3122話
樵達の一件があった日の夜……レイは、野営地の中で何人かの冒険者と話していた。
「レイ、研究者の護衛っていつ来るんだ? 俺達も後で湖で護衛に回らないといけないんだが」
不満そうに言う冒険者。
当然だろう。本来なら野営地にいる時は休憩の時間なのだ。
だというのに、今は湖の側にいる研究者達の護衛をしなければならないのだから。
本来なら休憩をする必要がある時間に、まだ仕事をするのだ。
そうである以上、不満を抱くなという方が無理だった。
「俺が聞いてる話だと、明日らしい。そういう意味では、護衛をするのは今日一日だけなんだから、そう悪い話でもないだろ? それに……一応護衛の分の報酬は支払われるって話だし」
ギルドにしても、ギルムの上層部との関係がある以上は、それに配慮をする必要がある。
だからこそ、冒険者達に研究者達に今日一日だけ研究者達の護衛を任せつつ、その分の報酬をしっかり支払うといった訳になっていた。
「報酬はいらないから、出来れば護衛はやりたくないんだよな」
はぁ、と。
心の底から嫌そうな表情で冒険者が言う。
だが、その場にいた冒険者の中には、その意見に反対の者もいた。
「そうか? そこまで大変じゃないし、それでいて報酬は結構高めなんだ。そういう意味では悪くないと思うけど」
「本気か? あの研究者達の護衛をするのは嫌だぞ。一体どういう要求をしてくるか分からないし」
「いや、そこまで言う程か?」
そんな二人の冒険者の会話に、他の者達もそれぞれ自分の意見を口にする。
会話を聞いていたレイは、やがて納得した。
(なるほど。湖の研究をしている時に、無理難題を押し付けられた連中にしてみれば、向こうが無茶なことを言ってくると考えていて、それなりに友好的な関係だった者達にしてみれば、そこまで問題はなく護衛を出来ると考えている訳か)
性格に問題のある研究者と接触することがあった者にしてみれば、当然だが研究者に良い印象を抱けという方が無理だろう。
また、性格に問題のない研究者と接触することが多かったのなら、研究者に良い印象を抱いてもおかしくはない。
「ちなみに……本当にちなみにの話だが、俺が知ってる限りだと野営地まで来ている研究者は性格的に問題は……」
ない。
そう言おうとしたレイだったが、樵達が襲撃された時にオイゲンが止めるのを無視してやって来た研究者のことを思い出し、問題はないと断言が出来なくなってしまう。
なお、その研究者は野営地……いや、正確には黒い円球を捕獲した炎獄のある湖に戻ってきてから、オイゲンに軽く一言二言注意されただけで終わったが。
これはあくまでもオイゲンは研究者達の纏め役というだけで、明確な指揮系統の類がある訳でもないのが理由だろう。
極論すれば、研究者達はオイゲンの指示や命令を聞く必要はないのだから。
ただし、それはあくまでも極論としての話だ。
実際には研究者として高い評価を得ていて、そして後援者として国王派の大物貴族がいるオイゲンの指示や命令をそう簡単に無視出来る訳ではない。
その場では特に何も問題がなくても、後日その件が理由で色々と問題が起きる可能性は否定出来ないのだから。
「おい、やっぱり問題があるのか?」
「うーん……性格が悪いとは言わない。ただ、研究対象に集中しすぎるとか、そんな感じの奴だな」
レイとしては若干迷惑を掛けられたものの、樵の件で乱入してきた研究者に対してそこまで不満を持ってはいない。
「あくまで俺がそう感じたというだけで、実際に俺がそう思った研究者をお前達もそんな風に思うとは限らないけど。この辺は結局のところ人によって違うし」
レイの言葉に、研究者に対して不満を口にしていた男は微妙な表情となる。
一理あるかもしれないと思ったのだろう。
「研究者達が頑張ってくれれば、レイに頼らなくても穢れを倒せるようになるかもしれないんだ。そう思えば、研究者達を応援するくらいはしてもいいと思わないか?」
これは研究者に良い感情を抱いている男の言葉。
ただし、良い感情を抱いているからといって、実際に男が完全に研究者を信じているのかと聞かれれば、それには否と答えるが。
結局のところ、研究者というのも人それぞれだ。
そうである以上、相手がどのように行動するのかは人によって違ってくるのだから。
「おーい、そろそろ交代の時間だぞ。湖で護衛をする連中は準備をしてくれ!」
野営地の中にそんな声が響く。
その声を聞いた者達は、早速準備を始める。
レイと一緒に焚き火に当たりながら話をしていた者達も、それは同様だ。
不承不承であったり、ある程度やる気に満ちてだったりと、それぞれで態度は違うが。
「頑張ってくれよ」
「レイはいいよな、研究者達の護衛をしなくてもいいんだから」
「俺の場合は、穢れが出て来たらそれこそ夜中であっても即座に動く必要がある。それでも羨ましいと思うか?」
「あまり思わないな」
研究者の護衛をするのは面白くないが、だからといっていつくるか分からない中で夜に眠るというのは、レイを羨ましがっている男にとってもあまり気が進まないのだろう。
いつ起きないといけないのか、いつ襲撃があるのかといったことを考えながら待つ必要があるのだから、そのように思うのはおかしくない。
「だろう? なら、実際に穢れが襲撃してきたら俺が対処するから、それ以外の敵が姿を現した場合は、お前達の方で頼む。モンスターを倒せば、素材とか魔石は臨時収入になるんだろう? 護衛としての報酬も出るんだし、そんなに悪い話じゃないと思うがな」
「そうだな。報酬とかそういうのが出るのは嬉しいさ。けどな、その報酬を使う機会が殆どないのも、また事実なんだよ!」
「……あー、うん。それは悪い」
一応ある程度のローテーションを組んで、ギルムで羽を伸ばす日というのもある。
だが、そもそも野営地の護衛を任せられる人物が少ない以上、ギルムに戻ることが出来る者は一度に数人といった程度だろう。
そうである以上、次にいつ自分がギルムに行けるのかといったことは、なかなか分からない。
……もっとも、ギルムでゆっくりしたいのなら、それはレイも同じだが。
いや、レイの場合は寧ろギルムで堂々と行動すればクリスタルドラゴンの件で多くの者がやって来るので、こうして野営地にいる方がゆっくり出来るのだが。
ただ、久しぶりにマリーナの家、あるいは夕暮れの小麦亭でゆっくりしたいなとはレイも思う。
「取りあえず、仕事は仕事だ。今の状況で俺がどうなるのかは分からないが、まずは行ってくるよ」
そう言い、護衛をするのに不満だった冒険者は他の面々と共に湖に向かう。
そうして誰もいなくなったところで、レイはこれからどうするべきなのかを少し考え……
「戻るか。セトの様子も見たいし」
結局マジックテントをいつも設置している場所に戻ることにする。
大抵レイと一緒にいるセトだったが、今はいない。
何か理由がある訳ではなく、セトが久しぶりに自分だけでトレントの森を見て回りたいと、そう主張してきたのをレイが受け入れたのだ。
いつもはレイと一緒にいるのを好むセトだったが、たまには自分だけでトレントの森を見て回りたい。
そのように思うこともあるのだろう。
(見て回るんじゃなくて、自分だけで狩りをしてみたいとか、そんな風に思ったのかもしれないけど)
今までも、たまにセトだけで狩りをするといったことはあった。
セトはレイのことが大好きだし、ずっと一緒にいたいと思っているのは間違いない。
だが同時に、たまには自分だけで動いてみたいと、そのように思ってもおかしくはないのだ。
魔獣術で生み出されたとはいえ、セトもグリフォンというモンスターなのは間違いないのだから。
「セトが何か獲物を獲ってくれば、それの解体とかもすればいいか。……夜だし、モンスターとか動物もかなり動いてるだろうし」
呟きながらレイはいつもマジックテントを設置してある場所に到着する。
当然ながら、周囲には誰の姿もない。
マジックテントを設置している場所だけに、地面が平らになっていたり、焚き火をする場所があったりするものの、マジックテントそのものはどこにもない。
レイが持ち歩いているのだから、当然なのだが。
非常に高価で、しかもレイが冒険者として活動する上で必須のマジックテントだ。
それだけに、盗まれるかもしれないと考えると、それを設置したまま置いておくといった真似は出来なかった。
あるいはセトがマジックテントの側にいてくれるのなら、それでもいい。
だが、セトは現在トレントの森で活動している。
(もしマジックテントが盗まれたら、それこそダメージが大きいよな)
オイゲンが購入したのを見れば分かるように、マジックテントというのは買おうと思えば購入出来る……こともある。
あくまでも在庫次第だが。
非常に希少な品なのは間違いないが、それでも例えばミスティリングや対のオーブのように、購入しようとしても購入出来ないマジックアイテムとは違う。
もっとも、ミスティリングと対のオーブでは、普通に手に入らないという意味では同じでも、希少さという意味ではかなり違いがあるのだが。
そんな風に考えつつ、レイはミスティリングからマジックテントを取り出す。
すぐに設置を完了し、焚き火を行い……
「暇そうね」
先程冒険者達と話していた時にはレイから離れていたニールセンが、どこからともなく姿を現し、そう告げてくる。
だが、レイはそんなニールセンの様子に特に驚くようなこともなく口を開く。
「そうだな。今の状況ではそこまでやることがある訳でもないし。穢れが出てくればともかく、今はまだそんな様子もないようだし」
もしかしてフラグを立ててしまったか?
ニールセンに言いつつ、レイはふとそんなことを思う。
だが、もし穢れが出てくるのなら、それはそれで構わないとレイは思っていた。
レイにしてみれば、穢れが出てくるのは煩わしいとは思う。
だが、この近くで出て来たのなら、それは炎獄によって捕らえて研究者達に渡すことが出来るという意味で、悪い話ではない。
そういう意味では、フラグが発動してもレイとしては別に構わない。
構わないのだが、意図的にそのようなことを考えた場合、それが本当にフラグとして機能するのか? といった疑問もあった。
「そういうことを言うと、それこそ穢れが出てくるわよ?」
「それならそれでいい。以前の夜襲みたいに陣地の中に出て来てくれたのなら、それはそれでやりようがあるのは間違いないし。何より、オイゲン達を湖の側からこっちに戻ってこさせることが出来る。今更かもしれないけど」
オイゲン達の護衛をする為に、ギルムに来る前からの護衛や、あるいは以前護衛として雇っていたものの、今回の件で一度依頼が終わった冒険者。
そのような者達が再び護衛として、明日には湖にやって来ることになっていた。
この件に関しては、当然だがギルドの方でもかなり大変だったらしい。
ただでさえ増築工事の件で仕事が忙しいのに、そこに更に無理を言われた形だ。
せめてもの救いは、既に今年の分の増築工事の仕事は終えて、故郷に帰る者が多くなっていたことだろう。
そのおかげで、初秋に比べれば仕事はある程度楽になっていたのだが。
ただし、それはあくまでもある程度であって、一般的に考えれば、まだ忙しい部類に入るのは間違いない。
故郷に帰らず、ギリギリまで増築工事で働いて稼ぎ、来年も増築工事を始めた時は最初からそれに参加するということを狙っている者がそれなりにいるのだから。
「ふーん。じゃあ……」
ニールセンが何かを言おうとした瞬間、不意にレイの脳裏にアナウンスメッセージが響く。
【セトは『アシッドブレス Lv.三』のスキルを習得した】
セトが新たなスキルを習得した。
いや、正確には既に所持していたアシッドブレスのレベルが上がったというアナウンスメッセージが。
「え?」
「レイ?」
突然レイの口から妙な……それこそ間の抜けた声というのが正しいような声が出たのを聞いたニールセンは、不思議そうな顔でレイを見る。
そんなニールセンの様子に気が付いたレイだったが、だからといってそれに対して何かを言ったりは出来ない。
魔獣術によるスキルの習得は、そう簡単に人に話せるようなことではないのだから。
「あ、いや。何でもない。セトはどうしたのかと思っただけだ」
「何言ってるのよ。セトは森の中でしょ? 本当にどうしたの?」
呆れの視線を向けてくるニールセンだったが、レイはそれを気にせず、一体セトはどんなモンスターと遭遇して倒したのかと、そんな風に思うのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.四』『毒の爪 Lv.七』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.五』『光学迷彩 Lv.六』『衝撃の魔眼 Lv.三』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.六』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.二』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.三』new『翼刃 Lv.三』『地中潜行 Lv.一』『サンダーブレス Lv.一』『霧 Lv.二』『霧の爪牙 Lv.一』
アシッドブレス:酸性の液体のブレス。レベル一では触れた植物が半ば溶ける。レベル二では岩もそれなりに溶ける。レベル三では岩も本格的に溶ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます