3049話

 黒いサイコロが消滅した以上、レイ達もずっとこの場にいるといったことをする訳にもいかない。

 そんな訳で、エレーナ達と合流したレイは他の面々と共に生誕の塔に向かう。


「モンスターが出て来ないのは、やっぱりエレーナの一撃があったからだろうな」


 トレントの森を歩きながら、レイが自分の隣を進むエレーナに話し掛ける。

 エレーナの使った竜言語魔法は、空を飛んでいるセトに乗っていたレイからも見えた。

 幸いなことに、レーザーブレスは斜めに放たれたので、ギルムから見ることは出来なかっただろう。

 もっとも、街道を歩いていた者達の中にはそれを見た者がいたかもしれないが。

 日中であっただけに、レーザーブレスはそこまで目立たなかった可能性もある。

 もしこれが夜なら、レーザーブレスはこれ以上ない程に目立っていた。


(あ、でも夜になれば街の外には出ないから、そういう意味では目立たなかったか? もっとも、中には好んで夜をギルムの外で迎える奴もいるらしいけど)


 辺境のギルムにおいて、街の外で夜を過ごすというのは自殺行為に近い。

 そのような真似をするのは、自分の実力に自信のある者だろう。

 あるいは、辺境の常識を全く知らないような者か。


「生誕の塔を守るという意味では、周囲にモンスターがいないというのは悪くないのではないか?」


 そんな言葉を口にするエレーナに、レイが何かを言うよりも前にアーラが口を開く。


「そうですね。モンスターがいないというのは生誕の塔やその近辺で暮らしている者にしてみれば悪くない話かと。特にリザードマンの子供は元気そうでしたし」


 レイがいない間に、アーラもそれなりに生誕の塔で行動していたのか、そのように呟く。

 リザードマンの子供が非常に元気なのは、間違いのない事実だ。

 それを知っている他の面々は、それこそガガも含めてアーラの言葉に頷く。

 そうしてアーラの言葉に多くの者が頷いたことにより、周囲にいる者達はどこか気が抜ける。

 黒いサイコロを倒したことによって、色々と思うところはあったのだろう。


「リザードマンの子供達か。……穢れが出るようになった以上、今までのようにトレントの森で行動させる訳にはいかないな」

「レイ、先程も聞いたが穢れというのは一体なんだ? 俺が戦っていたあの黒いサイコロだとは思うのだが」


 リザードマンとしても明らかに平均以上の巨体でトレントの森を進みながら、ガガはレイに尋ねる。

 穢れについて何も知らない……レイ達がそれを説明した時にそこにはいなかったガガにしてみれば、黒いサイコロとの遭遇はかなり不利な戦いだっただろう。

 そういう意味では、樵や護衛の冒険者達も同じような状況だったのだが。

 双方共に被害――命という意味で――が出なかったのは、運もあるがそれだけ腕利きが揃っていたということの証だろう。


「穢れについては、生誕の塔に行ったらゾゾ辺りにでも聞いてみてくれ。さすがに何回も説明するのに疲れた。ゾゾから話を聞いて、それでも分からなかったら教えるから」

「む……分かった」


 少し不満そうな様子だったが、ガガは取りあえず納得したらしい。

 そんなガガに対し、レイは改めて口を開く。


「取りあえず非常に厄介な敵だというのは覚えておいた方がいい」

「厄介か。……そうだな。これ以上ないくらいに厄介なのは、実際に戦って身に染みている」


 黒いサイコロとの戦いを思い出したのか、ガガは苦々しい様子でそう呟く。


「今のところ、倒せるのは俺とエレーナの二人だけだしな。時間を掛ければ、他にも倒せるような奴はいるが」

「何? それは誰だ?」


 ガガにしてみれば、自分がどうやっても倒すことが出来なかった相手を、レイやエレーナ以外に倒せる者がいると聞き、興味を抱く。

 だが、そんなガガに対するレイの返答は首を横に振るといったものだった。

 何故かドラゴンローブの一ヶ所を押さえていたが。


「生誕の塔に戻ったら教えてやるよ。それに……今は少人数でも、やっぱりギルムには穢れを倒せる奴が結構多いのかもしれないし」


 そうレイが告げるのは、やはりエレーナが穢れを倒したのを見たからだろう。

 勿論、ギルムの冒険者にエレーナ級の人材がそう多くいるとは思っていない。

 思ってはいないが、同時に多少ならいるだろうという思いもあった。


「分かった」


 残念そうにしながらも、ガガは素直に返事をする。

 これ以上突っ込まれると面倒だとレイは思っていたので、こうして素直に退いてくれたのはレイにとっても助かった。


「私が倒せたということは、マリーナやヴィヘラでもたおせるのではないか?」


 ガガとの話が一段落したと思ったのだろう。

 エレーナがそうレイに尋ねてくる。

 実際、エレーナのその言葉は決して間違っている訳ではないとレイは思う。

 思うのだが……それでも素直に頷くことが出来ない理由がある。


「マリーナの精霊魔法なら、恐らく倒せそうな気がする」


 マリーナの精霊魔法がどれだけのものなのかを知っているだけに、レイもこちらには素直に頷く。

 それこそマリーナならそのくらいは出来てもおかしくはないだろうと。

 だが……それはあくまでもマリーナならの話で、ヴィヘラになると話は別だ。


「けど、ヴィヘラは……正直難しいと思う」

「ああ、なるほど。そう言われるとそうかもしれないな」


 レイの言葉にあっさりと納得するエレーナ。

 マリーナは精霊魔法を使えるので、遠距離から攻撃出来る。

 しかし、ヴィヘラの場合は基本的に近接戦闘だ。

 それも武器を使っての攻撃ではなく、格闘での攻撃。

 ……実際には、足甲から刃を生み出したり、手甲から魔力によって爪を生み出したりといったマジックアイテムを使っているので、純粋な意味では武器も使っている。

 しかし、そのような武器が穢れに通じるかと言われれば、レイは素直に頷くことは出来ないだろう。

 ヴィヘラの最大の攻撃は浸魔掌という、魔力を使って触れた場所の内部から破壊するといった強力……もしくは凶悪とすら表現してもいいようなスキルなのだが、それを使うには相手に触れるのが絶対条件となる。

 そして穢れは、触れた存在を黒い塵にして吸収する。

 それはつまり、浸魔掌が使えないということを意味していた。

 もしレイがヴィヘラと戦う際には最優先で警戒しなければならないのが、浸魔掌。

 しかし、その浸魔掌は穢れを相手にした場合は意味をなさない。


「けど、ヴィヘラの場合は浸魔掌を使えないなら使えないで、もっと別の攻撃方法を編み出したりしそうだけどな」


 浸魔掌を使えないというのは分かるが、それならそれで何か別の方法を編み出すというのがレイの予想だった。

 レイが知ってる限り、ヴィヘラはこと戦闘という点においては天才と呼ぶに相応しい。

 ……そんなヴィヘラがパーティでそこまで目立つことがないのは、ヴィヘラは天才だが、他にも同じような天才が揃っているというのがあるのだろう。

 とにかく、ヴィヘラの才能を考えると浸魔掌が通用しないのなら何か別の攻撃方法を編み出してもおかしくはない。

 そう思ったのはレイだけではなく、エレーナも、そしてアーラも同様だといった様子で頷いている。

 少し離れた場所にいたガガもまた、ヴィヘラとの模擬戦を行った経験からレイの言葉に頷いていた。


「では、レイはもしヴィヘラが穢れと戦うようなことになった場合、どのようにすると思う?」

「え? うーん、そうだな。触れることで発動可能な浸魔掌が無理となると、何かもっと別の……触れないで浸魔掌を使えるようにするとか?」

「それはまた……随分と予想外な」


 まさかレイの口からそのような言葉が出るとは思っていなかったのか、エレーナは素直に驚きの表情を浮かべ、隣のアーラもまたそれは同様だった。

 浸魔掌というスキルについてよく知っているので、だからこそまさか直接触れないで浸魔掌を使うといった発想になるとは思わなかったのだろう。


「そうか? けど、もし浸魔掌を相手に触れないで使えるようになったら、凄くないか?」

「凄いか凄くないかと言われれば、間違いなく凄い。だが、凄いからといってそれが出来るかどうかはまた別の話だろう」


 相手に触れることによって、相手の体内に魔力を流すというのが浸魔掌の特徴だ。

 だというのに、相手に触れないで浸魔掌を使えるとなれば、それはもう浸魔掌ではなく別の何かだろう。

 そして、だからこそ簡単にそのようなスキルを編み出せるとはエレーナには思わなかった。


「元々ヴィヘラは遠距離攻撃の手段がないことを気にしていたしな」


 基本的に格闘家のヴィヘラだけに、その攻撃方法は近接してのものだけだ。

 遠距離攻撃の手段となると、それこそ地面に落ちている石を拾って投げつけるといったくらいだろう。

 ……とはいえ、投石というのは決して悪い攻撃手段ではない。

 地面には無数の石が落ちているし、何よりもその石を投擲するのはヴィヘラなのだ。

 非常に高い身体能力によって投擲される石は、それこそ一撃で相手を気絶させる……どころか、頭部に命中すれば頭部を破裂させるといった威力を発揮してもおかしくはない。

 事実、レイも同じような攻撃手段を持っている。

 レイの場合は石ではなく、鏃の投擲だったが。

 あるいは槍の投擲も遠距離攻撃という意味では似たようなものだろう。

 ただ、槍の投擲はミスティリングがあるからこそ、レイが使える攻撃手段だ。

 槍を主武器として使っている者が槍を投擲した場合、それは自分の武器がなくなるということを意味しているのだから。

 それに比べて、レイのミスティリングには廃棄品の槍が多数入っている。


(まぁ、そっちの槍もあまり使わなくなってきたけど)


 デスサイズと黄昏の槍を使うレイにとって、槍を投擲する時は黄昏の槍を投擲するのが常套手段だ。

 黄昏の槍の場合は、投擲した後でもすぐ自分の手元に戻すことが出来るのだから。

 そのような能力を持っている以上、廃棄用の槍を使わずとも黄昏の槍を使うのは当然だった。

 それでも黄昏の槍を使わずに廃棄用の槍を使う時は、何らかの理由で黄昏の槍を使いたくない時だけだろう。


「見えてきたな」


 不意にエレーナが呟き、その言葉にレイは視線を向ける。

 するとそんなエレーナの視線の先には、生誕の塔があった。

 離れた場所からでも生誕の塔は木々の隙間から見えていたのだが、ここまで来るとすぐ近くで生誕の塔を見ることが出来る。

 レイも生誕の塔のある場所に戻ってきたと安堵する。


「あれ? そう言えば見張りの冒険者がいなかったな」


 生誕の塔が見えてきたことにより安堵したレイは、ふとそんな疑問を抱く。

 今までなら生誕の塔に近づけば、すぐに見張りの冒険者達が姿を現した。

 ましてや、レイが事情を聞いた話によると、ガガが襲われたという話を聞いている筈。

 そうである以上、追加で戦力を派遣するなり、もしくは他の場所でも黒いサイコロが……あるいは別の形態の穢れが姿を現していないか警戒してもおかしくはない。


「ああ、それは……多分、実際に戦力を派遣するよりも前にエレーナ様の攻撃を見て、状況を確認しようとしているんだろうな」


 冒険者の一人が、レイの隣を歩くエレーナを見てそう告げる。

 レイは知っている竜言語魔法のレーザーブレスだったが、それはあくまでもレイだから知っているのだ。

 その辺の事情を何も知らない者にしてみれば、あのレーザーブレスは一体何なのかと警戒してもおかしくはない。


(それならそれで、少しでも情報を集める為に人を派遣してもいいと思うけどな)


 生誕の塔の護衛を任されている者の中には、偵察を得意としている者達も多い。

 生誕の塔に近付いてくる敵を少しでも早く発見して対処する必要があるのだから、その手の技量を持つ者は多ければ多い程にいい。

 ただし、当然ながらその手の技術を持っている者はそう多くはない。

 ……正確には、その手の技術を高いレベルで持っている者は多くないと表現すべきか。


「とにかく、一度行ってみるか。もし何か問題があったのなら、こっちの方で助ける必要もあるだろうし。……こうして近付いても、特に何か殺気の類がある訳でもないから、問題はないと思うけど」

「レイの話を聞いて、もしかしたら生誕の塔にも黒いサイコロが現れたと思ったのだが……どうやら違うらしい」


 エレーナのその言葉に、レイは頷く。

 そんな風に思いつつ、生誕の塔の前に出たのだが……レイの予想は、半分外れ、半分当たっていた。

 黒いサイコロが姿を現したのは、間違いない。

 間違いないが、その黒いサイコロは冒険者やリザードマンを攻撃してるのではなく……レイの魔法によって燃えている巨大なスライムを攻撃していたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る