3190話

「これは……」


 騎士団の小隊長は、目の前に広がっている光景に唖然とする。

 それは小隊長だけではなく、部下も同様だった。

 目の前に広がっている森は、決して小さくはない。

 かといって大きい訳でもない、ごく普通の森だ。……本来であればの話だが。

 そんな森の一部が荒廃という表現が相応しい状況になっている。

 木々が倒れ、あるいは折れ、草や土が引っ繰り返されていた。

 中にはこの光景を作った何かに巻き込まれたのだろう。鹿や猪、ウサギといった動物の死体もある。

 だが……このような光景にはなっているのに、それを作っただろうモンスターの姿はどこにもない。

 あるいはこの光景を作った巨大な鳥のモンスターが小隊長達の方に飛んでいけば、もしかしたらお互いに遭遇した可能性もあったが、幸か不幸かそのようなことはなかった。


「しょ、小隊長。これ……どうします?」


 部下の言葉で、小隊長は我に返る。

 あまりと言えばあまりの光景に、完全に目を奪われていたのだ。

 だが、我に返ればすぐに指示を出す。


「見たところ、ここに敵はいないらしい。これなら周辺に被害が出る危険は少なくなった筈だ。……もっとも、これを行ったモンスターがどこに行ったのかによってはどうなるか分からないが」

「それは……」

「取りあえず、手掛かりを探すぞ。それによっては、これを行ったモンスターが次にどこに行ったのかを予想出来るかもしれない」


 小隊長の言葉に、騎士達はすぐに動く。

 全員が真っ先に向かったのは、当然ながら荒れている中の始点となっただろう場所。

 森の外から何らかの攻撃をしたという意見は全く出ない。

 もしそのような攻撃をしたのなら、森の一部で唐突にその攻撃の痕跡が消えているのが不自然だからだろう。

 つまり、森の中から森の外に向かって攻撃を行ったということは、皆が容易に想像出来た。

 そして攻撃の始点と思しき場所に到着すると……


「鳥型のモンスターだな。それもかなりの大きさだ」


 一分もしないうちに、そう結論づけられる。

 当然だろう。攻撃の始点と思しき場所には、羽毛が……それも巨大な羽根が多数落ちていたのだから。

 この羽毛は、ニールセンが妖精魔法を使って巨大な鳥のモンスターの身体に蔦を巻き付けた時、翼から生えている羽根に蔦が巻き付き、それを嫌がって巨大な鳥のモンスターが暴れた結果、抜けたものだ。

 人間にしてみれば、体毛を一本ずつ……あるいは数本纏めて引き抜かれたかのような、そんな痛み。

 そのような痛みが何度も続いたのだから、巨大な鳥のモンスターが苛立ちを覚えてブレスを放つのも無理はないのだろう。

 数十の羽根が地面に落ちているのを見た小隊長は、嫌そうな表情で空を見る。

 これだけの大きさの羽根ということは、森をこのようにしたモンスターは間違いなく巨大な鳥のモンスターだったと、そう予想したのだ。


(これは、いなくて助かったんだろうな。……空を飛べるから、辺境を出てここに来たんだろうけど。厄介な真似をしてくれる)


 小隊長は、この件がどう決着するのかを考えて頭を抱える。

 これだけの光景を作ったモンスターだ。

 ここからいなくなったとはいえ、それではい終わりとはならない。

 この領地と隣接する他の貴族達にもこの件について知らせる必要があるし、知らせてもそれを素直に信じるのかといった問題もある。

 この領地と隣接している他の貴族の領地は、この領地を治める貴族と友好的な存在もいれば、敵対的な存在もいる。

 この中で友好的な存在は、素直に危険だというのを受け止めるだろう。

 だが、敵対している貴族の場合は、これが何らかの策略ではないかと疑ってもおかしくはない。

 中にはそのモンスターはこの領地を治める貴族が攻撃する為に用意したと思ってもおかしくはない。

 それが原因になって、戦争になるといった危険もあるだろう。

 そして戦争になれば、民間人にも被害が出る。

 また、小隊長も戦争に参加することになる筈だ。

 だからこそ、この先のことを思えば頭が痛くなるのだ。


(せめて、このモンスター……恐らく巨大な鳥のモンスターなんだろうが、それをここで倒すことが出来ていればな。ん? いや、ちょっと待て)


 自分の言葉に、ふと違和感を抱く。

 それが何なのかは、地面を見れば明らかだ。


「このモンスターと戦っていた存在がいた、のか?」


 考えてみれば当然の話なのだが、何もなければいきなりこのような光景を作るような真似はしない。

 勿論、モンスターの中には意味もなく力を使うといったことをする者もいるかもしれないが、その割には地面に多数の羽根が落ちていたのだ。

 何の意味もなくこのような真似をしたのなら、こんなに多数の羽根が落ちるといったことはない。

 それはつまり、何らかの敵と戦っていてこれだけの羽根が落ちるダメージを受けた結果が今の森の状況だと、そう判断してもおかしくはなかった。

 ……実際には、ニールセンが妖精魔法によって蔦を使い、それを嫌がった巨大な鳥のモンスターが暴れることによって蔦の絡まった羽根が抜けるといったことになったのだが。

 小隊長も、そこまで見通すようなことは出来なかった。


「小隊長、では一体どんな存在がそんな巨大な鳥のモンスターと戦うような真似を? こうして見たところ、それらしいモンスターはいませんが」


 騎士の一人が周囲を見回しながら言う。

 場合によっては、強敵と戦うことになるかもしれないだけに、その表情は真剣だ。

 現在騎士達がいるのは森の中だけに、探している相手がどこかに隠れている可能性は否定出来ない。

 しかし、騎士達にしてみれば、これだけ巨大な羽根を持つ相手と戦ったモンスターである以上、その大きさもかなり巨大であるという認識があった。

 冒険者の中には、レイを始めとして人間であっても巨大な敵と戦い、勝利することも珍しくはないのだが。

 だが、モンスター同士の戦いの結果であると認識している小隊長は、部下の言葉に少し考え、やがて口を開く。


「これはあくまでも可能性……それも多分に都合のいい可能性だが、巨大な鳥のモンスターによって起こされたこの攻撃によって肉片も残さず消滅してしまったという可能性もあるな」

「それは……では、巨大な鳥のモンスターの方が消滅したという可能性もあるのでは?」


 騎士の一人がそう言うが、小隊長は首を横に振る。


「いや、ここを見る限りでは攻撃の起点に羽根がある。つまり、この攻撃をしたのが巨大な鳥のモンスターであるのは間違いない」


 小隊長の言葉には十分な説得力があり、それ故に話を聞いていた騎士達は納得する。


「小隊長の言う通りなら、凄く助かるんですけどね。これだけの光景を生み出す存在が二匹もいて、最悪の場合はその双方と戦うようなことになったらと考えると……」

「まさに最悪だな。それこそ、ギルムから冒険者を呼んでモンスターの討伐を頼むしかなくなるだろう」

「寧ろ最初からそうした方がいいんじゃないですか? 高ランクモンスターが実際に現れてからギルムに連絡をして冒険者を派遣して貰うとなると時間が掛かりますし。それに……」


 騎士の一人がそこで言葉を止めて空を見る。

 そこには曇天とまではいかないが、それなりに多くの雲が浮かんでいた。

 もう季節的には冬になっており、いつ雪が降ってきてもおかしくはないのだ。

 そして雪が降れば移動は困難になる。

 そのようなことになるよりも前に、前もってギルムから冒険者を呼んできた方がいいという騎士の意見は、決して間違ってはいない。


「そうだな。俺もどうせならそれがいいと思う。これが高ランクモンスターがいるかどうか分からないのならともかく、間違いなくいるのだから。それも最低一匹。場合によっては二匹以上」

『え?』


 最大で二匹と思っていたのだろう。

 騎士達の口から意外そうな声が漏れる。


「巨大な鳥のモンスターは、さすがに一匹だろう。だが、それと戦っていた敵が一匹とは限らない」

「それは……実際に出て来たら危険そうですね」

「そうだ。だから、ここに何か手掛かりがないか調べるぞ。出来れば何らかのモンスターの死体があって欲しいんだが……見つけるのは難しいかもしれないな」

「動物の死体はそれなりにあるんですけどね」


 破壊の痕跡を見て、騎士の一人がしみじみと呟く。

 その言葉に、何人かが嫌な……というか、勿体ないといった表情を浮かべる。

 本来なら、動物が死んでる以上、それは肉として食べられる。

 しかし、ここで殺された動物達はどのようなスキルによって殺されたのか分からないのだ。

 折れた木に押し潰されたり、風のブレスで吹き飛ばされてまだ無事だった木や岩に叩き付けられたりして死んだ動物が大半だったが、死因はともかく、具体的にどのようなスキルだったのか、ここにいる者達には分からない。

 もしかしたら毒であったりする可能性もある以上、死んでいる鹿や猪といった動物を食肉として使うことは避けるべきだった。

 だからこそ、勿体ないと思ったのだろう。


「とにかく、今は巨大な鳥のモンスターと戦ったモンスターを探すのを優先とする。この攻撃でダメージを受けて弱っている可能性もあるからな」


 もしかしたら弱っているモンスターを殺せるかもしれない。

 そんな思いからの小隊長の言葉だったが、それを聞いた者達も素直に頷く。

 また、そのような高ランクモンスターを倒すことが出来れば、大きな手柄になるのも事実。

 そうである以上、今はまずここで巨大な鳥のモンスターと戦ったと思しきモンスターを探すのが最優先だった。


「では、二人一組で行動しろ。何かあったらすぐに判断せず、周囲に知らせるように」


 小隊長の指示に従い、騎士達はそれぞれに行動に出る。

 もっとも、この集団はあくまでも小隊だ。

 人数はそこまで多くはない。


「さて、一体何が見つかるかだな。出来れば死体になっていてくれればいいんだが」


 小隊長は呟いてから、自分もまた一歩森の中を踏み出す。

 出来れば騎士だけではなく、冒険者がいてくれると助かると思いながら。

 騎士は戦闘に限定をすれば冒険者に並ぶ……いや、高ランク冒険者ではない、普通の冒険者を相手にした場合、勝ることが多い。

 しかし、それはあくまでも戦闘に限定しての話だ。

 森の中を調べるといったようなことになると、騎士よりも冒険者の方が上なのは間違いなかった。

 だからこそ、高ランクモンスターがいると思しき場所を調べるには、専門家がいた方がいい。

 あるいは冒険者ではなくても、この森に来たことのある者達……具体的には猟師や樵、あるいは山菜や木の実を採りに来たことがある者達がいてくれれば、ある程度は案内が出来ていたかもしれないが……今、ここにいない者を頼っても意味はない。

 何よりもこの森についてある程度詳しくても、このような大規模な破壊が行われてしまった以上、森の中に棲息する動物やモンスター達も普段のままという訳にはいかないだろう。

 そのような場所に案内人を連れて来ても、場合によっては大怪我をする可能性も否定は出来なかった。

 なら、最初からそのような者達を連れてこず、多少不便でも自分達だけで探索を進めた方がいい。

 幸い、小隊長は元冒険者だ。

 もう何年も前に引退はしているが、それなりに森の中での活動経験はある。

 その経験と、この小隊の中で最も強いということもあり、小隊長は部下達には二人一組で活動するようにと指示をしておきながら、自分は一人で行動していたのだ。


(特にこれといった特徴がある訳でもない、普通の森だな。……何でこんな場所で高ランクモンスターが争うようなことになったんだ? ただ偶然ここで遭遇しただけ? 辺境でも何でもないこんな場所で、最低でも二匹の高ランクモンスターが?)


 ここが辺境であれば、高ランクモンスター同士が争っていても不思議ではない。

 小隊長がかつて所属していたパーティも、何故そんなところにといった感じで現れた高ランクモンスターに蹂躙されたのだから。

 だが、ここは辺境でも何でもない、普通の場所だ。

 ゴブリンやオーク、コボルトといったモンスターは現れることがあるが、高ランクモンスターが現れたというのはあまり聞いたことがない。


「今になってそういうのが起きたってのはな。……冬だっただけいいのか? いや、冬特有のモンスターとかが現れたりしたら、それはそれで面倒なことになるか」


 呟きつつ、小隊長は森の中を進む。

 だが、特に何かこれといったようなものはない。

 もし小隊長がもっと魔法に通じていたり、あるいは魔力を感じる能力があったりすれば、もしかしたら離れた場所にある妖精郷に気が付いた可能性もあっただろう。

 しかし、小隊長にはそのような能力はなく、妖精郷に気が付くといったことはない。


「小隊長!」


 と、不意にそんな声が森の中に響き渡るのだった。

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