3058話
「レイ、戻ってきたのか。……妖精のニールセンはどうした?」
レイが野営地に戻ってくると、冒険者達の指揮を執っている男がそう尋ねる。
エレーナやアーラと共にこの場から出ていった時はレイの側にいたニールセンの姿がどこにもなかったからだろう。
「ここにいる連中に追われるのに懲りたんだろうな。ここに到着する前に逃げ出したよ」
実際には近くにあった木の中に入ったのだが。
レイもニールセンの状況を見ると、また冒険者達に追われるのは可哀想だと判断し、現在ニールセンがどこにいるのかは口にしない。
もっとも、レイが知ってるのはあくまでもレイと別行動をする時に入った木の中だ。
レイと別行動をしてからニールセンが入っていた木から出て別の木の中に入っていれば……あるいはそもそも木の中に入っていなければ、どうなるのかは分からなかったが。
「そうか」
レイの言葉に疑問を抱かず納得する男。
実際にニールセンを追い掛けていた光景をその目で見ているだけに、レイの言葉に納得出来てしまったのだろう。
そんなやり取りを見ていた者達の中でも、特にニールセンを追い掛けていた張本人達はショックを受けた様子を見せていた。
自分達の行動によってそうなったというのは分かっているものの、それでもやはりニールセンに会えなくなってしまったというのはショックなのだろう。
「レ、レイ、その……ニールセンが好きな物とかを教えてくれないか?」
妖精好きな者達の中の男が、レイにそう尋ねる。
ニールセンの好きな物を教えて貰えば、どのような手段を使ってもそれを用意する。
そういう意気込みからの言葉。
「そう言われてもな。……妖精郷だとお菓子とか、果実とか、そういうのが人気あったぞ。……もっとも、今のこの状況で果実を確保するのは難しいけど」
現在は秋だが、それも既に晩秋と呼ぶに相応しいくらいの季節となっている。
雪はまだ降っていないが、朝や夜ともなるとかなり冷え込んでいた。
そう遠くないうちに初雪が降ってきてもおかしくはないくらいには。
これがまだ夏寄りの秋なら、果実の類を何とか入手することも出来るだろう。
トレントの森にも、それなりに果実が実る木があるのだから。
しかし、晩秋近くになるとそのような果実も動物やモンスターに食べられるか、もしくは熟しすぎて地面に落下したりする。
そうなるとニールセンに貢ぎ物をするとなると、日持ちのする果実になるのだが……
「よし、私の勝利よ!」
レイの言葉を聞いていた女の冒険者が、ガッツポーズをとって喜びを露わにしていた。
この女は、夏や秋に果実を採取した時に、暇潰しに日干しにしてドライフルーツにしていたのだ。
ここで暮らす上で、暇潰しの趣味というのは大事だ。
他にも湖で釣りを趣味としているような者もいる。
それだけに、自分で作ったドライフルーツを使える女は嬉しそうだった。
いそいそと自分で作ったドライフルーツを取りに戻る女。
「レイ、その……ニールセンは干し肉とかが好きだったりしないか?」
この場に残っていた者のうちの一人が、レイを見てそう尋ねる。
ドライフルーツはないので、せめて干し肉でどうにかしたいと、そう思っていたのだろう。
もっとも、その干し肉はドライフルーツを取りに行った女のように自分で作った干し肉ではないのだが。
酒のツマミや保存食として、商人から買っておいてもらった干し肉だ。
ギルドに信用されている冒険者が手に入れた干し肉なので、かなり高価な干し肉なのだが。
これが少し前なら、高価な干し肉であってもそこまで味はよくなかった。
……いや、当時はそれでも十分に美味いとされていたのだが。
しかし、今のギルムには緑人によって生産された香辛料が出回っている。
多数の香辛料を使うことにより、干し肉も以前よりも明らかに味が上がっているのだ。
香辛料があるからとはいえ、無闇矢鱈に香辛料を使えばいいというものではない。
中には無駄に香辛料を使い、その分だけ値段が高価になったものの不味いという干し肉もある。
しかし、冒険者が購入しているのはそのような粗悪品ではなく、きちんと美味いと思える干し肉だ。
だからこそ、そんな干し肉を使えばニールセンにも喜んで貰えるのでは? と思ったのだろう。
冒険者は微かな期待を抱いてレイを見るが、レイはそのような視線を向けられても難しい表情のままだ。
「どうだろうな。正直なところ、ちょっと難しいと思う。干し肉そのままじゃなくて、その干し肉を使って料理を作ってみたら分からないけど」
干し肉というのは、かなりいい出汁がでる。
その出汁を上手く使った料理……レイがすぐに思いつくのはスープしかないが、そんな料理を作ったらニールセンも喜ぶだろう。
レイが知ってる限り、ニールセンは甘い菓子や果物の類も好きだが、料理も普通に好きだ。
具体的には、掌大の大きさしかないのに、普通に街中で売っている串焼きを喜んで食べるくらいには。
勿論、その串焼きもその辺で売っているような適当なものではなく、食べてしっかり美味いと思えるような串焼きだ。
だからこそ、干し肉を渡してもいいという男は料理を作ることが出来ればもしかしたらニールセンが喜ぶかもしれないとレイは思う。
もっとも、男がニールセンが喜ぶような料理を作れるかどうかはまた別の話だが。
「よし、分かった! なら俺は料理を作ってくる! これでも料理は得意なんだよ!」
そう言い、立ち去る男。
料理が得意なら、もしかしたらある程度のチャンスはあるかもしれない。
そう思いつつ、レイはまだ残っていた他の何人かにも視線を向ける。
そちらはニールセンに渡す果実や料理の類もないのか、どうするか迷っている様子だった。
レイはそちらを気にせず、冒険者達の指揮を執っている男に声をかける。
「取りあえずエレーナ達は送ってきたし、俺がこっちに来てからトレントの森で起きた出来事も報告してくれる筈だ。後は……もう何も起きないといいんだけどな」
「今日だけで色々とあったし、出来れば後は何も起きないで欲しいな」
しみじみと呟く男。
男にしてみれば、もう今日は大きな騒動は起きないで欲しいのだろう。
何らかの騒動、あるいは動きがあるにしても、出来れば明日以降にして欲しい。
今日のトレントの森での出来事を考えれば、そんな風に思うのは当然だった。
「そうだな。俺も今日はこれ以上何もあって欲しくはない。……巨大なスライムの一件はどうなるか分からないけど」
黒いサイコロの攻撃によって、巨大なスライムは明らかに小さくなっていった。
追加で放たれた魔法の効果もあって、黒いサイコロが死んでも巨大なスライムは燃え続けている。
燃え続けているというだけなら、以前までと同じだろう。
しかし、何とかレイの魔法に拮抗していた能力は黒いサイコロの攻撃によって衰え、今は少しずつ……だが確実に小さくなっている。
そして小さくなればなる程に魔法に対する抵抗力も落ちていくというのがレイの予想である以上、ある程度小さくなったら一気に燃えつきるといったようなことになってもおかしくはない。
(水狼がいきなりあそこまで存在感が増したのも、多分巨大なスライムが弱まった影響……とか? もしくは水狼が巨大なスライムの力を吸収して存在感を増してるって可能性もあるな)
何となく……本当に何となくだが、その予想は間違っていないように思えた。
「あっちか。……あれはレイの担当だろう?」
「俺に押し付けるような真似は止めて欲しいな。穢れの件も俺の担当なんだから、そっちでは手を貸してもいいと思うが?」
そう言われると、男の方も何も言えなくなる。
実際、エレーナがギルムに帰ってしまった以上、黒いサイコロが姿を現した時にどうにか出来るのはレイだけだ。
そのレイが巨大なスライムの方だけに集中をしていると、いざという時に黒いサイコロに対処出来なくなってしまう。
「レイ様、巨大なスライムの監視は、こちらでやっても構いませんが」
そう会話に入ってきたのは、ゾゾだった
レイに忠誠を誓っているゾゾとしては、レイが面倒だと思っている仕事を自分がやるのは悪い話ではない。
そんなゾゾの言葉に、安堵した様子の者達が何人か。
(生誕の塔の護衛が仕事なんだし、そう考えるとおかしな話でもないのか)
冒険者達を見ながら、レイはそんな風に思う。
今のこの状況において、冒険者達が最大限に注意する必要があるのは生誕の塔だ。
特に黒いサイコロ……穢れが姿を現すようになった今となっては、万が一の事態がないようにしたいと考えるのも当然だろう。
「分かった。じゃあ、巨大なスライムの監視はゾゾに任せる。基本的に俺は野営地にいる筈だから、何かあったら教えてくれ」
「分かりました」
レイの言葉に嬉しそうに一礼すると、ゾゾは早速湖に向かう。
忠誠を誓っている身としては、ゾゾはレイから命令されることが嬉しかったのだろう。
レイにしてみれば、何故そこまで自分に忠誠を誓うのかといったことはあまり理解出来なかったが。
単純に自分に好意を抱いてくれるのなら、レイもある程度は納得出来るだろう。
自分の性格に色々と問題があるというのは理解出来ているが、それでも世の中には物好きが多い。
……具体的には、エレーナを始めとした面々といった具合に。
しかし、忠誠となるとレイには少し分からない。
いや、忠誠という言葉そのものが理解出来ていない訳ではない。
例えば、アーラがエレーナに抱くのは忠誠心だ。
それ以外にもダスカーの部下は本当の言葉や表面上の態度だけではなく、本当に心の底から忠誠心を持っている者も多い。
しかし、だからといって何故自分が忠誠心を抱かれるのか。
それがレイにとっては不思議でならない。
とはいえ、ゾゾが自分に忠誠心を抱くのに戸惑っているのは間違いないが、嬉しいか嬉しくないかと言われれば、間違いなく嬉しいのだが。
「取りあえず巨大なスライムの件はこれでいいとして……後は特にやることもないし、野営地でゆっくりするか。ああいう連中を眺めながら」
レイの視線の先には、ドライフルーツを持った女の姿がある。
その女はニールセンに呼び掛けているものの、ニールセンが反応する様子はない。
「ニールセン、甘いドライフルーツがあるから、食べない? 美味しいわよ。私の手作りだから……きゃっ!」
ドライフルーツを持っているのを示すように大きく手を振っていた女だったが、不意に何かが素早くその手にぶつかる。
何か……いや、それが何なのかは、レイにも当然のように理解出来た。
今回の一件を考えれば、それが何なのか……誰なのかは容易に想像出来るだろう。
女にとっては誰に取られたのか全く理解出来ていない様子だったが、レイはしっかりとその姿を確認することが出来た。
それは、恐らく……いや、間違いなくニールセン。
しかも女の側に生えている木の幹から飛び出すようにしてドライフルーツを奪うと、そのまま別の木の幹に入ったのだ。
(早いな。それだけ玩具にされるのが嫌だったんだろうけど。それでいながら、ドライフルーツは食べたかったとか、そういう感じか)
女は自分の手からドライフルーツがなくなったことに気が付いたのだろう。
残念そうな様子で木を……ニールセンが入っていった木を見ている。
女もしっかりと自分の目では確認出来なかったのだろうが、腕利きの冒険者として何となくニールセンの入っていった場所を理解出来たのだろう。
「レイ、じゃあ俺は仕事に戻る。お前は好きにしていてくれ」
冒険者達の指揮をしている男が、レイにそう声を掛けるとその場から立ち去る。
レイは穢れの対処という仕事はあるが、生誕の塔の護衛をする必要はないのだ。
近付いてくる相手を警戒する見張りに関しても、特にやるべきことはない。
結局のところ、レイは穢れが出るまでは暇な時間をすごすことになる。
「じゃあ、セト。俺達もマジックテントを置く場所を決めるか」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは喉を鳴らす。
セトもいつまでもここにいても、特にやるべきことはないと判断したのだろう。
レイの場合はテントを建てるといったようなことをする必要はない。
ただ、ミスティリングの中に入っているマジックテントを出せば、それでもう野営の準備は終わる。
ミスティリングを持っているからこそ出来ることなのだが、それだけでもレイを羨ましいと思う者は多い。
普通なら畳んであるテントを自分で建てないといけないのに、レイはそのようなことすらする必要がなかったのだから。
何人かから羨ましそうな視線を向けられつつ、レイはマジックテントを建てるのに丁度いい場所を探すのだった。
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