3078話
その冒険者達は、ギルムの冒険者……ではなく、ギルムから一番近くにある街、アブエロの冒険者だった。
ギルムの前に突然森が出来たという話は聞いていた。
しかし、その時は辺境だしそういうこともあるだろうということで納得していたのだ。
普通に考えれば有り得ないことであっても、辺境でなら特に問題なくそのようなことが起きてもおかしくはない。
辺境というのはそのような場所だったのだから。
森が出来た当時はそのようなことで、特に何かがあった訳ではない。
だが、そんな中で最近になってその森……トレントの森には周辺に兵士や騎士が配置され、勝手に中に入れないようになっているという。
ただし、それらの警備が厳しいのはあくまでもギルム側だ。
当然だろう。兵士や騎士が警備をするにしても、トレントの森は広すぎる。
その隙を掻い潜ってトレントの森の中に入るのは、難しい話ではない。
そもそもの話、トレントの森には毎日のように新しい動物やモンスターが入っているのだ。
本当にトレントの森に入らないように出来ているのなら、そのような者達がトレントの森に入るようなことは出来ないだろう。
以前レイが戦った、翼を持つ豹のように空を飛べるモンスターであったりすれば、話は別だが。
とにかくそのような状況になったことから、トレントの森には何かあるという噂がアブエロの冒険者達の中にも広がった。
また、アブエロはギルムを出発した者達の全員が通る場所でもある。
つまり、ギルムで流れている噂の類を知ることも出来るのだ。
それこそ商人……はともかく、護衛の冒険者の中には酒の一杯や二杯奢って煽てれば面白いように話をしてくれる者もいる。
あるいは娼婦との寝物語でそれらを話すこともあった。
そういう情報から、最近トレントの森で何かがあったと知るのは難しい話ではない。
そして辺境にあるトレントの森で何かがあり、アブエロ側はそこまで厳しい監視の目がある訳ではなく、その情報を聞いた冒険者達は金に困っていた。
ここまで条件が揃えば、ここで賭けに出てもおかしくはなかった。
……本人達にしてみれば、これは賭けとも何とも思っていない。
ギルムに一番近いアブエロに所属する冒険者として、半ば辺境と呼ぶべき場所で活動するのはそう珍しい話でもないのだから。
慎重な者達やまだ資金的に余裕のある者達にしてみれば、自分から進んでそんな危険な場所に行きたいとは思えない。
そういう意味では、その冒険者達はいい試金石……もしくは炭鉱のカナリアといったように見られていたのだろう。
当然、そのように使われている方は自分がどう思われているのかは分からなかったが。
とにかく辺境に新しく出来て、ギルムが占有しているのがトレントの森だ。
そこに行けば何か金目の物があると思いやって来たのだが、実際にトレントの森に入っても特に何がある訳でもない普通の森だ。
これが西側や北側から入れば、樵が伐採している光景を見たり、異世界から転移してきた湖を見たり、あるいは生誕の塔や冒険者と共存しているリザードマンといった面々を見ることも出来ただろう。 しかし、トレントの森は広大だ。
そのように大きく回り込むにはかなりの時間が必要となる。
そしてギルムから派遣されてきた騎士や兵士に見つかる可能性もあった。
実際にトレントの森に入った冒険者達はそこまで詳しく考えていた訳ではなく、単純に遠回りをするのが面倒であったり、あるいは手っ取り早く何か金になる素材か何かを見つけたかったのだが。
例えば、こうして生えている木も実際にはそれなりに価値があったりする。
実際にギルムではこの木に錬金術師達が魔法的な処理を行うことで高い魔法防御能力を持った建築資材として増築工事に使われているのだから。
しかし、その辺の事情を何も知らない冒険者達は金になる何かを探してトレントの森を進み、やがて穢れに遭遇してしまう。
最初こそただ空中に浮かんでいる複数の黒い円球を見ても危機感はなかったが、弓を武器にする者がいい素材になるような未知のモンスターではないかと思って矢を射ったところ、その矢は黒い円球に触れた瞬間に黒い塵となって吸収されてしまう。
ある意味、冒険者達にとっては運が良かったのだろう。
もし最初の攻撃が弓によるものではなく長剣によるものだったとしたら……恐らく驚きで動きを止めたところで、黒い円球に敵と認識されて攻撃されて黒い塵となって吸収されていた可能性が高い。
しかし、弓だったからこそ……遠距離からの攻撃だったからこそ、距離があって我に返る時間が出来た。
アブエロではそこまで有名ではない一般的な冒険者達とはいえ、それでもギルムに近いアブエロで活動出来るだけの実力は持っているのだ。
その短時間であっても、自分達が狙われるというのは十分に理解出来た。
そうして冒険者達は逃げ出す。
幸いなのは、弓で攻撃をした黒い円球は一匹だけで、追ってきたのも一匹だけだったことだろう。
また、黒い円球の飛行速度もそこまで速くはない。
速くはないのだが、相手が全く理解出来ない未知のモンスターで、しかも普通のモンスターと違って表情の類もない。
そんな相手に延々と追ってこられ、このままアブエロに黒い円球を引き連れて戻るという訳もいかず、どうするべきかと考えていたところで、レイが空から降ってきたのだ。
聞きたいことがあるから逃げるな。
そう言われた冒険者達は、どうするべきか迷う。
「お、おい。どうする? このままここにいてもいいのか?」
「馬鹿、この件が公になったらどうなると思う? どうにかして逃げるんだよ!」
「けどあれってレイだろ? 大鎌と槍を同時に使う冒険者なんて他にはいないぜ? それに……」
デスサイズを手に呪文を唱えているレイから視線を逸らし、冒険者の一人はとある方向……レイと自分達を挟んで反対側に視線を向ける。
その視線の先には、セトの姿があった。
大鎌と並んでレイの象徴でもある、グリフォンのセトが。
普段ギルムで愛らしさから人気のモンスターではあるのだが、今この時は違う。
自分の目の前にいる冒険者達を逃がさないようにと言われているので、しっかりと見張っているのだ。
レイだけなら黒い円球に集中しているので、その隙を突いて逃げるような真似も出来るだろう。
だが、セトがいる以上はとてもではないが逃げることは出来ない。
セトが……グリフォンがどれだけ強力なモンスターなのかというのは、知識だけではなく、見ただけで本能的に理解してしまった。
また、この冒険者達は気が付いていないが、近くの木の枝にはニールセンもいて、もし冒険者達が逃げ出したら魔法を使って拘束するように言われている。
そんな状況である以上、冒険者達が逃げられる可能性は万に一つもない。
だが、冒険者達は何とかしてここから逃げ出したいと思っているが……
「お、おい……あれ……」
唖然としたように冒険者の一人が言う。
その視線の先では、鳥……より正確には不死鳥の形をした炎が黒い円球を貫き、燃やしつくしていた。
そんな光景に、理解出来ないといった様子だったのは、弓を持った男だ。
自分の射った矢は黒い円球に効果がなかったのに、何故レイは……と。
魔法だからかとも思ったが、生憎と男達のパーティに魔法使いはいない。
元々魔法使いというのは決して数が多くない。
そんな中で冒険者になるのは、魔法使い全体の数から考えてもかなり少数だ。
魔法使いの場合は使える魔法にもよるが、別に冒険者にならなくても食いっぱぐれるといったようなことはないのだから。
「すげえ……あれが異名持ちのランクA冒険者の実力……」
誰かが呟く声が、弓を持つ男の耳にも聞こえてきて、それが強烈な嫉妬心を抱かせる。
自分とレイのどこが違うのか、と。
……冷静に考えれば、違うところはかなり多い。
それこそ、そもそも実力が違うし、何よりもレイは魔法を使うし槍や鏃の投擲もするが、弓は使わない。
弓を使うのは、レイの仲間のマリーナだ。
その辺を考えても、レイと弓を持つ男を比べるの間違っているのだが……本人にその実感はないらしい。
ただ自分よりも圧倒的な強さを持つ者を前に、自分にも同じような力があればと、そんな風に思う。
「さて」
冒険者達には色々と思うところがあるのだろうが、事態の進展はそんな思いとは全く関係なく進む。
「それで……何でここにいる?」
密猟か何かを目的としたのはレイにも予想出来たが、それでもこうして聞いたのは、もしかしたら自分が予想もしていないような理由でトレントの森に入ったのではないかと、そう思ったからだ。
だが、そんなレイの言葉に答えられる者がいない。
それが冒険者達が何故このような場所にいるのかということの何よりの証明でもあった。
「どうやら何か訳ありって訳でもないか。……知っての通り、このトレントの森はダスカー様の許可がないまま入ってはいけない場所だ」
そんなレイの言葉に、冒険者達はピクリと反応する。
驚く様子を見せなかったところから、この件については知っていたのだろうとレイは判断する。
(とはいえ、どうしたものか。トレントの森に無理矢理侵入した場合って、どういうペナルティがあるんだ? あるいは警備兵に捕らえられるのか? その辺を前もってしっかり聞いておけばよかったな)
その辺りは具体的にどうなるのかは分からない。
そうなると、取りあえず警備兵に引き渡すのが最善だろうと思っていたレイだったが……
「ちょっと、レイ。まだ穢れはいるから気を付けて!」
木の枝の上にいたニールセンが、慌てたように叫ぶ。
ニールセンを通してこちらの状況を認識していた長から、まだ全ての穢れを倒した訳ではないと連絡が来たのか、それともニールセンから長に新種の穢れを倒したと連絡をしたのか。
その辺りについてはレイにも分からなかったが、とにかくニールセンが敵がいると言うのなら、それは間違いなくいるのだ。
デスサイズと黄昏の槍を手に、周囲の様子を窺う。
そんなレイとは裏腹に、冒険者達はどこからともなく聞こえてきた声に驚く。
「え? おい、今の声ってどこから聞こえてきた?」
「レイのパーティメンバーじゃないか? 確かレイのパーティには女が何人もいるんだろ?」
「いや、だったらその姿が見えないのはどういうことだよ」
そんな声が聞こえてきたレイだったが、今の状況でそちらに構っている様子はない。
「お前達、穢れ……さっきの黒いモンスターと遭遇した時、他にも何匹かいたか!?」
鋭い口調で尋ねるレイに、冒険者達は無視をするといった真似は出来ない。
酒、女、賭けといったように、稼いだ金を湯水のように使うので金に困ってはいたが、男達もアブエロではそこそこの腕を持つ冒険者であるという自負はあった。
そんな自信や自負を持っている自分達が、レイの言葉に答えないという選択肢がなかったのだ。
「他にも何匹かいました。ただ、弓で攻撃をしたら……」
冒険者の中でもリーダー格の男がそう答える。
レイはその言葉を最後まで聞かずとも、事情については理解出来た。
黒い円球は穢れの中でも新種だ。
しかし、新種であってもその行動原理そのものは黒い塊や黒いサイコロと同様で、攻撃をした相手を狙うというものなのだろう。
幸いなのは、これもまた以前までの穢れと同様にあくまでも行動は個体で完結してるということか。
一匹が攻撃をされたら、他の攻撃をされていない個体までも襲ってくるといったことをされるよりは、こうして個別に動いてくれた方が色々とやりやすい。
……レイにしてみれば、もし一緒に来ていれば先程の魔法で一掃出来たので、手間が増えただけということでもあるのだが。
だが、それはあくまでもレイが黒い円球と戦う場合の話だ。
普通の相手には穢れを倒す手段がないのだから、個別に動いてくれる方がいいのは間違いない。
(とはいえ、穢れを放っておく訳にはいかない。かといって、この連中もこの連中で放っておく訳にはいかない。そうなると……)
このまま冒険者達を置いていった場合、恐らくこの冒険者達は逃げようとするだろう。
勿論セトがいる以上は逃がすつもりはないが、それでも面倒なことになるのは間違いない。
「ニールセン、この連中を拘束しておいてくれ!」
「ちょっ、いきなり何を!?」
レイの言葉に驚いたのは、冒険者達だ。
未知のモンスター……それも攻撃が通用しない不気味なモンスターがいるのに、自分達の動きを拘束しろと言われたのだから、不満に思うのも当然だろう。
だが、レイはそんな男達の様子を気にせず、改めてニールセンに魔法を使うように言うのだった。
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