3033話

「あの警備兵の驚きようは凄かったな」

「ああ、本当に。……もっとも、俺が警備兵でもあんな風に驚いたとは思うけど」

「普通の冒険者かと思ったら、実は……だもんな」


 レイと一緒にギルムに入った冒険者達は、レイの担当をした警備兵の様子を思い出しながら、それぞれに笑いを堪える。

 とはいえ、警備兵がレイのギルドカードを見て驚いたのは、数秒でしかない。

 ベテランの警備兵はフードの中にあったレイの顔を確認すると、本当にレイが自分の知っている相手だと判断し、何気ない様子で手続きを終えた。

 レイと顔見知りの警備兵だったからこそ、それとなく振る舞うことが出来たのだろう。

 もっとも、レイのギルドカードを見て驚いた光景は他の冒険者達にも見られていたのだが。


「俺としては、驚きはしたものの騒がなかったから助かったけどな。……それで、俺はこれから領主の館に行くけど、そっちはどうする?」

「取りあえずギルドに向かうことにする。ただ、レイが来ないと色々と説明出来ないと思うから、ギルドの酒場にいる」

「……酒はあまり飲むなよ?」


 本来なら、酒は飲むなと言いたかった。

 実際、トレントの森からギルムに向かう途中でその辺の話になった時も、酒は飲むなと言っておいたのだから。

 だが……未知のモンスターに襲撃された今の状況を思えば、気付けに一杯二杯の酒を飲むくらいは許容範囲だろうと思い直した。

 勿論、気付けどころではなく泥酔して見るからにどうしようもない状態になるというのは、問答無用で却下だったが。


「ああ。基本的にはちょっと早い昼食ってことにするよ。……今なら、ギルドの酒場もそこまで混んではいないだろうし」


 ギルドの酒場では、簡単なものではあるが食事も出来るようになっている。

 しかし、その料理は不味い訳ではないが美味い訳でもない。

 その辺の店に行けば、普通に美味い食事が出来る。

 とはいえ、それでもそこそこの味だし、個人によって味の好みにも違いがあるので、中にはギルドの酒場で食事をする者もいる。

 それでもギルドの酒場が一番混むのは、当然ながら夕方以降だ。

 依頼を終えてギルドに戻り、そこで報酬を貰ってそのまま酒場で酒盛りをするというのは、非常によくある光景だった。

 ただし、それはあくまでも普段の……増築工事をしていない時の話だ。

 増築工事をしていると、多くの者が昼食を食べる店を探す。

 そんな者達の中にはギルドで食事をする者も多く、普段ならそれなりに空いているギルドの酒場であっても、今から行けば比較的混んでいるのは間違いなかった。


「じゃあ、こっちの用件が終わったら酒場に……うん?」


 冒険者と話していたレイは、ふと街中がざわめいていることに気が付く。

 もしかして。

 そう思いながら一旦冒険者達との会話を止め、周囲の様子に耳を傾ける。


「おい、またレイが来たってよ」

「もうか? ここ最近はあまりギルムにいなかったってのに……今は一体どこで寝泊まりしてるんだ?」

「どうだろうな。ただ、セトが貴族街に降下したってのは間違いない」

「畜生、また貴族街か。俺達は入れないってのに。たまには普通に正門から入ってきてくれよな」


 入ってきたぞ。

 聞こえてきた声にそう突っ込みたくなったレイだったが、我慢しておく。

 今の会話から考えて、予定通りセトがギルムの住人達の注意を引き付ける為にマリーナの家に降りたのは間違いないのだから。

 そう考えつつ、レイは再び冒険者達との会話をする。


「こっちの用事が終わったら、そっちに合流する」

「頼む。……あ、ちょっと待ってくれ。俺達に合流する前に、伐採した木を錬金術師達に引き渡しておいて欲しい」

「ああ、そう言えばそれがあったな。分かった」


 冒険者にそう返しつつ、少しだけ面倒な予感がするレイ。

 今更だが、もし自分が錬金術師達に遭遇すれば、クリスタルドラゴンの素材について色々と話を聞かれたり、それどころか素材が欲しいと言ってきてもおかしくはないのだから。

 レイとしては、そんな面倒はごめんだった。


(いっそ、建物の外に適当に木を置いてくるか?)


 錬金術師達に会わないようにするのは、それが最善なのは間違いない。

 とはいえ、当然ながらそのような真似をすれば色々と面倒なことになるだろう。

 そもそも加工する前の、伐採した状態のままの木を建物の外に適当に置いておいても、それをどうやって建物の中に運び込むのかといったことになる。

 ……いや、それを運び込むだけなら、それこそ冒険者を雇えばどうとでもなるのかもしれないが。


「最悪、ダスカー様に頼めばいいか」


 結局レイが最終的に思いついたのは、そのような内容だった。

 そしてレイの言葉に、冒険者や樵達は驚きの表情を浮かべる。

 話の流れから、今レイが口にしたダスカーに頼むというのは、伐採した木についてのことだと理解したからだろう。


「えっと、その……いいのか?」


 ギルムの住人として、当然だが領主のダスカーの名前は知っている。

 そんなダスカーに、伐採した木を運ばせるような真似をしてもいいのかと、そんな風に思うのは当然だろう。

 増築工事でギルムに来た冒険者ではなく、それが始まる前からギルムにはいた者達なのだから、余計にそんな風に思えてしまうのだ。


「別にダスカー様本人に伐採した木を運んで貰おうとは思っていないぞ?」

「当然だ!」


 周囲の目を気にしてのものか、小声で叫ぶという器用な真似をしてみせる冒険者の男。

 もし本当にダスカーに木を運んで貰うといったようなことを口にした場合、一体どうなるのか……少しだけレイにも興味はあったが、それを口にするような真似はしない。

 レイにはそんな真似をするつもりがなかったというのも大きいが。


「とにかく、伐採した木はダスカー様の部下に運んで貰うから心配はするな。色々と決まったら、ギルドの酒場に行く。あるいは俺が行けなくても、ダスカー様の部下とかが向かうと思う」

「……分かった」


 今の状況でも色々と言いたいことはあるのだろう。

 だが、今この状況でレイに聞いても、間違いなく話してくれるとは思わない。

 だからこそ、これ以上は新たに何かを聞くような真似はせずにいた。

 樵達も冒険者の流儀についてはそこまで理解している訳でもなかったが、今のやり取りを見れば自分達がここで何かを聞こうとしても、まず答えてくれないだろうというのは予想出来た。

 そんな訳で、レイに助けてくれた感謝の言葉を口にすると、冒険者達と共にギルドに向かう。

 そのような面々を見送ったレイは、すぐに領主の館に向かう。

 途中、何軒かの屋台では早速ガメリオンの串焼きを売っていて、それらに寄りたいと思わないでもなかったが。

 それを意思の力で何とかすると、そのまま領主の館に向かう。


(ガメリオンの串焼き……だけじゃなくて、それ以外にも色々とガメリオン料理があるのが気になるな。ガメリオンの肉を使ったあの料理とか、かなり美味そうだ)


 レイの視線が向けられたのは、一件の屋台。

 ガメリオンのブロック肉を金属の針に刺して回転させつつ遠くから火で炙って焼きながら、焼けた肉を包丁で切り取り、いわゆるコッペパンに近い形状のパンに切れ目を入れ、そこに肉を挟む。

 最後に細かく切った野菜が入っているソースを掛けて出来上がり。

 既に出来ているサンドイッチを売るのではなく、肉を焼いているのを見せて客の注目を集めるといった手法が使われていた。


(ドネルケバブ……だっけ? いや、実際にはちょっと違うんだろうけど)


 レイが知っているドネルケバブというのは、回転させながら肉を焼くという点では同じだが、肉を包むのはもっと薄く焼いたパン……というのかどうかは分からないが、とにかくコッペパンのようなパンではなかった。

 だが、それでも今こうしてレイの視線の先にある屋台の料理は美味そうで、それを証明するかのように何人もの客がそこには並んでいる。

 このように、気になる料理を見つけたレイとしては、出来ればその屋台に寄ってみたかった。

 それこそ美味いのは匂いや外見から明らかなのだから、十人分……いや、もっと多くを纏め買いしたかった。

 しかし、そのような真似が出来るはずもない。

 もしそのような真似をして見つかってしまえば、間違いなく騒動になる。

 特にドネルケバブに近い料理を売ってる屋台の前には、何人もが並んでいるのだ。

 正体を隠している今の状況でそのような場所に向かうのは、どう考えても避けた方がよかった。


(取りあえず領主の館だな。……ニールセンが俺と一緒にいなくてよかった)


 もしここにニールセンがいれば、間違いなくあの屋台に行きたいと言っただろう。

 ニールセンの性格を考えれば、もしここでレイが駄目だと言ってもそれを素直に聞くとは思えない。

 最悪の場合は、ドラゴンローブから飛び出して屋台に行くといったような真似をしてもおかしくはない。

 レイにしてみれば、そのようなことになったら目も当てられない。

 妖精の件は秘密にしているのに、街中でニールセンが見つかれば大きな騒動となるだろう。

 それこそクリスタルドラゴンの一件が忘れられてもおかしくはないと思えるような騒動に。

 ある意味ではレイにとってそれは悪い話ではなかった。

 しかし、そのようなことになった場合の面倒を考えると、とてもではないがそのようになって欲しいとは思わない。


(というか、クリスタルドラゴンの件はともかく、妖精にも俺が関わっているとなれば、今までよりも更に酷いことになるだろうし)


 そうなった時のことを考えると、レイの背筋が冷たくなる。

 そうならないようにするには、やはりニールセンをここに連れてこなくて正解だったと、そう思う。


「さて、行くか」


 いつまでも屋台の見える場所……より正確には、食欲を刺激する香りの漂う屋台の側にいても、腹が減るだけだ。

 そう判断し、レイはその場を足早に立ち去る。


(それにしても、あの肉は結構な香辛料を使ってたな。これも緑人によって香辛料が増えたおかげか? だとすれば、俺にとっては悪い話じゃないってことになるんだけど。……どうだろうな)


 香辛料の流通量が増えて価格が安くなるということは、屋台や食堂、酒場といった料理を出す店にしてみれば、新たな味を開拓するという意味で非常に大きい。

 それはドネルケバブに近い料理を出している屋台に並ぶ客達を見れば一目瞭然だろう。


(もっとも、香辛料を上手く使いこなせないと意味はないんだろうけど)


 香辛料というのは、使い方一つで料理が美味くも不味くもなる。

 そういう意味では、ドネルケバブに似た料理を出していた屋台は上手く使いこなせていたのだろう。

 腹が減ったと思いながらレイは道を進む。

 領主の館が近付くに従い、屋台の数も減っていく。

 おかげで食欲を刺激する香りから逃れられたレイだったが、それでも一度腹が減ったと思ってしまえば、それをすぐにどうにかするような真似は出来ない。


(領主の館でサンドイッチでも出して貰えると嬉しいな)


 レイが領主の館に行った時に出ることがあるサンドイッチ。

 本来ならダスカーが仕事の途中で食べるのを考えて作られているのか、一口サイズの小さなサンドイッチだ。

 食べる際に手を汚さずにすむというのは、書類仕事をやる上で必須の条件なのだろう。

 だが、領主のダスカーに少しでも食べさせる為にと、小さいながらも料理長が色々と工夫をしており、食べ飽きるということはない。

 そんなサンドイッチのことを考えながら歩くレイに、ダスカーと何とか面会をしたいと思っている者達が胡乱な視線を向ける。

 ドラゴンローブの効果で、どこにでも売っている普通のローブにしか見えないのだから、そんな魔法使いの中でも初心者にしか見えないような者が何故領主の館に? と疑問に思ってのものだろう。

 レイもそんな視線を向けられているのには気が付いていたものの、今はその視線については気にせず、領主の館の正門のある場所に向かう。

 身の程知らずな。

 レイを見て誰かが呟いたそんな声が耳に入る。

 そんな声に反応する様子もなく、レイは正門に向かって進む。


「って……あれ? この前もああいう奴が正門に来たけど……もしかして同じ奴なのか?」


 前回レイがダスカーに会いに来た時にもここにいた者がいたのだろう。

 その人物がレイの様子を見て、もしかして……と呟くも、既にレイがそんな相手のこともまた無視して歩き続ける。

 その言葉を聞いた何人かは、咄嗟にレイに声を掛けようとしたものの……レイはこちらに関しても無視して、正門に向かうのだった。

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