3080話
レイは冒険者達をセトに任せるとトレントの森の奥……黒い円球がやってきた方に向かう。
そんなレイの隣には、ニールセンの姿もある。
冒険者達を蔦で拘束した本人が、あの場から離れてもいいのか?
レイはそう思わないでもなかったが、ことは穢れに関係することだ。
そうである以上、長からの連絡を受けることが出来るニールセンが自分の側にいてくれるのは非常に助かる。
もし何か穢れの件で変化があった場合、即座にその情報を知ることが出来るのだから。
「それにしても、また新しい穢れが出たな。一昨日、昨日、今日。時間が経つに連れて進化してるような気がする。もっとも、あれを進化と言ってもいいのかどうかは分からないが」
黒い塊、黒いサイコロ、黒い円球。
形が変わっているのは間違いなかったが、それで何か違いがあるかと言われれば、それは否だ。
勿論、黒いサイコロになって移動速度が多少増したといったような変化はあったが、それでもやってることはどの穢れも変わらない。
一体それで何故そこまで形が変わってくるのか……その辺がレイには少し分からない。
あるいは穢れという何もかも全く理解出来ない存在の話だ。
実際にその辺は何の意味もなく……それこそなんとなくでそのようなことになっていると言われても、レイは不思議と納得出来てしまいそうになる。
もっとも、そう思わせておいて実は何かあるのかもしれないと言われても、レイは納得出来てしまうのだが。
(結局のところ、現在の俺達の状況をどうにかして変えないと意味がないんだよな)
現在レイ達は、敵が……穢れの関係者が、何故かトレントの森に送ってくる穢れを倒すだけだ。
完全に受け身の状況になっている。
そうである以上、それを引っ繰り返す為にはどうにかする必要があった。
それはレイも分かっていたのだが、どうすればそれが出来るのかと言われれば、どうしようもない。
(一応、最初に黒い塊と遭遇した時に、転移の出入り口となっていただろう敵に向かって魔法とかを放った。もし本当にあれが転移の出入り口だった場合は、向こうに多少なりともダメージを与えたのは間違いないんだが……翌日には、もう黒いサイコロをこっちに送り込んできたしな)
レイにとって、敵がどういう風に考えて行動しているのか分からないというのは、非常に痛い。
いや、別にそれはレイだけではなく、現在穢れに悩まされている全員が感じていることだろう。
それでも対処のしようがないのが、現在の状況だった。
「あ、レイ。ほら、あそこ」
歩いている途中で、不意にニールセンがとある方向を指さしてそう告げる。
その方向には、黒い円球が浮かびながら移動していた。
「うわ……」
黒い円球を見て、レイの口から出たのがその一言だ。
嫌そうに……本当に嫌そうに呟かれたその声は、黒い円球が一匹しかいなかったからのもの。
先程の冒険者から聞いた話によれば、黒い円球は他にも複数いたと聞いている。
だというのに、こうして最初に見つけたのは一匹だけ。
それはつまり、黒い円球は集団で移動するのではなく、それぞれが好き勝手な方向に向かって移動をしたということを意味していた。
これはレイにとって、最悪の結果だ。
今のところ、レイとエレーナしか穢れを倒すことは出来ない。
だというのに、それが四方八方に散らばっているのだから。
「あ、ちょっと、レイ」
「命知らずだな。いや、ゴブリンだからしょうがないか」
ニールセンの言葉に、レイはそう言う。
黒い円球の進行方向に偶然ゴブリンが姿を現したのだが、ゴブリンは黒い円球を見ても特に逃げるようなことはせず、寧ろ嬉々として向かっていったのだ。
ゴブリンが何を考えているのかは、レイにも分からない。
いや、その行動を見れば何をしようとしているのかは理解出来るが、一体何故そのような結論になったのかは分からなかった。
とはいえ、ゴブリンにそこまで深い考えがあるとはレイにも思えなかったが。
単純に、ゴブリンは敵……あるいは怪しい相手を見つけたので攻撃を行った。
恐らくはただそれだけの話なのだろう。
レイにしてみれば、黒い円球に無防備に攻撃をするのは理解出来なかったが。
普通の冒険者達ですら倒すことが出来ず、ただ逃げるしかない相手だ。
ゴブリン程度の相手が勝てる筈もない。
しかし、ゴブリンは元々セトを相手にしても、最初は自分達が勝てるといった、意味不明な自信を持つ。
それだけに、黒い円球を前にしても意味不明だが自分達なら普通に勝てると思っても、おかしくはなかった。
とはいえ、だからといってそんな自信が通用する筈もない。
黒い円球に振るった棍棒……いや、折れた木の枝は、当然のように黒い塵となって吸収される。
木の枝を持っていたゴブリンは一体何が起きたのか全く理解出来ない様子だったが、攻撃をして自分が黒い円球に狙われる状況になったにも関わらず動きを止めればどうなるか。
それは考えるまでもないだろう。
次の瞬間には、黒い円球がゴブリンに触れて黒い塵となり、その黒い塵は吸収される。
いきなり消えた仲間の姿が理解出来ないゴブリンは、その後も数匹が黒い円球に向かって攻撃を行っていく。
しかし、黒い円球に触れた全てのゴブリンが黒い塵となって吸収されていき……そこまできて、ようやくまだ生き残っていたゴブリン達も自分達の前にいるのが強敵だと、それも自分達よりも少し強い程度ではなく、圧倒的な強者だと理解したのだろう。
残っていたゴブリン達は、悲鳴を上げながらその場から逃げ出す。
これで、黒い円球がもっと直接的に相手を倒す……それこそゴブリンの死体を周囲に残すといったような戦い方をするのなら、ゴブリン達ももっと早く逃げ出していただろう。
しかし、黒い円球に触れたゴブリンは黒い塵となって吸収されて、死体の類は一切残らない。
だからこそ、ゴブリン達は自分達の前に存在する黒い円球がそこまで強敵であるというのに気が付かなかったのだろう。
ゴブリンの知能がもっと高ければ、もう少し早く黒い円球の危険性に気が付いたかもしれないが。
ゴブリン達にとって幸いだったのは、黒い円球の習性だろう。
レイは基本的に穢れをモンスターとして認識しているが、正確にはロボットか何かのようなものだろうと思っていた。
それを示すかのように、黒い円球を含めた穢れは自分を攻撃しない相手には積極的に攻撃をすることがない。
それこそ仲間が攻撃されても、自分が攻撃されない限りは放っておく。
……もっとも、放っておいても穢れはその辺を適当に飛び回る。
そうなると触れた部分が黒い塵となって吸収されてしまうので、その時点で非常に厄介な存在であるのは間違いない。
触れれば死亡……あるいは塵になる前にその部位を切断したりしても、ダメージは大きいのだから。
結局のところ、穢れというのはそこに存在するだけで厄介なのは間違いなかった。
それでも攻撃をしなければ意図的に自分に向かってこないというのは、そう悪い話ではないだろう。
「で? まずはあの黒い円球から倒すの?」
ゴブリンが全ていなくなったところで、ニールセンがレイに尋ねる。
ニールセンにしてみれば、黒い円球をそのまま見逃すといった選択肢は存在しない。
……もしそのような真似をすれば、それこそ長に一体どのようなお仕置きをされるか分からないのだから。
今この状況も、間違いなく長は把握していると思って間違いない。
こんな状況で面倒臭いからといって穢れを放り出すという選択肢はニールセンにはない。
それを抜きにしても、ニールセンもまた妖精として穢れという存在に色々と思うところがある。
今では大分慣れてきたが、穢れを見ると本能的な嫌悪感を抱くというのは変わらない。
そんな存在は、出来ればそのままにしておきたくないとも思う。
そしてレイもまた、ニールセンと同様にこのまま穢れを放っておくつもりはない。
「勿論、倒す。幸いにも、あの穢れは外見こそ昨日、一昨日の奴と違うが、能力そのものはそこまで変わらない。そうである以上、俺なら倒すのは難しくないし」
最初にもう一匹倒しているので、レイがそのように判断するのはそう間違ってはいない。
「じゃあ、さっさと倒しましょう。他にも何匹もいるんだから、そっちも倒さないと」
「……問題なのは、残りをどうやって見つけるかだよな。ちなみに長には見つけられないのか?」
デスサイズを手に、黒い円球が妙な動きをしないかどうか見つつ、レイはふと疑問に思ったことを尋ねる。
今まで、穢れが現れたという情報は長からニールセンを通して教えて貰っている。
そしてレイが知る限りでは、長はこのトレントの森に穢れが現れればそれを察知出来る能力を持っているのだ。
つまり、黒い円球がそれぞれ別行動をしていても、長なら察知出来るのではないか?
そう思っての問いだったが、ニールセンは難しい表情を浮かべる。
「駄目みたいね。長から連絡もこないわ。もし穢れがどこにいるのか分かっていれば、長は連絡をしてくると思う。そうなると、見つかっていないんでしょうね」
「何で分からないんだろうな。……この状況で長が頼りにならないのなら、俺達がどうにかして敵を見つけるしかないか。こうなると、セトを連れてこなかったのは失敗だったな」
セトの鋭い五感があれば、穢れを見つけられる可能性が高い。
しかし、そのセトもいない以上は自分達で見つける必要があった。
「じゃあ、戻る?」
「あの冒険者達を放っておく訳にいかない以上は、セトかニールセンが残るしかない。そして穢れと戦う以上は何かあった時に情報を入手するニールセンはいる。そうである以上、どうしようもないだろ。まさか俺が残る訳にはいかないし」
「穢れを倒せるのがレイしかいない以上、レイが行かないという選択肢はないでしょうね」
「なら、いっそあの冒険者達を連れていくか、あるいは俺が冒険者達のいる場所で待機していて、セトが穢れを見つけたら攻撃をして引き付けるとか、そんな感じか?」
今の状況で最善なのはそれなのだろうと思いつつ、レイは呪文を唱え始める。
『炎よ、汝は我が指定した領域のみに存在するものであり、その他の領域では存在すること叶わず。その短き生の代償として領域内で我が魔力を糧とし、一瞬に汝の生命を昇華せよ』
呪文と共に、魔力による赤い線が黒い円球を包み込む。
そして完全に包み込んだところで、魔法を発動する。
『火精乱舞』
魔法が発動されると、赤いドームが生み出される。
そしてトカゲの形をした火精が多数生み出され……それが赤いドームの中一杯に広がったとろで、同時に爆発が行った。
一匹の爆発ではそこまで大きな爆発ではないのだが、その爆発が多数あり、何よりも赤いドームの中だけで爆発し続けるだけで威力が一点に押し込められ……その爆発の威力は、全てを黒い塵にして吸収する穢れですらも、呆気なくその爆発に巻き込んで消滅させた。
「ふぅ。まぁ、こんなものだろ。……けど、出来ればもう少し気軽に発動出来るような魔法とかがあればいいんだけどな」
純粋な威力だけなら、もっと高威力の魔法は存在する。
しかし、そのような魔法の大半は敵を殺すのと同時に周囲に大きな被害を与えてしまう。
広範囲殲滅魔法を得意としているレイだったが、まさかそんな魔法をトレントの森で使う訳にはいかない。
もし使えば、最悪トレントの森そのものが消滅……いや、焼滅してもおかしくはない。
そこまでいかなくても、トレントの森に大きな被害を出すのは確実だった。
だからこそレイは穢れを倒す時は周囲に影響が出ないような魔法を使ってるのだが。
「そういうのがあればいいんだけど……今のところレイが無理なら仕方ないわね。とにかく、これからどうするの?」
「長が敵のいる場所を見つけることが出来ない以上、俺達で黒い円球を探す必要がある。とはいえ、この広いトレントの森で……あ」
レイが喋っている中で言葉を止める。
その視線の先にあるのは、倒れていく木。
それを見ながら、レイの口元には笑みが浮かぶ。
何故この状況で木が倒れるのか。
樵達が伐採している方で木が倒れるのなら、それは樵が仕事をしているからだろう。
しかし、トレントの森の東側には樵は来ていない。
そもそもここで木を伐採しても、ギルムまで運ぶのがもの凄い大変だ。
ミスティリングを持っているレイなら話は別だが。
つまり、樵でなくもっと別の何かがこれをやったということになるのだ。
そして黒い円球は、触れた相手を黒い塵にして吸収するといった能力を持つ。
そうである以上、誰が……あるいは何があの光景を生み出したのか、考えるまでもなかった。
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