3072話
セトに乗って移動したレイとニールセンは、途中で生誕の塔の護衛をしている者達が見張りをしているところに遭遇したが、軽く会話を交わすと問題なくそこを通る。
レイとセト、そしてニールセンが野営地で寝泊まりしているのは、昨日の時点で既に知っている。
そうである以上、わざわざ怪しむ必要はないのだ。
それでも少し会話をしたのは、レイが野営地にいる理由……黒いサイコロのような穢れが出た場合にそれに対処する為なのに、そのレイがどこかに向かうのを少し不安に思った者がいたからだろう。
もっとも、樵達の様子を見に行くと言えばそれで問題はなかったが。
レイが野営地にいるのは、野営地にいる者達を守る為であるのと同時に、樵達を穢れから守る為でもある。
昨日はその双方が襲撃されたので、どちらも守る必要があるのは間違いなかった。
……野営地の方は、実際にはそこにいる冒険者達やリザードマン達ではなく、湖の側にいた巨大なスライムが襲撃されるなどといったことになってしまっていたが。
(そう言えば、あの巨大なスライム……一晩でどのくらい小さくなったのか、見てくればよかったな)
起きて朝食を食べてからすぐにセトやニールセンと共にこちらに来たので、結局湖の方には行っていない。
もし巨大なスライムが予想以上に小さくなっていれば……あるいは予想した以上に小さくなっていなければ、その辺についても確認しておけばよかったと思う。
「グルゥ」
レイが巨大なスライムについて考えていると、セトが喉を鳴らす。
その意味をレイはすぐに理解する。
「ニールセン、どうやら樵達が近いみたいだ。そろそろドラゴンローブの中に入れ」
「分かったわよ」
レイの言葉に不満そうな様子を見せながらもドラゴンローブの中に入るニールセン。
嫌々ながらといった様子ではあったが、実際にドラゴンローブの中に入れば暑すぎず、寒すぎずといった快適な環境がそこにはある。
入る時の様子はなんだったのかといったように、ニールセンはドラゴンローブの中で寛ぎ始める。
そんなニールセンの様子に気が付いているのかどうか、レイは特に表情を変えたりせずセトに乗って移動し……やがて樵達が木を伐採している音が聞こえてきた。
本来なら、この音はかなり遠くまで届く。
しかし、トレントの森の広さを考えればその音が野営地の方まで届くといったことはまずない。
「音の数が少ないな。……やっぱり昨日の今日だからか?」
昨日襲撃されたばかりで、しかもその襲撃をしてきた相手は普通のモンスターではなく、物理攻撃は無効化……どころか、黒い塵にして吸収するような相手だ。
その上、普通の魔法もあまり効果がなく、レイの使うような魔力を大量に消費するような魔法や、エレーナの竜言語魔法でなければ効果はない。
そんな敵と遭遇した樵達にしてみれば、怖がってもおかしくはないだろう。
樵達にはモンスターが出現した時の護衛として冒険者達がいるが、その護衛が攻撃をしても相手にダメージを与えることは出来ないのだ。
そうである以上、樵達が怖がって仕事に来なくてもおかしくはなかった。
護衛が護衛として役に立たないのだから。
もっとも、黒いサイコロは攻撃をした相手に攻撃するという習性を持っている。
それを使えば、黒いサイコロを攻撃して敵を誘き寄せている間に樵達を避難させるといったことも難しくはない。
そういう意味では、護衛として十分に効果を発揮するので護衛が無意味という訳ではない。
しかし、樵達にしてみれば護衛には敵を引き寄せるといったようなことではなく、敵を倒して欲しいと思うだろう。
その辺の認識の違いがこの場合は大きかった。
「レイ!?」
森の中を斧が振るわれる音の聞こえる方に向かって進んでいたレイだったが、そんなレイを見つけて声を掛けてきた者がいる。
それが樵達の護衛をしている冒険者の一人で、昨日の黒いサイコロの襲撃の時に注意を引いて樵達を守った者の一人だった。
「昨日は悪かったな」
その冒険者にそう言って謝る。
いきなりレイに謝られたのを疑問に思った冒険者だったが、すぐにギルドでの一件だと理解する。
本来ならレイが説明に来ると言っていたのに、実際に説明したのがギルドマスターのワーカーだったのだ。
冒険者達や樵達にしてみれば、完全に予想外の展開だったのは間違いない。
「俺達は構わない。ちょっと驚いただけだし、ギルドマスターとも何回か面識くらいはあったしな」
樵の護衛を任されている冒険者達は、生誕の塔の護衛を任されている冒険者よりも格落ちにはなるが、それでも出入りするには許可が必要となっているトレントの森で働くのを認められている者達だ。
それなりに優良な冒険者であるとギルドには認められており、ギルドマスターとも何かの機会にあったことがあってもおかしくはない。だが……
「俺達はともかく、樵の連中は思うところがあったみたいだぞ。謝るのなら、俺じゃなくて樵の連中にしてくれ」
一応ギルム出身の樵もいるが、樵の大半はダスカーが他の村や街といった場所から集めた者達だ。
そうである以上、当然だが自分の村や街にあるギルドのギルドマスターならともかく、ギルムにあるような巨大なギルドのギルドマスターと会う機会は基本的にない。
ましてや、樵達は喧嘩っ早い者達が多いが、ワーカーのような存在に会えば圧倒されてしまう可能性が高い。
前ギルドマスターのマリーナからはまだまだ未熟者扱いされることも多いワーカーだが、普通の樵達にしてみれば、普通なら到底会えるような存在ではないのだ。
そんな存在と何の説明もなくいきなり会うことになったのだ。
当初はレイが色々と説明する筈だったにも関わらず。
そうである以上、樵達がレイに対して色々と思うところがあるのは間違いない。
(いっそ、昨日暇になった時間にギルムに戻れば……いや、駄目だな。俺が野営地にいるのは、トレントの森に穢れが出た時にすぐ駆けつけられるようにする為だし。そんな状況でギルムに行くのは無理だった)
もしギルムに行っている間に穢れが現れれば、どうなるのか。
レイは考えたくなかったが、トレントの森にいた面々の多くが死んでいた可能性もある。
「なぁ、レイ。それよりもちょっと聞きたいんだが……」
「ん? どうした?」
「実はギルドマスターから、レイが妖精と知り合いだって話を聞いたんだけど、本当か?」
「ああ、やっぱりその辺も聞いていたのか」
「そういう風に言うってことは、やっぱり本当なんだな!?」
勢いよく尋ねてくる冒険者に、レイはあれ? これってもしかして……と思う。
(まさかこいつも妖精好きな奴なんじゃ?)
何となく、この勢いは野営地でニールセンを追いかけ回した冒険者達を連想させる。
それが正しいのかどうか、正直なところは分からない。
分からないが、それでも何となく嫌な予感がするのは間違いなかった。
実際、ドラゴンローブの中にいるニールセンも今の会話が聞こえてきたのか、レイの身体を軽く蹴る。
それが自分のことを言うなという意味なのか、それとも目の前の男も妖精好きなのかを確認しろと言ってるのか。
その辺りは生憎とレイにも分からなかったが、取りあえず尋ねる。
「もしかしてお前は妖精が好きなのか?」
「え? うーん、好きか嫌いかって言われた好きだと思う。だって妖精だぜ? 普通ならとてもではないが見ることが出来ない奴だ。それなら、もし見られるのなら見てみたいと思うのは当然じゃないか?」
ギリギリセーフ……か?
レイは男の言葉を聞いてそんな風に思う。
妖精に興味を持っているのは間違いない。
だが、その好意はあくまでも珍しい存在がいるのなら、それに会ってみたい。伝承でしか知らない相手に会ってみたい。
そのように思っているくらいで、野営地でニールセンを追いかけ回した連中よりは問題がないように思える。
勿論それはレイがそのように思っているだけで、ニールセンがどう思うのかは分からない。
その為、レイは軽くドラゴンローブを……ニールセンのいる場所を叩いてみる。
「……何よ」
レイの言いたいことを理解したニールセンは、ドラゴンローブの中からひょっこりと姿を現す。
そしてニールセンを見た冒険者の男は、いきなりの展開に目を大きく見開く。
ワーカーから、レイが妖精と関係があると聞かされてはいた。
そしてトレントの森に昨日の黒いサイコロやその同種のモンスターが現れたらレイが対応する為に、それを感じられる妖精がレイと一緒に行動しているとも。
だが、しかし……それでも、まさかこうして直接妖精を見ることが出来るとは、完全に予想外だった。
「これが……妖精……」
「そうよ。言っておくけど、お触り禁止だからね」
どこでその台詞を覚えた?
成り行きを見守っていたレイはそう突っ込みたくなったが、今は黙っておく。
妖精と初めて会った感動を邪魔するようなことはしたくないと思ったのだ。
「あ、ああ。分かった。……それにしてもこれが妖精……」
自分が同じ言葉を繰り返していると理解しているのか、いないのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、冒険者の男がニールセンに会えて感激してるのは間違いなかった。
ニールセンも、昨日とは違って自分と会えて嬉しがっているのはいいが、無造作に手を伸ばしてきたりといった真似をされないので、少しではあるが警戒を解く。
そんな冒険者の男に、レイは改めて声を掛ける。
「そろそろいいか? 出来ればここでもう少しニールセンを見せてやりたかったんだが、そろそろ俺も樵達に会いにいきたいんだが」
「え? あ、ああ。すまない。話には聞いていたが、それでもまさかこうして間近で妖精を見る機会があるとは思わなかったんだ。……うん、本当に妖精を見ることが出来るとは……」
しみじみといった様子で呟く男にレイは新鮮な気持ちを抱く。
妖精という存在に対しては、恐らくこれが普通の反応なのだろうと。
レイは既にニールセンと知り合ってそれなりに経つし、何よりも妖精郷で寝泊まりをしていたし、普通の妖精よりも一回り大きい妖精郷の長とも、知り合いだ。
ある意味で、ギルムにおいて最も妖精と親しい存在がレイなのだろう。
……妖精と一緒にいるのが普通になっていると知れば、中には羨ましいと思う者も多い。
いや、野営地にいたような妖精好きの相手を前にした場合は、それこそ一体どのような反応が返って来るのかとすら思ってしまう。
「じゃあ、行くぞ。……ニールセン、どうする?」
「一応まだ中には入っておくわ」
レイの言葉にニールセンはそう言うとドラゴンローブの中に引っ込む。
ドラゴンローブの中は、ニールセンにとっても快適であるのは間違いない。
だがそれだけではなく、レイの前にいる男は自分に興味を持ちつつも、追いかけ回したりといった真似はしなかったが、これから会う相手がどう反応するのかは、それこそ実際に会ってみなければなんとも言えないのだから。
場合によっては、それこそ野営地の時のように追い掛けられる可能性があるかもしれないのだ。
……ニールセンは野営地で追いかけ回されたのが、軽いトラウマになってしまっているのだろう。
それだけ妖精好きの面々がニールセンを追い回すのは追われている本人にとっても異様な光景だったということだろう。
「じゃあ、俺は行くけど。お前はどうする? やっぱり見張りを続けるのか?」
「ああ、そうするよ。昨日のようなモンスターもそうだが、普通のモンスターもいるし。そういうのが出て来た時は、樵達の方に行かせないようにする必要があるから」
「そういう意味では、今日は色々と大変かもしれない。頑張ってくれ」
「……え? どういう意味だ?」
「昨日、あの黒いサイコロとの戦いで森に結構な被害が出たからな。それでトレントの森に住んでいるモンスター達が興奮したり、縄張り争いを激しくしたりするかもしれない」
実際には、それはレイがやったのではなくエレーナの竜言語魔法によって引き起こされたことなのだが、その件については今は何も言わない方がいいだろうと判断しておく。
ただし、エレーナの竜言語魔法については言わなくても、トレントの森のモンスターが暴れるといったようなことは話す必要があるので、そう告げたのだが。
「それは……いや、分かった。覚えておく」
樵の護衛をしている冒険者としては、そんな真似をされるのは困ると言いたい。
しかし、黒いサイコロの正体を知り、それを倒せるのがレイだけであるとギルドマスターに言われている身としては、レイの言葉に不満を口にすることは出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます