3059話
「それは……また、随分といきなりの展開だな」
ダスカーはエレーナとアーラからの報告を聞き、そう告げる。
その言葉には驚きの色が強い。
当然だろう。まさかレイがトレントの森に戻ったところで、いきなり黒いサイコロが二ヶ所に現れたというのだから。
もっとも、その報告は驚きと……そしてトレントの森だけで起きる穢れとの戦いに憂鬱な表情を浮かべてはいるものの、その中には喜びもある。
それは穢れが出てくるのが現在のところはトレントの森だけで、ギルムに今のところその心配はないというのもあるし、何よりも大きいのはレイ以外にも穢れを……黒いサイコロを倒せる相手がここにいるということが判明したからだろう。
貴族派から派遣されているエレーナは、レイと違って気軽に手を貸して貰えるような戦力ではない。
しかし、それでも万が一の時に対処出来る人材がいるというのは、ダスカーにとって非常に助かることだ。
「私もそう思います。まさか、続けて二度も黒いサイコロの襲撃を受けるとは思っていなかったので」
そう言うエレーナだったが、そこには確かな自信があった。
竜言語魔法で黒いサイコロを倒すことが出来たのは、エレーナにとっても十分な自信となったのだろう。
もっとも、エレーナの竜言語魔法で黒いサイコロを倒す場合は、射線軸上にも大きな被害を与えるので街中では迂闊に使えないのは勿論のこと、トレントの森の中でも迂闊には使えない。
事実、トレントの森にはレーザーブレスによる痕跡が大きく残っており、それによってトレントの森に存在するモンスターや動物達が縄張り争いを活発化させているのだから。
「急に穢れの関係者の動きが大きくなっているようだな。……敵にとって動く何かがあったのか」
「考えられる可能性としては、黒いサイコロではなく黒い塊との戦いにおいてレイが転移の出入り口になっている場所に魔法を叩き込んだことではないかと」
「それで向こうが大きなダメージを受けて、足元を見られたくないと思って黒いサイコロを多数こちらに放っていると?」
そう聞きながらも、ダスカーはその可能性が高いと納得出来た。
今のこの状況において、敵がどういう動きをしているのかはダスカーにも分からない。
そもそもの話、相手は最悪の場合大陸が滅ぶと言われている穢れを使っている者達だ。
そのような者達が何を考えているのか予想するのが難しいのは当然だった。
(自分達なら穢れを安全に使えると、そう思っているのか?)
自分達なら大丈夫。
そのように思っていてもおかしくはない。
無意味に自分達の力を過信するというのは、よくあることだ。
そんな相手に限って……いや、ある意味では当然なのだが自爆する。
これが自爆しても穢れの関係者だけが死ぬのなら、それは問題ない。
だが、穢れの場合は最悪この大陸が破壊されるとまで言われているのだ。
一部の愚か者の為に道連れになるのは、付き合いきれない。
「穢れの件は出来るだけどうにかする必要がある。貴族派の方でも協力して貰えると思ってもいいのだな?」
確認する意味でのダスカーの問い。
ここにエレーナがいて、トレントの森に行ってる時点で協力するのは明らかだ。
しかし、それでもこうして改めて聞いておきたいと思うのは、それだけ穢れの一件が深刻だと思っているからだろう。
エレーナもそんなダスカーの考えは理解してるので、素直に頷く。
「こちらとしてはそのつもりです。正確な返事は父上から貰って欲しいですが。ただ、レイが……いえ、穢れの存在について考えれば、手を貸さないという選択肢はないでしょう」
レイの名前を出そうとしたエレーナだったが、咄嗟にそれを隠す。
実際、エレーナが今回の件に関わろうと思ったのは、最悪の場合は穢れが大陸を滅ぼすというのもあったが、それ以上に想い人のレイが関与しているからというのが大きい。
もしレイが穢れに関与していなければ、協力をしないということはなかっただろうが、それでもここまで積極的に協力をしたかと言われれば否だ。
そういう意味では、エレーナの態度は若干露骨だった。
「……そうか。そう言ってくれると助かる」
ダスカーも当然エレーナがレイの名前を出そうとしたのに気が付きはしたが、それに気が付かない振りをする。
もしここでレイの名前を出して、それをエレーナが肯定した場合、色々と……本当に色々と面倒なことになると理解した為だ。
今の状況を思えば、そんな面倒なことにしたいとは思わない。
そのようにしたからといって、エレーナとレイの関係が変わる訳ではないので、実質的には問題の先送りでしかないのだが。
しかし、エレーナだけならまだしもヴィヘラやマリーナといった面々も関わってくるとなれば、余計に面倒なことになるのは目に見えている。
(ある意味、レイは凄いんだよな。少なくても俺はマリーナとそういう関係になりたいとは思わない。レイじゃなく、レイさんと呼んでもいいくらいだ)
ダスカーも小さい頃はマリーナの美しさに惹かれていたし、黒歴史だが子供の頃にはプロポーズ染みた真似をしたこともある。
しかし、今となっては到底マリーナとそういう関係になりたいとは思わなかった。
だからといって、マリーナがろくでもない男とくっついて酷い目に遭うというのは認められない。
レイだからこそ、ダスカーもある程度認めているというのも、また事実。
「王都の方からも、早ければそろそろ人が来る筈だ。もし遅れるようなことになれば、冬になって行き来するのは難しくなる」
雪が積もって地面が進みにくくなったり、気温によって地面が凍ることもある。あるいは、冬特有のモンスターが出てくる可能性もあった。
そう考えると、やはり本格的に冬になる前に王都から人がやって来ないと、来年の春まで待つことになってしまう。
これがもっと別のこと……例えば、ギルムの増築工事についての説明をするとか、そういうことであれば、来年の春まで待つのは全く問題がない。
しかし今回の件は大きく違う。
少しでも早くギルムにやって来なければ、穢れについての被害が広まってしまう。
今でこそ、レイに頼ったり妖精郷の力を借りることによって何とか穢れの被害を防いでいるが、それではレイの負担だけが大きくなってしまう。
そうならないようにする為には、ギルムにいる高ランク冒険者や異名持ちの冒険者にも頑張って貰う必要がある。
ただ、この場合問題なのは高ランク冒険者や異名持ちであっても黒いサイコロを……穢れを倒すことが出来るかどうかということだろう。
もし頼んでも倒すことが出来ず、その上でその冒険者が無意味に情報を広めるといったようなことをした場合、それはギルムを治めるダスカーとしては面白くない。
「エレーナ殿の方で、穢れを確実に倒すことが出来るという者に心当たりは?」
「何人かいますが、絶対ではないですね」
「……ちなみに、マリーナはどうなのだろう?」
ダスカーは自分の古い知り合いにして、現在エレーナの仲間となっている者の名前を口に出す。
マリーナの精霊魔法が圧倒的な……それこそ人外――元々人ではなくダークエルフだが――の領域にあるのは、ダスカーも知っている。
そうである以上、マリーナの精霊魔法なら穢れについてもどうにか出来ないのかと、そんな風に思うのはダスカーとしては当然だったのだろう。
しかし、そんなダスカーの言葉にエレーナは難しい表情を浮かべる。
エレーナも精霊魔法についてはそれなりに知っているし、マリーナの家にいればどうしても精霊魔法をその目にすることになる。
しかし、それでも精霊魔法で穢れをどうにか出来るのかと言われると……
「あくまでも私の印象で、マリーナに直接聞いた訳ではないですが、難しいかと」
そう告げる。
ダスカーはそんなエレーナの言葉を聞いても、特別な反応を見せたりはしない。
今のこの状況において、精霊魔法が穢れに効果がないというのはダスカーも半ば予想していたのだろう。
それでも一縷の望みからの問い掛けだったのだろうが……
「具体的には、何が理由で難しいと?」
「精霊魔法というのは、その名の通り精霊に動いて貰う魔法だというのは、ダスカー殿も知ってるでしょう。そうである以上、黒いサイコロを始めとした穢れに触れた場合、精霊も黒い塵となって吸収されてしまうのではないかと。もっとも、先程も言いましたがこれはあくまで私の推測。実際のところはマリーナに直接聞く必要があるかと」
精霊も穢れに触れた場合は、黒い塵となるのか。
それは、ダスカーにも分からない。
精霊というのは物質……それこそ黒いサイコロが触れて塵にしていた木ではない。
そのような精霊であっても、触れれば本当にそうなるのかどうか。
その辺はエレーナの言う通り、マリーナに聞くか……それこそ、実際に試してみないと何とも言えない。
「分かった。今度マリーナに会った時に聞こう。それにしても……巨大なスライムの一件が片付く可能性が高いというのは、嬉しいと同時に困ったところもあるな」
マリーナの精霊魔法で穢れについて対処出来るのかどうかは、今のところ不明。
そう判断したダスカーは話題を移す。
その内容は、湖の主と思われる巨大なスライム。
非常に厄介な存在であるのは間違いなかったが、燃え続けているということは暖を取れるということでもある。
特にこれから冬に向かうということを考えれば、いざという時に暖を取れる巨大なスライムという存在は、決して悪いものではなかった。
これが冬をすぎて春以降、夏であったりした場合は、巨大なスライムが消えてくれるのをダスカーも喜んだだろう。
しかし、今これから冬を迎える状況で燃えている巨大なスライムが消えるというのは、ダスカーにとってもあまり面白いことではなかった。
「湖の主という点では……まだこちらもはっきりとは分からないが、レイに懐いていた水狼というモンスターが以前よりも強力になっていたと。以前の主だった巨大なスライムが死んだ……いや、まだ死んではいないが、死ぬ可能性が高い以上、水狼が次の湖の主になる可能性もあるのでは?」
「だといいのだが。最悪なのは、湖の主がいなくなったことにより、湖のモンスターが好戦的になることだ。そうなると、色々と不味い」
今のところは、湖のモンスターには凶暴な個体もいれば、温厚な個体もいる。
研究者達が湖で色々と調べているときに、湖のモンスターに襲撃されるということはそこまで珍しくはない。
それを守るのも、生誕の塔の護衛を任されている冒険者達だ。
本来の仕事とは違うのだが、ダスカーやギルドとしては、出来るだけ湖については秘密にしておきたい。
異世界から転移してきた湖というのが広く知られれば、何とかしてその湖から生き物や植物……そこまでいかずとも、異世界の湖の水でいいから入手しようと考える者もいるだろう。
そのようなことになると非常に面倒であるのは間違いないので、それを避ける為には湖のことを知ってる者が少なければ少ない程にいい。
そして湖からそう離れていない場所には冒険者達の野営地があり、それなりに手の空いている者もいる。
そうなると、そこに手を貸さないという選択肢はない。
もっとも、いつまでも本気で湖について隠し通すのが不可能なのはダスカーも理解している。
冒険者達に知られないようにしても、研究者達の中にはここだけの話といったように知り合いに話したり、あるいは酒場で酔っ払って口にしたり、娼館で寝物語に話すといったこともあるのだから。
ダスカーもそれは理解しているが、それでも出来る限り隠したいとは思っていた。
「もし水狼が湖の主になった場合は、恐らく友好的な関係を築けるかと。それ以外の場合は……レイが自分の力を見せるといったような真似をする必要があり、それが終わった後で具体的にどうなるかが決まるかと」
そう言いつつも、レイが力を見せたという時点で湖の主に勝ち目はないというのがエレーナには容易に想像出来る。
そう思ったのはエレーナだけではなく、エレーナの隣に座っているアーラも、そして向かい合った場所に座っているダスカーも同様だった。
しかし……だからといって、ダスカーはエレーナの言葉を全て肯定的に受け入れる訳にはいかない。
「もし新たな湖の主が危険な相手だとして、レイが勝つのはいい。しかし、レイはいつまでも湖の側にいるわけではない。そうなると、レイがいない時に何らかの問題が起こるのではないか?」
「レイがそのような真似を許すとは思えませんし、レイ程ではないにしろ、相応の力を持つ者は居る以上、そこまで心配はいらないかと」
エレーナの言葉に、ダスカーは取りあえず納得の表情を浮かべるのだった。
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