3011話

「えーっと、これは……正直なところ、どうすればいいんだ?」


 ガメリオンの解体の途中、腹が減ってる者もいるだろうと考えて、レイは炊き出しとして海鮮スープを皆にご馳走した。

 その海鮮スープは美味かった。

 ……正確には、美味すぎたと言うべきだろう。

 結果として、何故か多くの者がその海鮮スープを食べて、自分は海の魚が好きだ、川魚も負けていない。湖の魚もいいぞ。沼の魚も美味い。

 そんな風に言い争いが行われ、結果として何故か多くの者が自分の好きな魚こそ美味いのだと、譲らずに大きな論争が起きてしまう。

 レイにしてみれば、美味い魚はどんな料理でも十分に美味いと思えるのだ。

 そうである以上、どこで獲れた魚が一番美味いのかといったようなことは、正直そこまで気にならない。

 美味ければそれでいいと、それがレイの認識なのだから。

 しかし、それはあくまでもレイの認識であって他の者にしてみれば自分の好きな魚が一番美味いといったように思う。

 いや、思うだけならいいのだが、それで他人が好きな魚は自分の好きな魚よりも劣るといったようなことを口にした者がいたのが、この場合は大きかった。

 自分の好きな魚が下だと言われれば、それに反論したくなる。

 結果として、大多数のリザードマンを放っておいて、冒険者達は自分の好きな魚こそが最高だと、そう主張していた。

 なお、リザードマンの中でも論争に参加していた者がいたが、生憎とリザードマンがこの世界で食べられる魚というのは、生誕の塔の近くに転移してきた湖の魚しかない。

 そういう意味では、リザードマンが論争に参加する時は湖の勢力に加わるという選択肢しかなかった。

 ただし、元の世界にいた時に、どこの魚が美味かったといったよう懐かしむ様子で話をしている者はいたが。


「うん、これ本当にどうしたらいいんだろうな」

「グルゥ」


 改めて周囲を見回すと、先程と同じ言葉を口にするレイ。

 この状況をどうすればいいのか分からないので、そのように口にするしかない。

 それでいながら、論争をしつつも何人もがスープのお代わりをしていくので、鍋の中にあったスープの量はどんどん減っていく。


「取りあえず論争をするのはいいけど、スープがなくなったらガメリオンの解体を再開してくれよ。解体を途中で投げ出すような真似をしたら、報酬の肉はなしになるからな」


 レイがそう告げると、話を聞いていた者達は渋々といった様子でガメリオンの解体に戻っていく。

 まだ論争を続けたそうにしていた者もいたが、今のこの状況では論争が普通に終わるということはまずない。

 不満そうにしていた者達も、レイに視線を向けられると大人しくガメリオンの解体に戻っていく。


「取りあえず何とかなったな。……ただ、休憩前のように協力して出来るかどうかは別だけど」


 それぞれの論争によって、相手に思うところのある者が多い。

 そうである以上、今までのようにしっかりと仲間と一緒に協力して解体出来るのかどうかというのは全く別の話だ。


「グルルルゥ?」


 本当に大丈夫? と首を傾げるセト。

 今回の一件を考えると、セトから見ても心配になるのだろう。


「その辺は問題ない……と思う。ここにいるのは、ギルドから信用されている冒険者達だ。そうである以上、自分が不満を抱いているからといってガメリオンの解体を協力しない訳にはいかない筈。もしそういう私情で上手く出来なかったら、それこそギルドに信用されることはないだろうし」

「グルゥ……」


 レイの言葉を聞いたセトは、それは本当なの? といった具合に喉を鳴らす。

 そんなセトの様子に少しだけ心配になったレイは、改めてガメリオンの解体をしている者達に視線を向けるが……多少ぎこちない様子ではあるものの、険悪になって解体が全く出来ないといったようなことにはなっていない。

 ガメリオンが解体されているところを見て、セトも安心したのだろう。

 満足そうな様子で地面に寝転がる。

 私情を持ち込み、険悪な関係で解体をした場合は作業にも支障が出る。

 そうなると肉を骨から引き剥がす時に、余計に骨に肉が付着し……結果として、食べられる肉が少なくなってしまう。

 セトにとっては、私情云々で険悪になるのも不安だが、それ以上に肉の量が心配なのだろう。

 何しろ今年初のガメリオンだ。

 ……正確には、ダスカーと共に穢れに侵された死体の調査をした時、既にガメリオンと戦っているし、妖精郷で黒豹の肉と一緒にそのガメリオンの肉も食べていたので、初物とは呼べないのだろうが。

 その点、ボブは人当たりがいいこともあってか、冒険者やリザードマン達と険悪にならず、それどころか険悪になりそうなところに割って入っては、仲介役として頑張っていた。

 嫌々そのような真似をしているのではなく、リザードマンや冒険者達に話し掛けることで自分の好奇心を満足させているのだ。


「ん?」


 ガメリオンの解体を見ていたレイだったが、木の枝……それもガメリオンの解体で使われていない木の枝の上にニールセンがいるのに気が付く。


(ニールセン? あんな場所で一体どうしたんだ?)


 少し前に、ニールセンはドラゴンローブの中から出ていった。

 今までずっとドラゴンローブの中にいたので、それを窮屈に思ったというのもあるのだろう。

 妙な悪戯をしないのなら……と、レイもそんなニールセンを好きに行動させていたのだが。

 そのニールセンが、何故急にここに戻ってきたのかと疑問に思う。

 しかし、ニールセンは木の枝から迂闊にレイのいる方に近付いてくるようなことはない。

 これは単純に、ガメリオンの解体をしている冒険者は腕利きが多いからというのが理由だろう。

 腕利きの冒険者である以上、ニールセンが迂闊に飛んでいれば気が付かれてもおかしくはない。

 もっとも、元々ニールセンは生誕の塔の護衛を任されている冒険者達に悪戯をしていたのだ。

 そういう意味では、以前からこの辺りにいる冒険者達に見つからないように行動するコツのようなものは理解してるのかもしれないが。


(ニールセンが何を考えているのか、別にここで考える必要もないか。普通に聞きに行けばいいだけなんだし)


 レイはガメリオンの解体を冒険者やリザードマン達に頼んだのだが、だからといってここでじっとしていなければならない訳ではない。

 その辺を自由に歩き回ってもいいし、それこそここではなく野営地に戻ったりといったことをしてもいい。

 それでもここにこうして残っていたのは、特に理由があってのことではなく、何となくでしかない。

 そうである以上、別にレイが周囲を歩いても問題はない。

 ガメリオンの解体をしている者達の側に行き、解体を邪魔するようなことでもあれば文句を言われるだろう。

 だが、解体で使っていない木に近付くくらいなら問題はなかった。

 ニールセンのいる木に近付き、レイは口を開く。


「どうしたんだ? 随分と戻ってくるのが早かったみたいだけど。もういいのか?」

「そういう訳じゃないわよ。ただ、森の中を飛んでいたら凄くいい匂いがしてきたから。もしかしたらと思って戻ってきたら、匂いの発生源はここだったの」


 既に鍋や食器の類はミスティリングに収納されている。

 それでも周囲にスープの匂いは漂っているし、野営地から食器を持ってきた者達はそのまま食器をここに置かれているので、よりスープの匂いは周囲に漂う。

 美味い料理が好きなニールセンが、そんな匂いを嗅ぎつけてやって来るのは、自然の摂理だった


「そう言われてもな。あのスープは頑張って解体をしてる連中に対してのものだ。まさか、ニールセンにそんなスープを食べさせる訳にはいかないだろう?」

「それはそうだけど。……でも、その割には雰囲気が悪いんじゃない?」


 ガメリオンの解体をしている者達を眺めながら言うニールセンに、レイは困った表情を浮かべる。


「食べさせた海鮮スープが相当美味かったらしくてな。そのスープを食べた結果、自分の好きな魚の話題になって……それだけならよかったんだが、自分の好きな魚の方が上だという風に言い争いになった」

「うわ……それってどんな海鮮スープよ。私も飲んでみたかったわね」

「残念ながらもうないけどな」


 そう言うレイだったが、その言葉は半分だけ間違っている。

 今回出した海鮮スープがもうないのは事実だ。

 しかし、実際にはミスティリングの中には同じスープの入っている鍋がまだ幾つかある。

 とはいえ、ガメリオンの解体をしていた者達の様子を見ると、再びそのスープを出すような真似は考えていなかったが。


「むぅ……まぁ、しょうがないわね。ここで暴れると長に怒られそうだから、止めておいてあげる」


 長に怒られなければ暴れたのか?

 そう思ったレイだったが、実際に長がいなければニールセンが暴れていたのは間違いないように思うので、それ以上突っ込むのは止めておく。

 そうして再び口を開こうとしたレイだったが……


「グルルルルルルルルルルルゥ!」


 不意にセトの雄叫びが周囲に響き渡る。

 当然ながら、そんなセトの行動にガメリオンの解体をしていた者達は一体何があったのかと警戒する。

 多くの者が、手にした解体用のナイフの類を武器代わりにして戦闘準備を整えていた。

 レイもまた、デスサイズと黄昏の槍をミスティリングから取り出しながら周囲を警戒し……


「ギャア、ギャア、ギャア!」


 上空からそんな鳴き声が聞こえてくる。

 セトの雄叫びを聞いて、慌てて逃げ出そうとしているそのモンスターをレイは知っていた。


「ハーピー? ……いや、珍しい話じゃないか」


 ガメリオンの血の臭いに惹かれ、あわよくば肉を奪おうと考えたのだろうと予想するのは難しい話ではない。

 ガメリオンの血の臭いに気が付いておきながらセトの存在に気が付かなかったのはどういうことなのだと思わないでもなかったが。


(あるいはそれだけガメリオンの血の臭いは魅力的だったとか? ……それはそれでモンスターとしてどうなんだ? と思わないでもないが。空を飛んでいるからか?)


 何となく、レイはそれが正解であるように思えた。

 モンスターというのはかなりの数いる。

 それこそ、冒険者であっても……いや、モンスターを専門に研究している者であっても全てのモンスターを完全に把握するということは出来ないだろう。

 モンスターはモンスター同士の子供として産まれることもあれば、魔力の濃い場所にいることによってモンスターとなることもある。

 それ以外にも色々な手段でモンスターになる手段があり、日々様々なモンスターが誕生している。

 そのような状況だけに、モンスターの全てを把握するというのは不可能なのだが。

 だが……それでも、ある程度の傾向を見つけるといったことは出来る。

 そんな傾向の一つに、空を飛ぶモンスターの種類は地上を移動するモンスターに比べて驚く程に少ないというのがあった。

 つまり、空を飛んでいるというだけで他のモンスターに襲撃される可能性は少なくなるのだ。

 もちろん、空を飛べるからといって絶対に安心という訳ではない。あくまでも程度差による違いだ。

 だからこそ、空を飛ぶモンスターは地上のモンスターに比べるとどうしても危機感という点で劣ることは多い。

 セトの雄叫びで逃げたハーピーも、もし地上にいるモンスターであればセトの存在を感知して、そう簡単に近付いてくるようなことはなかっただろう。


「どうするの? 今回はセトの鳴き声で逃げたけど、また来る可能性は高いわよ?」

「今のでセトの存在に気が付いたんだし、ハーピーがまた来るようなことはないと思うんだが。ハーピーはそれなりに社会性のあるモンスターだし」


 以前レイが依頼でハーピーと戦った時も、ハーピーはかなりの数が纏まって生活していた。

 そのことから、ハーピー同士でそれなりに意思疎通が出来ていてもおかしくはない。

 今回のハーピーの一件を考えれば、セトがいる以上は再び襲ってくるといった可能性はないだろう。


「でも、セトがいないとハーピーはここにいる人達にとって厄介なんじゃないの?」

「冒険者達がいると、ハーピーも攻めてこないと思う。……それよりもちょっと他の連中と話してくる必要があるな。俺はちょっと行ってくる、ニールセンはどうする?」

「どうするって、私が表に出る訳にはいかないんでしょう? なら、私はこのままここにいるわよ」

「そうか。じゃあ、迂闊な真似をするなよ」


 そう声を掛け、レイはその場から離れる。

 そして向かうのは、ガメリオンの解体をしていた者達だ。

 この者達にとっても、いきなりセトが雄叫びを上げたので一体何がどうなっているのかと、そう思っているのだろう。

 レイはそんな面々に対し、ハーピーの件を話すのだった。

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