3014話
ガメリオンのスープを食べ終えたレイは、久しぶりにゾゾと一緒に移動していた。
向かうのは、妖精郷……ではなく、生誕の塔。
レイもゾゾが自分に従っているのは理解しているものの、それでも今の状況で妖精郷について話すような真似は出来ない。
もしここで妖精郷についての話をした場合、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、ゾゾから妖精郷についての情報が誰かに伝わるかもしれないのだから。
勿論、レイはゾゾが自分から聞いた情報を嬉々として口にするとは考えていない。
だが情報を聞き出すというだけなら、それこそ幾らでも情報を手に入れる手段はあるのだ。
例えば、ゾゾを酔わせて情報を聞き出すというのも一つの手段だろう。
……ゾゾがリザードマンなので、女を使って情報を聞き出すといった真似は出来ないが。
「それにしても、ゾゾは……というか、他のリザードマンもだが、これから冬になるとどうするんだ?」
「生誕の塔の方に集まることになりますね。中には地面の中に潜って寒さを凌ぐ者もいますが、リザードマンの中には少ないです」
リザードマンはトカゲではない。
トカゲではないが、それでもトカゲの……いや、爬虫類の習性をある程度は持っており、寒くなると動きが鈍る。
寒くなれば動きが鈍るというのは、別にリザードマンだけではなく他の大多数の生き物も同じだろう。
だがリザードマンはそんな他の者達とは比べても圧倒的に動きが鈍くなるのだ。
だからこそ、冬になればその寒さをどうにかしてしのぐというのは、リザードマンにとって必須の出来事となる。
「元の世界でなら、その辺はどうだったんだ?」
「王都や街を覆っている結界のおかげで問題ありませんでした」
「……なるほど。この世界で言う、モンスター除けの結界か」
このエルジィンにおいて、都市は当然のように、そして街でも多くが結界を展開している。
その結界があれば、上空からモンスターが襲撃してくるといったようなこともない。
つまり結界のない場合は空を飛ぶモンスターは自由に降りてくることが出来るということになるのだが……空を飛ぶモンスターが少ないのは、幸運なのだろう。
だが、空を飛ぶモンスターというのはセト程ではないにしろ、高い機動力を持つ。
地上のモンスターなら、ギルム周辺のモンスターは基本的に辺境から出るといったようなことはないが、空を飛ぶモンスターは普通に空を飛んで辺境から出る。
村の子供が……場合によっては大人の類も、ハーピーに連れ去られるという事件は一年でそれなり報告されていた。
(そういう意味だと、生誕の塔は安心出来る場所なのは間違いないよな)
途中で折れた状態でこの世界に転移してきている生誕の塔だが、それでもその折れている部屋の上は既に補修が終わっている。
この辺りは護衛の冒険者達やリザードマン達が頑張った結果だろう。
とはいえ、それでも専門家ではない者達がやった仕事である以上、本職の仕事に比べればどうしても劣ってしまうのだが。
「生誕の塔に集まれば、暖かいのか?」
「暖房用のマジックアイテムを複数運んで貰っていますので。魔石の方も相応に貰っていますし、このトレントの森で倒したモンスターの魔石もありますから大丈夫かと。冒険者達も冬になれば生誕の塔にいることになるらしいですから」
「だろうな」
冒険者は一般人よりも寒さに強い者が多い。
そして依頼の関係で野営をするのも慣れている。
だが……だからといって、雪が降ったりつもったりしている中で野営をするかと言われれば、多くの者は否と答えるだろう。
それも森の中というだけならまだしも、近くには湖があるのだ。
異世界から転移していた湖が冬にどのような行動をするのか。
それは誰にも分からない。
(あ、でもスライムが燃え続けてるから、寒さという点ではそこまででもないのか? ……冬の湖の側にいて、あのスライムが燃えてるのがどのくらいの暖かさになるのかは微妙だけど)
レイのイメージでは、冬の湖というのはもの凄く寒いというものがある。
レイの場合は簡易エアコンつきのドラゴンローブを着ているので問題はないし、セトも吹雪いてる中で普通に眠ることが出来るが、そのような寒さ対策がない場合は違う。
それこそ凍死してもおかしくはないくらいの寒さだろう。
「寧ろ、冬の場合はわざわざここに来る奴の方が少なくなると思うけどな」
「グルルゥ?」
レイとゾゾの会話を聞いていたセトは、そうなの? と喉を鳴らす。
セトにしてみれば、ギルムから生誕の塔までやって来るのに必要なのは数分程度だ。
それこそちょっとコンビニに行くといった感覚よりも短い時間でここまでやって来ることが出来る。
だからこそ、レイの言葉に大袈裟なものだと思ってしまうのだろう。
しかし、ゾゾはそんなセトの様子を見ても何を言いたいのかといったことは分からないのか、セトの言葉はスルーしてレイに言葉を返す。
「そうですね。実際生誕の塔で暮らす冒険者の数は今よりも少なくなるのは間違いないらしいです。ただ、人数が少なくなるので腕利きを派遣するということでしたが」
「少数精鋭か。今のこの時点で少数精鋭なんだけどな」
生誕の塔の護衛を任されているのは、ギルドから実力と性格の双方で問題がないと判断された冒険者達だ。
その時点でギルドにとっては少数精鋭と呼ぶべき存在だろう。
その中からさらに人数を少なくして、腕利きの相手を雇う。
そのようなことになると、それこそその辺のモンスターがそう簡単にどうにか出来るような相手ではなくなってしまうだろう。
「なら、取りあえず生誕の塔は安心だな」
「だと嬉しいのですが」
「ゾゾ?」
レイの言葉を聞いても素直に頷かず、どこか心配そうな様子で呟くゾゾ。
そんなゾゾの様子に、レイは少し疑問を抱く。
ゾゾが楽観的な性格をしているとは、レイも思っていない。
それこそゾゾはどちらかといえば慎重な性格をしているのはレイも知っている。
しかし、レイに忠誠を誓うと口にし、実際にそれを態度で示しているのだ。
そのようなゾゾがレイの言葉を聞いて、それを素直に信じず、どこか不安そうな様子を見せているという時点でおかしい。
「何かあったのか?」
「いえ、その……これが理由だとはしっかり言えないのですが、何かがありそうな気がするのです」
「そうか。なら、何があってもいいように気を付ける必要があるな」
そう言いながらも、レイは何となく何があるのかを予想出来てしまう。
恐らく……本当に恐らくの話だが、穢れの件を感じているのだろう。
具体的にどうやって穢れの件を理解したのかは、生憎とレイにも分からない。
しかし今のこの状況で何かがあるとすれば、レイが最初に思い当たるのはやはり穢れの件だった。
だが、穢れの件について他人に話すことはダスカーから禁止されている。
もし穢れの件を話しても、ゾゾが他人に言うとはレイには思えない。
思えないが、それでも万が一ということを考えると、やはり話さない方がいいだろうとは思ってしまうのだ。
(悪いな)
言葉には出さず、心の中だけでゾゾに謝るレイ。
とはいえ、冬になった辺境で動き回るというのは想像以上に厳しいのも事実。
ましてや、雪が降れば冬特有のモンスターも姿を現す。
そんな中で穢れの関係者が、標的のボブがいる妖精郷ならともかく、この生誕の塔に来るのかと言われれば、レイも素直に頷くことは出来ないが。
(いや、あるいは冬だからこそ吹雪で道に迷ってここに紛れ込んでくるようなことがあったりするのか?)
可能性としては高くない。
高くないのだが、それでも万が一を考えると対処をしておいた方がいいように思える。
あるいはここが生誕の塔や湖が存在せず、単純に冒険者達が集まって野営をしている場所であれば、ここから全員が撤退してしまっても構わない。
しかしそうではない以上、そのような真似は出来ないのだ。
「どうやら生誕の塔が見えてきたようですね。……中に入りましょう」
「分かった。……セトは周囲の様子を警戒していてくれ。問題はないと思うけどな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、自分がレイと一緒に中に入れないのは残念だが、それはいつものことだ。
そうである以上、外で待っているのはセトにとって特に問題はない。
セトをその場に残し、レイはゾゾと共に生誕の塔に入っていく。
塔という名前ではあるが、その中は十分に広い。
「なるほど。これだけの広さがあるのなら、リザードマン達や冒険者達がいても特に何も問題はなさそうだな」
リザードマン達が集まって暮らすのはもちろん、ある程度身体を動かすような余裕も十分にある。
ガガのような、リザードマンの中でも更に巨大な者が十分に身体を動かせるかと聞かれれば、その時は素直に頷くことが出来ないかもしれないが。
ただ、ここは生誕の塔という名の塔である以上、上にも繋がっている。
卵が安置されている階は論外だが、それ以外の場所でならガガも身体を動かすのは問題ない。
……もっとも、ガガが本気でやり合えるだけの技量の持ち主はリザードマンの中にも少数なのだが。
(そうなると、冬に生誕の塔に派遣される少数の冒険者がガガの相手になりそうだな。……そう考えると、実は今と変わらないのか?)
レイが少し話を聞いた限りでは、冒険者のうちの何人かはよくガガと模擬戦をやっていると聞いている。
生誕の塔に派遣される冒険者はギルドが認めた腕の立つ者達なのだが、そのような者達にとってもガガは強者と呼ぶべき存在で、模擬戦によって強さが磨かれているのは間違いないらしい。
冒険者達が強くなるのを喜べばいいのか、あるいはガガの模擬戦に付き合わされるのを哀れに思えばいいのかといった具合に考えていたレイだったが、ふと視線を感じる。
誰かが自分に視線を向けているのは間違いなかったが、視線の主に悪意や敵意の類は感じなかったし、寧ろ何か珍しい存在がいるといったような視線だったので、特に警戒をしたりはせず、視線の主のいる方を見る。
するとそこには、小さな……それこそ人間で考えた場合は五歳かそこらといった子供のリザードマンの姿があった。
ただし、レイはリザードマンについて詳しい訳ではない。
五歳くらいに見える子供のリザードマンが、人間の年齢として考えた場合は何歳くらいなのかまでは分からなかった。
「どうした?」
「……お兄ちゃん誰?」
レイは自分で尋ねたものの、まさか子供から返事が返ってくるとは思わなかったので驚く。
大人の場合はそれなりに知性や知能が高いので、この世界の言葉を勉強して話せるようになっていてもおかしくはない。
しかし、レイが声を掛けた相手は子供だ。
まさかそんな子供がこの世界の言葉を喋られるとは、と。
レイの顔を見て、驚いたのを理解したのだろう。
ゾゾは少しだけ自慢げな様子で口を開く。
「レイ様、その子供は生誕の塔がこの世界に来てから卵から孵った子供です。なので、最初からこの世界の言葉を聞いていたので、この世界の言葉を自然に覚えたのですよ。勿論、リザードマンの言葉も普通に話すことが出来ます」
「……もうここまで大きくなったのか?」
レイはゾゾの言葉で、リザードマンの子供がこの世界の言葉を喋るよりも、寧ろこの世界で卵から孵ったばかりの子供がもうここまで大きくなっていることの方に驚いた。
生誕の塔がこの世界に転移してきてから数年が経っているということであれば、レイもゾゾの言葉に素直に納得出来ただろう。
だが、生誕の塔がこの世界に転移してきてからまだ一年も経っていない。
レイとしては、この一年で様々な……それこそ普通なら一生に数回程度しか経験しないようなトラブルに多数巻き込まれているので、生誕の塔が転移してきたのはかなり昔のように思えてしまう。
しかし、実際にはまだ一年も経っていないのだ。
そんな中で卵から孵ったばかりの子供がこのように育っているのは、驚くべきことだった。
「ちなみにリザードマンがこんな風に成長するのって、普通のことなのか?」
「そうですね。普通の成長速度です。人間とかと比べるとかなり早いですよね」
「ああ、以前見た時はまだ本当に小さかったし」
「どうしたの?」
レイとゾゾが話しているのを見て疑問に思ったのか、リザードマンの子供が不思議そうに尋ねてくる。
レイはそれに何でもないと首を横に振り……ミスティリングの中から串焼きを一本取り出し、リザードマンの子供に渡す。
「ほら、これでも食べてろ。……ちなみに渡してから言うのもなんだけど、串焼きを食べさせてもいいんだよな?
「え? それは問題ないと思いますが」
レイが何を不安視しているのか分からないといった様子で、ゾゾはそう告げるのだった。
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