3081話

 レイの視線の先には、燃やしつくされて焼滅していく黒い円球の姿。

 木々を倒した場所に黒い円球がいるという予想をしたレイだったが、その予想は見事に当たった。

 その後、同じ手段で黒い円球を探しては倒しといったような真似をすること、一時間程。

 全部で四匹……冒険者達を襲っていたのを含めれば五匹の黒い円球を倒すことに成功する。


「さて、今までの経験からすると、そろそろ全ての穢れを倒したといったようになってもおかしくはないんだけどな。……ただ、問題なのは結局敵の全体数が分からないことか」

「あの冒険者達が敵の数をしっかりと覚えていれば、こういうことにならなかったのに」


 レイの呟きに反応したのは、側を飛んでいたニールセン。

 ニールセンにしてみれば、冒険者達は下手に穢れにちょっかいを出した挙げ句にセトがそちらに手を取られることになり、その結果として自分達が手間取るようになってしまったという点で非常に苛立ちを覚える相手だった。

 もしあの冒険者達がいなければ、セトに乗って空から敵の探索も出来たというのに。


「それは俺も否定出来ないが、だからといってあのまま見捨てるって訳にはいかないだろ。特にアブエロの冒険者らしいし」


 これがギルムの冒険者なら、ギルムのギルド、あるいはギルムの領主であるダスカーが処罰をすればいい。

 しかし、これがアブエロとなればダスカーの領地以外からやって来た冒険者が騒動を起こしたということになる。

 勿論、その場合悪いのはアブエロ側となるが、それでも相手が別の貴族の領地にある街の出身である以上、ダスカーやワーカーといった面々にも独断で処罰することは出来ない。

 いや、やろうと思えば出来るだろうが、それによって後々面倒なことになる可能性もある以上、出来ればそれは避けるだろうというのがレイの予想だった。


「じゃあ、あのままなの?」

「まさか。さすがにそういうことはないと思う。ただ、俺がそれに関わるようなことはないだろうけど」


 最悪の場合、ここでレイがあの冒険者達を殺してしまうといった方法もない訳ではない。

 そうなれば、ギルム的にはそういう冒険者はいなかったということになるし、アブエロ側ではあの冒険者達はトレントの森でモンスターに殺されたということで、知ってる者の間で処理される。

 客観的に見た場合、それが一番楽な結末なのは間違いない。

 間違いないのだが、レイは出来ればそんな真似をしたいとは思わない。

 今更人を殺すのに躊躇したりはしないが、だからといって無意味に人を殺したい訳でもないのだから。

 自分の命を狙ってきたとかなら、その時はレイも相手を殺すといった真似をするだろう。

 しかし、今のところ相手にそのような様子はない。

 そうである以上、レイとしてはここで相手を殺すという気にはならなかった。


「ふーん。まぁ、レイがそう言うのならいいけど。でも、ああいう人達って後で面倒なことになったりしない?」

「するかもしれないが、そうなったらそうなったで対処すればいいだろ。もしそこで俺達にちょっかいを出すようなことがあったら……」


 最後まで口にすることはなかったが、そうなった時にあの冒険者達がどんな目に遭うのかというのは、ニールセンにも何となく理解出来た。


「レイがそう言うならいいけど。……それで、これからどうする? 見た感じでは、もう木が倒れるような様子はないけど」


 黒い円球に高い知能があれば、触れた相手……正確には触れた部分を黒い塵にして吸収するといった能力を持っているのだから、自分の場所が相手に知られないようにする為に木々を避けて移動するだろう。

 しかし、レイが見たところではあの黒い円球がそのような賢い真似をするとは到底思えない。

 間違いなく何も考えずに移動し、木々を倒すだろう。

 そういう意味で、レイにしてみれば敵を見つけるという点ではこの状況はそんなに悪くないのだろう。

 それでも万が一を考えると、場合によっては敵がどこかに向かっているという可能性も否定が出来なかったのだが。


「あの黒い円球が移動している痕跡を見つけることが出来ない以上、冒険者達のいる場所に戻るか。あの連中を警備兵に引き渡す必要もあるし」

「ちなみに、その場合はどのくらいの罰になるの?」


 ふと気になったのだろう。

 ニールセンが好奇心からそう尋ねる。

 ニールセンにしてみれば、あの冒険者達は自分達の邪魔をした存在だ。

 とてもではないが、注意されただけで解放されるといった真似になって欲しくはなかった。


「そうだな。最低でも罰金といったところか。最悪の場合は強制労働とかそういうのにもなるかもしれないが。……これからのことを考えると、ギルムの雪かきとかそっち系に回される可能性もあるか」


 雪かきというのは、何気に大変な仕事だ。

 そうである以上、それを罰とする可能性は十分にあった。

 少なくても、犯罪奴隷にするとか、死刑にするとか、そこまで厳しい罰を与えるようなことはないだろうとレイは思っている。

 トレントの森に無断で入り込んだのは事実だが、それだけでそこまでの罰は与えないだろうと。

 だが同時に、あの冒険者達は現在は可能な限り秘密にしている穢れをその目で見ているのも事実。

 そうである以上、そのまま注意をしただけで解放というのも有り得なかった。


(実際にどんな罰にするのかは、ダスカー様とかワーカーとか、あるいはそれに近い面々で決めるだろうし。そうなると、俺が何かを言うようなことは……多分ないだろうな)


 レイの様子を見ていたニールセンは、どこか微妙な表情を浮かべる。

 冒険者達の扱いに納得出来ない部分も大きいのだろう。


「ああいう人達が妖精郷に来るようなことになったら、かなり面倒なことになりそうね」

「それは……否定出来ないな」


 そこそこの実力があるにも関わらず、真面目に仕事をしないで金を稼ぎたいと思っている者達だ。

 ある意味で、最初からの小悪党と比べても圧倒的に面倒臭い相手なのは間違いない。


「けど、あの連中が妖精郷に行くってことはないと思うから、ニールセンは心配のしすぎだと思うけどな」

「そう? だといいんだけど」

「もし何かあったら、こっちでも動くつもりだし、何よりダスカー様も黙ってはいないだろうから、心配はいらないと思うけどな」


 ダスカーにしてみれば、妖精郷という存在はこれからのギルムの発展に非常に大きな意味を持つ。

 それ以外でも、穢れの対処には妖精の助けが必須だ。

 そんな妖精達の住居である妖精郷に、問題行動を起こすような者を送りたいとは思わない。


(もっとも、国王派や貴族派からのごり押しでどうしても組み込まないといけない冒険者とか、そういうのはいそうだけど。普通に考えれば、そういう連中とは出来るだけ一緒に行動したいとは思わない。思わないけど……何となくその辺は俺に回ってきそうな気がするんだよな)


 レイがそんな風に思うのは、結局のところレイが妖精と一番親しい冒険者だからというのが大きいだろう。

 この状況でレイ以外の冒険者を妖精郷に向かわせるとなると……それこそ、マリーナやヴィヘラ、ビューネといったパーティメンバーくらいか。

 そんな中でも可能性が高いのは、マリーナだ。

 精霊魔法の使い手にして、世界樹の巫女というのが大きい、

 勿論、妖精と精霊魔法や世界樹というのはそこまで深い関係にある訳ではない。

 しかし、妖精っぽい、精霊っぽい。そういうので相性がいいようにレイは思えた。

 実際に試してみないと、その辺はどうとも言えないのだが。


「とにかく、いつまでもここにいるのは何だし。そろそろ本当に戻らないか?」


 レイの言葉にニールセンは少し考えてから、渋々といった様子で頷く。

 あの冒険者達の前にニールセンが姿を見せれば、間違いなく面倒なことになる。

 それを十分に理解していたからこそ、ニールセンとしては出来れば冒険者達の前に姿を現したくはなかった。

 しかし、それでもあの冒険者達をそのままにしておくような真似が出来ない以上、レイと一緒に行くしかない。

 ニールセンとしてはレイがあの冒険者達に会いに行くのなら、どこか離れた場所で待機していたいという思いもある。

 しかし、そのような真似をすればいざという時にレイとすぐに連絡が取れない。

 ニールセンは、それが悪いとは思っていない。

 いや、多少は悪いと思っているが、もしそのようなことになってしまった場合、長からお仕置きをされるかもしれないというのが一番怖かった。


「じゃあ、私はドラゴンローブの中に入ってるから。それならいいでしょ?」

「それでニールセンが納得出来るのなら、俺は問題ない」


 冒険者達に見つからず、それでいて何かあってもすぐにレイと連絡が出来る。

 そう考えたニールセンが選んだのは、結局ドラゴンローブの中に入るということだった。

 木の中に入るといった手段を使ってもいいのだが、木から出る時に見つかる可能性も……かなり低いが、ある。

 だからこそ、今はドラゴンローブの中に入るというのを選んだのだ。

 レイが了承したこともあり、ニールセンはすぐにドラゴンローブの中に入るのだった。






 レイとニールセンがそろそろ戻るかといった会話をしている頃、トレントの森に無断で侵入してきた冒険者達はちょっとした危機に陥っていた。

 それは何も、セトの気が変わって攻撃をしてきたとか、セトでも勝てないようなモンスターが姿を現したとか、そういう理由からではない。

 そういうのとはもっと別の緊迫した状況……トイレだ。

 ニールセンの魔法によって生み出された蔦で拘束されている冒険者達は、当然ながらそう簡単に動くような真似は出来ない。

 しかし、尿意を催している現在、このままでは非常に不味いことに……それこそ人としての尊厳がどうというような出来事になってもおかしくはなかった。


「な、なぁ……どうする? どうやって我慢すればいい? 俺はいつまでもこのまま耐えればいいんだ?」

「落ち着け、下手に動くな。今は何とか精神の均衡を保ったままで、どうにか……」

「馬鹿野郎、そんな真似でいつまでも保つと本当に思っているのか? 一体いつまで待てばいいんだよ」

「何とかグリフォンに蔦を切断して貰うようなことは出来ないのかな」

「おい、ここで下手に蔦を切断されたりしたら、その衝撃で身体が揺れて……」


 会話の中で、その場合どうなるのかといったことを思い浮かべ、話を聞いていた全員の顔が青くなる。


「ど、どうにか……本当にどうにかしてこの状況を……」


 特に限界の近い一人は、それだけしか口に出すことは出来ない。

 もう少し大きく動いたとしたら、堤防が決壊してもおかしくはない。

 冒険者として……いや、正確には男として、そのようなことになるのは絶対に避けたかった。


「セ……セトだったよな? その……ちょっと小用をすませたいから、出来ればこの蔦を切って欲しいんだけど……」


 まだ幾らか余裕のある冒険者が何とかそう言うものの、セトはその言葉を聞いても視線を向けるだけで、実際に何か行動を起こしたりといった様子はない。

 セトにしてみれば、ここで冒険者達を自由にするというのは考えられないことなのだろう。

 そのような真似をすれば、冒険者達を逃がしてしまうかもしれない。

 もしそのようなことになった場合、セトはレイに対してどのように謝ればいいのか分からない。

 だからこそ、今のような状況であってもセトが冒険者達を解放するような真似は出来なかった。


「く、くそ、駄目だ。グリフォンには全く動く様子がない。こうなったら、やっぱり俺達で何とかするしかないぞ」

「何とかって……一体この状況をどうしろって言うんだよ。ここで下手に動けば、それこそグリフォンに何をされるか分からないぞ?」


 自分達で無理に蔦を切ったりした場合、どうなるのか。

 それはセトに敵対行為と認識される可能性が十分にあった。

 そしてもしセトにそのように判断されると、最悪自分達でセトと戦わないといけない。

 そうなればどうなるか。

 アブエロでそこそこの技量を持つ冒険者であった男達が、ランクAモンスターのグリフォン……いや、多数のスキルを使えるということでランクS相当のモンスターと認識されているセトを相手に戦いを挑んだとして、勝てる筈がない。

 セトを見た瞬間にその辺りについては強い自覚がある。

 だからこそ、今のこの状況をどうにかする為に強引な真似は出来なかった。

 もしセトに敵対認定をされてしまえば、それこそ漏らすどころの話ではない。


「けど……だからってこんな状況で一体どうしろってんだよ」

「グルルルゥ?」


 まるでその言葉に反応するかのようにセトが喉を鳴らし、冒険者達はビクリとする。

 ……その際、少し膀胱が決壊したものがいたが、それでも最悪の事態は免れ……


「悪いな、セト。待たせたか?」


 レイが姿を現したのだった。

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