3013話
「美味いな、これは」
レイの口から出た言葉に、スープを作った冒険者の男は笑みを浮かべる。
自分の料理の腕には自信があったものの、それでもレイの口からこうして美味いという言葉が出たのは非常に嬉しかったのだろう。
ガメリオンの肉を譲ってくれたレイに喜んで貰えて、何よりだった。
実際には譲ったのではなく、ガメリオンの解体をして貰った報酬として渡したのだが。
とはいえ、多人数でガメリオンを解体したので、一人の労力はそう大変ではない。
それだけではなく、海鮮スープを用意して貰ったりもした。
……もっとも、海鮮スープのあまりの美味さに興奮し、それぞれが自分の好きな魚について喋り、それによって他人の好きな魚よりも自分の好きな魚の方が上だといったような言い争いになったりもしたのだが。
それでも特に支障なくガメリオンの解体が終わったのは、解体に慣れている者が多かったからというのもあるが、それ以上に人数が多かったからだろう。
そうして渡されたガメリオンの肉の料理を任された男は、取りあえず串焼きとスープを作ることにした。
今日の料理で全ての肉を使うのではなく、ある程度は残してあるものの、それでもガメリオンの肉を大盤振る舞いして作られたスープは、ガメリオンの肉以外にも野草や山菜、木の実……中には食べられる花の類も入っていたりと、かなり豪華なスープとなった。
何よりもレイが驚いたのは、骨を使って出汁をとったことだろう。
ガメリオンの骨を綺麗に洗い、それを強火で煮込むことによって薄らと青い乳白色のスープとなったのだ。
青いスープというのを見た時は最初レイも驚いたが、作り方その物は豚骨スープとそう違わない。
正確な豚骨スープの作り方はレイも知らないので、男のやったのが正しい豚骨スープの作り方なのかは分からなかったが。
何よりも、レイが知ってる豚骨スープというのは乳白色ではあっても青くはない。
この青い乳白色のスープというのは、ガメリオンの骨だからこうなったのか、あるいは骨以外にも色々と入れていた薬味やハーブといった食材が原因なのか。
ただ、このスープが濃厚な旨みを持ってるのは間違いなかった。
それ以外にもレイが渡したパンから作ったクルトン的な食材も、口の中にカリッとした食感を与えてくれて、楽しませてくれる。
トレントの森で採取してきた野草や山菜、木の実もそれぞれにしっかりと食感を残していた。
残念だったのは、ガメリオンのスープの味が濃厚だった為に野草の風味の類はあまり感じることが出来なかったということだろう。
それでも普通に店で出ても問題はないくらいに美味いと思ったのは事実だ。
(とはいえ、これはある意味趣味の料理だからこそだよな。実際にこの料理を店で出すとなると、結構な値段になるだろうし)
ガメリオンの骨や肉をふんだんに使っているので、どうしても原価は高くなってしまう。
また、レイはあまり気にしていなかったが、トレントの森で採れる野草や山菜、木の実の中には冒険者だからこそ採れたもので、普通に店で売る場合はかなり高額になるものも含まれていた。
それを考えれば、店で出すのはそう簡単なことではないだろう。
「グルルルルゥ」
レイの隣でスープを飲んでいたセトも、レイの美味いという言葉に同意するように喉を鳴らす。
そんなセトの様子を見て、料理を作った男は満足そうな笑みを浮かべる。
「グリフォンのセトに気に入って貰えたのなら、俺の腕もそれなりだな。もしセトじゃなくて野生のグリフォンと遭遇しても、俺の料理を食べさせれば見逃して貰える……あるいはテイム出来るかもしれないな」
その言葉を聞いたレイは、恐らく冗談だろうとは思う。
思うのだが……それでも念の為に確認しない訳にはいかなかった。
「一応聞いておくけど、それは本気じゃなくて冗談だよな? セトは子供の頃から俺と一緒に育っているから、こうして人懐っこい性格になってるけど、これはセトが特別なだけだぞ?」
レイのカバーストーリーとして、山奥で魔法使いの弟子として育ったことになっている。
セトはレイが子供の頃から一緒に育ってきたので、こうしてレイに懐いているといったように。
実際には魔獣術によってレイの魔力から生み出された存在なのだが、レイはその件については当然ながら秘密にしている。
今回の件に関しては、セトが魔獣術によって生み出された、あるいは小さい頃からレイと一緒に育ってきたからレイに懐いているという、理由はそれぞれ若干違うものの結果としては同じだ。
もし男が言ったのが冗談ではなく本気なら……野生のグリフォンと遭遇した時に、戦わず料理を渡すような真似をしたらどうなるか。
大空の死神と呼ばれるグリフォンを相手にそのような真似をすれば、料理を食べて貰うどころか男がグリフォンの食事となってしまってもおかしくはない。
目の前の男が有能な冒険者であるというのを知っているからこそ、レイとしては出来ればそのような真似はして欲しくなかった。
「あ? 勿論冗談に決まってるだろ。幾ら何でも、普通のグリフォンを相手にセトに対するようなことはしないから安心しろ。……もっとも、グリフォンに遭遇出来るかどうかが分からないけど」
グリフォンはランクAモンスターだけに、会おうと思ってもそう簡単に会える存在ではない。
それでもギルムは辺境なので、それ以外の場所と比べれば会える確率は高いのかもしれないが。
「そうか。ならいい。……ギルムでのセトの人気ぶりを考えると、ちょっとな」
レイの口から出た言葉は、男を納得させるに十分だった。
ギルムにおいて、セトは多くの者に愛されている。
マスコットキャラと呼ぶに相応しいくらいだ。
今は増築工事の件で人が増えているので、中にはセトを初めて見るといった者もいるが、それでも多くの者に可愛がられているのは間違いない。
子供達も体長三mを越えるセトを相手にしても、怖がったりする様子もないのだ。
中には某パーティを率いている女や、某遊撃隊に以前所属していた女のようにセトに入れあげている者もいる。
冒険者として仕事をしてギルドで報酬を貰っても、その報酬をセトに渡す料理やプレゼントに化けてしまうような……そんな者達も。
そのようなセトに慣れていれば、場合によっては……と思ってもおかしくはないだろう。
「セトのことを考えると、そんな心配をするのは分かるけどな。……ここ数年、テイマーを目指す者が増えてるって話を知ってるか?」
「それなりに聞いた事はあるな。ただ、実際に増えたという話はあまり聞いたことがないけど」
セトを見て、自分もモンスターをテイムしたいと思う者は当然のように出てくる。
勿論、セトのような高ランクモンスターをテイムしようと思う者は少ないだろう。
もっと低ランクのモンスターをテイムしようする筈だった。
「いや、実際少しずつではあるが増えてるらしいぞ? もっとも、やっぱりそう簡単にどうこうって訳にはいかないらしいが」
「……そうなのか?」
男の言葉は、レイにとって素直に驚きだった。
そもそも、テイマーというのはかなり難しい職業だ。
モンスターをテイムするのに決まった方法はなく、それこそ人によって違う。
戦って力で従わせる者もいれば、優しく接して懐かせる者もいる。料理を食べさせて胃を掴む者もいる。
それ以外にも様々な方法が存在し、だからこそテイマーは自分でやり方を見つける必要があった。
既にテイマーとして成功している相手に弟子入りしても、その相手の手法が弟子にも出来る訳ではない。
だからこそ、テイマーというのは増えにくいのだ。
「ああ。テイムの成功率はそこまで高くないけどな。俺が見たのは……スライムをテイムしてる奴がいたな」
「まぁ、スライムなら定番なのか?」
テイムといえばスライムというのは、レイにとっても納得出来る話だ。
とはいえ、このエルジィンのスライムは国民的RPGに出て来るような愛らしい姿ではない。
油断をすれば、冒険者であっても大怪我をしてもおかしくはないのだ。
(それに……)
レイは湖の側で燃え続けているスライムに視線を向ける。
あのスライムを見れば、スライムだからといって雑魚と思うのは間違いだと誰でも理解出来るだろう。
スライムといえば雑魚といった印象を抱く者が多い。
それは日本にいる時のゲームや漫画でそのように思っているレイだけではなく、このエルジィンにおいてもそのように思っている者は多い。
ダンジョンにおいては、死体や肉片、武器の破片……その他諸々を片付けてくれる掃除屋としての一面も持っているのだが。
「そうだな。スライムは基本的に移動とかも遅いし。そういう意味ではテイムしやすいんだろうな。……もっとも、外見が外見だ。知能も低いし、本当にテイム出来たのかどうかは分からない奴も多いらしいけど」
「スライムの表情とかって、見分けにくそうだしな。というか、表情があるのかどうかも微妙だし」
何らかの餌を渡せば、スライムが近付いてくるのはおかしな話ではない。
しかしそうして近付いて来たスライムを自分に懐いたと早とちりし、抱き上げたりして……その結果、スライムが全く懐いていなかった場合、抱き上げた相手を敵、あるいは食べ物と判断して攻撃してきてもおかしくはない。
それなら寧ろ、一般的なスライムよりランクの高いモンスターであっても、表情が確認出来るようなモンスターの方がテイムしやすいとレイは思う。
勿論、そのようなモンスターの場合は、スライムより攻撃される可能性が高いのだが。
(冒険者なら、何かあってもどうにかなるというのはゴブリンなんだろうけど……無理だろうな)
低ランクモンスターの代表格はゴブリンだろう。
だが問題なのは、テイムをしようと思っている者はペット感覚で愛らしいモンスターを欲しているのであって、ゴブリンのような醜いモンスターを欲している訳ではない。
テイムの練習をするという意味では、ゴブリンで試すというのは悪い話ではないかもしれないが。
「とにかく、色々なモンスターでテイムを試している奴がいるって話だ。中には狼系のモンスターをテイムして、レイがセトに乗るみたいにそのモンスターの背中に乗って移動するという奴もいるらしいぞ」
「へぇ、それはかなりの成功例だな」
人を乗せて走る程の大きさを持つ狼のモンスターとなると、相応の大きさを持つ。
そのくらいの大きさのモンスターで、それがギルムでの話となると高ランクモンスターと考えていいだろう。
「ただ、セトもそうだが、大きなモンスターとなると食事の量も大きくなる。俺の場合はこのガメリオンのように食い応えのあるモンスターを狩ることが出来るけど、その狼のモンスターをテイムした奴はどうなんだ?」
「分からない。そういう奴がいるって話を聞いただけだしな。だが……セトの食う量を考えると、大きなモンスターは頼りになるのは間違いないが、食費とかで大変なのか」
「そうなるな。最悪、そのモンスターがセト程ではなくても相応の強さを持ってるのなら、好きに放して自分でモンスターを狩ってきて貰うという選択肢もあるが……これは場合によっては、冒険者にそのモンスターが攻撃されたりしてもおかしくはないから、お勧め出来ない」
そのモンスターが貴重なモンスターであれば、冒険者の中にはそれが従魔だというのを知っていても、魔石や素材欲しさに攻撃をするといった者がいてもおかしくはない。
ギルムにいる冒険者全員が性格的に問題がない訳ではないのだ。
セトの場合は、レイの圧倒的な強さや貴族に対しても容赦しないという凶悪さが知られているし、何よりセトがランクS相当のギルドから認められている程の強さを持っている。
そう考えると、ギルムの冒険者であってもそう簡単に勝つようなことは出来ない。
それどころか、反撃されて致命的な被害を受けてもおかしくはないだろう。
「うーん、その意見は否定出来ないな。特に今は、増築工事の件で多くの者達が集まっているし」
増築工事で集まった冒険者の多くは、基本的に実力が足りないので辺境においてモンスターと戦うといった真似はしない。
だが、それは全員ではなく、あくまでも多くはの話だ。
新たにやって来た冒険者の中には、相応の実力を持っている者もいる。
そのような者にしてみれば、グリフォンのセトは無理でも狼のモンスターを倒すといったようなことは……やろうと思えば出来る筈だった。
だからこそ、テイマーはそのようなことにならないように注意する必要があるのだ。
そんな話をしつつ、レイはスープの味を楽しむのだった。
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