3012話
『うおおおおおおおおお!』
冒険者達とリザードマン達の雄叫びがトレントの森に響く。
その雄叫びは、ガメリオンの解体が終わったことによるものだ。
正確にはガメリオンの解体が終わって約束通り三匹分の肉を貰えたことに対する喜びだろうが。
解体の途中では海鮮スープの件で雰囲気が悪くなったこともあったが、それもガメリオンの解体が進むことによって大分解決された。
元々が優れた冒険者の集まりだったことを思えば、この展開はそうおかしな話でもないのだろう。
レイにとってもギスギスしたままよりは、特に騒動の類もなく無事に終わってくれた方がいいのは事実だったが。
「じゃあ、ガメリオンの肉を食べるぞ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
レイの言葉に、再び雄叫びを上げる者達。
ずっとガメリオンの肉を食べたくて仕方がなかったのだろう。
ギルムの住人がガメリオンが好きなのは、レイも十分に知っている。
それこそ春にタラの芽の天ぷらを、夏には鮎の塩焼きを、秋にはサンマの塩焼きを、冬には肉まんを食べたくなるのと同じようなものなのだろうと。
(肉まんはちょっと違うか? けど、冬になると肉まんが食べたくなるのは事実だしな)
レイは喜んでいる冒険者達を見ながらそんな風に考える。
リザードマン達の方でも、冒険者達の様子に引っ張られるように喜んでいる者もいる。
ただし、当然ながらリザードマンはガメリオンについてそこまで詳しい訳ではない。
だからこそ、リザードマンの中には何故肉を食べられる程度でそこまで喜んでいるのか、全く理解出来ない者もいた。
それでもいらない突っ込みをしないのは、ならお前はガメリオンの肉を食わないのかと言われるかもしれないと思っているからだろう。
「そうなると、問題なのはガメリオンの肉をどうやって食べるかだな」
レイの言葉に、先程まで雄叫びや歓声を上げていた者達の中でも、冒険者達がピタリと黙る。
この季節、ガメリオンの肉は旬の味だ。
それは間違いないが、旬の味だからこそ美味く調理をして、より美味く食べたいと思うのは当然だろう。
(あ、これちょっと不味いか?)
レイがそのように思ったのは、この場には多くの冒険者達がいるからだ。
つまり、人によってガメリオンの肉をどのような料理にすれば一番美味いのかというのは、違ってくる。
ガメリオンの解体の時の海鮮スープの悪夢再び?
そう思ったレイだったが……
「串焼きは手軽で鉄板として、煮物は作りたいな。それとパンがあったよな? ガメリオンの肉のサンドイッチを作るぞ。それと誰か野草や果実を適当に採ってこい。それを見て料理を決める」
冒険者の一人がそう言いながら、次々に指示を出していく。
意外なことに、その指示に多くの者が従っていた。
「あれ? もっと面倒なことになると思ってたんだが」
「ここにいる冒険者の中で、一番料理が上手いのはあいつだしな。折角のガメリオンの肉だ。どうせなら美味い料理を食いたいだろう?」
近くを通り掛かった冒険者の一人が、レイに向かってそう告げる。
これで不味い料理を作るような者が指示を出すのなら、それに反対する者もいるだろう。
だが実際に美味い料理を作るのだから、それに反対する筈もない。
あるいは自分ならその男よりも美味い料理を作れる……といったような者なら、その言葉に反対するような真似も出来るかもしれないが。
「そういうものなのか」
「上手い料理を作れる奴は尊重される。勿論、相応の実力を持った上でのことだがな」
例えば、かなり料理が上手くても初心者程度の実力しかない者がいたとしても、ここにいるような冒険者なら基本的に仲間に誘ったりはしないだろう。
それは絶対という訳ではなく、危険のない依頼の場合であったりすれば話は別だが。
「ちなみに料理の上手さ……というか美味さという点では、実はレイはもの凄い人気なんだけど、知ってたか?」
「そうなのか? いやまぁ、料理が美味いというのは理解出来るけど」
ガメリオンの肉の料理をする冒険者が美味い料理を作れるのは間違いないだろう。
だがそれは、あくまでも素人が作る料理だ。
先程指示を出していたように、冒険者として活動している時の料理は食材も十分に確保出来ない。
それに対して、ミスティリングに入っている料理は本職の料理人が作った料理だ。
レイが色々な店で食べて、美味いと思った料理を纏めて購入するという形である以上、あくまでもレイの好みに合った料理しか入っていないが、レイの味覚は特別に変な訳でもない。
だからこそ、レイが出す料理は十分他の者達も満足出来るのだ。
食材もたっぷりと使っているので、きちんとした美味い料理となるのもこの場合は大きい。
そして料理だけではなく、レイの強さ……他にもセトの存在やレイの持つマジックアイテムの数々を思えば、レイと一緒に行動したいと思う者は多いだろう。
「まぁ、レイの場合はギルドマスター……いや、元ギルドマスターやヴィヘラとパーティを組んでるしな。その時点で他の連中と一緒に依頼をするのが少なくなるのは理解出来るよ」
そう言うと、男は軽く手を振ってレイの前から立ち去る。
レイがパーティを組んでいるメンバーは、色々な意味で濃い。
マリーナにしろヴィヘラにしろ、双方共に歴史上稀に見る美貌の持ち主だ。
それだけではなく、双方共に高い技量を持つ。
ビューネもまた盗賊としては高い戦闘力を誇るが、こちらは基本的に喋らない。
レイやセトにいたっては、言うに及ばずだろう。
そんな面々だけに、パーティに加わりたいと思う者は多いものの、実際にそれを口にする者は多くなかった。
(けど、俺のパーティの中だと、多分俺が一番接しやすいと思うから、もしパーティーに加わりたいのなら、俺に言ってくると思うんだが)
マリーナは元ギルドマスターだけに、多くの冒険者にとっては目上の者という認識だろう。
それだけではなく、パーティドレスのような露出度の高いドレスを普段から身に纏い、強烈な女の艶を放っている。
ヴィヘラは娼婦や踊り子といった薄衣を身に纏い、更には戦闘狂という一面がある。
基本的に言葉を喋らないビューネは、話し掛けることすら難しいだろう。
そういう意味では、レイは自分が一番接しやすいと思っているのだが……実際には、貴族が相手でも、気にくわなければ容赦なくその力を振るうという一面は他の冒険者にしてみればとてもではないが気安く接することが出来る相手ではない。
しかし、レイは自分が色々と特殊だとは思っているものの、それでも他の面子に比べれば……という思いがあるのも事実。
もっとも、それはレイだけではなく他の者達も同じように感じていたのだが。
ビューネだけは、他人からの接触をあまり好まないので自分に話し掛けてくる者が少ないのは悪い話ではなかったが。
「レイ、ちょっといいか?」
仲間のことを考えてたレイに、そんな風に声を掛けられる。
声を掛けてきた人物は、ガメリオンの肉を料理する為に他の面々に指示を出していた男だ。
「どうした?」
「ああ。実は……悪いけど、ちょっとパンを譲ってくれないか? スープの具にしたいと思うんだが」
「パンを? スープの具に?」
それはレイにとって意外な言葉だ。
パンを食べながらスープを飲むのは珍しくないのだから、具として使ってもおかしくはないのだろう。
パンは小麦粉で作るものだし、すいとんという料理は小麦粉を練って具にするのだから、そういう意味でも男の言葉は間違っていない。
あるいは小麦粉は麺にもなるので、スープと麺という組み合わせは王道だろう。
そこまでいかなくても、焼き固めて歯が立たないようなパンをスープを吸わせて柔らかくして食べるというのも、ある意味でパンを具にしているようなものだ。
「ああ。スープの具にする。出来れば固いパンがいいけど、柔らかいパンでも小さく切って改めて焼けば問題ない」
「ああ、なるほど」
男の言葉で、レイもパンをどのような具にしようとしているのかを理解した。
いわゆる、クルトンのような感じにしようとしているのだろう。
生憎とレイはクルトンを食べるといった経験はあまりなかったが、サイコロ状に切ったクルトンはスープの具であったり、サラダのトッピングに使われるといったことが多い。
「分かった。生憎と固いパンはないから、柔らかいパンで我慢してくれ」
レイのミスティリングに入っているのは、基本的に柔らかいパンだけだ。
固いパンというのは、焼き固めることによって保存食にしたものが大半となる。
ミスティリングがあれば、それこそ数日どころか数ヶ月、数年……数十年保存していても、柔らかいパンはそのままで食べることが出来るのだから、わざわざ焼き固めたパンを買っておく必要はない。
そんな状況であってもわざわざ焼き固めたパンを購入するとなると、それこそレイの趣味とかそのようなことでもなければ意味はないだろう。
しかし、レイは柔らかいパンの方が好みだ。
だからこそ、柔らかいパンしかミスティリングには入っていない。
「それで構わない。柔らかいパンをわざわざ焼くのはちょっと勿体ない気もするけどな」
「なら、別にスープの具にしなくて普通にパンとスープで食べればいいんじゃないか?」
「それも考えたんだけどな。ただ、やっぱりスープにカリッとした食感の具は欲しい。時間が経てば、スープを吸ってそれはそれで別の味になると思うけど」
「なら、ここにあるパンを使えばいいんじゃないか? それなりに余裕はあるだろう?」
食料は毎日、いや日に何度もギルムから運ばれてくるのだ。
そして冒険者やリザードマンが多数いて、場合によっては研究者達もここにやってくる。
そうである以上、何かあった時の為に食料には余裕がある筈だった。
そうして保存性を高めるという意味で、冒険者が使うような焼き固めたパン程ではないにしろ、レイがミスティリングに収納しているような柔らかなパンよりは味が落ちるパンがここにはある筈だった。
それをクルトン代わりに使えばいいのでは?
そう思っての言葉だったが、男は首を横に振る。
「俺も最初にそれは考えたんだけどな。そうなると、スープの具にした分だけパンが少なくなる。……まぁ、パンを具にしてる以上、本来ならそれも考えて食事にすればいいんだろうけど」
そう言いつつも、男は顔は頷くことは出来ないらしい。
それが具体的にどのような理由があるのかはレイにも分からないものの、男の様子を見る限りではレイの提案には乗れないということなのだろう。
「分かった、理由は聞かない、パンは……取りあえず、このくらいでいいか?」
フランスパンのような長さを持つ形のパンを五本程取り出す。
このパンは外側はそれなりに固いものの、中はもっちりとした柔らかさを持つパンだ。
クルトン代わりに使えるかどうかは分からなかったが、男の腕次第でどうとでもなるだろうというのがレイの予想だった。
「悪いな、助かるよ。リザードマン達の分を考えても、このくらいあると問題はない」
そう言うと男はパンを受け取り……そしてレイに視線を向ける。
「ちなみにレイもここで食べていくんだよな?」
「いいのか?」
「レイが肉を用意してくれたんだから、そのレイが食べるのは何も問題がないだろ。それに……レイはかなりガメリオンの肉を食べてるって話だったし、俺の作ったガメリオンの料理を食べた感想を聞きたい」
「感想は別にいいけど、そんなに頻繁にガメリオンの肉は食べてないぞ?」
ミスティリングの中には今も大量にガメリオンの肉が入っているものの、それなりに貴重だという認識がある為だろう。
どうしてもオークの肉とかを食べる回数が増えてしまう。
それでオークの肉が不味ければ不満にも思うだろうが、オークの肉は普通に美味い。
そうしてオークの肉を食べていればレイもセトも特にガメリオンの肉を食べたいとは思わない。
何かの拍子で気分を変えたい時といった場合には、ガメリオンの肉を食べたりもするが。
「そうなのか? ただ、レイは色々と美味い料理を食べてるんだろう? そういう話を聞くし。なら、そういう意味で料理を食べてくれてもいいんじゃないか?」
男の言葉はそれなりに正しい。
実際、レイは食道楽……というのは若干大袈裟だが、美味い料理を食べるのは好きだ。
それだけに、それなりに料理にはうるさい。
ただし、美食にうるさいという意味ならレイよりも貴族のパーティに呼ばれることが多い冒険者……この生誕の塔の護衛を任されているような冒険者の方が適任のような気もしたが。
そう思ったが、レイも美味い料理を食べるのは嫌いではないので、素直にその言葉に甘えるのだった。
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