の一件には最も優秀なマジックアイテムを作った者にはクリスタルドラゴンの素材の一部を渡すという報酬を約束している。
そうである以上、全ての錬金術師が必死になってマジックアイテムを作るのは間違いない。
「つまり、恐らくはだけど成功するマジックアイテムもある。……まぁ、それが容易く量産出来るかと言われれば、ちょっと微妙だが」
レイとしては、多少高価な素材を使ってでもマジックアイテムを完成させていれば非常に助かる。
……光金貨でないと購入出来ないような貴重な素材を使ったりされると、さすがに困るが。
(あ、でもその辺の金額はダスカー様が負担することになっていた筈だし、そういう意味ではそこまで問題はなかったりするのか?)
そう思いながらも、考えていたことは表情に出さずに言葉を続ける。
「それにニールセンが戻ってきた以上、今日からはまた俺はこの野営地で寝泊まりすることになる。もし結界のマジックアイテムが失敗しても、俺がすぐ手助けするから心配はいらない」
単純に結界を作るだけのマジックアイテムということであれば、作るのもそう難しくはない。
しかし、ただの結界であれば穢れがあっさりと黒い塵にして吸収してしまうだろう。
その辺が非常に難しいことになるのは間違いなかった。
「レイが……まぁ、それなら……」
渋々といった様子だったものの、それでもゴーシュは納得した様子を見せる。
本心では今でも反対なのだろうが、今回の件はレイではなくダスカーが決めたことだと言われれば、これ以上反対しても意味はないと考えたのだろう。
オイゲンもまた、ゴーシュが納得したのを見たためか、こちらも頷いている。
「悪いな。ただ、繰り返すようだが明日の実験が上手くいけば、俺がいなくても穢れに対処出来るようになるんだ。そういう意味では、今回の件はそこまで悪いことではないと思うぞ?」
「……レイの言いたいことは分かる。だが、現在観察しているのが使い物にならなくなるんだ」
穢れが炎獄から一旦出た時点で、それまでの観察は意味をなくす。
完全に意味をなくす訳ではないのだろうが、それでも再度結界に捕獲することになった穢れを、炎獄からの続きという風に観察出来る訳ではない。
そもそも、一度炎獄から出た時点で、穢れもまた元気になってもおかしくはないのだから。
「その辺については、悪いが諦めて貰うしかないな。結界のマジックアイテムが普通に使えるようになれば、これからはもっと観察をきちんと出来るようになるんだし」
「だが、それは成功すればだろう?」
「そうなる。ただ、どのみち実際に使ってみる以上、そういうものだと思って貰うしかない」
レイのその言葉に、オイゲンやゴーシュも納得するしか出来なかった。
「さて、取りあえずこの件についてはこれで終わりだ。後は他の研究者達に説明をしてくれ」
レイはそう言い、話を切り上げるのだった。
「ねぇ、レイ。明日の件でマジックアイテムが上手く動いたら、すぐに出発するの?」
オイゲンやゴーシュについての話が終わると、レイはニールセンからそう聞かれる。
ニールセンのその言葉に対し、レイは少し悩む。
「どうだろうな。俺としては出来るだけ早く行きたいとは思っている。けど、結界のマジックアイテムで穢れが本当に餓死するのかどうか。それを確認してからじゃないと、出発するのは難しいと思う」
一時的に穢れを結界内に捕獲することに成功しても、しっかりとその穢れが餓死するのかどうかは分からない。
もし結界に捕獲が成功したからと、それだけで問題はないと判断してレイが穢れの関係者の拠点に向かった後で、穢れが結界から出たり、あるいは穢れが餓死する前に結界が解除されたりといったようなことになった場合、どう対処をするのか。
結界のマジックアイテムがまだ複数あるのなら、それを使って再び結界に捕獲するといった真似も出来るだろう。
しかし、結界が解除された場合に近くにある木か何かに触れて黒い塵を吸収した場合……結界に捕らえても、それは意味がなくなってしまう。
その辺が本当に大丈夫なのかどうかを確認してから、レイとしては次の行動に移りたい。
「出来れば、雪が降る前に穢れの件を解決したいんだけど……難しいだろうな」
既に季節は冬になっており、いつ雪が降ってもおかしくはない寒さだ。
いや、例年なら既に初雪が降っている頃だろう。
今年は偶然初雪が遅くなっているだけだが、その初雪もいつ降り始めてもおかしくはない。
この野営地でも、寒さを多少なりとも和らげる為だろう。多数の焚き火が行われている。
これが室内なら、焚き火の熱もそんなに逃げないだろう。
しかし、焚き火を行ってもそれはあくまでも外でだ。
焚き火の近くにいる者ならそれなりに暖かいだろうが、少し離れると寒風によって身を縮こまらせている者もいる。
(魔法を使って炎を出した方がいいか?)
当初の予定では、湖の主が燃えていることによって、その熱が多少なりとも周辺に広がっている筈だった。
しかし、その主も既に燃えつきている。
野営地にいる冒険者は、ギルドから優秀と判断された者達だ。
それはつまり、寒さ対策のマジックアイテムやスキル……そこまでいかずとも、モンスターの素材を使った暖かな上着を着たりと、何らかの手段で寒さに対処する方法を持っていてもおかしくはない。
いや、寧ろそのような対処方法があるからこそ、ギルドから優秀な冒険者と認識されているのだろうが。
「レイ? どうしたの?」
「いや、野営地に魔法で炎でも作った方がいいかと思ってな」
尋ねるニールセンに、レイはそう返す。
そんなレイの言葉に、ニールセンは周囲の様子を見て頷く。
「そうね。もう大分寒いし……しかも夜や朝方になればもっと寒いんでしょう? なら、少しでも快適になる方がいいかもしれないわね」
ニールセンも寒いのは決して好きではない。
だがドラゴンローブや、木の幹の中に入るという手段がある。
……もっとも、木の幹に入っている状態で穢れに襲撃され、その木が黒い塵にされてしまえば意味はないのだが。
「じゃあ、フラットを探して話をしておくか」
さすがに勝手に野営地に炎を生み出すような真似は出来ない。
もしやるのなら、野営地の指揮をしているフラットの許可が必要だった。
……実際には、勝手にやってもフラットは不満を言ったりはしないだろう。
寧ろ助かったと感謝の言葉を口にしてくる筈だった。
だが、それでも今すぐ緊急に炎を生み出さないといけない訳でもない。
なら無理をするような真似はせず、きちんと話を通しておいた方がいいのは間違いなかった。
「ふーん。まぁ、レイがそれでいいのなら構わないんじゃない? 私はセトの毛の中でゆっくりしてるから、好きにすれば?」
「ん? それでいいのか?」
ニールセンのことなので、てっきり自分から離れた場所にいると、そう言うと思っていたレイは驚く。
ニールセンは野営地にいる冒険者達や研究者達を決して好んでいない。
妖精に興味を持たない者ならともかく、妖精好きの冒険者や研究者にはうんざりとするし、研究者の中には妖精ということで観察するような視線を向けてくる者もいる。
後者よりは前者の方がまだ許容範囲内だが、だからといって妖精好きの面々をニールセンが好ましく思っているのかと言えば、それは否なのだが。
そんな訳で、野営地にくるとニールセンはレイ達からも距離を取り、周囲に生えている木の枝であったり、木の幹の中だったりにいることが多い。
長から連絡があった時はすぐレイに知らせる必要があるので、ある程度近くにいる必要があったが。
「いいのよ。今回の旅で私もそれなりに成長したんだから」
本当に成長している者が自分で成長したと言うか?
そう思わないでもないレイだったが、別にそれでレイが困る訳でもないので、特に突っ込まない。
「分かった。ニールセンがそれでいいのなら、俺はそれで構わない。じゃあ、行くぞ」
「グルルゥ」
レイの言葉にセトが喉を鳴らし、ニールセンはそんなセトの毛の中に潜り込む。
見掛け以上にフサフサとしたセトの毛は、その中にニールセンが入っても外からは全く分からなかった。
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