3070話

 夕食も一段落し、レイはマジックテントのある場所に戻ってきた。

 レイと一緒にセトもいるし、ニールセンもいる。

 食事の時に表に出ていても特に追い掛けられたりはしなかったので、木の幹の中に隠れるといったようなことをしなくてもいいと判断したのだろう。

 レイにしてみれば、ニールセンが近くにいるのは何かあった時にすぐに分かるので、別に構わない。

 ニールセンは離れた場所にいても、長から連絡があったらすぐに知らせることが出来るといったように言っていたものの、それでもやはりレイの近くにいるのが確実なのは間違いない。

 だからこそ、現在のこのような状況にレイは不満を持っていなかった。


「けど、レイ。いいの? 見張りに行ってた人達は夕食を食べ損なったってことで不満に思うんじゃない?」


 レイの側を飛んでいたニールセンが、そんな風に尋ねる。

 模擬戦の最中に交代として戻ってきた者達がいた以上、当然ながら休憩していた冒険者はその代わりに見張りに向かった。

 そんな中で野営地にいた者達だけでガメリオンの肉を食べたのだ。

 食べられなかった者達が不満に思ってもおかしくはないだろう。


「一応料理は残してあるから、そこまで不満を抱いたりはしないと思う」


 料理というのは基本的には出来たての料理が一番美味い。

 もっとも煮物のように冷める時に出汁の味が染みこんで更に美味くなるといった料理があるが、それよりもやはり時間が経つと味が落ちるという料理の方が多い。

 特にレイが絶賛した、葉野菜とガメリオンの肉の炒め物はその類だろう。

 出来たてで食べたレイはかなり美味いと思ったが、もし時間が経てば……それこそ冷えた料理を改めて炒めるといった真似をしても、葉野菜のシャキシャキとした食感はなくなっている。

 電子レンジのような物は当然この世界にはないので、冷えた料理を温めるとなるともう一度火に掛けるしかない。

 スープや煮物ならそれもいいが、炒め物の場合はどうしても味が落ちる。


(電子レンジはともかく、マジックアイテムで味をそのまま維持出来るのとか、そういうのがあれば便利だよな。もっとも、使うところはかなり限られてくるだろうけど)


 もしそのようなマジックアイテムがあっても、普通に暮らしている者達がそれらを使うといったことは基本的にない。

 マジックアイテムを使うには、魔石や魔力が必要となる。

 勿論一般人であっても明かりのマジックアイテムのような物を使う時には魔石を使ったりするが、その魔石も無料ではない。

 冒険者が身内にいれば、モンスターを倒して魔石を手に入れることで魔石代を節約したり出来るかもしれないが。

 料理の味をそのままに出来るようなマジックアイテムがあっても、購入し、使えるのは金持ちの商人や貴族といった者達になる。

 しかし、そのような者達の場合は腹が減ったらそのようなマジックアイテムを使わずとも、料理人に作って貰えばいいのだから。


「やっぱり駄目だな」

「ちょっと、いきなりどうしたのよ?」


 レイの呟きが気になったのか、ニールセンが尋ねる。

 見張りで料理を食べられなかった者達について話をしていたら、いきなりレイが意味不明なことを呟いたのだ。

 料理について何かを言うならともかく、何故そこで『やっぱり駄目だな』などという言葉が出てくるのか、ニールセンには全く理解出来ない。

 だからこそ、どうしたのかと聞いたのだろう。

 レイもニールセンが何を聞いているのかは分かったし、何よりも特に隠すこともないので、あっさりと話す。


「マジックアイテムで料理とかを冷まさないで保存しておくようなのが出来ないかと思ってな」


 その言葉に、ニールセンの目が輝く。

 レイやセト程ではないにしろ、食べるのが好きなニールセンだ。

 そんなニールセンにしてみれば、料理を好きな時に最高の状態で食べられるというマジックアイテムは、是非とも欲しいのだろう。


「それ、いつ作るの!?」


 がーっと、それこそ下手なモンスターが襲ってくるよりも勢いがあるのではないかと思われるような勢いでレイに尋ねるニールセン。

 そんな勢いに押されながらも、レイは首を横に振る


「落ち着け。そういうのがあればいいなと思っただけで、作ろうとは思ってないから。さっきも言っただろ? やっぱり駄目かって」

「何でよ! そういうのがあれば、いつでも美味しい料理を食べられるじゃない!」

「需要がないんだよ。作っても売れないのなら、作る意味がないだろ?」


 そう言い、レイはニールセンに説明する。

 庶民はそういうのに魔石を使うような余裕がない者が多く、金持ちならそのようなマジックアイテムを作らなくても料理人に任せればいい。

 これは極端な例で、中には庶民でもある程度の余裕がある者もいるし、金持ちではあっても料理人を雇うような余裕がない者もいる。

 しかし、マジックアイテムを作っても売れなければ意味はない。

 大多数の者に買って貰えないのなら、作っても赤字になる。

 受注生産といった形であればそのような真似も可能かもしれないが、そうなればそうなったで高額になる。


「ぐぬぬ……」


 レイの説明を聞いたニールセンは、それに対して反論したい。

 しかし、実際問題レイの言ってることが分かる為に、それに反論出来ない。

 唯一反論出来るとすれば……


「レイが受注生産して貰うってのは出来ないの?」

「いや、俺はミスティリングがあるし」


 レイにしてみれば、ミスティリングがあればそのようなマジックアイテムは特に必要ない。

 話題になっているマジックアイテムが実際に作られた時、どのような形になるのかは分からない。

 しかし、レイの右手首にあるミスティリングよりも高性能という可能性は……絶対にない訳ではないが、可能性としては限りなく低いだろう。

 それだけレイのミスティリングというのは高性能なのだから。


「ぐ……そう言えばレイにはそれがあったわね。じゃ、じゃあ、レイが代わりに買って、それを私達に売るのは?」

「どうしてもやるというのなら構わないが、その場合は何で代金を支払うつもりだ?」


 レイが知ってる限り、妖精郷において貨幣経済といったものは発達していない。

 基本的には物々交換だが、それだって木の実や果実といったような物が大半で、レイが欲するような物はない。


「ぐむぅ。……そうね、マジックアイテムとかは?」

「本気か? いや、本当に出来るのならいいけど。そうなると、いつ取引が出来るか分からないぞ?」


 妖精のマジックアイテムというのは非常に希少で効果も高い。

 そういう意味では、妖精のマジックアイテムを貰えるのなら、レイとしては多少の苦労は構わないのだが、この場合問題になるのは妖精のマジックアイテムは効果が高い分、作るのに非常に時間が掛かることだろう。

 もしここで無事に取引が終了しても、妖精のマジックアイテムがいつ出来るのかは分からない。

 何よりも……


「そもそも、長が許可するのか?」


 そう尋ねるレイの言葉こそが、真実だろう。

 レイが知っている長であれば、料理をいつまでも美味い状態で維持するといったマジックアイテムが欲しいが為に、長の作ったマジックアイテムと交換するといった真似を許容するとは思えない。

 それどころか、もしニールセンがそうしたいと言った場合……それこそ厳しいお仕置きをされてもおかしくはなかった。

 それはニールセンも同様だったのだろう。

 言葉に詰まり、何も言えなくなる。


「長じゃなくて、ニールセンがマジックアイテムを作れるようになったら、それを交換……いや、そもそもの話、マジックアイテムをニールセンが作れるのなら、ニールセンがそういうマジックアイテムを作ればいいだけか」

「無茶を言わないでよ、無茶を」

「無茶……か?」


 レイが知ってる限りでは、長はニールセンを自分の後継者として扱っている。

 それはつまり、ニールセンがいずれ長の後を継ぐことになるという流れなのだろう。

 そして長はマジックアイテムを作る技能が必須のようにレイには思えた。

 実際にそれがどうなのかは、生憎とレイにも分からない。

 分からないが、それでも今の状況を考えるとそんなに間違っていないように思えたのだ。

 つまり、将来的にはニールセンもマジックアイテムを作れるようになる……というか、長によってそのようにさせられるのではないか。

 そんな風にレイが予想するのは、決して間違ってはいない筈だ。


「無茶に決まってるでしょ!」


 ニールセンにとっては、その辺を全く考えてはいないようなものだったらしいが。


「そうなると、マジックアイテムがどうこうというのは諦めた方がいいだろうな」

「えー……」


 不満そうな様子を見せるニールセンだったが、レイはそれ以上は特に何も言わない。

 そこまでマジックアイテムが欲しいのなら、自分で作れるようになればいいのにとは思いもしたが。

 もっとも、妖精の作るマジックアイテムは基本的にかなりの時間が必要となる。

 ニールセンの性格を考えると、そういうマジックアイテムを作っている間に、マジックアイテムを作ることに飽きてしまい、結局完成するようなことはないと思えたが。

 これ以上マジックアイテムについて話をしていても意味がないと判断したレイは、話題を変える。


「そう言えば長からは何も連絡がないのか? 昨日から今日にかけて、かなり頻繁に黒いサイコロを含めた穢れが現れたけど」


 巨大なスライムを襲っていた黒いサイコロとの戦い以降、穢れの出現は全くない。

 それを不思議に思って尋ねたレイだったが、ニールセンはそんなレイの言葉に首を横に振る。


「長からは何の連絡もないわ。長が穢れを見逃すとは思えないし、そうなると穢れがこの近くにいるということはまず考えなくてもいいと思うわ」

「……何でそんなに急に姿を現さなくなったんだと思う?」

「グルゥ」


 レイの疑問にセトが同意するように喉を鳴らす。

 セトもまた、レイと同じような疑問を抱いていたのだろう。

 セトの外見はグリフォンだが、そのような外見であっても相応に知能は高い。

 いや、そもそも高ランクモンスターというのは、基本的に高い知能を持っている個体が多い。

 そのことから考えれば、セトがこのくらい頭が回るのは当然だろう。

 自分を可愛がってくれる相手と親しくなるというのも、問答無用で敵を攻撃するといったような真似はせず、相手の行動によって自分の行動も決めているからという一面が強い。

 そんなセトの頭の上に着地しつつも、ニールセンは悩む。


「うーん、何でかしら。正直なところ、その辺は少し分からないわ。向こうにしてみれば、こっちを休ませるようなことをせず、延々と攻撃をしてくればいいのに」

「それは一番嫌な攻撃だよな」


 レイは自分の強さに自信を持っている。

 黒いサイコロと戦っても、魔法を使えば一撃で相手を滅ぼすことが出来ると理解しているくらいには。

 しかし、そのような強さを持つレイはあくまでも個人でしかない。

 エレーナを呼んでくれば穢れに対処出来る手札が増えるものの、それでも手は二つしかない。

 レイとエレーナが幾ら強くても、あくまでも個人でしかない。

 一ヶ所に纏まって穢れが姿を現すのなら、それに対抗する手段はある。

 だが、離れた場所に延々と敵が出続けるといったようなことになった場合、対処するのは難しいだろう。

 延々と出てくる時間が一時間や二時間、あるいは半日程度ならまだいい。

 しかし数日、十数日、数十日、数週間、数ヶ月となったどうなるか。

 対処云々の前に、精神的な疲労から疲れ切ってしまう可能が高い。

 そもそも、今はこうして穢れの一件で妖精郷を含めてトレントの森にいるレイだったが、それが延々と続くとなると、非常に困る。


「レイがそれだけ嫌がるってことは、穢れの関係者にしてみれば最善の手段なのは間違いないでしょう? なら、十分にやってくる可能性はあると思うけど」

「出来れば止めて欲しいところだが、それは向こう次第か。とはいえ、向こうにもそれが出来るかどうかは別の話だろうけど」


 昨日から黒いサイコロや黒い塊を含めて穢れを送ってくる相手。

 それは転移に近い手段で、実際にレイはそれを見ている。

 しかし、転移というのはそう簡単に出来るものではない。

 ……妖精には、妖精の輪という転移能力を全ての妖精が持っているので、ニールセンにそのような実感はあまりないのかもしれないが。

 レイは転移がどれだけ大変なものかを知ってるので、ニールセンが言うように長期間に渡って延々と穢れを送り込んでくるといった真似をするとは、到底思えない。


「ふーん。まぁ、レイがそう言うのならそうかもしれないけど」


 ニールセンもレイがそう言うのならと、取りあえず納得した様子をみせるのだった。

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