3213話
「やっぱりすぐだな」
「キュウ!」
レイの言葉に、一緒にセトに乗っているイエロは嬉しそうに喉を鳴らす。
レイの視線の先に存在するのは、ギルムの貴族街に存在するマリーナの家。
領主の館からマリーナの家まではそれなりに距離があるが、セトの翼ならそれこそ一分も掛からずに到着する。
何しろトレントの森からギルムまでも数分程度で移動出来るのだから、同じギルムの中での移動となれば殆ど時間が掛からないのは当然だった。
「私もマリーナの家に行くのは久しぶりね。何か美味しい料理があるかしら」
イエロとは別に、こちらもまたセトに乗っているニールセンがそう自分の願望を口にする。
そんなニールセンの様子に呆れつつも、その言葉で少し腹が減ったと思うレイ。
そんなことを考えていると、セトが地上に向かって……マリーナの家に向かって降下していく。
(先に領主の館にセトが降りたし、今はマリーナの家の周囲に人はあまりいないか?)
見る間に近付いて来る地上の様子を見ながら、レイはそんな風に思う。
とはいえ、領主の館に降りた時はセト籠を持っていた。
地上からは見つけにくいものの、それでも見る者が見ればもしかしたら見抜くことが出来るだろう。
あるいは斜め下からならセト籠の存在に気が付いたかもしれない。
もしくはセト籠を一度下ろして再び上空に戻ったセトの姿を見た可能性もあった。
セトが領主の館に直接降りてもいいという許可を貰ったのを知っているのがどのくらいなのかは、生憎とレイにも分からない。
しかし、情報収集を念入りにしている者なら、その辺は知っていてもおかしくはないだろうと思った。
そして少しでもレイが来たという情報を知る為に、領主の館の近くにも人を派遣していてもおかしくはない。
……もっとも、あまり露骨に領主の館の近くで見張っていれば、怪しい人物として警備兵や騎士達に捕まる可能性もあったが。
レイにしてみれば、そのようなことがあっても特には気にならない。
自分達の都合で領主の館を見張っていて、それで不審者として捕まったのなら自業自得だろうと思う。
そう考えていると、ちょうどセトがマリーナの家の中庭に着地し……
「うわあっ!」
同時に聞こえてきた驚き……というよりは悲鳴に、レイは視線を向ける。
「あー……」
やっちまったか。
言葉には出さないが、レイの表情はそう言っていた。
もっとも、ドラゴンローブのフードを被っているので、その表情は大半が隠れていたが。
(考えてみれば当然か)
エレーナがマリーナの家にいるのは、既に多くの者が知っている。
冬となったことでギルムから出ていった者も多いが、貴族街に住む者達を始めとして、まだギルムに残っている者も多い。
そんな者達の中には、今だからこそ……冬となって人が少なくなったからこそ、エレーナと面会をしたいと考える者はいる。
そしてちょうど現在、マリーナの家の中庭ではエレーナが顔見知りの相手と面会をしていたのだ。
そんな場所に、突然レイがセトに乗って降りてきたのだから、それに驚くなという方が無理だろう。
なお、見知らぬ相手がいるということで、ニールセンは見つからないようにレイの後ろに隠れていた。
「レイか。……すまない、マルボン殿。今日の会談はこの辺りで切り上げてもいいだろうか」
「え? は……いや、ちょっと待って下さいエレーナ様! そこにいるのはレイですよね!? 少し話したいんですが、構いませんか!?」
最初はいきなりセトが上空から降ってきたことに驚いていたマルボンと呼ばれた男だったが、そのマルボンは自分の目の前にいるのがレイであると知ると、慌ててエレーナに向かってそう言う。
マルボンにしてみれば、レイと話せる……そしてクリスタルドラゴンの素材を入手出来るかもしれない、絶好の機会なのだ。
そうである以上、ここですぐに帰るという選択肢は存在しない。
ただ……そんなマルボンの態度が、エレーナにどう見えるのかというのは、考えるべきだった。
普段なら、マルボンもその辺りについて考えることが出来ただろう。
「アーラ」
短くアーラの名前を呼ぶエレーナ。
アーラはそんなエレーナの言葉だけで何をするべきなのかを理解し、マルボンを丁重に……だが逃げ出せないようにしっかりと捕まえて中庭から出る。
「ちょっ、エレーナ様!? 一体何で……」
何かを叫ぶマルボンだったが、エレーナはそれを聞き流す。
マルボンは自分の何がエレーナの機嫌を損ねたのかは分からないものの、必死になってアーラから逃げ出そうとする。
しかし、アーラは女とは思えない程の剛力の持ち主だ。
貴族として生活していたマルボンがアーラの手から逃れられる筈もない。
必死になって叫ぶマルボンだったが、アーラはそんな相手に構わずに中庭から出ていく。
「えっと……いいのか? 一応エレーナの客だったんだろう?」
「うむ。客なのは間違いないが、好ましい客ではなかった。そういう意味では、こうしてレイがやって来てくれたのは嬉しいことだ。……イエロ、元気だったか?」
「キュウ!」
エレーナの言葉に、イエロは嬉しそうに鳴きながらエレーナに向かって突っ込んでいく。
エレーナはそんなイエロを捕まえると、嬉しそうに笑みを浮かべつつ撫でる。
イエロにしてみれば、エレーナと長期間離れるのは別にこれが初めてという訳でもない。
しかし、それでもこうしてエレーナと久しぶりに会ったのは嬉しく思えたのだろう。
そんなエレーナとイエロの様子を邪魔するのもなんなので、レイは黙って見ている。
するとマルボンをマリーナの家から追い出したアーラが戻ってきて、レイに向かって頭を下げた。
「レイ殿、元気なようで何よりです。……イエロが戻ってきたということは……」
「そうよ! 私も戻ってきたの!」
じゃじゃーんという音がどこからか聞こえそうな様子で、レイの後ろに隠れていたニールセンが姿を現す。
ただし、ニールセンはそうして自分が戻ってきたというのを自慢すると、すぐ中庭にあるテーブル……正確にはテーブルの上にある焼き菓子に向かって突撃する。
「どうやら、無事に戻ってきたようで何よりです」
「ああ、イエロもニールセンも無事に戻ってきたのは俺にとっても嬉しいよ。それに何をどうなったのか、ドッティという頭のいいハーピーもテイムしてきたおまけ付きだ」
「それは……確かに凄いですね。テイムというのは、そう簡単に出来るものではないというのに」
「ふふん。凄いでしょ。……でも正直なところ、私やイエロは別に何かをした訳じゃないのよ? ドッティが自分から近付いてきて一緒に行動するようになったんだし」
ニールセンにしてみれば、別にドッティをテイムしたという認識はない。
寧ろ自分の友達であると認識している。
「ふむ、テイムか。……では、早速見せて貰うとしよう。イエロ、いいか?」
「キュウ!」
エレーナの言葉に、イエロは問題ないと鳴き声を上げる。
それを聞いたエレーナは、イエロと頭を触れさせる。
イエロが今回どのような経験をしてきたのか、それを見ているのだろう。
「そう言えば、マリーナやヴィヘラ、ビューネはどうした?」
「三人とも、現在は少し出掛けています」
「そうなのか。出来ればマリーナやヴィヘラには話をしておきたかったんだがな」
「何があったのでしょう?」
アーラはレイの言葉に疑問を口にする。
レイは別にそれを隠す必要もないので、再び焼き菓子を食べているニールセンを見ながら口を開く。
「イエロやニールセンが見つけてくれた場所に、穢れの関係者の拠点と思しき場所があるんだけど、近いうちにそこを制圧しにいこうと思っている。その時、マリーナとヴィヘラを連れていきたいと思って。出来ればエレーナにも来て欲しいけど……」
最後まで言わずとも、アーラはレイが何を言いたいのかを理解する。
「エレーナ様は、そう簡単にギルムから離れる訳にはいきませんしね」
「そうなんだよな。出来れば一緒に来て欲しいけど」
穢れの関係者の拠点には一体どのような相手がいるのか分からない以上、レイとしては出来れば戦力を万全にしたい。
特にエレーナは姫将軍の異名を持つだけの実力を持つし、何かあった時にもそのネームバリューが大きい。
ニールセンから話を聞いたところによると、騎士達が穢れの関係者とぶつかっている。
もしその騎士の仲間がニールセンの見つけた岩の幻影によって隠された洞窟にやって来たら、エレーナの存在は非常に大きな意味を持つだろう。
一応レイも深紅の異名持ちで、それなり以上に名前が知られている。
だが、それでも異名の重みということになれば、姫将軍の方が深紅よりも上だろう。
これはエレーナがレイよりも上ということではなく、そのバックボーンに大きく影響している。
エレーナの家はミレアーナ王国にとって大きな影響力を持つ、ケレベル公爵家だ。
その令嬢であるエレーナの存在は、異名持ちではあってもただの冒険者でしかないレイとは周囲に与える説得力が違いすぎる。
もっとも、レイは異世界から来た存在で、今では失われた魔獣術の継承者なのだが……その辺については、本当にレイに近い者達しか知らないことだ。
そんな訳で、騎士達に遭遇した時のことを考えると、やはりエレーナの存在は頼りになる。
(ヴィヘラは出奔している以上は皇女というのを公には出来ないし、マリーナは……どうだろうな?)
マリーナはギルドマスターとして非常に有名な人物だ。
ミレアーナ王国に唯一辺境に存在する街のギルムで長年ギルドマスターをやっていたということは、冒険者やギルドに対して非常に大きな影響力となる。
あるいはエルフやダークエルフに対しても、世界樹の巫女というのは大きな影響力を持つだろう。
だが、相手が騎士となると、マリーナの影響力は発揮しにくい。
……実際にはニールセンが見た騎士達を率いていた小隊長は元冒険者なので、マリーナの名前を知ってる可能性は十分にある。
だが、ニールセンは小隊長が元冒険者だとは知らないし、当然ながらニールセンから事情を聞いたレイも、小隊長が元冒険者であるとは知らない。
「残念だが、仕方あるまい」
レイとアーラの会話を聞いてそう言うエレーナだったが、実際には自分も行きたいと思っているのは明らかだ。
縦ロールの髪を弄っているのを見れば、エレーナに仕えてそれなりに長い時間が経つアーラにはそれが分かった。
レイもそこまではっきりとは分からなかったが、それでも今の状況を思えば何となく予想は出来る。
「そういう訳で、近いうちに出掛けることになるから話を通して置こうと思ったんだけど、いないなら仕方がないか。今日の夜にでも対のオーブで話してみるから、ある程度の説明はしておいて欲しい」
そう言い、レイは今日の一件について話す。
そんな中でもエレーナやアーラが驚いたのは、やはり野営地にある炎獄を解除してまでマジックアイテムについて試すと知った時だろう。
エレーナやアーラは、そこまで穢れと深く接している訳ではない。
エレーナは一度トレントの森で竜言語魔法を使って穢れを倒したが、言ってみればそれだけだ。
……もっとも、それだけのことが大きく評価され、現在ではレイ以外に唯一穢れを倒すことの出来る人物と認識されるようになってしまったのだが。
「炎獄を……? 大丈夫なのか?」
「エレーナが心配してるのは分かるけど、俺もいるからいざという時は魔法で倒すよ」
あっさりと言うレイに、エレーナも納得したように頷く。
レイの実力をきちんと知ってるからこそ、素直に頷くことが出来たのだろう。
そうしてレイの言葉に納得すると、そこから雑談が始まり、五分程が経過し……
「それにしても、岩の幻影はかなり緻密なものだった。恐らく幻影と知らなければ、本物の岩と見間違えるくらいに。レイが行くのなら、その辺は気を付けた方がいい」
不意にエレーナがそう忠告する。
何故急にそのようなことを言ったのかは、レイも特に気にはならない。
エレーナが先程イエロの記憶を見ていたのを知っている為だ。
その記憶の中で、洞窟を塞いでいるという岩の幻影を見たのだろうと予想するのは難しい話ではない。
「そんなにか?」
「うむ。見ただけでは普通の岩と全く違いが分からない。……穢れの関係者の中には凄腕の魔法使いがいるのか、それともその手のマジックアイテムでも持っているのかは分からんが」
「出来ればマジックアイテムであって欲しいところだけど、どうだろうな」
もし岩の幻影がマジックアイテムによるものなら、マジックアイテムを集める趣味を持つレイにしてみれば、それを入手……いや、奪取しないという選択はない。
色々と使い勝手がよさそうなマジックアイテムだろうと予想しつつ、レイはエレーナとの時間を楽しむのだった。
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