3141話
オイゲンに対する説得を何とか成功させたレイは、いつも自分が寝泊まりしている場所にやって来ると、そこで対のオーブを使う。
日中だし、エレーナは忙しいかもしれないけど……と思っていたレイだったが、予想外のことに対のオーブにはエレーナの美貌が映し出される。
「エレーナ、こんな時間にいいのか?」
『それは、連絡をしてきたレイが言うべき言葉ではないと思うが?』
レイからの連絡は嬉しかったのだろうが、そのレイの口から出た言葉に呆れた様子を見せるエレーナ。
レイはそんなエレーナの様子を理解しながらも、少し困ったように言う。
「エレーナがこうしてすぐに対のオーブに反応してくれたのは嬉しいが、忙しいんじゃないかと思ってな」
『レイの言いたいことも分かるが、今はそこまで忙しくないな。冬になるということで、私に面談を求める者達も大分減ったらしい』
その言葉に、レイはなるほどと頷く。
ギルムに……そう、一種の赴任をしているような形の貴族達はともかく、増築工事の関係でやって来ている貴族や商人達――この場合はそこらの商人ではなく、大商人と呼ぶべき規模の者達――もいる。
そのような者達は、ギルムで増築工事の為に働いている者達と同様に、冬になる前にギルムを発つ必要がある。
理由そのものは、増築工事で働いていた者達とは大きく違うのだが。
とにかくそのような理由により、エレーナと会おうとしていた者達の数は減る。
勿論エレーナと会おうとするのはギルムできちんと屋敷を構えている者達もいるので、完全にいなくなる訳ではないのだが。
「幸運だった……というか、自然な流れだった訳か。とにかくこうしてエレーナと連絡が出来てよかった。それで……」
『少し待って欲しい。レイが何を言いたいのかは気になるが、それよりも前に私の方からも連絡がある』
「エレーナから? 何だ?」
レイの意見……穢れの関係者の拠点や他の妖精郷の件については、重要な情報ではあったが、別に一秒でも早く知らせなければならない訳でもない。
そうである以上、まずエレーナの話を聞いてからでも問題はなかった。
『領主の館の件だ。ダスカー殿が部下の説得に成功したから、次からは庭に直接降りても構わない』
「……それは、また……」
エレーナから言われた内容は、レイにとっても悪い話ではない。
いや、それどころか望んでいた内容ですらあった。
そうである以上、本来なら喜んでもいい筈なのだが、いきなりのことだったからか、意外だという思いの方が強い。
とはいえ、それでもこれから非常に楽になったのは間違いのない事実。
「そうなると、エレーナに知らせる件も俺が直接領主の館に行って話した方がいいのか?」
今まではエレーナしか対のオーブを持っていなかった為、レイがダスカーに何かを知らせる場合、エレーナを経由してダスカーに連絡を取る必要があった。
しかし、エレーナは目立つ。
また、マリーナの家にもレイがいつ戻ってくるのかを知りたい者達が見張りを出しているので、エレーナの存在は余計に目立つのだ。
そんなエレーナが何度となく領主の館に行くということになれば、こちらもまた目立つ。
……貴族派の中には、アーラのようにエレーナを強烈に慕っている者も多い。
もしそのような者達に事情を知られたら、エレーナを使いぱしりにしてるということでレイがかなり恨まれる危険もあった。
実際にそのようになるのかどうかは、生憎とレイにも分からなかったが。
『そうした方がいいと思う。もっとも、私としてはレイの為に行動出来るというのは決して悪くはない気分だったのだが』
「そう言って貰えると、嬉しいのか残念なのか微妙な気分だな。……とにかく、その件については分かった。なら、次はこっちの番だな。実は穢れの関係者の拠点を見つけた……かもしれない」
断言出来ないのは、やはり妖精経由の話であって自分で直接見ていないからだろう。
また、長からの話を聞く限りではトレントの森の妖精郷にやって来たのは別の妖精郷の中でも長に次ぐ実力を持つ者……つまりニールセンと同じような存在なのだが、それもまたレイがその妖精の言葉をどこまで信じていいのか微妙な気分にさせられる理由だった。
実際にはわざわざトレントの森の妖精郷までやって来るのだから、勘違いということはないだろうと思う。
思うのだが、それでもやはりニールセンと同じような存在と言われれば……それを素直に信じることが出来なかった。
もしレイのこの思いをニールセンが知れば、不満に思ってふて腐れる、あるいは拗ねるだろう。
だが、レイとニールセンの付き合いは何だかんだとそれなりに長い。
そうである以上、レイは自分の考えが間違っているとは思っていなかった。
『それは……随分と予想外の方向から話が来たものだな』
「ああ、俺にとっても予想外だった。とはいえ、妖精達には穢れについての言い伝えが残っていたんだよな。トレントの森の妖精郷の長だけが穢れについての情報を持っていたのかと思ったんだが、どうやら妖精全体に伝わっているらしい。いやまぁ、本当に全ての妖精に情報が伝わってるのかどうかは分からないけど」
レイにしてみれば、妖精が具体的にどのくらいいるのかも分からない。
あるいは長なら他にどのくらいの妖精郷があるのか知ってるかもしれないが、それをレイに教えるといったことはなかった。
これは長がレイに意図的に知らせていないのか、それともただ伝え忘れているだけなのか、その辺はレイにも分からない。
ただ、長の性格を考えると恐らく前者なのだろうと予想は出来たが。
(長が俺に感謝しているからといって、妖精についての秘密……他にどのくらいの妖精郷があるのかとか、そういうのを俺に知らせるとは思えない。そういうのはしっかりとしてそうだしな)
長がレイに感謝しているのは間違いない。
だが、だからといって妖精の秘密を無条件でレイに話すかと言われれば、それは否だ。
もしレイが妖精の秘密を教えろと長に詰めよるようなことがあれば、それこそ長はレイとの間にある関係を切ってもおかしくはない。
「そんな訳で、他の妖精郷に行くにもまずはニールセンを派遣するという流れになってるんだが……そのニールセンが、あまりやる気じゃないんだよな」
『ふむ。……イエロを出そうか? ニールセンが行きたくないと言ってるのは、一人だと寂しいからというのもあるだろう。だが、そこにイエロが一緒にいればどうなる? 以前ニールセンがマリーナの家に来た時、ニールセンとイエロはそれなりに友好的だったし』
「それは……いいのか?」
レイにしてみれば、それでニールセンがやる気になってくれるのなら、非常にありがたい。
イエロはまだ子供だが、それでもドラゴンだけあって高い能力を持っている。
非常に高い防御力を持ち、何より空を飛ぶといった能力を持ち、周辺の景色に擬態するといった能力も持つ。
そういう意味では、非常に頼りになる存在なのは間違いなかった。
『私は構わない。勿論、ニールセンがそれを許可したらの話だが』
イエロの返事は気にしなくてもいいのか?
そう思ったレイだったが、イエロはエレーナの使い魔だ。
もしエレーナがそのように指示をすれば、イエロがそれを嫌がるということはないだろう。
それがイエロにとって死地に向かえというような内容なら、イエロも嫌がるかもしれない。
だが、今回の場合はあくまでも偵察だ。
穢れに触れた時のことを考えると、全く危険がない……とは言い切れないが、それでも危険が少ないのは事実。
イエロにしてみれば、そこまで危険ということはない筈だった。
……もっとも、イエロはまだ小さい。
その小ささ故に穢れに対して好奇心を発揮し、それに触れるといったような真似をしかねない。
「何だかイエロの好奇心を考えると、穢れに触れてしまいそうでちょっと怖いんだが」
『む』
レイの言葉に反論出来ないエレーナ。
自分の使い魔だけに、イエロがどのような性格をしているのかというのはこれ以上ない程に理解している。
もしかしたら……そんな風に思ってしまうのは、仕方のないことなのだろう。
だが、すぐに小さく首を横に振り、まるで太陽の光そのものが物質化したかのような黄金の髪を手で直しつつ、エレーナは口を開く。
『その辺については、前もってしっかりと言っておくから大丈夫だ。イエロの性格がどうあれ、私がしっかりと言い聞かせておけば、それを無視するといったようなことはない』
自信満々といった様子のエレーナに、レイもそれ以上突っ込むような真似は出来ない。
実際にそのような真似をすれば、エレーナがどのように反応するのか大体理解しているからだろう。
……エレーナの黄金の髪に眼を奪われていたというのも、理由としては多分にあるが。
「分かった。これから早速ダスカー様にこの件を話しにいくから、その時にでもニールセンに話してみる。ニールセンの性格を考えると、恐らくイエロが一緒に行くのなら問題ないと思うけど。……似合うな」
『レイ?』
「ああ、いや。悪い。ちょっとイエロに跨がっているニールセンの姿を思い浮かべてな。そうしたら、妙に似合っていたから」
『……なるほど』
レイの説明はエレーナの口元に笑みを浮かべるのに十分だったらしい。
イエロはドラゴンだが、まだ子供だ。
当然ながら、普通の人間がその背中に乗ることは出来ない。
小さい子供なら、イエロもドラゴンとしてどうにか乗せられるかもしれないが、そうなったらそうなったで、子供がバランスを崩した時のことを考えると非常に危ないように思えた。
それに比べると、自分で飛べるニールセンがイエロに乗っている光景は妙に似合う。
この世界に存在する竜騎士というのは、基本的にドラゴンの中でも下位種族であるワイバーンに乗っている。
それと比べると、イエロは黒竜やブラックドラゴンと呼ばれる竜種の子供だ。
そういう意味では、もしニールセンが本当の意味でイエロを乗りこなすといった真似をした場合、この世界で唯一本当の竜騎士ということになるのかもしれない。
(考えすぎか)
そこまで考えたレイは首を横に振ってその脳裏に思い浮かんだ考えを消す。
自分でも下らないことを考えているというのは十分に理解出来るのだが、今はそんなことを考えている場合ではないと、そう自分に言い聞かせてから対のオーブに映し出されているエレーナに口を開く。
「取りあえずイエロの件はニールセンに聞いてみる。じゃあ、俺は領主の館に行くから、この辺で話は終わるな」
『うむ。では私もイエロに話しておこう』
そう言い、対のオーブからエレーナの姿が消える。
そのことを少しだけ名残惜しく思いながら……レイは対のオーブをミスティリングに収納しつつ、視線をとある方向に向ける。
「そんな訳で、イエロが一緒に行動してもいいってことになったけど、どうする?」
「……気が付いていたの? 出来るだけ気配を消していたのに」
そう言ったのは、ニールセン。
まさか自分の行動が見破られるとは思っていなかったのか、意外そうな、それでいて少しだけ悔しそうな様子でレイに近付いてくる。
ニールセンにしてみれば、気配を消す技術にはそれなりに自信があった。
それこそ上手くいけば、数回だが長すら騙し通したこともあったのだ。
妖精として悪戯をする際に、気配を消すという技術が使われることは多い。
「そう言ってもな。俺にしてみれば、それなりに上手いって感じでしかないし」
「ぐ……」
レイの評価に更に悔しそうな様子を見せるニールセン。
「その気配を消すという能力を使えば、穢れの関係者の拠点を確認出来るんじゃないか?」
「それは……」
「さっきも聞いていたと思うが、エレーナがイエロを出してくれることになった。何かあってもイエロはかなり頼りになる存在だぞ」
純粋なモンスターの強さとして考えた場合、イエロは子供ということもあってか、攻撃力の点でかなり劣る。
だが、攻撃力は低くても高い防御力を持っているのは間違いない。
イエロの身体を覆っている竜鱗は、革鎧は当然のこと、かなり上物の金属の鎧よりも高い防御力を誇っているのだから。
それでいながら空を飛べる以上、攻撃をして相手を倒すことは出来ずとも、強敵から逃げるといった真似は難しくない。
また、イエロはセト同様に人懐っこい性格をしているし言葉も理解出来るので、ニールセンと行動をしている上でコミュニケーションの問題といったことも心配はない筈だった。
「ちょっとだけ前向きに考えてみるわ」
「そうしてくれると助かる。俺はこの後ギルムに向かうけど、ニールセンはどうする?」
「一緒に行くわ」
こちらの問いに対しては、即座に行くと決めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます