3048話
ガガは自分が目にしたのが何なのか分からない。
それでも理解出来るのは、現在目の前で見た光景が決して夢ではなかったということだろう。
それを示すかのように頭部だけのドラゴンの口から放たれたレーザーブレスによって、トレントの森は一直線に消滅していたのだから。
そう、それは文字通り消滅だ。
それでいて、レーザーブレスの範囲外においてはそこまで影響がないのが不思議なところではあったが。
勿論全く影響がない訳ではないが、それでも消滅した場所と比べれば影響はほぼないと言ってもいいだろう。
それだけに、ドラゴンブレスの軌道が真っ直ぐ放たれながらも徐々に上に向かっていたのが、見れば分かる。
「ふむ。どうやら穢れを倒すことが出来るのはレイだけではなかったらしい」
圧倒的な破壊をもたらした割には、それを行った者の口から出たのは特に驚いた様子もないような、そんな声。
その光景にガガは思わず突っ込みそうになるものの、エレーナの口から出た言葉の意味を理解すると、慌てて視線をエレーナから逸らす。
ガガの視線が向けられたのは、五匹の黒いサイコロがいた場所。
自分達ではどのような手段を使っても倒す……どころか、ダメージを与えることすら出来なかった相手だ。
早いうちに自分達ではどうしようもないと理解して逃げに徹していたので、リザードマンの中に死んだ者はいない。
しかし、それでも自分では勝てなかった相手。
もしガガが普通の戦士であれば、落ち込んだり衝撃を受けたりはしなかっただろう。
しかし、ガガはこの世界に転移する前にいた国においては、最強の戦士の一人と知られていた。
当然のようにガガは自分の技量には自信がある。
この世界にやって来てから、レイやエレーナ、ヴィヘラといった面々との戦いや模擬戦では一切勝つことが出来なかったが、それでも自分の攻撃が命中すればダメージを与えられるというのは本能的に理解していた。
だが……先程まで自分が戦っていた敵は、どのように攻撃をしても一切ダメージを与えることが出来なかったのだ。
そのような自分が手も足も出ないような相手を、エレーナは一撃で倒してみせた。
先程の一撃はエレーナが持つ攻撃手段の中でも圧倒的な強さを持つものだというのは、ガガにも理解出来る。
理解出来るが、それでも自分ではどうしようもない相手をこうして一発で倒されたというのは、とてもではないが信じられなかった。
「どうやって……倒した?」
ガガの口から出たのは、そんな言葉。
自分ではどうやっても倒せなかった相手を、どのような手段で倒したのかと。
「どうやってと言われても、ガガも見ていただろう? 竜言語魔法を使ってだ」
ガガの問いに、エレーナはあっさりと答える。
そうして答えながらも、エレーナの表情には満足そうな色があった。
エレーナにしてみれば、今まではレイだけしか倒せない――時間をかければ長にもどうにか出来たのだが――穢れを自分も倒せたというのは、非常に嬉しい。
レイだけに穢れの相手を押し付けなくてもいいというのもあるし、アーラに説明したように貴族派の自分が穢れを倒せるというのもある。
割合としては、圧倒的に前者の方が高かったのだが。
いざという時は、レイだけに無理をさせるのではなく、自分もレイの役割のいくらかを引き受けたい。
そのような思いからの行動だったのだろう。
「倒せるって、レイだけって聞いてたんですけど……」
エレーナの後ろにいた冒険者の一人が、半ば呆然とした様子で呟く。
先程まで行われていた説明の中では、レイの魔法でのみ穢れを倒せるということだった。
だが実際にここにやって来てみれば、レイだけではなくエレーナも穢れを倒したのだ。
それも一発で。
しかも、ドラゴンの頭部から放たれたレーザーブレスで。
正直なところ、冒険者達に……いや、側にいたリザードマンも含めて、一体何が起きたのか理解出来ない。
それでも冒険者の方は実力をギルドに認められている者達だ。
ましてや、中には公にしないものの奥の手を持っている者もいるだろう。
だからこそ、エレーナの使った竜言語魔法を見ても驚きはしたが、同時に納得する。
そもそもエレーナと一緒に来た冒険者の中には、自分の奥の手なら穢れを倒すことが出来るかどうか試したいと思っていた者も多い。
そのような者達にしてみれば、エレーナが奥の手で穢れを倒しても納得する面もある。
ましてや、エレーナは姫将軍の異名を持つ人物なのだ。
そのくらいのことはやってもおかしくはないと、素直にそう思えたのだろう。
「レイ殿だけが倒せるというのは、あくまでも今だけでしょう? そもそも穢れと遭遇したことのある者が少なかったと考えれば、エレーナ様のように他にも穢れを倒す手段を持った者がいてもおかしくはありません」
アーラの言葉に、冒険者やリザードマン達は納得の表情を浮かべる。
実際に今の状況を見て、その上でアーラの言葉に反対が出来る者はいなかったのだから。
もっとも、それを行ったエレーナは、少しだけ現在の状況を見て後悔していたが。
「これでは周辺に被害が大きすぎるな」
その言葉は、間違いなく事実だった。
竜言語魔法によって放たれたレーザーブレスは、トレントの森を一直線に消滅させている。
せめてもの幸運だったのは、レーザーブレスが斜め上に向かって放たれたことだろう。
もし地面と水平にレーザーブレスが放たれていたら、トレントの森を真っ二つに分けるような道が出て来ていた可能性もある。
……斜め上に向かって放たれた今でも、ある程度の距離は木が消滅してしまっているのだが。
レーザーブレスの射線軸上にいた動物やモンスターの類は、全てが死んでいる。いや、消滅してしまっているだろう。
エレーナの放った竜言語魔法は、それだけの威力を持っていたのだ。
「レイと同じように穢れを倒すことは出来る。出来るが……周囲にとんでもない影響が出てしまうな」
そう呟くエレーナ。
勿論エレーナも、この竜言語魔法は初めて使う魔法という訳ではないので、どのような魔法なのかは知っていた。
だからこそ、ギルムや生誕の塔がない方角に向かって使ったのだ。
しかし、それでもこうしてトレントの森に被害が出たことに考えるべきことがあったのだろう。
「ですが、エレーナ様。今までレイ殿しか倒すことが出来なかった穢れをエレーナ様も倒せると証明されたのは事実です。これで穢れが出て来ても、対処出来ないということはなくなります」
「アーラの言いたいことは分かる。分かるが……穢れがこのような場所で出るのなら問題ない。だが、もしギルムの中に穢れが出た場合、どうする?」
「それは……」
「まさか、街中で今の竜言語魔法を使う訳にもいかないだろう」
そう言い、エレーナは自分が放った竜言語魔法の痕跡を見る。
そんなエレーナに釣られるように、アーラや他の面々もそちらに視線を向ける。
改めて見ても、その威力は凄まじい。
もしこの魔法をギルムの中で使ったらどうなるか。
ガガのような例外を除いてギルムの街中を知らないリザードマンは、そんなエレーナの様子を見てもそこまで深刻な表情を浮かべるようなことはなかったが、アーラを始めとした冒険者達は違う。
特に冒険者の面々は、ギルムに住んでいるのだ。
……いや、ギルムに住んでいるというだけなら、アーラも同様だったが。
ただ、アーラの場合はギルムを……マリーナの家を拠点としているものの、それでもずっと永住をするつもりはない。
現在エレーナやアーラがいるのは、あくまでもギルムの増築工事を貴族派に所属する貴族が妨害しないようにという抑止力の為なのだから。
ギルムの増築工事が終わるのがいつになるのかはまだ正確には分からないものの、もし増築工事が終わればエレーナとアーラはまたギルムを離れるようなことになるだろう。
そういう意味で、ギルムに対して愛着はあるものの、そこを拠点にしている冒険者達程ではない。
「ギルムに穢れが出るかどうかは分かりませんが、もし穢れが出た場合はレイ殿に頼めばいいのでは? レイ殿の魔法なら、効果範囲は決まっていますし」
「それしかないだろう。あるいは……穢れを空中に浮かび上がらせることが出来れば、そちらで何とかなるか。もしくは、レーザーブレスとはまた違った竜言語魔法を使うか。もっとも、それで被害が出なくなる訳ではないのだが」
竜言語魔法というのは、威力という点ではかなり強力だ。
しかし、精密なコントロールには向いていない。
良くも悪くも、ドラゴン向けの魔法だった。
勿論、習熟すれば繊細なコントロールも出来るようになるだろうから、絶対にその手の作業に向いていないという訳ではないのだが。
「とにかく、黒いサイコロは五匹とも倒した。……ガガ、一応聞いておくが敵は他にもいるのか?」
「いや、五匹だ。しかし黒いサイコロ? 俺達は黒い四角と呼んでいたが」
「どちらでも構わないが、最初にあれを見た者が黒いサイコロと呼称した。問題なければ、黒いサイコロと呼んで欲しい」
穢れの名前については、ガガも特に気にしてはいなかったのだろう。
その言葉を聞いてすぐに納得した様子を見せる。
「分かった。黒いサイコロだな。次からはそう呼ぼう。それで……」
「待て」
何かを言おうとしたガガだったが、エレーナは手を伸ばしてそれを止める。
そんなエレーナの様子に、もしかしてまた敵が? といつ戦闘になってもいいように構えるガガだったが、そんなガガの様子を気にせず、エレーナは空を見上げ、大きく手を振る。
手を振った相手……セトに乗ったレイの姿を見たガガは、それでようやく構えを解く。
エレーナとガガ以外にも、何人もが上を見て、レイとセトを発見すると安堵する。
そんな一行の前に、セトは翼を羽ばたかせながら降りてきた。
幸いなことに……という表現がこの場合相応しいのかどうかは微妙だが、エレーナの竜言語魔法によるレーザーブレスで木々が消滅している場所も多い。
消滅はしながら、火事になっていないのはレーザーブレスの特性なのだろう。
そうして木々が消滅した場所に着地するセト。
レイはセトの背から飛び降りると、感謝を込めてセトを軽く撫でてからエレーナの方に向かう。
「エレーナ、さっきの光は竜言語魔法か?」
「うむ。レイやダスカー殿との話が終わってからすぐに、リザードマンが生誕の塔まで駆け込んできたのだ。未知のモンスターと遭遇した、とな」
そこまで言われれば、レイもエレーナが何をしたのかを理解する。
エレーナの性格を知っていれば、その程度のことを想像するのはそう難しい話ではない。
だが同時に、それが意味することを理解すると驚き、周囲の様子を見る。
具体的にはレーザーブレスの痕跡部分を。
「それで、未知のモンスターというの……聞くまでもないが、穢れということでいいんだよな?」
尋ねるレイにエレーナは無言で頷く。
その美貌に笑みを浮かべているのを見れば、穢れがどうなったのかは考えるまでもない。
そもそもの話、こうしてレイがエレーナと話しているというのに穢れが姿を現さないのだ。
そうである以上、既に穢れが死んだと考えるのは当然だろう。
「穢れを倒せるのは俺だけだと思ってたんだけどな。エレーナも倒せたようで何よりだよ」
「この有様だがな」
そう言い、エレーナはレーザーブレスの痕跡を見る。
レイしか倒せなかった穢れを倒すことが出来たのは嬉しい。
嬉しいのだが、それでもこうして広範囲に被害を出さなければならないのは問題だろうと。
「その辺は工夫次第でどうとでもなるだろ」
レイの言葉にエレーナは納得した様子で頷く。
「そのように出来るように頑張ろう」
エレーナはレイにそう告げる。
その言葉は、レイに対して言うよりも自分に言い聞かせているように思えた。
話を聞いていたレイもそれは分かっていたが、それに対して特に何かを言う様子はない。
自分の力を使いこなすのは、それこそ自分自身でどうにかしなければならないのだから。
レイもまた、それについては十分に理解している。
(エレーナは黒いサイコロを倒すことが出来た。けど……だからといって、俺の仕事が楽になる訳じゃないんだけどな)
貴族派の貴族としてギルムに派遣されているエレーナを、まさか穢れ対策としてトレントの森で寝泊まりさせる訳にもいかないだろう。
もしエレーナがそのようなことをした場合、間違いなく貴族派が問題にする。
それくらいはレイにも分かった。
それでも何かあった時に自分と同じく穢れを倒せる相手がいるのは助かると、レイは安堵するのだった。
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