3124話

 レイの脳裏にアナウンスメッセージが流れてから少しして……


「グルゥ」

「セト、戻ってきたか」


 レイがマジックテントを設営している場所に、セトが姿を現す。

 レイは嬉しそうな……そしてどこか自慢げな様子のセトを撫でながら、尋ねる。


「モンスターと遭遇したのか?」


 それは、何気ない質問。

 本来なら、レイはセトに対して未知のモンスターを倒してその魔石を飲み込んだことによって、さっきのスキルを習得したのかと、そう尋ねたい。

 しかし、レイの側にはニールセンがいる。

 そしてニールセンは魔獣術について知らない以上、その件について話す訳にいかないのも事実。

 だからこそ、レイは話を誤魔化すかのようにして尋ねたのだ。


「グルゥ!」


 レイの考えはセトも理解しているのか、その通りと喉を鳴らす。

 そんなセトの様子に、レイは笑みを浮かべてそっと撫でてやる。


(けど、アシッドブレスか。どこでその辺を確認するかだな)


 折角強化されたスキルだけに、出来ればそれが具体的にどのくらいの強さのスキルなのか、確認しておきたいと思う。

 だが、アシッドブレスの威力……具体的には効果範囲を考えれば、そう簡単に確認出来ないのも事実。

 これがもっと地味なスキルなら、野営地の中でスキルを確認してもいいのだが、アシッドブレスは効果範囲が広いスキルだ。

 まさか野営地で使う訳にもいかない。

 もし野営地で使おうものなら、それこそ一体どれだけの被害が出ることやら。

 間違いなく周囲の迷惑になるだろう。

 野営地の中でも人の使っていない場所とかなら……とも思わないではなかったが、レイはすぐにその思いつきを却下する。

 そのような場所なら問題はないと思う。

 思うが、それでも万が一を考えると止めておいた方がいいのは事実だ。


「レイ? どうしたの?」

「いや、セトのスキルがどういう効果だったのかというのが、ちょっと気になってな」

「セトのスキル? レイも分からないの?」

「分からないというか、ど忘れしたといったところか。そういう訳で、ちょっとセトのスキルを確認してくる。ニールセンはどうする?」

「長から連絡が来るかもしれないし、一緒に行くわよ。セトのスキルにも少しは興味があるし」


 渋々といった様子を見せているニールセンだったが、レイが見た限りでは恐らく後者が本音なのだろうと思える。

 ニールセンは今までに幾つもセトのスキルを見てきている。

 それだけに、セトがどれくらいのスキルを持っているのか気になっているのだろう。

 実際には、セトは魔獣術によってスキルは幾らでも増えるのだが。


「じゃあ、行くか。セトもそれでいいよな? 戻ってきたばかりで悪いと思うけど」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、大丈夫、任せてといったように喉を鳴らすセト。

 そんなセトに感謝しながら、レイはマジックテントをミスティリングに収納する。

 このまま置いていったところで盗まれるといったようなことになった場合、色々と不味いと判断したのだ。


「あれ? レイ、もしかして結構本気だったりする?」

「本気かどうかと言われれば、それなりに本気なのは間違いないな。セトのスキルの効果はしっかりと把握しておかないと、戦闘の時にかなり困るし」


 その言葉は、ニールセンを納得させるのに十分だった。

 実際に穢れとの戦いを……いや、穢れ以外の相手でも色々な相手とレイやセトが戦うのを、ニールセンは見ている。

 その際の戦いにおいて、基本的にセトはレイの指示に従って動いていた。

 だからこそ、セトの使えるスキルの効果をレイが分からなかった場合、それはかなり面倒なことに……いや、面倒どころではないようなことになるのは、間違いない。

 スキルを使うべき時に使わず、いざ使おうと思った時に全く別のスキルを使うことになりかねない。

 そのようなことになったら、危険なのは間違いない。

 であれば、やはりここはしっかりとスキルを確認する為に行動した方がいいだろうとニールセンは思う。

 ましてや、ニールセンは基本的にレイと一緒に行動してるのだ。

 その際にレイが戦闘中に大きくミスをするようなことがあった場合、ニールセンもその行動に巻き込まれてしまう可能性が高い。

 レイやセトなら、純粋に本人の能力が高いので、何かミスをしてもどうとでもなるだろう。

 だが、それはあくまでもレイとセトだからこそで、ニールセンがそれに巻き込まれた場合にどうなるのかは、考えるまでもない。


「そうね。私もレイがセトのスキルを完全に把握しておくのは間違っていないと思うわ。ほら、さっさと行きましょう? 何かあったら、私がどうにかする……といったような真似は出来ないと思うけど、それでも応援くらいは出来るし」


 応援? と疑問に感じたレイだったが、セトのスキルの確認をする為のカバーストーリーを考えると、ニールセンの気持ちも少しは理解出来たので素直に頷く。


「分かった。じゃあ、ニールセンの応援に期待して、俺もしっかりと行動させて貰うよ」


 そう言い、レイはセトとニールセンと共に野営地を出る。

 なお、どこか遠く離れた場所に行くのならなともかく、野営地から少し離れた場所まで移動する程度なら、特に誰かに声を掛ける必要もない。

 そうして野営地を出たレイは、何かいい対象がないのかを探す。


(アシッドブレスがレベル二の時は、確か岩の表面を溶かす程度だったんだよな。そうなるとやっぱり岩で試すのがいいんだろうけど……)


 トレントの森にも、岩はある。

 数年前は何もなかった場所にいきなりトレントの森が出来たのだ。

 つまり、その時ここに岩があれば、その岩は今もトレントの森の中にあるのは間違いなかった。

 ただ、問題なのは具体的にどこにそのような岩があるのか分からないということだろう。

 岩があるかどうかというのを前もって気にしていれば話は別だったが。

 そのまま十分程、野営地の周囲を探していたものの、特に岩の類はない。


「仕方がない。岩は俺が用意するか」


 探しても見つからない以上、レイが岩を用意するしかない。

 幸いにもレイは今まで色々な経験をしており、その中には岩をミスティリングに収納するといった真似もしている。

 何しろ、空を飛ぶレイにしてみれば岩というのは格好の武器……いや、それは兵器と評しても間違ってはいない。

 高度百mから落ちてくる、岩。

 その岩が、例えば人が持ち上げられないような岩とまではいかず、一般でも何とか持ち上げられる、三十kg程度の重量の岩であっても、それを上空から落とした場合は圧倒的な破壊力を生む。

 また、単純に上空から落下させる以外にも、今となってはレイの象徴的な存在となっている火災旋風の中に入れれば、岩の大きさにもよるが、その岩が火災旋風に飲み込まれた標的に対して、圧倒的な速度で叩き付けられるといったようなことにもなる。

 そのような便利な武器……いや、兵器だけに、レイのミスティリングには結構な数の岩が収納されていた。


「あるのなら、最初からレイが出したらいいんじゃなかったの? 結局周囲を見て回った時間は無駄だったじゃない」

「岩の数は限られてるんだから、使わなくてもいいのなら使わない方がいいだろ。色々と使い道もあるんだし」

「使い道?」


 使い道という言葉に疑問を感じたニールセンだったが、レイの様子を見るとここで何も言わない方がいいと判断したのか、それ以上突っ込んで尋ねるような真似はしない。

 そんなニールセンの様子に説明を省けて助かったと感じつつ、レイは岩を取り出す。

 結構な大きさのその岩は、高さが二mほど、横幅は三m程もある、結構な……本当にかなり大きな岩だ。


「うわ、こんな岩も入ってるのね。……これ、凄い重いでしょう?」

「それは否定しない。この重量が空から降ってきたら、それこそ要塞とかにもかなりの被害を与えることが出来るだろうし」


 正直なところ、レイにとってもこの大きさの岩というのはそれなりに貴重だったりする。

 もっとも、それはあくまでもミスティリングの中に入っている数が少ないという意味で、このような規模の岩は探せば結構な量があるのだが。

 ただ、それを毎回見つけてミスティリングに収納するといったようなことは、レイもあまりやっていなかった。


(とはいえ、このくらいの岩は後でそれなりに確保しておいた方がいいかもしれないな。……穢れには関係ないだろうけど)


 現在レイが戦っている穢れは、ただの物理攻撃は全く効かない。

 そうである以上、このくらいの岩を上から落としても効果はまずないだろうし、そもそも命中させられるかどうかという問題があった

 風の影響を受けないように綺麗な形をしている訳ではない。

 自然そのままの岩なので、上空……それもセトが飛ぶことの多い高度百mから岩を落として、個人に命中させるというのは難しい。

 これが軍勢であったり要塞であったりすれば、精密にとある場所を狙うのではなく、大雑把に狙うといったことも出来るのだが。


「とにかく、この岩があればセトのアシッドブレスの威力も確認出来るな。セト、準備はいいか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らす。

 そんなセトを頼もしそうに見ながら、次にレイはニールセンを見る。


「ニールセンはどうする? これからセトが使うスキルはアシッドブレス……簡単に言えば標的を溶かす酸のブレスだ。岩の近くにいれば危ないけど」

「そうね。なら……あの木の枝の上にでもいるわ」


 そう言い、ニールセンはレイが取り出した岩から少し離れた場所にある木の枝に向かって飛んでいく。

 そんな姿を見ながら、レイはニールセンに対してそれ以上は特に何も言わない。

 そのくらい離れていた方が問題はないだろうと、そう理解したのだ。


(これがレベル五とか六とか、一気にスキルが強化されたりしたら話は別だが、結局のところレベル三だしな)


 魔獣術のスキルというのは、レベル五で一気に強化される。

 勿論レベル四以下のスキルが弱いという訳ではないが、レベル四とレベル五では大きく威力が違うのだ。

 そういう意味では、レベルが上がったとはいえ結局レベルが三である以上、そこまで極端にスキルの性能が上がっている訳ではないというのがレイの予想だった。


「さて、じゃあ、セト。そろそろアシッドブレスを使って貰うけど、準備はいいな?」

「グルゥ!」


 任せて! とレイの言葉に喉を鳴らすセト。

 そんなセトに頷くと、レイはセトがスキルを使う邪魔をしないように、少し離れる。

 レイが十分に離れたと確認すると、セトは岩を前に息を吸い……


「グルルルルルゥ!」


 アシッドブレスを放つ。

 セトの口から放たれたブレスは、そのまま岩に当たり……アシッドブレスによって岩が溶け、煙が周囲に広がる。


「うお、マジか」


 やがて夜の風によって煙が消え去り……目の前の光景を見たレイは素直に驚く。

 レベル二の時のアシッドブレスも、岩を溶かすといった真似は出来ていた。

 ただし、それはあくまでも岩の表面を溶かすといった程度の威力しかなかったのだ。

 だが、現在レイの目の前に広がってるのは、あれだけの大きさを持っていた岩の半ばまでが溶けていたのだ。

 表面だけを溶かすことしか出来なかったのとは違い、本格的に岩を溶かすことが出来ており、威力という点では明らかにレベル二よりも上がっていた。


(いや、でもそこまで……レベル五になった時の他のスキルと比べると、驚く程でもないか? 寧ろレベル三でこのくらいの威力があると考えた場合、レベルが五になったら一体どのくらいの威力になるのか……ちょっと気になるな)


 アシッドブレスだけがスキルとして特別強力という訳ではないだろう。

 実際にアシッドブレス以上に強力なスキルは他にも幾らでもあるのだから。

 勿論、強力であるというのと使われるのが厄介であるというのは同じ意味ではない。

 強力ではなくても使われると厄介なスキルはあるし、レイが見たところではアシッドブレスも恐らくはそのようなスキルなのは間違いない。

 そうして厄介な上で、そこそこ強力……


(そう考えると、使い勝手そのものは悪くないのか? もっとも、酸で溶かすとなると、魔石とか内臓とかの素材はともかく、皮や爪、牙、場合によっては眼球とか、そういうのも色々と不味そうなのは間違いないけど)


 大部分が溶けた岩を見ながら、レイはどのようにアシッドブレスを使うのが最善なのかを考える。

 するとそんなレイに対し、セトが近付いてくる。


「グルルゥ?」


 上手く出来た? 褒めて褒めて。

 そう喉を鳴らすセトに、レイは笑みを浮かべて頭を撫でる。

 ……少し離れた場所には大部分が溶けた岩があり、それだけを見るととてもではないが和やかに出来るとは思えない光景なのだが、今こうしてセトを撫でているレイにしてみれば、それはスルーしても構わないことだった。

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