3092話
ゾゾに呼ばれたレイは、急いで湖までやって来た。
セトは当然のようにレイと一緒に来ているし、ニールセンもゾゾの様子を見て興味深いと思ったのか、一緒に来ている。
そうして湖にやって来たレイが見たのは……
「これは、また……随分と……」
その光景を見たレイの口からは、そんな声しか漏れない。
当然だろう。今日の午前中に見た限りでは、昨日確認した時に見たよりも明らかに小さくなってはいたが、それでもまだ小さな丘と呼んでもおかしくはないような光景だった。
だというのに、最後に見てからたったの数時間で最初よりも小さくなったとはいえ、それでもまだ小さな丘と呼ぶに相応しい大きさだった巨大なスライムは、一軒家くらいの大きさにまで縮んでいたのだ。
もっとも、この一軒家というのはレイの……日本にいた時の認識だ。
都会と田舎では、当然だが土地の値段が違うし、場合によっては建設業者に頼んだ時の金額も違う。
そういう意味での田舎の一軒家……ちょうど自分の住んでいた家くらいの大きさになっている巨大なスライム。
明らかに午前中に見た時と比べると小さくなっているのだが、それでもまだ巨大なスライムという表現は間違っていない。
「うわ、凄いわねこれ。……この短時間で、何で急にこんな事になったの?」
「それを俺に聞かれても分かる訳がないと思うが? ……いや、本当に何でこんな風になったんだ?」
「グルゥ? グルルルゥ、グルルルルルルゥ」
セトもまた、目の前の光景に驚いたのだろう。戸惑ったように喉を鳴らしていた。
そんなセトの様子を見たレイは、不思議と落ち着いた。
自分以上に戸惑い、動揺しているセトを見たことがその理由だろう。
慌てている時に、自分よりも慌てている相手を見ると不思議なことに自分は落ち着くという。
まさに今のレイはそんな感じだった。
「うーん……ここまで急激に小さくなったとなると……多分、穢れによって受けたダメージで、何とか俺の魔法に抵抗しようとしていた能力が限界に達したとか、そういうのか?」
巨大なスライムは穢れによって受けたダメージにより、レイの魔法に完全に対抗するのは難しくなった。
それでもまだ残っていた能力によって、何とか魔法に対抗をしていた。
ただし、今までのように完全に対抗することは出来ず、少しずつだが確実に燃やされていくといったように。
そのようにして対抗していた巨大なスライムだったが、一度傾いた天秤がまた元に戻ることは……ないとは言えないが、そう簡単なことではない。
そして巨大なスライムはそんなレイの魔法に対抗するようなことは出来ず、最後に残っていた魔法防御能力も限界を超え、一気に身体を燃やされ、こうして小さくなったのではないか。
これはあくまでもレイの予想で、絶対に正しい訳ではない。
しかし、それでも巨大なスライムを見る限りでは、恐らく間違いないだろうと思えた。
「では、レイ様。この巨大なスライムはもうすぐ燃やしつくされて、消滅するということでしょうか?」
尋ねるゾゾに、レイは頷き……そしてふと気が付き、視線を湖に向ける。
視線の先にいたのは、この湖の中で最もレイ達と友好的な存在の、水狼。
ただし、水狼は以前と違う。
数日前に久しぶりに水狼に会った時も、水狼の存在感は以前とは比べものにならないくらい強くなっていた。
しかし、今の水狼はそんな数日前……いや、野営地にいる冒険者と狩りに行っていた時と比べても、明らかに上だ。
(多分、以前俺が予想したように、巨大なスライムが弱くなった分だけ水狼も強力になっている……ってのは、間違ってないんだろうな。この湖がどんなシステムで動いているのかは、正直なところ分からない。分からないが、それでも今の状況を思えば……)
水狼はレイの視線に気が付いたのだろう。
じっと巨大なスライムを見ていたのだが、不意にレイに視線を向けてくる。
しかし、レイと視線が合っても何か特別な動きを見せる訳でもなく、再び巨大なスライムに視線を向ける。
「あら」
レイの動きから、ニールセンも水狼の存在に気が付いたのだろう。
いつの前にかそこにいたということに驚きの声を上げる。
レイやニールセンが気が付いている以上、セトも当然気が付いている。
だが、セトが水狼の存在をことさらに意識するような様子はない。
セトにとって水狼は敵ではないと認識しているのだろう。
それが、実力的な意味で自分の敵ではないと判断しているのか、もしくは友好的な存在なので敵ではないと認識しているのかは、レイにも分からなかったが。
「ねぇ、レイ。あの巨大なスライムと水狼だっけ? あっちのモンスターはやっぱり何か関係があると思う?」
「関係があるのは間違いないだろうな。そもそもの話、巨大なスライムが弱まってきたのと同時に水狼も強化されてきたんだし。……いやまぁ、実は水狼の強化と巨大なスライムの一件が何の関係もなかったりした場合は、どうしようもないけど」
「でも、レイは関係あると思ってるんでしょう?」
「そうだな。俺の予想で間違いなく関係があると思っている。……とにかく、この水狼が湖で強くなった以上、こっちと友好的な関係のままでいてくれれば、こっちとしては悪くない展開だけどな」
「けど、強くなったら性格が変わるとか、そういうこともあるかもしれないわよ?」
「そうならないように祈ってるよ」
あくまでもこの世界の認識だが、スライムのような弱いモンスターですら湖の主となるとここまで強力になるのだ。
この世界のモンスターで、レイの魔法に長時間……それこそ数ヶ月単位で耐えられる存在が一体どれくらいいるのか。
スライムですらここまで凶悪な存在となったというのに、明らかに普通のスライムより格上の水狼が巨大なスライムのように湖の主になった時、その力はかなりのものとなるだろう。
今でこそ水狼はレイ達と友好的に行動しているものの、これが敵対的になったらどうなるか。
(この巨大なスライムと水狼の様子を見てる限り、湖の中で一番強いから湖の主になるんじゃなくて、湖から発せられているエネルギー的なのを受け取るなり、与えられるなりしたモンスターが主になるとか、そういう感じっぽいし。それはつまり、湖に意思があるってことなんだろうけど)
普通に考えれば、湖に意思があるというのはこの世界においては考えにくい。
しかし、この湖はこの世界の存在ではなく、あくまでも異世界から転移してきた存在なのだ。
そうである以上、湖に何らかの意思があってもおかしな話ではない。
寧ろ納得出来る一面の方が強いだろう。
「グルゥ!」
レイがニールセンと話していると、不意にセトが喉を鳴らす。
その声に視線を巨大なスライムに向けると、燃え続けている巨大なスライムが急激に小さくなり始めた。
先程までは二階建ての一軒家程度の大きさだったのに、今は一階建ての一軒家といったような大きさになっている。
「うお、これは……また、急激に燃える速度が進んでいるな。この様子だと、もうすぐ完全に燃えつきてしまいそうだが」
少し視線を逸らしていただけで、急激に巨大なスライムが燃えていた。
魔法に耐えられる限界を超えてしまったために、燃焼速度が一気に増したのだろうとレイは予想する。
あるいはその予想とは全く関係のない理由で何かがあったのかもしれないが、そのようなことになった場合は、レイにとっても具体的に何がどうなったのかは分からない。
そうである以上、取りあえず自分の考えが正しいのだろうと思っておくことにする。
「レイ様、このまま近くにいてもいいものでしょうか? もしかしたら、何か大変なことになるのでは?」
ゾゾの言葉にレイも頷く。
今この状況で、巨大なスライムが燃えつきたとき、一体何があるのかは分からない。
何も起こらないという可能性もあるが、何かが起きる可能性もあるのだ。
そうである以上、こうして巨大スライムの近くにいるのはどうかとレイも思う。
「そうだな。まさか爆発したりといったようなことはないと思うが、少し下がっておくか」
そうしてレイが巨大なスライムから距離を取ると、野営地にいた冒険者達……だけではなく、リザードマン達もかなり集まっているのが見えた。
「レイ、これは一体何が? 随分とその……ここまで小さくなっているのは驚きだが」
そんな中、集まってきた者達の中から代表としてレイに聞いてきたのは、レイにもお馴染みになっている冒険者達の指揮をしている男だ。
普段は冷静なその顔だったが、今は驚愕が浮かんでいる。
自分の視線の先にある光景が到底信じられないといった様子だった。
ここまで急激に小さくなっているのを見てレイも驚いたのだから、当然ながらその光景は男にとっても驚くべき光景だったのだろう。
「俺もゾゾから教えられてやって来たばかりだからな。ただ、今朝見た時はまだかなりの大きさだった。それがなんでいきなりこんな風になってるのかは俺も分からない。ただ……魔法に抵抗する力が限界になったんじゃないかとは予想出来るけど」
その言葉に、話を聞いていた男だけではなく、周囲で話を聞いていた他の面々も納得したように頷く。
実際にはまだ完全に納得した訳ではないのだろうが、今の状況で他に何かそれらしい理由があるのかと言われれば、それは否だ。
そうである以上、今のこの状況を説明するのに一番正しいのはレイの説明ということになる。
勿論、レイの説明が間違っている可能性はある。
しかし、それで今この場にいる誰かが困る訳でもない以上、取りあえず納得しておいても構わない。
……実際には、巨大なスライムが完全に燃えつきた時、一体何が起きるのか分からないのだが。
「巨大なスライムが燃えつきた時、どうなるか分からない。そうである以上、離れておいた方がいいと思うぞ」
「そうか? だが……水狼は動く様子はないけど、いいのか?」
冒険者達の指揮を執る男の言葉に、レイは湖の水面に立つ水狼に視線を向ける。
すると、確かに水狼は特に動いている様子はない。
「水狼は、多分何が起きるのか分かってるんだろうけど、俺達にはその辺は分からないしな」
水狼はこの湖に棲息しているモンスターだ。
そうである以上、同じ湖に棲息している主とも呼ぶべき巨大なスライムが現在どのような状況になっているのか、よく分かっているのだろう。
しかし、レイを始めとした他の面々はそれが具体的にどのようになっているのかというのは分からない。
だからこそ、何があってもすぐ対処出来るように巨大なスライムから距離をとった方がいい。
「水狼なら大丈夫かもしれないけど、爆発する可能性もあるわよ?」
割り込んで来たニールセンの言葉に、レイは疑問を抱く。
「もし巨大なスライムが爆発したら、水狼も被害を受けるのは間違いないと思うんだが」
「あら、水狼は水で出来てるんだから、大丈夫でしょ?」
多分。
恐らくそう言いたいのだろうが、そこに突っ込むようなことをすると、ニールセンがどう反応するのか分からない。
また、実際にニールセンの言葉が間違っていると決まった訳でもない。
そうである以上、ここで自分が何かを言ってもあまり意味はない。
「取りあえず……水狼と仲の良かった奴が話を聞いてみるとかどうだ?」
レイはここに集まってる冒険者の中で何度か水狼と一緒に狩りに出かけていた男に視線を向け、そう告げる。
ちなみに水狼は昨日よりも更に存在感を増しているので、ようやく昨日までの水狼に慣れてきた面々がまた近付きたくないといった様子を見せていた。
そんな中でも水狼と一緒に狩りに行っていた冒険者は、そこまで気にしている様子もない。
一緒に行動することも多かったので、ここで水狼が自分に襲ってきたりする筈はないと考えているのか。
(実は、テイムしたとか、そういう可能性もあるのか?)
テイムというのは、明確に何らかの証明となる印があるものではない。
例えばこれが召喚魔法の契約を結んだ場合は、実際に召喚魔法を使わせてみれば明らかになる。
しかし、テイムはモンスターが自分に懐いており、言うことを聞かせることが出来ればテイムに成功したと見なされる。
そうである以上、もし男が水狼をテイムしたと言っても、それを否定する要素はどこにもなかった。
……だからといって、異世界から転移してきた湖のモンスターをテイムしたと言っても、それを信じてもいいのかどうかは微妙なところだったが。
「ちょっと、レイ」
水狼をテイムした疑いのある男を見ていたレイは、ニールセンの言葉で我に返り、咄嗟に巨大なスライムの方に視線を向けると……そこでは、今まで燃えてきた巨大なスライムが、一際大きな炎に包まれ、急速に小さくなっていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます