3034話
正門を守っている門番は、近付いてくるローブを着ている人物を見て一瞬視線を鋭くするも……その人物が被っていたフードを上げると、そこにある顔を見て驚きの表情を浮かべる。
前回レイが来てから、まだそんなに時間が経っていない。
なのに、またこうしてレイがやって来たのだ。
それに驚くなという方が無理だろう。
「レイ、どうしたんだ? いや、ここに来たってことはダスカー様に用事があるんだろうけど」
「ああ、そうだ。ダスカー様に会いたい。前回の件に関して会いに来たと言えば、すぐに会って貰えると思う」
「分かった」
レイの様子から、これは冗談でも何でもなく本当に何かがあってのことだと判断したのだろう。
門番の一人が急いで建物の方に向かう。
それを見送ると、レイはこの場に残った門番と話し始めた。
「それにしても、今更だけど、そのローブを着ていると実際にレイの顔を見ないとレイとは思えないな」
「そういうマジックアイテムだからな。俺にとっては重要な物だよ」
実際、もしドラゴンローブがなければ、現在のレイは普通に街中を歩くことも出来ないだろう。
クリスタルドラゴンの一件によって注目を集め、多くの者が接触したいと思っているのだから。
もしこれでレイが現在妖精郷にいるというのが知られれば、今以上に厄介なことになるだろうが。
そうして話をしているうちに、何故か話題はガメリオンについてとなる。
「最近、ガメリオン狩りは盛況になってきたみたいだが、レイは行かないのか?」
「行ったぞ。ただ、獲ったガメリオンの肉はここに入ってるけど」
そう言い、ミスティリングを示すレイ。
それを見た門番の男は、少しだけ羨ましそうな表情を浮かべる。
その羨ましさの理由は、ガメリオンの肉を大量に持っていることか、あるいはミスティリングを持っていることかはレイにも分からなかったが。
「今はそれなりにガメリオンの肉が出回り始めたけど、やっぱり最初の方はかなり高かったんだよな。……それでも裕福な連中は競って買っていたらしいけど。何でも貴族街の方からも結構な人数が買いに来ていたって話を聞いたが」
「貴族街にいる連中なら、別に肉屋とかを通して買わなくても、冒険者から丸ごと一匹ガメリオンを買ったり出来るんじゃないか? それこそ、ギルドで依頼を出せばいいんだし」
「俺に言われてもそんな理由を知ってる訳がないだろう? 普通に考えれば、丸々一匹買い取っても処理をするのが大変だってのがあるんじゃないか? ……貴族街の貴族なら、冒険者を護衛として雇っているから、そっちで出来てもおかしくはないと思うけど」
「丸々一匹だと食べきれないからというのもあるかもしれないな」
レイやセトであれば、そのくらいの料理であっても全てを食べきることが出来るだろう。
あるいは食べきれなくても、ミスティリングに収納しておけば問題ない。
だが、普通の貴族にはそのような真似は無理だし、食べきるといったことも難しいだろう。
それこそ屋敷にいる全員にガメリオンの肉を食べさせても、全部なくなるかどうかは微妙なところだった。
貴族である以上、他の貴族に肉を渡すといった真似も出来ない。
パーティの類を行えればガメリオンの肉も消費出来るだろうが、そのようなことをすれば、ガメリオンの肉以外にも多数の料理を用意する必要があり、費用がかかる。
「結局自分達が食べる分だけ確保するってのが最善なのは間違いないんだろうな」
そうしてガメリオンについての話をしていると、やがて先程屋敷に向かった門番が戻ってくる。
「ダスカー様がすぐに会うそうだ!」
少しでも早くレイにその件を伝えようと思ったのか、戻ってきた男は離れた場所にいるレイにも聞こえるようにと、大声で叫ぶ。
それはレイの耳にも届いたが、当然ながらレイだけではなく門の側にいた者達の耳にも届く。
ざわり、と。
門番の男が叫んだ内容を聞き、それを聞いた者達がざわめく。
当然だろう。自分達は何とかしてダスカーと会おうとこうして並んでいるのに、それをすっ飛ばしてレイと会うと言うのだから。
それもダスカーの部下ではなく、ダスカー本人が。
当然ながら、それに不満を抱く者は多い。
多いが……だからといって、それをどうにか出来る訳でもない。
例えば、もしここでレイがダスカーに会うのを納得出来ないと主張する者がいても、門番は当然ながらそんな相手の言葉を無視する。
最悪の場合は領主の館の前で騒動を起こそうとした人物ということで、捕らえられる可能性すらあった。
不満を抱いている者も、その辺りについては十分に理解しているのだろう。
ましてや、これから面会を希望したい相手に不満を抱かれるような真似は到底出来なかった。
結局不満はあれど、大人しくしているしかないのだった。
「レイ、一体どうした? 昨夜の件についてか?」
レイが会いに来たということで無理をして時間を作ったダスカーだったが、その影響かレイとの面会は書類仕事をしながらのものだった。
「それもありますが、正確には違います。実は穢れの件でちょっと問題が。今日……正確には少し前ですが、またトレントの森に穢れが現れました」
「昨夜の件とは別の穢れか?」
「そうですね。昨夜遭遇した穢れと全く同じかと言われれば違いますが、能力的にはかなり似ていた相手だったので、そういう意味では同じと言ってもいいかと」
「どういう意味だ?」
ダスカーが昨夜の件で知ってるのは、あくまでもマリーナがやって来て黒い塊が複数現れたということだ。
今日こうしてレイが来たのは、それについて詳しい説明をするということだと思っていたのだが……実際にレイの口から出たのは、そのようなものとは違う。
ダスカーにしてみれば、また何かあったのかと、そのように思ってもおかしくはないだろう。
「正直なところ、昨夜の件よりも面倒かと。具体的には、昨夜出た黒い塊とは違い、黒いサイコロが姿を現しました。それも誰もいない場所じゃなくて、樵達のいる場所に」
「……何?」
レイと話ながらも書類仕事の手を止めることがなかったダスカーだったが、その言葉を聞いた瞬間……正確にはその言葉の意味を理解した瞬間、書類仕事の手を止めてレイに視線を向けてくる。
「それで、樵達は無事なのか?」
真っ先に聞いたのは、それ。
増築工事をしている現在、樵達の伐採した木が建築資材として非常に有用だというのを理解しているからこその言葉だろう。
ましてや、現在トレントの森で働いている樵の中には、ダスカーがわざわざ集めた樵も結構な数混ざっている。
そうである以上、そのような樵が死んだりすれば、ダスカーの評判にも関わってくる。
それを抜きにしても、腕のいい樵が死んだ場合は建築資材の確保に影響が出る可能性が高かった。
勿論、人の命を心配する要素もそこにはあるが、ギルムの領主としてはやはり前者の割合が高くなってしまう。
「その辺は大丈夫です。護衛を任された冒険者達が樵を守りました。また、護衛の冒険者達にも被害はありません。黒いサイコロの習性は黒い塊と同じだったらしく、それに気が付いたので何とかなったようです」
「そうか。それは何よりだ」
レイの報告に安堵の息を吐くダスカー。
だが、その安堵はすぐに難しい表情に変わる。
「だが……樵達や冒険者達も穢れについて知ってしまったのか」
「そうなります。トレントの森に穢れが出て来ていたのを考えると、いずれそうなるとは思っていたんですけどね」
穢れの関係者と遭遇したのがトレントの森だったのが、この場合は大きいのだろう。
どのような手段かは分からないが、レイ達が遭遇したよりももっと上の地位にいる穢れの関係者がそのことを知り、レイ達のいる場所に向かって黒い塊や黒いサイコロを転移させてきたという可能性が高い。
まさか偶然トレントの森に黒い塊や黒いサイコロが姿を現した……といったことは、さすがに考えられない。
「それで、どうした?」
「取りあえず、黒いサイコロを倒したとはいえ、まさか伐採を続けさせる訳にもいかないでしょうから、ギルムに戻ってきています。現在はギルドで待機して貰ってますけど」
「そうか」
レイの説明はダスカーにとっても納得出来るものだった。
樵達をギルムに戻したというのは、感謝しかない。
「それで、どうします? 黒いサイコロを見てしまった以上は説明しない訳にはいきませんけど。攻撃が通じたのなら、そこまで問題にならないと思いますけど」
攻撃が通用したのなら、普通のモンスター……未知のモンスターであると認識出来たのだろう。
しかし、攻撃が一切通じなかったというのでは、未知のモンスターとして隠すような真似は出来ない。
「そうだな。それに問題となってるのは樵がいる場所に出たことか。そうである以上、何らかの話をする必要もある」
ダスカーにしてみれば、今回の件はかなり不味い出来事だった。
せめて穢れのモンスターが姿を現すにしても、昨夜のように誰もいない場所、あるいは誰もいない時間に現れてくれれば、そこまで問題にはならなかったのだが。
(いや、寧ろそれを狙ってそういう風にした……と考えるのが自然なのか? あるいは……)
そこまで考えたダスカーは、ふと気になることがあって口を開く。
「そう言えば昨夜マリーナが来た件……レイ達が倒したのが陽動という話があったが。あれが今回の件に関係していると思うか?」
「何か証拠がある訳じゃなくて、あくまでも俺の予想ですが……関係あると思います」
そう言い、レイは自分がそう思った理由を口にする。
他よりも一回り大きく、転移の出入り口になってると思しき相手を通して、レイはセトや長と共に思い切り攻撃を行った。
それによって転移先……穢れの関係者と思しき者達は恐らく大きな被害を受けた筈であり、その為に陽動と思しき行動をした後で本命の行動をしなかった。
もっとも、そもそも黒い塊の件が陽動というのもまた、何らかの証拠があってそう言ってる訳ではなく、恐らくはそうなのだろうという、予想に予想を重ねたものなのだが。
とにかく、転移をする存在を通して攻撃をされたので、向こうの本命の行動が遅れて黒いサイコロによる攻撃が今日の午前中になった。
また、転移する個体を残しておくと、またその個体を通して攻撃される為に、何らかの手段で転移の出入り口となる個体は一緒に行動させなかった。
これもまた、レイの予想でしかない。
あるいは単純に黒い塊の時とは違って黒いサイコロの場合は転移の出入り口となる個体も他と同じ大きさになった上に、自由に動けるようになっていた可能性もある。
「以上のことから、完全に予想でしかないですが……」
そう言うレイだったが、これまで多数の騒動に関わってきたレイの予想ともなれば、それが間違っているとは思えないというのがダスカーの考えだった。
今のこの状況では確実にそうだとも言えないが、無視も出来ない。
「分かった。その件については覚えておこう。……とはいえ、レイの予想が当たっていたとして、一体何故その本命の行動で樵達を狙ったのかが疑問だが」
それはレイにも疑問だった。
普通に考えて、陽動でレイ達を一ヶ所に誘き寄せておいて新たに攻撃をするのなら、それこそギルムだろうと。
今のダスカーの様子からしても、樵達を攻撃されて木の伐採が進まないのは困る。
困るが、最悪その場合は建築資材を多めに購入すれば挽回は出来る。
だとすれば、やはり今の状況は色々とおかしい。
「考えられる可能性としては……俺が妖精郷にいたから、その妖精郷があるトレントの森にいる相手を攻撃しているとか、そういう感じでしょうか」
「そう言えば、妖精の心臓を欲しているという話もあったな。だが、それでも違和感がある」
レイの言葉にそうダスカーが呟く。
実際、それはレイにとっても同じだったので、その意見に反論する様子はない。
「妖精の心臓を欲してるのなら、妖精郷に直接黒いサイコロを転移させるとか、そういう真似をしそうですけど。あるいは妖精郷だけに何らかの力……長の力で守られているのかもしれませんね」
そう言いつつ、もしかしたら妖精郷を守っている霧もその辺に影響してるのかも? と疑問に思う。
レイが貰った霧の音にはそういう効果があるとは聞いていないので、考えすぎだろうとすぐにその考えは消したが。
「なるほど。その可能性もあるか。とにかく、向こうの情報がないのは痛いな」
「そうですね。捕らえても自殺してしまいますし。それも周囲を派手に巻き込むような感じで」
黒い塵の人型の厄介さを思い出しながら呟くレイに、ダスカーは重苦しい表情で頷くのだった。
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