3123話
唐突に頭の中に響いた、アシッドブレス……それをセトがどのように入手したのかは……当然ながら、敵を倒してのことだ。
時は戻り、レイが冒険者達と湖にいるオイゲン達の護衛について他の冒険者達と話していた頃、セトは久しぶりに自分だけで夜のトレントの森の中を歩いていた。
セトにしてみれば、大好きなレイと一緒にいるのは楽しい。
だが、何となくではあるが、たまにはこうして自分だけで夜の森の中を移動したくなるのも事実。
機嫌良さそうに喉を鳴らしつつ、トレントの森を移動するセト。
しかし、そうして進んでいる中……不意にセトの動きが止まる。
自分のいる方に向かって突っ込んでくる何者かの存在を察知した為だ。
セトの感覚の鋭さからすると、その察知範囲内には多くのモンスターや動物を察知出来る。
それでも自分が近付けば、それに気が付いたモンスターや動物はすぐに逃げていく。
今の時間なら眠っていてセトの存在に気が付かなかったりするかもしれないが。
「グルルルルゥ……?」
そんな中で自分に向かって突っ込んでくるのは一体誰なのか。
そのように思っていたセトだったが、やがて近付いてくる気配がどのような相手のものなのかと知ると、落胆した様子を見せる。
何故なら、それはセトにとって最も好きになれないモンスター……ゴブリンの群れだったのだから。
セトにとって、ゴブリンというのは非常に煩わしい存在だ。
勿論、倒すのはそう難しい話ではない。
だが……倒すのは楽だが、だからといって倒すのが面倒ではないかと言われれば、その答えは否となる。
最初に自分の力で蹂躙するような真似をすれば、ゴブリンは一気に逃げ出す。
しかし、他のモンスターの多くはセトの存在を察知しただけで、あるいは見ただけで逃げ出すが、ゴブリンは一切逃げるようなことをしないのだ。
これである程度の強さを持っているモンスターなら、セトも戦う相手として認識出来る。
……もっとも、セトと互角に戦えるモンスターというのは、そもそもかなり少ないのだが。
ただでさえランクAモンスターのグリフォンというだけで圧倒的な強さを持っているのに、それに加えてセトはスキルも使える。
そんなセトと互角に……とまではいかずとも、ある程度セトが満足出来る戦いとなると、ランクBモンスターくらいの強さは必要だろう。
「グルルルルルゥ!」
茂みの向こうからゴブリンが飛びだしてきた瞬間、セトはアイスアローを放つ。
五十本の氷の矢は、真っ先に茂みから飛び出してきたゴブリンは勿論、茂みの向こう側にいたゴンブリンも次々と貫いていく。
たった一度のスキルにより、セトに襲い掛かろうとしたゴブリンの群れは壊滅状態になる。
なったのだが……この場合、セトの運が悪かったのだろう。
茂みの向こうから、数匹のゴブリンの生き残りが姿を現す。
普通に考えれば、茂み越しにセトが氷の矢でゴブリン達を殺したというのは分かるだろう。
だが、茂みの向こうにいたゴブリン達は、茂みが視界を遮っていたせいで、セトが氷の矢を放ったというのが分からなかった。
それでも茂みの向こうにセトがいるのなら、先程の攻撃がセトの仕業だというのは分かってもおかしくはない。
おかしくはないのだが、それが分からないのがゴブリンのゴブリンたる理由なのだろう。
茂みから姿を現したゴブリンは、セトを見て、躊躇なく攻撃を仕掛ける。
これが例えば、攻撃をしなければ自分が死ぬと判断し、一か八かでセトに攻撃をするというのなら、セトも理解出来るだろう。
だが、ゴブリン達はどのような思考回路を辿ったのか、自分達が有利なのだと考えているかのような優越感を抱きつつ、セトに向かって攻撃をしたのだ。
「グルゥ!」
セトにとっても、ゴブリンは面倒臭い相手だ。
それでもこうして攻撃をしてくる以上、放っておく訳にもいかない。
セトの防御力を考えれば、ゴブリン程度の攻撃でダメージを受けるといったことはまずない。
だが、それでも攻撃されるのが煩わしいと思い、前足を振るう。
「ギャ」
笑い声すら上げていたゴブリンは、呆気なく頭部が……いや、上半身が砕けて肉片となる。
幸い、今は夜なのでそこまで凄惨な光景ではないが、もしこれが昼なら、周辺に散らばったゴブリンの肉片や骨、内蔵といった部位を見ることが出来ただろう。
ただし、セトは夜目が利く。
ゴブリン達にはそこまで認識出来なくても、セトにはその光景がしっかりと見えている。
「グルゥ……グルゥ?」
うわぁ……といった様子で呟いたセトだったが、ふと違和感に気が付いて喉を鳴らす。
今のこの状況において、ゴブリンとは全く違う何らかの違和感。
それが具体的に何か分からなかったが、それでも……いや、分からないからこそ、セトの警戒心は急激に高まっていく。
もしかしたら穢れかとも考えたセトだったが、すぐにそれを否定する。
セトは今まで、何度となく穢れと遭遇している。
レイと一緒に行動しているセトだけに、トレントの森にいる者達の中でレイとセト以上に穢れに接触している者はいないだろうと思えるくらいに。
そんなセトだけに、この雰囲気は穢れのものではないというのだけはすぐに理解出来た。
なら、何なのかと言われれば、それはセトにも分からない。
分からないが、その何かがどのような存在なのかはセトにもすぐに理解出来た。
地面に倒れたゴブリンの死体が、急速に消えていくのだ。
いや、これは消えていくといった表現は相応しくない。
溶けていく……そう、空気に溶けていくといった表現が相応しい。
「グルルルルルルルルルゥ!」
自分にとっても非常に危険な相手。
そう判断したセトは、先手必勝とばかりに水球を使う。
本来なら、セトとしてはもっと広範囲に攻撃が可能なファイアブレスを使いたかった。
しかし、ファイアブレスを使った場合、トレントの森が燃えるのは間違いない。
この場所がギルムにとって……そして何より、レイにとってどれだけ大事な場所なのかを知っているセトとしては、そんな真似は出来ない。
その為に放ったのが、水球。
水球は攻撃速度は決して速くはない。
しかし、直径一mの水球を四つ放ち、その水球が敵にぶつかると、岩を破壊するだけの威力を持つ。
何よりも、水球はセトの意のままに動かせるという特徴もあった。
現在のような状況で敵を攻撃するには、そう悪くない選択肢だろう。
……だが、水球はセトの意のままに動きながらも、周囲に何もぶつかる存在がいない。
それこそ一体何があってどのようになっているのか、全く理解出来ない程に。
「グルルゥ?」
ゴブリンの死体を溶かした以上、誰かが何らかの攻撃をしてきたのは間違いのない事実。
だというに、水球を動かしても敵に命中するといったことは全くない。
セトが戸惑った様子で喉を鳴らすのも当然だろう。
セトの周囲に浮かぶ四つの水球。
それは木々の隙間から降り注ぐ月光に照らし出され、どこか一種幻想的な雰囲気すら漂わせていた。
そのような水球がセトの周囲を動き回っているのだ。
もし誰かがその攻撃を見れば、目を奪われてもおかしくはない。
もっとも、その水球は触れれば岩すら破壊する威力を持っているので、ただ美しいだけという訳ではないのだが。
「グルルルルゥ」
セトは周囲の様子を警戒しつつ、喉を鳴らす。
自分がこうしてここにいる。
それを分かった上で、ゴブリンを溶かした敵はどう行動するのか。
それが分からなかったものの、向こうが何かをしてきたら即座に反撃出来るようにしておく。
ピリ、とした緊張感が周囲に漂う。
セトは四つの水球を自分の周囲で動かし、いつ敵が攻撃をしてきてもいいように準備を整えていた。
その辺のモンスターなら、セトを見れば危険だと判断して逃げ出すだろう。
だが、今回攻撃を仕掛けてきたモンスターは、セトが倒したゴブリンを溶かした。
それが直接セトに対する攻撃になるとは限らないが、それでもセトのすぐ側にあったゴブリンの死体を溶かすといった真似をした以上、セトに攻撃をしてくるのも間違いはないだろう。
あるいは何らかの理由でゴブリンを倒しただけで満足して、その場から逃げ出したといった可能性もある。
しかし、今の周囲に漂う緊張感はセトだけで発しているものではない。
他にも誰かがいるのは明らかであり、そう考えるとやはりまだ敵が周囲にいるのは明らかだった。
時折喉を鳴らしつつ、水球を動かしながら周囲の状況を窺い、何かあったら即座に対応出来るようにするセト。
ゴブリンを溶かした敵も、そんなセトに対応するかのように、姿を見せずとも周囲に緊張感が高まっていき……
がさり、と。
セトの右前方……ゴブリンが飛び出してきたのとはまた違う場所から、不意に音が鳴る。
「キュアアアアアア!」
そんな声が周囲に響き、放たれたのは……水球。
いや、正確には水球ではない。
セトの使っている水球は、透明な水で構成されている水球だ。
それに対し、茂みからセトに向かって放たれた水球は、濁った色の水球だった。
月明かり程度しかない森の中で、水球に対して即座に認識出来たのはそれだけセトの夜目が利くからだろう。
そのおかげで、セトもそんな濁った水球に対して自分の操る水球を一つ飛ばし、同時にもう一つの水球を相手の放った水球とは別のコースで茂みに向かって放つ。
水球と水球が空中でぶつかり、双方共にその場で破裂する。
純粋に破裂の威力ということではセトの水球の方が高威力だったのだろう。
破裂した結果として、二つの水球の飛沫の大半はセトではなく、敵がいるだろう茂みの方に向かう。
そこに続いて、セトが放ったもう一つの水球が茂みに突っ込む。
「キュアア!」
茂みの向こうから聞こえてきたのは、そんな叫び声。
それはダメージを受けた痛みを示すかのような叫びだ。
セトはそんな叫び声を聞いても、攻撃を緩めるような真似はしない。
続けて、残っていた二つの水球を放つ。
「キュ……キュアアアアア!」
二発目に放たれた水球によってダメージを受けていたモンスターは、再度セトが水球を放ったのを理解したのだろう。
自分の受けた傷に悲鳴を上げつつも、再び茂みの向こうから水球と同じような攻撃がされるが……これもまた、先程の攻撃と同じく一発だけ。
そのことから、敵が一度の攻撃で放てるのは一発だけなのだろう。
セトは水球を操作し、一発を敵の攻撃の迎撃に使い、もう一発を先程と同じく茂みの向こう側に放つ。
「キュア……」
その言葉と共に、茂みの向こう側にいる相手の気配が消えるのがセトには理解出来た。
恐らく二発の水球によって死んだのだろう。
そう思い、茂みの向こうに行こうとしたセトだったが……
「グルゥ!?」
茂みが急速に溶けていくのを見たセトは、素早く茂みから距離を取る。
もしかしたら、まだ生きていたのか。
そんな風に警戒したのだが、茂みが溶け、周囲に存在する他の植物もある程度溶けたものの、溶けるのはそこで止まる。
それだけではなく、茂みが消えた場所には何故か一つの魔石だけが転がっていた。
「……グルゥ?」
最初意味が分からず、セトは首を傾げる。
だが、魔石がそこにあるというのは間違いなく、それはつまり何らかのモンスターが死んだ結果ということになる。
具体的にどこがどんな風になってるのかというのは、分からない。
分からないが、それでも自分の水球で敵を殺したのは間違いないと理解出来た。
もしここにレイがいれば、恐らく敵……ゴブリンを溶かした相手は自分が死んだ時に、その特性かなにか、あるいはセトを攻撃しようとして失敗したといったようなことによって、自分の身体を溶かしてしまったのだと予想は出来たかもしれないが。
ただし、それはそれで疑問が残るのだが。
モンスターの身体全体を溶かしたのなら、何故魔石は溶かされずそこに残ったのか。
魔石というのは、そのモンスターの本質とでも呼ぶべき存在だ。
だからこそ、モンスターの魔石が残っていた……のかもしれない。
もしレイがいれば、そんな風に予想をしてもおかしくはなかった。
「グルルルゥ……」
敵が本当に死んだのか。
それを確認する為に、セトは注意深く周囲の様子を確認する。
もしかしたら、魔石にセトの意識を逸らせておいて、その隙を突いて攻撃をするといったような真似をしてもおかしくはないのではないか。
そのように考えての行動だったが、数分が経過しても特に何もない。
その様子を見て、それで初めてセトは魔石のある場所まで移動し……そして、魔石を飲み込む。
【セトは『アシッドブレス Lv.三』のスキルを習得した】
次の瞬間、セトの脳裏にそんなアナウンスメッセージが流れるのだった。
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