3079話
冒険者達は一体何をするのか、一体誰にやられたのかといった風に騒いでいたが、レイはニールセンの魔法によって蔦で拘束された冒険者達に向かって口を開く。
「どうやら自分達で分かっているようだが、今のお前達は限りなく犯罪者に近い位置にいる。その理由は分かるかな?」
「それは……けど、だからって、この状況で俺達を拘束してどうするんだよ!」
「お前達が遭遇して俺が倒したあのモンスターは、まだいるんだろう? それを放っておく訳にはいかない。だが同時に、お前達を逃がす訳にもいかない。だからこそ、俺の仲間の魔法でこうして拘束して貰った訳だ」
「いや、けど、あのモンスターがまた現れたらどうするんだよ!」
「心配するな。俺が倒しにいく」
「いや、けどそれなりに数はいたんだぞ!? 幾ら深紅のレイでも……」
そう言い掛けた男に対し、レイは視線を向ける。
「う……」
視線を向けられる。
ただそれだけで、男はそれ以上は何も言えなくなった。
それだけの迫力がレイの視線にはあったのだろう。
「あの黒い円球は、攻撃をされればその相手を追う。だから、護衛としてここにセトを置いていく。そうすれば、もし黒い円球が来てもセトがそいつらを引き受けてくれるだろう」
本当に?
ニールセンの魔法で拘束された者達は、レイに向かってそう尋ねたい。
しかし、もしここでそのように尋ねたとしても、なら自分達でどうにかしろと言われてこの場に残していかれたら、それは絶体絶命だ。
その時に自分達の身体を拘束している植物をどうにかしてくれれば、逃げることも出来るだろう。
だが、レイの様子から考えてそのような真似をするとは到底思えなかった。
……つまり、その場合はこの場所でただ敵に殺されるのを待つしかないということになる。
それは絶対にごめんだった。
このままでは、トレントの森に無断で入ったということで罪に問われるだろう。
しかし、それでもモンスター達に殺されるよりはマシだった。
(この蔦が切れれば……)
冒険者の一人がそうも思うが、自分達の身体を拘束している蔦はかなり頑丈で力一杯暴れてもそれが切断出来るとは思えなかった。
長に後継者として扱われているニールセンが使った魔法なのだから、そう簡単に蔦を引き千切れる訳がないのだが。
「どうやら異論はないみたいだな」
レイの言葉に、異論はあると叫びたい冒険者達。
しかし、もしここで異論があると口にした場合、待っているのは今よりも待遇は確実に悪くなる。
それが何となく分かっている以上、ここで異論があるなどとは到底言うことが出来なかった。
冒険者達が黙り込んだのを確認すると、レイはセトに声を掛ける。
「そんな訳で、俺はちょっと残りのけ……いや、残りの敵を倒しに行ってくる」
穢れと口にしそうになったレイだったが、ニールセンの魔法で動けなくなっている冒険者達にわざわざよけいな情報を渡すことはないだろうと判断し、途中で言い直す。
そんなレイの不自然さは、当然ながら冒険者達も気が付いていたのだろう。
しかし、ここで何か余計なことを口にすれば、それが理由でこのまま見捨てられる……最悪、口封じをされかねない。
ただでさえ、冒険者達はこのトレントの森に無断で侵入しているのだから。
結局今の冒険者達に出来るのは、ただ黙ってここで待っているだけだ。
あるいはレイがいなくなれば、まだどうにか出来るかもしれない……と、そんな風に思う者もいる。
特に弓を使う冒険者は、レイに強い反発心を持っているのでこのままでは終わらせないと、そう決意する。
それを実際に言葉に出すような真似はしなかったが。
「じゃあ、セト。ここは任せたぞ」
「グルルゥ!」
レイの言葉にセトは任せてと喉を鳴らす。
本来なら、セトもレイと一緒に穢れを倒しにいきたいという思いはあった。
しかし、今のところセトに穢れを倒す手段はない。
魔獣術でレイによって生み出されたセトとしては、そのことにかなり悔しい思いがある。
だが、どうにも出来ない現状で無理にレイと一緒に行くような真似をしても、それはセトの自己満足であって、レイの役に立つことは出来ない。
何より、レイからは捕まえた冒険者達を見張っていて欲しい、そして守って欲しいと言われたのだ。
そうである以上、ここで放っておくといった選択肢はない。
そんなセトの様子を見て、レイは任せても大丈夫だと判断したのだろう。
森の奥に……黒い円球がまだ複数いる方に向かってすすむ。
セトはそんなレイの背中を見送ると、改めて目の前にいる冒険者達を見る。
「グルルルゥ」
喉を鳴らすと、蔓によって動けなくなっている冒険者達は身体を震わせる。
セトという存在を前にして、そのセトを従えているレイがいなくなったというのを改めて実感したのだろう。
レイは先程ニールセンの名前を呼んでいたし、そのニールセンも返事をしていた。
しかし、冒険者達がニールセンの声を聞いて周囲を見回しても、そこには誰の姿も存在しない。
一体どこにいるのか、冒険者達には全く解らないのだ。
そのような存在は、冒険者達にしてみれば存在していないのと同じようなことだ。
今のこの状況でそのような相手に期待をするというのは、その時点で間違っていた。
自分達はこれからどうなるのか。
そんな風に思う男達が出来るのは、せいぜいが自分達の側にいるセトがもう少し離れてくれないかということだった。
セトに離れて欲しいというのは、別にセトの隙をついて逃げるから……といった訳ではない。
もしそのような真似をしようとしても、とてもではないが逃げ切れるとは思えないのだ。
「なぁ、これから……俺達、どうなると思う?」
セトが近くにいる為だろう。
仲間だけに聞こえるような小さな声で冒険者の一人が尋ねる。
鋭い五感を持つセトだけに、当然その言葉は聞こえているのだが、そのくらいの声の大きさで話をしている分には問題ないと判断したのか、聞き流していた。
「取りあえずレイが戻ってくれば警備兵に突き出されるのは間違いない。さすがに犯罪奴隷になるとかはないと思うから、多分罰金とかか?」
「罰金って……どうするんだよ?」
冒険者達は、元々金がないからトレントの森に侵入したのだ。
そうである以上、もし罰金を支払うように命じられても支払えるかどうかは分からない。
勿論、男達は全く金がない訳ではない。
何かあった時の為の金というのはあるが、その金で支払いを行って足りるかどうか。
そしてここでその万が一の時の為の金を使ってしまえば、とてもではないが冬越え……どころか、冬になるまで暮らしていけるかどうかも分からない。
勿論、金がなければ働けばいい。
ギルドで依頼を受けて依頼を無事に終わらせれば、きちんと報酬は貰えるのだ。
しかし……楽に金を稼ぐということを覚えてしまうと、なかなか真面目に働くような真似は出来なくなる。
人によっては、それでもきちんと仕事をするといった真似が出来るのだが、生憎とこの男達の場合はそれもちょっと難しい。
……そもそも、最初からギルドで依頼を受けるという真似をしていれば、わざわざトレントの森に侵入するといった真似をしなくてもよかったのだから。
「何とか出来ればいいけど……それが出来ないからこういうことになってるんだろ?」
「畜生、あの黒い円球が出て来なければ、何か手に入れられたかもしれないのに」
「けど……あの黒い円球に見つかる前にちょっと森の中を見てみたが、特に何ががあるようには思えなかったぜ?」
「トレントの森って名前になってるくらいだから、てっきりトレントが大量にいるのかと思ってたんだけどな。そういうのも別になかったし」
トレントの枝は魔法使いの杖の素材としても使えるし、錬金術の素材としても使える。
トレントの森という名前から、もしかしたら……と思っていたのだが、森の中にトレントの姿はどこにもなかった。
これの一体どこがトレントの森という名前になるのか、と。
そんな風に疑問に思う者は多かった。
実際には現在トレントが多数存在するからトレントの森と呼ばれている訳ではないのだが。
「とにかく、問題なのは罰金がどれくらいになるかだな。支払えないで、しかも俺達が悪質だと判断されれば、最悪奴隷にされる可能性も否定は出来ない。……それだけは絶対に避けたいんだが」
罰金を支払うことになっても、逃げたりしないと判断出来る相手、あるいは優良な冒険者と判断されれば、罰金の支払いに猶予を貰ったりも出来る。
だが、それはあくまでも優良な冒険者と判断されればの話だ。
ニールセンに捕まっている冒険者達は、とてもではないが優良な冒険者とは言えない。
自分達でもそれを理解しているので、明るい表情が出来る筈もない。
「とにかく、今は大人しく待っていよう。ここで下手に逃げ出そうとしたりしたら、より罪が重くなる」
「けど……だからこそ、今のうちに逃げ出した方がいいんじゃないか? 今はとにかくこの場から離脱するのが……」
「馬鹿、いきなり何を言ってる!」
弓を持つ男の逃げ出すべきだという考えに、近くにいた冒険者が鋭く叫ぶ。
セトが近くにいる状況で一体何を言ってるのか。
そんな風に思うのは当然で、叫んだ男だけではなく他の者達も弓を持つ男を睨んでいた。
「グルルルゥ」
会話を聞いていたセトも、少し離れた場所から喉を鳴らしつつ男達を見ている。
普段なら円らな瞳には愛嬌が浮かんでいるのだが、今のセトの目にあるのは獲物を見る目……とまではいかないが、逃げようとしたら容赦なく攻撃をするといったところだろう。
ビクリ、と。
そんなセトの目を見た男の一人が本能的な恐怖に襲われたかのように身体を震わせる。
それこそ、何故自分の身体が震えているのかすら分からずに。
これがギルムの冒険者……いや、ギルムに限らず自分よりも圧倒的な強者と遭遇したことがある冒険者なら、それが理由だと分かるだろう。
しかし、この冒険者達はそれなりの腕を持つものの、そんな経験をしたことはない。
……あるいは、そのような経験をしてもいいという度胸があれば、アブエロではなくギルムで活動する冒険者になっていたかもしれなかった。
しかし、そのような度胸がなく、安全優先し、それでいて大金も稼ぎたいという考えを持っていたのがこの男達だ。
中途半端に実力があるだけに、厄介なことだった。
「いいか? 決してここで妙な真似はするなよ」
セトの鳴き声を聞き、冒険者の一人がそう告げる。
特にその視線が向けられているのは、レイに対抗心や反抗心を持っている弓を持つ男だ。
「ちっ、分かったよ」
もしここで自分が何かを言っても、それを仲間が聞くとは思えない。
そう理解した弓の男は、それ以上何も言わない。
そんな仲間の様子を見て、それでようやく他の冒険者達も安堵した様子を見せる。
やがて大人しくなったと判断したのか、セトは冒険者達から視線を外す。
セトの視線が外れたことで、冒険者達にもある程度の余裕が出来た。
それでも最初のうちはあまり大きな声で話をするような真似が出来なかったものの、それでも小声で話を始める。
「それにしても、さっきの黒い円球……あれ、何だったんだ?」
「うーん……ああいうモンスターは見たことがないな」
「辺境だから、未知のモンスターがいてもおかしくはないだろ」
その言葉は、それなりの説得力があった。
辺境にいるモンスターは、未だにその全てを完全に把握された訳ではない。
未知のモンスターと接触するのは、辺境の中でも少し深い場所に行けばそう珍しい話ではないと、そういう噂はアブエロにいれば幾らでも入ってくる。
もっとも、その噂を口にするのはギルムで活動出来ないと判断し、故郷に戻ろうとする者が多い。
そのような者達が、せめて格好をつけようと見栄を張り、未知のモンスターと遭遇したといったように言うのは珍しい話ではなかった。
アブエロはギルムに一番近い街である以上、そのような者達がアブエロに寄ることは多い。
勿論、アブエロに来るのは全員が全員そのような者達ではない。
普通に依頼……特に今は商隊の護衛の依頼が多いが、そのような者達から聞ける話は違う。
そのような者達であっても、未知のモンスターと遭遇するといったようなことはあるのかもしれないが。
「けど……俺、さっきのことを思い出したんだけどさ、レイがあのモンスターを魔法で倒しただろ?」
その言葉に、何を今更といった視線が向けられる。
レイがあのモンスターを倒していなければ、自分達は死んでいた可能性も高い。
そうである以上、レイがモンスターを倒したのは間違いない事実だった。
だが……男が口にしたのは、そういうことではない。
「俺の気のせいかもしれないけど、あの黒い円球、魔石を落とさなかったような気がする」
その言葉に、他の冒険者達……弓の男も、そう言えばといった表情を浮かべるのだった。
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