3093話
「燃えたぞ!」
巨大なスライムが燃えつきる寸前、数秒にも満たない時間ではあったが、一際大きく燃え上がり……それがまるで巨大なスライムの限界であったと言いたげに、燃えつきる。
「どうなった?」
「最後の炎……凄かったな」
「あれってレイの魔法だからか? それとも、巨大なスライムが最後に何かをしたのか」
「どうだろうな。俺から見れば、前者のような気がするけど。とはいえ、その辺は直接レイに聞いてみないと分からないけど」
そんな会話が後ろから聞こえてくるものの、その話題になっているレイはそれを聞き流し、じっと巨大なスライムのいた場所に視線を向けていた。
既に死んだ巨大なスライムは、ある意味でレイと正面から戦って互角の勝負をした強者だ。
もし穢れが巨大なスライムに大きなダメージを与えていなかった場合、恐らく……いや、ほぼ間違いなく、今この場で燃えつきるといったことはなかっただろう。
勿論、レイはそのような状況であっても自分が負けるとは決して思っていなかった。
もう数ヶ月か、あるいは一年、もしくは数年か……具体的にどのくらいの時間が掛かるのかは分からなかったものの、それでも最終的には巨大なスライムが燃えつきるのは間違いないだろうと。
しかし、それでも自分の魔法に長期間耐えられた筈の相手が穢れのせいでここまで呆気ない終わりを迎えたことに、思うところがあるのは間違いなかった。
「グルルゥ?」
燃えた巨大なスライムの残骸……いや、正確には巨大なスライムの身体はそれこそ灰すら燃やされてしまったので何も残っていない場所を眺めていたのだが、不意にセトが喉を鳴らす。
それも敵を見つけたといったような鋭い鳴き声ではなく、不思議そうな鳴き声を。
「セト?」
そんなセトの様子を疑問に思いつつ、レイはセトの見ている方向……巨大なスライムのいた場所を見る。
「ん?」
すると、不意に何かが動いたように見えた。
気のせいかとも思ったのだが、セトが見ていたということを考えると、それが気のせいだとは到底思えない。
「レイ? どうした?」
冒険者の指揮を執っている男が、レイの様子に疑問を抱いたのかそう尋ねる。
しかし、レイはそんな声は聞こえていないといった様子で一歩踏み出す。
向かうのは、何かが動いたと思しき場所。
セトもまた、レイを追うように歩き出す。
そうして到着した場所には……
「スライム、か?」
そこにいた存在を見て、レイが呟く。
疑問形だったのは、そのスライムが先程までここにいた巨大なスライムのように透明なスライムではなく、赤いスライムだったからだ。
しかも大きさも巨大なスライムが燃えつきる寸前であっても一軒家くらいの大きさがあったのに対し、この赤いスライムは掌に乗るくらいの大きさ……あるいは小ささと表現するくらいの存在だ。
「ちょっと、レイ。何よそのスライム。何だか私を狙ってきそうで怖いんだけど?」
レイの横でニールセンが言う。
実際、もし赤いスライムが襲い掛かって来たら即座に逃げられるように準備をしていた。
「なるほど。このくらいの大きさということは、ニールセンを襲うのに丁度いい大きさなのかもしれないな」
妖精のニールセンは、それこそ掌サイズの大きさだ。
今、レイの手の上にいる赤いスライムは、ニールセンを襲うのに向いた大きさなのは間違いない。
「レイ!? お前、そんないかにも怪しげなモンスターを何の躊躇もなく持つなんて、何を考えてるんだ!?」
レイが赤いスライムを持っているのを見た男が、一体何をしているのかといった様子で叫ぶ。
男にしてみれば、巨大なスライムが消えた場所にいたスライムというだけで怪しいと思えるのだろう。
実際、それが普通なのはレイにも理解出来た。
出来たのだが、不思議と赤いスライムを見ても敵意の類を感じられなかったのだ。
世の中には敵意の類を発するようなこともなく、襲い掛かるモンスターもいる。
しかし、レイの目には何故か赤いスライムが自分に敵対するとは思えない。
(もしかしたら、水狼がいたのが影響してるのかもしれないな)
水狼が友好的な存在なのは、今までの様子を見ても明らかだ。
いきなり存在感が増したりといったようなことにはなっていたが、それでも友好的な存在であるというのは、冒険者の一人と一緒に狩りをしに行っていたのを見れば明らかだろう。
そうである以上、水狼は未だに自分達に友好的な存在だと認識してもおかしくはない。
もっとも、一緒に狩りに行っていた相手には友好的であっても、他の冒険者達にも友好的な存在なのかどうかというのは、微妙なところなのだが。
ただし、他の冒険者はともかく、自分は恐らく違うだろうとレイは思っていた。
それは何の根拠もなくそのように思っていたのではなく、最初に水狼が姿を現した時に水狼と戦い、自分の力を認めさせ、更には敵ではないと示したのはレイだ。
そうである以上、自分が敵ではないと水狼が認識をしていてもおかしくはない。
狼は頭のいい動物なのだし。
……問題は、狼ではなく水狼で、しかも異世界からやって来た存在である以上、この世界やレイの常識が通用するかどうかということだろうが。
それでも自分に対して友好的な存在であるというのはレイにも分かっていたし、その水狼が特に警戒をしない様子から、この赤いスライムは自分にとって危険な存在ではないと認識出来た。
(あの巨大なスライムが燃えつきて、その結果としてここにいた。それはつまり、この赤いスライムはあの巨大なスライムの子供……もしくは生まれ変わりとか? 普通に考えれば何だそれってなる考え方だけど、あの巨大なスライムの強さを考えれば、そういうのが出来ても不思議じゃないよな)
レイの魔法にかなりの長期間耐え続けた相手だ。
そうである以上、そのくらいの真似をしてもおかしくはないとレイは思う。
そして同時に、自分に対して敵対的ではないというのも、危害を加えてこないことから明らかだ。
「ウォン!」
赤いスライムを見ていたレイだったが、不意に水狼が一声鳴くのを聞く。
一瞬、水狼がこの赤いスライムを今のうちに殺そうとしているのか? と疑問に思う。
しかし、水狼の発した声は決して敵意や殺意に満ちた声ではなく、どこか優しさすら持っているような声だった。
「どうした?」
「ウォフ……ウォン!」
レイの言葉に、自分の立っている湖を見る水狼。
最初、そんな水狼の様子に一体何を言いたいのか分からなかったレイだったが、ニールセンが何かに気が付いたように口を開く。
「もしかして、レイが持っている赤いスライムを湖の中に入れて欲しいんじゃない?」
「こいつを? けど……赤いスライムだぞ?」
「いや、赤いスライムだからって水に入れちゃ駄目って訳じゃないでしょ」
「けど……」
レイが躊躇する理由は、この赤いスライムが巨大なスライムの生まれ変わりとでも呼ぶべき存在に思え、そしてレイに友好的……少なくても掌に乗せても攻撃をしてこないというのがある。
そして巨大なスライムの生まれ変わりの場合、この赤というのはレイが使った炎の魔法の影響という可能性が高い。
そんな炎の属性を持っている赤いスライムを水の中に入れればどうなるのか。
普通に考えれば、赤いスライムにとっては致命傷になってもおかしくはないだろう。
そんな訳で、レイは水狼に促されたとはいえ、赤いスライムを湖の中に入れるのを躊躇していたのだが……
「あ」
レイが躊躇しているのを理解したのか、それともただレイの掌の上にいるのが飽きただけなのか、はたまたそれ以外の何か別の理由なのか。
とにかく、レイの掌の上にいた赤いスライムは跳躍……という表現は少し大袈裟だったが、とにかく掌の上から地面に降りると、湖に向かって進み始める。
もしレイがその気になれば、赤いスライムを止めることは容易に出来る。
それこそ巨大なスライムが死んだ結果として急に力を増し、恐らくは新たな湖の主となった水狼がそんなレイの邪魔をしようとしても、レイならそれに対処するのは難しい話ではないし、倒すことも出来る筈だ。
しかし、レイがそのような真似をしなかったのは、赤いスライムが強制された訳ではなく、自分から進んで湖に向かっているからだ。
(何でこんなに赤いスライムに感情移入してるんだろうな?)
レイは自分でも何故そこまで? と思わないでもない。
しかし、自分の魔法に長い間耐えた巨大なスライムは、ある意味でレイのライバルのようなものだろう。
そんなライバルの生まれ変わりで、しかも自分が触れても攻撃してこない相手ともなれば、感情移入くらいはして当然だった。
「ウォン!」
地面を進む赤いスライムを見て、再び水狼が吠える。
その声に、赤いスライムは湖に向かう速度を上げ……やがて、赤いスライムは湖の水に入る。
瞬間、ジュッという音が聞こえるのではないかと、レイは身構える。
それこそ料理に使ったフライパンに水を入れるといった真似をした時に出るような……あるいは鍛冶師が鍛冶をしてる時に金属を水に入れた時のように。
そんな音がするのかと思ったレイだったが、幸いなことに赤いスライムが湖の中に入っても、特に何か音らしい音はしない。
それはレイの予想とは違い、赤いスライムが炎や火といった属性を持っていないということを意味していた。
……もっとも、レイが赤いスライムを触った時に特に熱くも何ともなかったのを思えば、そんな心配はする必要がなかったのだろうが。
「ふぅ」
「何? 心配してたの? 物好きね」
赤いスライムが水の中を移動……というよりも泳ぎながら岸から離れていくのを見たレイが安堵の息を吐くと、ニールセンが呆れたように言う。
ニールセンにしてみれば、巨大なスライムと敵対していたレイが、そんな真似をする必要はないと、そう言いたいのだろう。
レイもそれは分かっている。
だが、それでも自分の魔法にここまで耐えた巨大なスライムの生まれ変わりとでも呼ぶべき赤いスライムに感情移入をするなという方が無理だった。
「悪いな。こういうのは理屈じゃないんだよ。……とはいえ、あの赤いスライムがいつまで生き残れるのかは分からないが」
「ウォン!」
レイの言葉に、水狼が鳴き声を上げる。
それはレイの言葉に同意するための鳴き声だったのか、それとも何か別に言いたいことがあったのか。
その辺はレイにも分からなかったが、水狼が遠くに泳いでいく赤いスライムを見て何か思うところがあるというのは、間違いのない事実だ。
「ほら見ろ。俺だけじゃなくて、水狼もあの赤いスライムに対しては色々と思うところがあるみたいだぞ」
「それは……まぁ、水狼の場合は同じ湖で暮らしてるんだから、色々と思うところがあってもおかしくはないでしょう?」
「いや、それはどうなんだ? ……説得力はあるけど、水狼と巨大なスライムは敵対関係にあったのは恐らく間違いないと思う。そんな水狼が……うん? ちょっと何を言ってるのか分からなくなってきたな」
水狼と巨大なスライムの関係について話していたレイだったが、自分でも何を言いたいのかが分からなくなり、戸惑う。
「あのねぇ、レイがそういう風だと、こっちも何て言えばいいのか迷うでしょう? ……まぁ、それはともかくとして。とにかくこれでレイの懸念の一つは完全に消えたんでしょう? なら喜んでもいいんじゃない? もっとも、私はもう少しあの巨大なスライムに興味があったんだけど」
「興味って……本気か? もし下手に巨大なスライムに触っていたら、一体どうなっていたのか分からないんだぞ?」
レイの場合は、魔法を使って遠距離から攻撃をしたので、そこまで気にするようなことはなかった。
しかし、それはあくまでもレイが戦ったからこその話だ。
実際、野営地で寝泊まりしている冒険者は巨大なスライムに接触しようとはしなかったのだから。
もっとも、湖の研究にやってきた研究者の中には巨大なスライムに興味を持ち、ちょっかいを出そうとした者もいる。
ただし、それは護衛の冒険者によって止められていた。
護衛の冒険者も、自分の護衛対象が巨大なスライムに触れて怪我をしたら……それこそ致命的な傷を負ったりした場合や死んでしまった場合、それは護衛の冒険者のミスになる。
そうである以上、とてもではないが護衛として幾ら研究者が興味を持っても、巨大なスライムに触れるのを許容出来る筈もない。
「うーん……じゃあ、今更、本当に今更の話だけど、私が光を放ったらどうなっていたと思う?」
「……それこそ今更そんなことを聞くのか?」
ニールセンの言葉に、呆れながらレイは言い返すのだった。
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