3015話

「ぐ……参った……」


 その言葉に、周囲で様子を見ていたリザードマン達がざわめく。

 当然だろう。参ったと口にしたのは、リザードマン達の国の英雄であり、この地に転移してきた者達を率いる立場にいる者なのだから。

 そのリザードマンが、レイを相手に殆どいいところを見せることも出来ずに負けたのだから、それを見ていた者達がざわめくのも無理はない。


「以前と比べると動きが鋭くなってきている。ただ、どうしても攻撃の方に意識が向くのがな。いや、それ自体は問題ではないんだが、戦いの中では防御の方にもきちんと意識を集中させた方がいい」


 リザードマンの性格的な傾向にもよるのだろうが、基本的に防御より攻撃に比重をおいている者が多い。

 基本的な身体能力という点では、リザードマンは人よりも上だ。

 そういう意味ではその身体能力を活かす為に攻撃に集中するのは悪い話ではないのだが、それでも今の状況を思えばもう少し防御に意識を回した方が……と、そうレイは思ってしまう。

 レイが見たところ、攻撃八割防御二割といった割合くらいの比重に思えるのだ。

 これを攻撃六割防御四割……いや、そこまでいかずとも、攻撃七割防御三割といったくらいにすれば、いざという時の対処も難しくはないと思える。


「すいません、レイ様。兄上が……」


 模擬戦が終わり、もう大丈夫だと判断したのだろう。

 ゾゾがレイの前にやってくると、申し訳なさそうに言ってくる。

 生誕の塔で久しぶりにレイはゾゾと話していた。

 そんな中で、モンスターを狩りに行っていたガガが戻ってきてレイを見つけたのが運の尽き。

 ゾゾもそうだが、ガガもレイとは久しぶりに会う。

 久しぶりに会ったのだから、模擬戦を行おうと言われ……レイとしては何故久しぶりに会ったら模擬戦なのかは分からなかったが、その勢いに押されて模擬戦をすることになったのだ。


「気にするな。これも……そうだな。あまり悪い話じゃないし」

「そうなんですか? いえ、レイ様がそう仰るのならそうなのでしょうか」


 レイの言葉に完全に納得した様子は見せていないものの、レイがそう言うのなら何か意味はあるのだろうとゾゾは納得する。


(ガガのことだから、馬鹿なことは考えないと思うが……全員が賢いって訳じゃないしな)


 レイがガガとの模擬戦を引き受けたのは、ガガに……というよりも、リザードマン達に力の差を教える為というのが大きい。

 リザードマン達は基本的に人より高い身体能力を持っているし、ゾゾのような例外を除いてガガを自分達のリーダーとしてしっかり纏まっている。

 それはつまり、ギルムの側にギルムとは全く関係のない武装勢力が存在していることを意味していた。

 現在はガガのように友好的な存在が率いてるので問題はないが、その部下の中には自分達の方がギルムにいる者達よりも強いといったようなことを考え、妙なことを考えないとも限らない。

 あるいは多少の無理をしても、自分達にはガガがいるので問題はないといったように考える者もいるだろう。

 ……実際、ゾゾの兄のザザは自分が王族だからという理由で横暴に振る舞っていたので、その結果として現在は捕まっている。

 だからこそ、そのような馬鹿な真似をする者がいないように、しっかりと力を見せつけておく必要があったのだ。

 実はこれ、ダスカーにこっそりと頼まれたことだったりもする。

 別に今すぐにそのような真似をしろと言われた訳ではなかったが、ガメリオンの件でここまで来たのだから、それならついでにその件も……と、そう思い、ガガからの誘いに乗って模擬戦を行ったというのが正しい。

 レイとしては、正直なところこのような真似をしなくてもガガなら問題ないと思っていたのだが。

 ただ、それでも万が一を考えての行動だった。

 レイとしてはあまり好みではない頼みではあったが、生誕の塔に行ってガガと会うようなことがあった場合、間違いなく模擬戦を挑まれる。

 そういう意味では、ダスカーから今回の件を頼まれていてもいなくても、どちらでも最終的には変わらなかっただろう。

 寧ろガガにしてみれば、ダスカーからの頼みによってレイが渋らずに模擬戦を行ってくれたということで、事情を知っても怒ったりはしないだろう。

 それどころか、感謝をしてもおかしくはない。

 だが、それとガガが現在の自分の状況をどう思っているのかというのは、また別の話なのだが。


「いやぁ、それにしても強かった。俺もこの世界に来てそれなりに経験を積んだつもりだったのだが」


 ガガのその言葉は、決して間違いではない。

 この世界に来てから、ガガは多くの強者と戦いを繰り返した。

 レイに近しいところでは。エレーナやヴィヘラと模擬戦をやっていた。

 それ以外にも、生誕の塔で生活するようになってモンスターとの戦いを頻繁に行うようになった。

 元の世界にいた時も、それなりにモンスターとの戦いは行っていたガガだったが、このエルジィンは文字通りの意味で世界が違う。

 遭遇するモンスターは未知のモンスターばかりで、自分を鍛えるという意味では好都合の場所でもあった。

 ただ、ガガにとって不幸だったのはトレントの森で戦えるモンスターは、今のところそこまで強いモンスターではなかったということだろう。

 あるいはレイが戦った翼を持つ黒豹と遭遇したのなら、ガガもいい戦いが出来たかもしれないが。


「冬の間は腕利きの冒険者も生誕の塔にいるんだろう? なら、そっちに鍛えて貰ったらいいかもしれないな」

「そのつもりだ」


 そう言い、ニヤリとした笑みを浮かべるガガ。

 レイから見れば、牙を剥き出しにした獰猛な笑みにしか見えなかったのだが。


「じゃあ、俺はそろそろ帰る。……ゾゾ、途中まで送ってくれ」

「分かりました。兄上、では私はレイ様をお送りしてきますので」


 そう言うと、ゾゾはガガに一礼し、レイとセトと一緒に生誕の塔から遠ざかっていく。


「しかし、レイ様。てっきりあのままセトに乗って飛んでいくと思っていたのですが……何か私に用事でも?」

「ああ。ちょっと言っておきたいことがあってな。……もしかしたら、本当にもしかしたらだが、ここに妙な連中が来ないとも限らない」

「妙な連中……ですか? 湖を調べているのとはまた別口のでしょうか?」


 ゾゾにとっては、研究者達も妙な連中という扱いになるらしい。

 湖だけを調べているのならいいのだが、研究者達にしてみれば言葉を喋り、知性も理性もあり、きちんと集団行動が出来る……更には異世界では国に所属していたリザードマンだ。

 研究者達にしてみれば、そちらも十分に興味深い存在なのは間違いない。

 その為、湖を調べに来た研究者の中にはゾゾ達を研究しようと思う者もいた。

 とはいえ、最初はリザードマン達もこちらの世界の言葉を喋ることが出来なかったので、研究はそこまでされていなかった。

 しかし、この世界の言葉を喋ることが出来るようになれば、話は違ってくる。

 双方にとって幸いだったのは、リザードマンに興味を持った研究者の中には、自分の研究のためなら何をやってもいいなどと考えている者がいなかったことだろう。

 実は研究者の中にはその手の性格の者もいた。

 国王派や貴族派からの推薦により、ダスカーが断れなかった者達だ。

 しかし、そのような者達は湖の方に強い興味を持っており、リザードマン達にはそこまで興味を示さなかった。

 湖がなければ、リザードマン達に興味を持ったかもしれないが。

 それだけ異世界から来た湖は研究者達の興味を惹いたのだろう。


「いや、研究者とか、そういう連中じゃない。もっとこう……そう、例えば滅びを求めるような、そんな奴だ」

「滅び……ですか?」


 穢れというのは、最悪この大陸を滅ぼしてしまうかもしれない存在だ。

 その穢れを使用し、信奉しているような者達が穢れの関係者だ。

 あるいはもっとしっかりとした組織の名前があるのかもしれないが、生憎とレイはそれを知らない。

 その為に便宜上穢れの関係者と呼んでいるのが……ダスカーを含めた他の面々も、特に何か呼び名がない以上は敵のことを穢れの関係者と呼ぶようになっていた。

 そんな穢れの関係者は、最悪穢れによってこの大陸が滅びるというのを知ってるのかどうか。

 生憎とレイにもそこまでは分からないが、それでも今の状況を思えば滅びを求める者という風に認識してもおかしくはなかった。


「ああ、滅びだ。悪い魔力を持ってるのが特徴なんだが……分かるか?」


 一応といったように尋ねてみるも、ゾゾは首を横に振る。


「いえ、申し訳ありません」

「いや、謝る必要はない。俺もそれに関しては分からないし。とにかく最近は何か怪しい連中がこの辺りを動いているから、気を付けてくれ」

「分かりました。もし見つけたら倒しておきます」

「一応忠告しておくが、倒すのなら気絶させたり生け捕りにしようとしたりはせず、一気に殺せ」


 レイがそう言うのは、もし情報を聞き出そうと生け捕りにしようとした場合、敵が穢れを飲み込むといったような、レイが遭遇したのと同じようなことになりかねないからだ。

 そして穢れを飲み込んで死んだ場合、それは最終的に黒い塵の人型に姿を変える。


(いや、もしかしたら黒い塵の人型になったのはあの時の連中だけで、他の奴はもっと違う何かに姿を変えるという可能性もあるんだが)


 穢れを飲んだ連中は、まだレイも一度しか見ていない。

 そうである以上、場合によっては穢れを飲んだ結果、黒い塵の人型ではなくもっと他の何かに姿を変える可能性は十分にあった。

 具体的にどのような姿に変わるかというのは、生憎とレイにも想像は出来なかったが。


「なるほど。そこまで危険な存在ですか。分かりました、兄上にその辺りはきちんと知らせておきます。このまま放っておいた場合、下手をすると私たちにも被害が出かねませんので」

「そうしてくれ。……さて、用件もこれですんだし、見送りはこの辺でいい」

「分かりました。では、レイ様。お気を付けて」


 ゾゾとしては、もう少しレイと一緒にいたかったのかもしれない。

 だが、レイにこのように言われてしまえば、ここで無理に自分も一緒にいたいと、そんな風に言う訳にいかない以上、大人しく一礼してレイを見送る。


(もう少し気楽に接してくれてもいいんだけどな)


 堅苦しいのが嫌いなレイにしてみれば、ゾゾのこのような態度は少し落ち着かない。

 これが式典か何かの時だけならまだしも、レイと会っている間中ずっとこうなのだ。


(けど、この様子だと言っても変わることはないだろうし)


 ゾゾが自分に忠誠を誓っている以上、ここで自分が何を言っても恐らく意味はないのだろう。

 レイもそんな風に予想するくらいのことは出来る。


「どうしたのよ? 何か考えごと?」


 ゾゾのことを考えながらセトとトレントの森を歩いていたレイだったが、不意にそんな風に声を掛けられる。

 いきなりのことだったが、それが誰の声なのかというのはすぐに分かった。


「ニールセン、もういいのか? ……というか、妙な遊びはしてこなかっただろうな?」


 ドラゴンローブの中にいるのが退屈だと言って、トレントの森に飛び出したニールセン。

 もしかしたら、妖精としての好奇心を発揮して、あるいは面白いのを好むことから悪戯をしたりするのではないかと、そう思っていた。

 だが、幸いなことに特に何か問題らしい問題もなく、結局は無事にガメリオンの解体や、その肉を使った料理も終わった。

 そういう意味では、レイにとっても問題がなかったのは助かったが……同時に、自分の知らない場所でニールセンが一体何をしていたのか、聞くのが少し怖い。

 もし何かとんでもない悪戯を……それこそ悪戯という表現では合わないようなことをしていたら、一体どうなるか。


(取りあえず、俺に問題がない限りは知らない振りだな。何かあったら長に任せればいいし。そうなったら、ニールセンは再びお仕置きをされることになるかもしれないが)


 レイが若干の哀れみを込めた視線をニールセンに向けると、そんな視線を向けられたニールセンは疑問を抱く。


「ちょっと、何よ。レイの方に何かあった筈なんでしょう? なのに、何で私にそんな視線を向けてくるの?」

「いや、何でもない。それで何の話だったがか。そうそう、ゾゾの……」

「じゃなくて、だから何でレイが私にそういう視線を向けてくるのよ! それこそ、何があってもおかしくないような、そんな視線を! 言いなさいってば、ねぇ!」


 レイに向けられた視線の意味を知りたいのか、ニールセンはレイにそう言う。

 レイはそれをスルーしつつ、セトと共にトレントの森の中を歩く。

 ボブのことについては、この場にいる誰もがすっかりと忘れてしまっていた。

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