3069話
ガメリオンの肉に関しては、結局カツは諦めることになった。
まだ多くの者がカツという未知の料理に興味を持っていたが、ギルムで起きている騒動が解決したら料理人にカツを教えるという条件で、興味を持っていた者達は全員引き下がった。
この辺はレイが異名持ちのランクA冒険者であるというのも関係しているだろうし、それ以外にもこの場にいる冒険者達はギルドが実力も性格も問題のない者達と認めたからというのが大きい。
特に後者は、今回無事に皆が落ち着いた大きな理由になるだろう。
もしこの場にいるのが無意味にプライドの高い者であったりした場合、レイが料理人に作り方を教えるといったように言っても納得はしなかっただろう。
それどころか、自分が食べたいと言ってるのだから絶対に料理をしろと、そのように主張してもおかしくはなかった。
……もっとも、もしそのように主張してもレイがそんな相手の命令を聞く筈もなく、それでも無理を言うようならレイによって強制的に黙らされていただろうが。
そのような者がいなかったのは、この場にいる者達にとって幸運だったのだろう。
「こっちの料理は出来上がったぞ! ソースと一緒にパンに挟んで食ってくれ!」
料理をしていた冒険者の男が、煮沸消毒をした巨大な葉っぱの上に出来上がった料理を次々と置いていく。
肉と木の実を特製のソースで炒めただけという簡単な料理だったが、簡単だからこそ腕の差が出やすい。
肉に火が通りすぎれば、肉が固くなる。
かといって火が足りなければ半生になる。
勿論、ここにいる冒険者達は多少半生の肉を食べたからといって腹痛になったりはしない。
……同時に、そこまで絶妙の火入れをしても、その辺の一般人が普通に料理をして火が入りすぎて固くなっていた料理との違いがあまり分からなかったりする。
そういう意味では、別に料理が得意な者以外でも普通に料理をしても、あまり不満を抱く者は多くない。
多くないというのは、つまり少数は不満を抱く者もいるということになり、そんな者達にしてみればやはり美味い料理を食いたいと思うのだろう。
「よし、この串焼きは出来た! ちょっと食い応えがないけど、こうすれば早く食えるよな」
そんな声が周囲に響く。
串焼きに刺さっているガメリオンの肉は、かなり薄めに切られていた。
その為に、料理をする際にもすぐに焼けたのだ。
とはいえ、薄切りの肉である以上は本人が言うように食い応えはないのだろうが。
「パンの準備は出来たぞ! 焼き直したから、少し焦げているけど、問題ない」
その言葉通り、パンは改めて焼き直されており、表面が少し焦げているところがあるが焼きたての美味さを完全ではないにしろ取り戻していた。
「ガメリオンの脂の部分で炒めた木の実とキノコの炒め物、これは美味いぞ! 普通でも美味いのに、馬車で運ばれてきた香辛料も使ってるから、美味さが増してるぞ!」
そんな風に聞こえてくる言葉を聞きつつ、レイは改めて周囲の様子を見る。
料理が得意な冒険者達が、揃って料理をしている。
本来ならそれら全員が料理を出来るだけの調理器具……具体的にはフライパンや鍋はない。
しかし、そんな中でもこうして皆が料理を出来ているのは、当然ながらレイがミスティリングから取り出した鍋やフライパンを提供した為だ。
レイが食堂や屋台で大量の料理を購入する時、鍋やフライパンごと購入することは珍しくない。
そうなると、料理を食べ終わった後の鍋やフライパンの処理に困る。
購入する時に鍋ごとではなく、空いている鍋にスープを入れて貰って購入をするということもあるのだが、それでもどうしても鍋やフライパンは余る。
その余っていた鍋やフライパンを、現在大々的に使っていた。
そんな風に料理をしている様子を見ていたレイだったが、ふと隣から漂ってくる香りに気が付くと、その香りの元である窯の中を確認すると、周囲に聞こえるように叫ぶ。
「よし、窯の中の肉は大分焼けた筈だ。取り出すぞ!」
そう言いレイは窯の中から肉を取り出す。
この窯はレイの持っているマジックアイテムの一つ。
レイの魔力で熱を出すことが出来るので、本格的な調理をする時には大きな役目を果たす。
その窯の中から取り出されたのは、ガメリオンのブロック肉。
周囲には香草や野菜が敷き詰められており、その上に肉がある。
肉から出た脂が野菜に染みこんで、芳醇な味を作り出す。
野菜を敷き詰めてその上に味付けした肉を置いて焼くだけという、非常に簡単な料理。
簡単だからこそ、レイもこの料理に挑戦出来たのだ。
もっとも、それだけに焼き加減が重要になってくるのだが。
しかし、幸いなことにレイの調理は間違っていなかったらしく、周囲には食欲を刺激する香りが漂っている。
周囲で料理が出来るのを待っていた者、あるいは既に料理を食べ始めている者達は、レイの作った料理に興味津々といった視線を向けてくる。
本人にそこまで強い自覚はないものの、レイは異名持ちのランクA冒険者だ。
そんなレイが作った料理を食べられる機会など、普通はそう多くはない。
実際にはレイとパーティを組んでいたり、一緒に住んでいたりすればそれなりに食べる機会はあるのだが。
しかし、ここにいる者達にしてみれば、もしかしたら一生に一度の機会ではないかとすら思ってしまう。
また、レイの作った料理が不味そうであれば、一生に一度の機会であっても決して好んで食べたりはしないだろう。
しかし、レイが窯から取り出した料理は、食欲を刺激する香りを持ち、一口食べてみたいと思わせるような外見をしている。
この機会が人生最後かもしれないと思えば、ここで料理に手を伸ばさないという選択肢はない。
ましてや、レイが焼いた肉はそれなりに大きいものの、それはあくまでもそれなりにだ。
この場にいる全員が食べられるだけの量ではない。
つまり、早い者勝ちとなるのだ。
「ちょっと食わせてくれ」
「あ、私にもちょうだい」
「レイが作った料理だろう? 美味そうだな」
「おい、俺の分も残しておいてくれよ!」
そんな風に言いながら、それぞれレイの作った料理を皿にとって盛り付けていく。
レイにとって、自分の作った料理をここまで嬉しそうに食べて貰えるというのは、意外でもあった。
しかし、意外であると同時に嬉しいのも事実。
その口には満足そうな笑みが浮かぶ。
「グルルルゥ」
「っと、悪いな。セトの分もあるぞ。……ほら、ちょっとセトの分も寄越せ!」
「あ、レイ。私にもちょうだい。美味しそうだし」
セトに続いてニールセンまでもが姿を現してレイにそう言ってくる。
ざわり、と。
そんなニールセンの姿に気が付いたのだろう。
多くの者達がニールセンを見る。
ただし、最初に生身のニールセンを見た時の騒動を覚えている為か、妖精好きの者達も同じ失敗はしない。
ニールセンに触れてみたい、会話をしてみたいと思う者は多いのだが、それを何とか我慢してニールセンの様子を見ている。
ここで以前と同じ真似をすれば、またニールセンがいなくなるということを十分に理解しているのだろう。
そうならないようにする為には、まずニールセンを怖がらせたり、嫌がるようなことをしないようにしなければならない。
そのようにして慣れてくれば、いずれニールセンは自分達とも会話をしてくれる可能性は十分にあった。
だからこそ、今この状況で慌ててニールセンに声を掛けるような真似はしない。
「ほら、これがニールセンの分だな」
レイはそう言いながら肉を切り取り、串に肉と野菜を交互に刺すとニールセンに渡す。
「野菜は別にいらなかったんだけど……」
「随分と肉食の妖精だな。まぁ、いいから食ってみろ。ガメリオンの肉の脂で野菜も一段と美味くなってるから」
「そお? まぁ、レイがそこまで言うのなら構わないけど……」
若干不満そうな様子のニールセン。
ニールセンとしては、出来れば野菜ではなく肉だけ食べたかったのだろう。
(肉食の妖精……とだけ聞くと、ちょっと不気味そうな感じだよな)
肉だけを食べたいと主張するニールセンを見ていたレイが思い浮かべたのは、無数の妖精が群がってきて猪や鹿、オークといったモンスターに襲い掛かり、その肉を食べて妖精の群れがいなくなるとそこに獲物の骨だけが残っているという光景だった。
ある意味でイナゴが襲ってくる……いわゆる蝗害のイメージも強いのかもしれないが。
もっとも、その蝗害についてはあくまでもレイのイメージに近い。
日本で生きてきた時に、実際に蝗害を見るといった機会はなかったのだから。
「あ、これってレイの言う通り野菜も美味しいわね」
まさかレイが自分を見て蝗害のような、光景を思い浮かべているとは考えてもいないのだろう。
ニールセンは不思議そうな視線をレイに向けてくる。
「いや、何でもない。俺が作った料理を喜んで貰えて何よりだと思っただけだよ」
「そう? それなら別にいいんだけど」
「ほら、あっちのガメリオンのスープもそろそろ出来上がりそうだぞ。ちょっと行ってみたらどうだ?」
「スープ? うん、そうね。ちょっと興味あるから行ってくるわ」
そう言い、スープを作っている冒険者の方に飛んでいくニールセン。
ニールセンの後ろ姿を見送り、そして気が付くとレイが作った料理は既に全て食べられており、何も残っていない。
肉は勿論のこと、野菜も全てがなくなっている。
ガメリオンの脂や肉汁を吸った野菜は、それだけで美味い料理として食べられたのだろう。
そのことに一瞬戸惑ったレイだったが、考えてみれば自分の作った料理をそこまで嬉しそうに食べられたというのは悪い話ではない。
(もっとも、もう一回同じ料理を作れと言われれば、それはごめんだけどな)
料理を喜んで食べて貰えたのは嬉しいが、だからといってまた同じ料理を作るというのはかなり面倒だった。
自分で作った料理を食べて貰うのもいいが、やはり一番いいのは誰かが作った料理を自分が食べることなのだろう。
「レイさん、この料理をどうぞ」
そう言い、冒険者の女がレイに一枚の皿を渡してくる。
皿の上には、ガメリオンの肉と葉野菜を炒めた料理があった。
シンプルな料理ではあるが、レイはその料理を一口食べて感心する。
料理そのものはそこまで難しくない。
しかし、炒める時に無駄に時間を掛けすぎると葉野菜に火が入りすぎてしんなり……もしくはベチャッとした食感になる。
しかし、皿の上にある料理は短時間で火を通したおかげで、まだ葉野菜特有のシャキシャキとした食感が残っている。
そんな野菜と、少し濃いめに味付けされて炒められた肉の相性が、悪い筈がない。
「美味いな、これ。誰が作ったんだ?」
料理が美味い冒険者が作ったのだろうが、葉野菜に火を通しすぎないで調理をするのは難しい。
簡単な手段としては、皿の上に葉野菜を置いておき、その上に炒めた肉を載せるといった手段もある。
しかし、その場合は野菜は基本的に生だ。
絶妙な火加減で熱が入ったような状況にはとてもではないがならない。
肉の余熱で葉野菜に火が通るといったこともあるのだが、それはまた違う食感となる。
短時間に強火で炒めたのではなく、肉の熱でゆっくりと火が通るようなことになった場合、葉野菜の種類によっては水分が出て皿の中にその水分が流れ出ることによって料理が駄目になってしまう可能性もあった。
それだけではなく、肉の余熱が葉野菜に移るということは、それだけ肉の熱が失われる……つまり、冷めるということになる。
肉料理にとって……いや、肉料理に限らず料理にとって一番の敵は冷めるということだ。
どんな料理でも、基本的には冷めると味が落ちる。
勿論中には冷たいままで食べる料理もあるので、それが絶対といった訳ではないが。
そういう意味で、こうしてきちんと葉野菜を炒めてあるのは本職の料理人に近い技量を持っているということを示していた。
「私が作ったんですけど、喜んで貰えたようですね」
そう言いつつも、自分の腕には相応に自信があったのだろう。
女は嬉しそうに笑みを浮かべつつ、そう言ってくる。
「ああ、美味い。それにしても、これだけの料理が作れるのなら冒険者じゃなくて食堂でも開いた方がいいんじゃないか?」
女の料理は、レイが素直にそう言えるくらいの美味さだ。
料理が趣味の素人ではなく、本職の料理人に足を踏み入れているような。
「そういう道も考えたんですけど、いい食材を使って美味しい料理を作るのは普通のことです。本当にその道のプロになりたいのなら、程々の食材を使って美味しい料理を作れるようにならないと」
そう言う女だったが、その視線にはやる気に満ちた強い光が宿っていた。
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