3010話
ガメリオンの解体は、レイが予想していたよりもかなり早く進んでいた。
解体に慣れている者が多いのも、この場合は大きな意味を持っていたのだろう。
「レイ、このガメリオン……俺が知ってる中でも、かなり質がいいぞ。他のガメリオンを見ても肉の質はいいのばかりだし。これは今年のガメリオンが全体的に質がいいってことなのか? それとも、レイの倒し方が上手かったからか?」
ガメリオンの解体をしていた冒険者の一人が、レイに向かってそう言ってくる。
その視線にあるのは驚き。……そして尊敬。
本人が口にしたように、ガメリオンの肉の質がいいのがレイの倒し方が可能性が高いと、そう思っているのだろう。
「どうだろうな。俺は戦う時にそこまで注意して戦っていた訳じゃないし。いつも通りに首を切断したりとかしてるから、血抜きとかは上手い具合にいってるかもしれないけど」
そう言うレイだったが、その言葉は決して本気ではない。
首を切断すれば、確かに首から血が吹き出る。
それは間違いないものの、それでも死体をミスティリングに収納するまでの短い間に全ての血が出る訳ではない。
戦闘がまだ続いていれば話は別だが、そのようなことは滅多にないのも事実。
今の状況を思えば、ガメリオンの肉の質がいいのは倒し方ではなく、純粋に今年のガメリオンの質がいいというのが大きいのだろう。
何故そうなったというのは、生憎レイにも分からなかったが。
(もしかして、ガメリオンを倒した場所か?)
不意にそう思う。
ニールセンが一緒に行動していたこともあり、レイはギルムからガメリオン狩りにやって来た冒険者達とは違う、もっと奥……ガメリオンがやって来る方でガメリオン狩りをしていた。
レイの持つミスティリングと、セトの高い機動力、多数のガメリオンと戦っても圧倒出来るだけの戦闘力といった三つが揃っているからこそ出来たことだ。
今まで何年もガメリオン狩りはしてきたが、それでもあのような場所でガメリオン狩りをしたのは初めてだった。
それが影響して、このように肉の質がいいという話になっている可能性は十分にある。
あるのだが……レイとしては、それについては言えない。
あくまでもこれはレイの予想でしかないし、仮にもし本当だったとしても、そうなると来年からガメリオンは今年レイが倒した場所、あるいはもっと奥深い場所で狩られるといったようなことになるかもしれないのだから。
もしそうなったら、それこそギルムの周辺でガメリオン狩りをしている冒険者達が、ガメリオンを狩れなくなる。
「ちょっと考えてみたが、やっぱり正直なところ分からない。偶然俺の倒したガメリオンが質のいい肉を持つ個体だったのか、血抜きとかそっちの関係でそんな風になってるのか」
「そうなのか? うーん、ガメリオンに限らず他のモンスターを相手にした場合でも、どうにかして肉の状態が悪くならないようにして倒すことが出来れば便利なんだけど」
レイの言葉を聞いて、男はがっかりした様子でガメリオンの方に戻っていった。
男が他の仲間と……そしてリザードマンも含めて数人で解体しているガメリオンは既にほぼ解体が終わっている。
それを理解しているからだろう。
戻っていった男は一緒に解体していた相手に何か言葉を掛けると、まだあまり進んでいないガメリオンの場所に向かう。
「グルルゥ、グルルルルルゥ」
ガメリオンの解体を眺めていたレイは、セトの鳴き声に視線を向ける。
一体どうしたのかと視線を向けると、セトはお腹が減ったと円らな目で訴えてきた。
そんなセトの視線を向けられると、レイも断るといったようなことは出来ない。
今がそのようなことをしている状況でなければ、セトに食べ物を与えたりといった真似はしないのだが、今は特に何か急いでいたりはしない。
(それに、ガメリオンの解体をしてる連中にも肉で報酬を支払うと言ってはいるけど、何か腹が減ったとか、そういう時の為に食事くらいは用意しておいた方がいいか。けど、そうなると何を出すかだな)
レイがふと思い浮かんだのは、串焼き。
サンドイッチでもいいのだが、解体で手が汚れているのを考えると手掴みで食べる料理は避けた方がいいだろう。
そうなると、汚れた手で持っても料理に影響を与えないというもので、串焼きが思い浮かんだのだが……ガメリオンの解体を終えれば、三匹分の肉を報酬として渡すことになっている。
そうである以上、今夜は間違いなくガメリオンの肉を使った料理を食べるだろう。
そんな料理の中で一番手軽で簡単なのが、串焼きだ。
実際には、肉の切り方、串の刺し方、火までの位置、味付け……といったように、料理をするにも多くの技術が必要となる。
しかし、それはあくまでも本職の料理人や趣味で料理をしているような者にとっての話だ。
冒険者にしてみれば、そこそこに美味で、そこそこに失敗もしにくい料理というのが串焼きなのだ。
そんな訳でそのような簡単な串焼きは当然のように今回のガメリオンの肉を使って作られる筈であり、ここで他の肉の串焼きであっても食べさせるのはどうかと思う。
「となると……スープだな」
秋も深まってきているので、気温は涼しいというよりは寒いという感じになっている。
今は解体をしているので身体が動かされており、そこまで寒いとは感じていないだろうが。
そう考えてレイが取り出したのは、スープ。
それも以前港で購入した、魚介類たっぷりの海鮮スープだ。
様々な魚や貝が入っており、濃厚な魚介の出汁が出ているそのスープは、新鮮な海の魚を食べる機会がないギルムの住人にとっては、まさにご馳走だろう。
それでいて魚や貝のスープなので、夜にガメリオンの肉を食べる時に肉が続いて飽きたりといったことはない。
「おーい、一旦休憩にするぞ! 港で買った魚介のスープがあるぞ! これでも食べて暖まってくれ」
ガメリオンの解体をしている相手にそう声を掛け、自分の分とセトの分をまず取り分ける。
セトの分は当然ながら、かなり大きな深めの皿だ。
周囲に漂う、食欲を刺激する香りに惹かれたのだろう。
ガメリオンの解体をしていた者が何人もレイ達のいる方にやってくる。
「な、なぁ、レイ。このスープ……俺達が飲んでもいいのか?」
「ああ、構わない。ただ、皿とスプーンは限りがあるから、足りないようなら誰かが飲み終わるのを待つか、野営地から自分の分を持ってきてくれ」
レイが言った瞬間、何人もが野営地に走る。
レイの用意した食器よりも、自分の物を持ってきた方が早いと思ったのだろう。
そんな中でこの場に残った方が早く海鮮スープを味わえると思った者達の中でレイが出した食器を手にすることが出来た者達は早速スープを飲む。
「美味っ! ちょっ、これ本当に美味いぞ!?」
「何だこれ、何かこう……表現出来ないくらいに美味い!」
「この魚の身が何だかもの凄く美味いんだが。普通、スープで長時間煮込んだりすれば、身がボソボソになったりするんだけど……これは一体どうなってるんだ!?」
スープの味を絶賛する冒険者達。
当然だが、この場にいるのは冒険者達だけではなく、リザードマン達もいる。
「美味い」
「これは……本当に、ここまで美味いというのは……」
「レイ様、このような料理を食べることが出来て幸せです」
リザードマン達にも好評な海鮮スープ。
実際、この海鮮スープはかなり手が込んでいる料理で、値段も相応に高い。
冒険者の一人が口にしていたように、スープで出汁を取るといったことになった場合、普通魚の身や貝の身はボソボソになってしまう。
このスープの具がそのようになっていないのは、出汁を取る為に入れた魚介類は出汁を取った後に取り除き、最後に具としての魚介類を入れて軽く煮込んで完成したスープだからだ。
魚介類は普通の海鮮スープの二倍使っているので、当然ながら値段の方も普通よりも高くなる。
それでも値段が二倍という訳ではないのは、出汁として使っている魚介類の中には身を食べるにはあまり美味くないものの、いい出汁を取れる魚……具として使っているよりは大分安い魚が使われているからだろう。
具と出汁を含めて全て同じ魚介類を使うとなると、その値段は当然高くなる。
美味い料理を出す上で、値段も出来るだけ上げないようにするという意味もあるし、違う種類の魚介類を使っているからこそ、複雑な味を作ることも出来た。
「凄いな、これ。……なぁ、レイ。このスープって他にもあるのか? もしあるのなら、是非とも俺に売って欲しいんだが」
「あ、ちょっと待て。ずるいぞ。このスープを飲めるのなら、俺だって買いたい!」
スープを飲んでいた者達の口から、そんな声が出る。
そんな会話を聞いた者にしてみれば、自分もこのスープを飲みたいと思う。
何しろギルムにおいて海の魚はそう簡単に食べられるものではない。
塩漬けや干物といった保存食にすれば、幾らか話は違ってくるが。
しかし、生と保存食ではその味に大きな差がある。
ギルムの住人にとって、新鮮な海の魚はかなりの高級品なのは間違いない。
……そんなギルムとは違って港街の住人にとって、辺境のモンスターの肉というのはもの凄い憧れといったことになるのだが。
「魚といえば……あの湖の魚はどうなんだ? 以前は普通に食っていたし、魚というだけならそっちを食べればいいんじゃないか?」
スープを売って欲しいと言われたレイは、そう言って話を誤魔化す。
以前レイが生誕の塔の側にある野営地に泊まった時、何人もの冒険者が湖で獲れた魚を食べていた。
異世界から転移してきた湖で、しかもその湖の魚が安全かどうかというのは分からない。
研究者達がまだ調べていない、あるいは調べている最中であっても普通に湖から獲れた魚を食べていたのだ。
研究者達の中には、そうした冒険者達が獲った魚を売って欲しいという者もおり、上手い具合に研究者達の好奇心をくすぐる魚を獲ったものは、臨時収入として結構な稼ぎを得ることになっていた。
その辺りまではレイも知っていたが、そんなに魚が食べたいのなら湖の魚でも十分に食べられるのでは? というのはレイにとって純粋な疑問だった。
「いや、それは違うだろう。海の魚と湖の魚だと、同じ魚でも色々と違うところがある」
そう言われると、レイもまた納得出来た。
日本にいる時に家の近くの川で獲ったり釣ったりした、鮎、イワナ、ヤマメといった川魚と海の魚では大きく味が違うというのは理解出来たのだから。
今のこの状況において、自分の言葉は少し軽率だったと思ってしまう。
(もっとも、川魚には川魚の良さがあるんだけどな。落ち鮎とか、凄い美味いし)
落ち鮎というのは、鮎の旬である夏に獲れる鮎ではなく、秋の産卵期に川を下ってきた鮎のことだ。
卵を持っており、その鮎は非常に美味だというのをレイは知っている。
下手な料理にするよりも、シンプルに塩焼きにするのが美味いのだ。
「湖の魚も、それはそれで美味いのは間違いない。けど……やっぱり海の魚の方が味が濃いような気がするんだよな」
「そうそう。こういう風にスープにしても、川魚だと……不味い訳じゃないし、普通に美味いんだが味が淡泊というか……こう、ガツンとくるのがないんだよな」
冒険者の一人がそう告げると、他の者達も……それこそリザードマン達もその言葉に頷く。
ただ、全員が海の魚の方を好むかと言われれば、当然その答えは否な訳で……
「海の魚のスープも美味いけど、あっさりとした湖の魚とか俺は好きだな。ああ、勿論レイが出してくれたこのスープが嫌いって訳じゃないぜ? この辺はあくまでも人の好みの違いだろうな」
「そうね。私もどっちかというとさっぱりとした川魚の方が好きかしら。けど、湖で獲れる棘のある魚がいるじゃない。あれは湖で獲れる魚にしては凄い味が濃いわよね」
そう言うと、他にも何人かがその言葉に同意するような言葉を口にする。
海の魚の方が美味いと言う者もいれば、湖の魚も十分に美味いと口にする者。
また、野営地から何人もがそれぞれに器を持ってきたことにより、新たに議論に参加する者もいる。
レイにしてみれば、今のこの状況をどうするべきかと少し迷う。
何しろどの主張にも頷けることがそれなり以上にあるので、迂闊にどの意見に反対するといったような真似は出来ないのだ。
……もっとも、それはそれで議論を行うという点では悪くないのだが。
「沼にいる魚にも、美味い魚はいるぞ!」
中にはそんな風に喋る者も出て来て、結果的に議論は続くのだった。
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