3009話

 野営地や生誕の塔から少し離れた場所。

 そこにレイはいた。

 他にも生誕の塔の護衛の当番ではない冒険者達や、ゾゾを始めとしたリザードマンもいる。

 当然、セトやボブもいて、ニールセンもレイのドラゴンローブの中にいる。


「よし、このくらい離れれば、血の臭いとかが野営地まで届かないだろう。それに血の臭いに惹かれてモンスターや動物がやってきても、野営地まで距離があるから対処は出来る」


 勿論、血の臭いに惹かれてモンスターや動物がやって来た場合、野営地の存在に気が付かないということはないだろう。

 だが、モンスターがここにやって来るというのを理解していれば、この場所を集中的に警戒すればいい。

 そうなると多数の敵から突然の襲撃を受けるといった心配はいらなくなる。


「そうだな。この辺りなら木も結構生えてるし、解体をする上で楽だろう。レイ、ガメリオンの死体を出してくれ」


 積極的に解体を行いたい……そして早くガメリオンの肉を食べたい冒険者の言葉に、レイは頷いてまず一匹目のガメリオンの死体を取り出す。


『おお』


 冒険者達、そしてリザードマン達がレイの出したガメリオンの死体を見て声を上げる。

 巨大なガメリオンの死体が出て来たことに驚いた者もいれば、倒したばかりの死体を見て、その状態の良さに驚いている者もいる。

 多くの者が色々と思うところはあるのだろうが、それでも目の前に存在するガメリオンに驚いているというのは、間違いのない事実。


「そんな訳で、まずはこれが一匹目だ。これの解体は誰がやる?」

「俺がやる」

「俺にも任せてくれ」

「あ、じゃあ俺も」

「ちょっと、私を忘れてるんじゃないでしょうね?」


 そんな風に、解体に参加する者が何人も自分も自分もといったように立候補してくる。


「落ち着け。ガメリオンの死体はこれだけじゃない。他にもあるから、そっちにも回って貰う」

「なぁ、レイ。倒したガメリオンって、全部こんな風に状態がいいのか?」

「大抵は状態がいいと思う。ただ、中にはこっちの一撃で骨が折れていて、それで内臓が傷ついていたりとか、そんな個体もいるが」

「それくらいなら別に構わない」


 冒険者の男は、そう告げる。


「ガメリオンはかなり攻撃的だからな。戦いの中では怪我をしても平気で襲ってきたりする。そうなった時の戦いだと、手足や尻尾が千切れたり、解体するのも大変になるくらいに身体が傷つくこともある」

「手足が千切れるって話なら、俺も頭部を切断したりとか、そんな風にしたりするけど」

「レイの場合は切断面が綺麗だろう? なら何も問題はない。……とにかく、ガメリオンの死体を次々に出していってくれ。俺達やリザードマン達で解体していくから」


 そう言われたレイは、素直にガメリオンの死体を出していく。

 ガメリオンの死体を出す度に、冒険者達やリザードマン達は驚きの声を上げる。

 リザードマン達は初めて見るガメリオンの姿に驚き、冒険者達はガメリオンを殺す時の一撃が強力で驚く。

 そうしてミスティリングから出されたガメリオンの数は、全部で十七匹。

 そんなガメリオンの足をロープで縛って逆さまにして枝に吊す。

 この時、下手に細い枝に吊すと枝が折れてガメリオンが地面にぶつかり、肉が傷む。

 だからこそ、ガメリオンの巨体を吊しても問題がなさそうな太い枝を見つける必要があった。


「こうして見ると……壮観というか、かなり不気味だな」


 十七匹のガメリオンが枝からぶら下がっている光景は、異様という一言が相応しい。

 レイは目の前の光景に酒池肉林といった言葉を思い浮かべた。

 酒池肉林。……酒の池はないが、肉の林という意味では十分その言葉に相応しい光景だろう。

 勿論、普通に使われる意味の酒池肉林とはその意味は大きく違うのだが。


「そうだ……な! けど、この光景を見られる時間……は、そんなに長くないと思うぞ!」


 レイの呟きが聞こえたのだろう。

 冒険者の一人が、ガメリオンの皮を剥ぎながらそんな風に言う。

 実際、その言葉は間違っていない。

 こうして見ている限りでは、多くの冒険者やリザードマンが、次々とガメリオンを解体しているのだ。

 ガメリオンを吊す枝の太さの問題もあるが、ガメリオンが吊されている間隔がそれなりに空いており、ガメリオンのような巨体を解体するにも他の者達が邪魔にならないというのも大きいだろう。

 そんな中でレイが驚いたのは、リザードマンの中にも素早く解体をしている者が多かったことだ。

 ガメリオンを解体するのが初めての為か、最初こそ周囲の様子を見たり、どうしたら効率よく解体出来るのかといったように迷っていたようだったが、時間が経つに連れて解体の速度は増していく。

 なお、解体が得意ではないリザードマン達は、周囲の警戒を行っている。

 既に周囲にはガメリオンの血の臭いが強く漂っており、それに惹き付けられたモンスターがやって来ないとも限らない。

 そのようなモンスターが来た場合、解体をやっている者達の邪魔にならないよう、素早く倒すというのが見張りをしている者達の仕事だった。


(セトがいるから、基本的には襲ってこないとは思うけど……ゴブリンとかいるしな)


 この場合、ゴブリンの強さは関係ない。

 ここにる冒険者やリザードマンなら、それこそ十匹程度のゴブリンなら容易に倒せるだけの実力を持つ。

 しかしこの場合に問題なのは、ゴブリンが乱入してくることそのものだ。

 ガメリオンの解体に集中している時に、ゴブリンが突入してくるといった真似をすれば集中力が削がれる。

 場合によっては、解体しているガメリオンの肉に噛みつくといったような真似をしてもおかしくはない。

 更に悪いことに、ゴブリンはセトがいても逃げるといった真似をしない。

 ゴブリンはセトの強さが分からない。

 一度戦って圧倒されれば即座に逃げ出すのだが。


「レイ様、このような感じでどうでしょう?」


 何番目かにガメリオンの皮を剥ぎ終わったゾゾが、そう尋ねてくる。

 レイにとっては意外なことに、ゾゾの解体技術はそれなりに高かった。

 以前レイがゾゾから聞いた限りだと、ゾゾはリザードマンの王家に連なる血筋……つまり、王子なのだ。

 王位継承権はかなり低いという話だったが、それでも王族に違いはない。

 だというのに、何故解体がこれだけ素早く、それも丁寧に出来るのか。


「ああ、いいと思う。……というか、普通に俺よりも上手いぞ」


 これはお世辞でも何でもなく、正直なレイの気持ちだった。

 元々レイはそこまで解体が得意ではないというのもあるのだろうが、間違いなくゾゾの解体技術はレイよりも上だろう。


「ありがとうございます。レイ様のお役に立てて何よりです」


 そう言い、嬉しそうに笑うゾゾ。

 ……ただし、レイから見ると嬉しそうに笑っているのではなく、牙を剥き出しにした獰猛な笑みのように思えてしまうのだが。


「では、この調子で解体していきますね」

「頼む」


 そうレイが言うと、ゾゾはその期待に応えるべく解体を頑張る。


(モンスターの解体は俺にとっても結構面倒な作業だったけど、ゾゾに任せることが出来れば助かるな)


 レイやセトにしてみれば、モンスターを倒すというのはそう難しい話ではない。

 あくまでもモンスターに寄るのだが。

 しかし、モンスターを倒すのは楽に出来ても、モンスターの解体となるとかなり面倒なのは間違いない。

 作業時間を考えても、明らかに戦闘より解体の時間の方が上なのは間違いないのだから。


「うーん……こうしているだけで解体が進むってのは楽でいいな」


 レイは周囲の状況を見ながら、そう告げる。

 レイにしてみれば、今のこの状況では特にやるべきことがある訳ではない。

 本当にただ自分がこうして見ていれば、それだけで解体が行われるのだから、不思議な気持ちだった。

 それだけではない

 その解体を行っているのは、ギルムのギルドから腕利きの冒険者と呼ばれた者達と、本来ならモンスターとしてその冒険者と戦っているリザードマンなのだ。


「ねぇ、レイ」


 と、そんな冒険者達を見ていたレイに、そんな声が聞こえてくる。

 その声が聞こえてきたのは、レイのドラゴンローブの中。

 つまり、ニールセンからの呼び掛けだ。

 そんなニールセンの声に、レイはどう反応すればいいのか迷う。

 具体的には、今ここで大々的にニールセンと話せば周囲にニールセンの存在が見つかるのではないかと。

 だが同時に、ニールセンはドラゴンローブの中でここまで大人しくしていたのだ。

 そんなニールセンを蔑ろにするような真似をすれば、ニールセンが我慢出来ずにドラゴンローブから飛び出して、周囲を飛び回ってもおかしくはない。

 そのような真似をすれば、間違いなく冒険者達に見つかってしまうだろう。

 妖精の存在は、生誕の塔や湖以上に隠しておくべき存在なのだ。

 そうである以上、レイとしてはそんな真似は決して許容出来なかった。


「どうした? 何か気が付いたことでもあったのか? 言っておくけど、今この状況で悪戯をするといった真似は駄目だぞ」


 ニールセンが悪戯をすることにより、解体に支障が出て肉を地面に落としたり、あるいは変な風に切ったりといった真似をするのは許せない。

 しかしそんなレイの言葉を聞いていたニールセンは、不機嫌そうな様子でレイの身体を蹴る。

 ドラゴンローブの中なので、実際にそこまで痛いという訳ではないのだが……それでも少し気になるのは事実。


「どうしたんだよ?」

「暇なの。ひーまー!」


 ニールセンのその言葉に、レイは納得の表情を浮かべる。

 寧ろ今までよくこの状況でニールセンが暇なのを我慢していたと、そう思いすらした。

 とはいえ、だからといってこの状況でニールセンを好きに行動させる訳にいかないのも、事実。


「俺と一緒に来ても、窮屈な思いをするだけだというのは妖精郷で言っただろう? やっぱりニールセンは妖精郷に残った方がよかったんじゃないか?」

「いやよ、それは。長にまた何か仕事をさせられるかもしれないじゃない。それよりはレイと一緒に行った方がいいと思ったのは間違いないわ。……ねぇ、ちょっと出てもいい? あ、勿論ここで仕事をしてる人達の邪魔をするような真似はしないから。ね? それならいいでしょ?」


 ニールセンのその言葉を、信じてもいいかどうか……レイは迷う。

 ニールセンの性格を知ってるからこそ、もしかしたら……と、そう思ってもおかしくはないのだ。


「あ、何か怪しんでるでしょ。言っておくけど、本当にここにいる人達にはちょっかいを出すつもりはないわよ? トレントの森の中をちょっと見て回ってくるだけだから。それに、ほら。もしかしたら穢れがいるかもしれないでしょ?」

「穢れというか、正確には穢れの関係者だけどな。……けど、そうだな。なら構わないか」


 レイとしても、ニールセンをこのままずっとドラゴンローブの中にいさせておくというのは、気が進まない。

 元々が元気いっぱい、好奇心旺盛といった性格をしてるのだから、いつまでもドラゴンローブの中にいれば、爆発してもおかしくはない。

 その時に面倒なことになるよりは、ここである程度は好きに行動させた方がいい。

 ましてや、穢れの関係者を見つけてきてくれるというのだから、レイにその提案を断るつもりはなかった。


「分かった。ただし、言うまでもないことだけど……くれぐれも他の連中に見つかったりするなよ? もしここでニールセンが見つかったりしたら、間違いなく面倒なことになるんだからな」

「それくらいは分かってるわよ。けど、私達についてはまだ知られてないんでしょう? なら、もし見つかっても妖精だとは思わないで、鳥か何かだと思うんじゃない?」


 虫に思われるんじゃないか?

 ニールセンの背中にある羽を見てそんな風に思ったレイだったが、幸いにもそれを口に出すようなことはなかった。

 もしそれを口に出していれば、色々と面倒なことになったのは間違いないだろう。


「気を付けろよ」


 レイはそう言いながら、そっとドラゴンローブを開く。

 そうして開かれた場所からニールセンは素早く抜け出る。

 ガメリオンの解体をしている者達は、そんなニールセンの様子に気が付いた者はいない。


「じゃあね」


 ドラゴンローブから抜け出し、ガメリオンの解体には使われていなかった木の枝の上に立ったニールセンはレイだけに聞こえるようにそう告げる。

 その言葉にレイが頷くと、それを見たニールセンは空に向かって飛んでいく。


(さて、ニールセンは一体どうなるんだろうな。穢れの関係者……あるいは何かそれ以外のモンスターとかを見つけてくれると嬉しいんだけどな)


 離れていくニールセンを見ながら、レイはそう告げるのだった。

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