3191話
小隊長は自分を呼んだ声のした方に進む。
他の騎士達も周辺の探索をやめ、声のした方に向かっていた。
そうして自分を呼んだ騎士達のいる場所に到着すると……
「これは小屋か?」
目の前にある小屋を見て、小隊長が呟く。
見たままだと、ただの小屋にしか見えない。
小隊長を呼んだ騎士も、少し困った様子で口を開く。
「はい、ただの小屋だと思います。恐らくですが、この森に来る猟師とかが使う小屋かと。ただ、一応念の為に小隊長を呼んだ方がいいかと思いまして」
何かあったらすぐに呼べと言ってある以上、小屋を見つけて少し怪しいと思って小隊長を呼ぶのはおかしな話ではない。
話ではないのだが……それでも、小屋を見つけたくらいで呼ばれるとは、小隊長も思わなかった。
(慎重なのは悪いことじゃないんだがな)
そう思う小隊長だったが、取りあえず小屋の中を見てみようと判断し、小屋の扉を開け……その動きを止める。
「これは……」
「小隊長?」
小隊長を呼んだ騎士が、恐る恐るといった様子で尋ねる。
その騎士と一緒に行動していたもう一人の騎士は、もしかしたらこんな小屋を見つけたことで呼んだことに怒っているのではないかとすら思ってしまう。
だが……そんな二人の騎士の、そして集まってきた騎士達の視線を気にした様子もなく、小隊長が口を開く。
「これは当たりだな。お手柄だ」
「……え?」
まさかの褒め言葉に、小隊長を呼んだ騎士が理解出来ないといった様子で声を上げる。
怒られるのならまだしも、褒められるとは思ってもいなかったのだろう。
「小隊長、どうしたんですか?」
集まってきた騎士の一人が、一体何があったのかという疑問を口にする。
他の騎士達も言葉には出さないものの、小屋の中に一体何があるのかといった疑問を浮かべていた。
「見てみろ」
そんな部下達に、小隊長は場所を空けてそう告げる。
自分が説明するよりも、直接自分の目で見た方が分かりやすいと考えたのだろう。
小隊長の言葉に従い、騎士達は扉に近付き……小屋の中を見る。
「……え?」
真っ先に小屋の中を見た一人の口から、そんな間の抜けた声が上がった。
また、他の者達も同様に小屋の中を見て驚きの声を上げていた。
小屋の外見に比べて、その中はかなりの広さを持っているのだ。
一体何故といった疑問を抱くのも当然だろう。
「これは魔法だな。いや、正確にはマジックアイテムか。冒険者の時、マジックテントというのを見たことがある。外見は普通のテントなのだが、その中はかなりの広さを持つ。……似ているだろう?」
その説明に、話を聞いていた騎士達は素直に頷く。
こうして実際に目の前に外見とは全く違う広さを持つ小屋があるのだから、それに反対するような者がいる筈もない。
「だが……これは……」
目の前の小屋を改めて見て、小隊長は悩む。
空間拡張されているこの小屋がただの小屋でないのは間違いない。
だが同時に、この小屋が原因で高ランクモンスターが争ったのかと言われれば、それに対して素直に頷くことは出来なかった。
この小屋は怪しいが、だからといって高ランクモンスター同士の戦いとは関係がないというのが小隊長の出した結論だ。
(あるいは、召喚されたりテイムされたモンスターがこの小屋を守っていて、そのモンスターを狙って、あるいは小屋を狙って高ランクモンスターがやって来たのなら……可能性はあるか? いや、無理があるな)
自分で組み立てた予想だったが、すぐに無理があると判断する。
そもそも、このような場所に高ランクモンスターがずっといたのなら、前もって話題になっていなければおかしい。
見た者はその場で殺されたから情報が広まらなかったのか?
そうも思ったが、それなら行方不明者が多くなったということで、その件についての情報が騎士団に入っていなければおかしい。
「この小屋は怪しい。非常に怪しいが、今回の高ランクモンスターの一件とは別と考えるべきだな」
「そうなんですか? でも、高ランクモンスター同士が戦った場所にこの小屋があったんですよ? そうである以上、この小屋が無関係とは思えないんですが」
小隊長の言葉に納得出来ないといった様子の騎士がそう言うものの、小隊長は首を横に振る。
「そういう風に考えてもおかしくはない。だが……うん?」
小隊長は不意に何かに気が付いたように、言葉を止めた。
そしてとある方に視線を向け……
「何だ、あれは……」
嫌悪感に満ちた表情で、そう呟く。
それは黒い円球。
直径五十cm程の黒い円球が空中に浮かんで自分達の方に近付いて来ているのだ。
本来なら、そのような存在を見たところでここまで嫌悪感を抱くということはない。
だが、こうして目の前に存在する黒い円球を見た瞬間、本能的とも呼ぶべき嫌悪感を抱いてしまう。
それは小隊長だけではない。
黒い円球を見た騎士達全員が同様だった。
「モンスター……ですよね? まさか動物の筈がないですし」
騎士の一人が長剣を構えながら呟く。
その言葉にも嫌悪感が込められている。
他の騎士達も同様に武器を構えていた。
「だが、モンスターという割にはこちらに攻撃をしてくる様子はないぞ? いや、そもそもモンスターなのかどうかも分からないが」
「一応、ああいう気体状のモンスターというのは存在している。とはいえ、あれを気体と呼んでもいいのかどうかは微妙だがな」
黒い球体であるその身体は、気体かどうかと言われれば素直に頷くことは出来ない。
小隊長の言葉に他の騎士達もそれぞれ納得したように頷くが……
「う……うわあああああああっ!」
不意に騎士の一人が嫌悪感に耐えられなくなったのか槍を手に駆け出す。
自分の抱いている嫌悪感の原因は、この黒い円球だ。
なら、その黒い円球を殺してしまえばいい。
そんな思いを抱いての行動だったのだが……
「馬鹿野郎! 戻れ!」
小隊長が叫ぶも、突撃した騎士はそれを聞く様子はない。
ただひたすら、自分が嫌悪感を抱く存在を消し去りたいという思いで走る。
半ば我を失ったかのような騎士の様子に、小隊長は咄嗟に叫ぶ。
「援護しろ!」
半ば暴走した部下だったが、だからといって見捨てるという選択肢はない。
あるいはもっと冷酷に計算が出来る者なら、部下を捨て駒にして黒い円球がどのような存在なのかを確認するといった手段もあったかもしれないが。
小隊長はそんな性格ではなかった。
そうである以上、暴走した部下を助ける為に動くのは当然のことだった。
そして小隊長の部下達も、それぞれが暴走した同僚を助ける為に動き出す。
武器を手に、同僚の後を追ったのだ。
この場合、これが悪手だとは知らずに。
「うおおおおおっ! 死ねぇっ!」
暴走した騎士は、黒い円球に槍を突き刺す。
……いや、本人は突き刺したつもりだったのだろう。
だが、黒い円球に触れた槍は、黒い塵となってその身体に吸収される。
「え?」
あまりの手応えのなさに、暴走していた男も我に返ってしまう。
これが例えば肉を貫く感触があったのなら、また話は別だっただろう。
だが、黒い円球を貫いた騎士の手には、全く何の感触もない。
そのような状況で、槍はどんどんと黒い円球に呑み込まれていくのだ。
一体何がどうなったのか分からない騎士。
その上、全速力で走ってきての突きであった以上、その一撃は体重が十分に乗っていた。
それはつまり、騎士も急に止まれないということを意味していた。
槍を黒い円球に突き刺したまま、突っ込む騎士。
槍がなくなれば、次に黒い円球に触れるのは……騎士となる。
これで、騎士が攻撃をする時に暴走しておらず、冷静に判断出来る能力を持っていれば、突きを放つ前に速度を緩めるなり、槍で直接突くのではなく投擲するなりといったことも出来ただろう。
だが、暴走している状態でそのような真似は出来ない。
勢いは殺せず、騎士はそのまま黒い円球に突っ込んでしまう。
「が……があああああああああああああああ!」
周囲に響く声。
暴走して我を失っているとはいえ、自分の手が黒い塵に変えられ、黒い円球に吸収されていくというのは、強烈な激痛を感じさせるのだろう。
あるいは痛みではなく、全く未知の感覚だからこその悲鳴か。
その理由はともあれ、それによって騎士が我に返ったのは間違いない。
間違いないのだが……それは数秒にも満たない短い時間だ。
突っ込んだ状態なので、足を止めることは出来ずにそのまま黒い円球に突っ込み……騎士は黒い塵となって吸収される。
「退けぇっ!」
騎士が黒い塵となった光景を見た瞬間、小隊長が叫ぶ。
まだ黒い円球に対する本能的な嫌悪感はあったが、それでも何とか叫ぶことが出来た。
小隊長の声が聞こえた騎士達は、目の前で同僚が黒い塵になって吸収されたのを見て混乱していたものの、小隊長の声で我に返ってすぐに黒い円球から距離を取る。
中には同僚が殺されたことで反射的に黒い円球を攻撃しようとした者もいたが、そのような者も素直に小隊長の言葉に従う。
そんな部下達の様子に安堵する小隊長。
このまま本格的に戦闘になれば、今の様子からして自分達に大きな被害が出ると……それどころか、全滅してもおかしくはないと、そう思ったのだろう。
意味不明な状態なのは間違いない。
何がどうなって部下の騎士が一人死んだのかも分からない。
分からないが、とにかく危険な状態にあるのは間違いない。
「気を付けろ。見たところ、あの黒い円球に触れると、それだけで黒い塵になる! 何がどうなってああいうモンスターが生み出されたのかは分からないが、厄介極まりない相手だ!」
小隊長が指示を出すと、部下の騎士達もその言葉に反論をしないで武器を構える。
何があってもすぐ対処出来るように準備していたのだが……
「あれ? 遅い?」
黒い円球が移動する速度は、決して速くはない。
それどころか、騎士達が本気で逃げれば追いつかれないだろう速度だ。
それだけではない。
黒い円球は、小隊長や残った騎士達に攻撃をする様子もなく、ただ周辺を動き回っているだけだ。
これには残った者達も完全に意表を突かれてしまう。
先程の騎士を一人殺した……いや、吸収した光景を見る限りでは、間違いなく自分達に敵意を持っている存在だとばかり思っていたのだ。
だというのに、現在こうして目の前にいる存在を見る限りでは、特に敵意を抱いている様子もない。
移動速度が遅いのはともかくとして、何故か自分達のいる方に向かってくるといったような真似をするでもなく、周辺を適当に飛び回っているだけなのだから。
だが……そんな黒い円球の様子に戸惑っていた小隊長や騎士達だったが、黒い円球が木に触れた瞬間には、目の前で起きた光景に息を呑むことになる。
先程、騎士の一人が触れた時に黒い塵となって吸収された。
それは分かっているのだが、まさか別に敵対している訳でも何でもない、ただの木に対しても、ただ触れただけでそのような事になるとは思ってもいなかったのだ。
だが、目の前で黒い円球に触れた木の一部が黒い塵となって吸収されているのを見れば、再度の光景に驚くなという方が無理だった。
「撤退するぞ……この黒い円球が何なのか分からないが、もしかしたらこれがあの光景を作り出した原因かもしれない」
小隊長が緊張を滲ませた声で部下達に告げる。
実際には全く関係ないのだが、小隊長達にしてみれば森の破壊の調査に来て、そこにこの黒い円球がいたのだ。
ましてや、見ているだけで本能的な嫌悪感を抱かせたり、何より触れただけで黒い塵として吸収するといった能力を持っている存在だ。
黒い円球と森の破壊を関連付けるなという方が無理だった。
(もしかしたら、あの森を破壊した巨大な鳥のモンスターもこの黒い円球に吸収されてしまったのかもしれないな。こいつは一体何なんだ? 危険だ。危険すぎる)
完全に勘違いをしている小隊長だったが、何も知らない状態でこの森に来たのだから、誰にもそれを責めることは出来ないだろう。
「いいか、あの黒い円球が厄介なモンスターなのは間違いない。だが、それでも動きそのものは遅い。そうである以上、逃げるのは難しくない筈だ」
「でも小隊長。追ってきたらどうするんです? 幾ら移動速度が遅いとはいえ、あれが全力だとは考えられません。一撃を入れて怯ませてから逃げた方がいいのでは?」
「けど、あの様子を見る限りだとこっちが攻撃をしない限りはこっちに攻撃しないんじゃ?」
「モンスターの行動を都合のいい方に信じろと? なら……」
「そうですね。そのような真似をされると少し困ります。なので……こうしましょう」
不意に聞き覚えのない声が、小隊長達の耳に入ってきたのだった。
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