3008話

 ガメリオンの解体をして欲しいというレイの希望は、生誕の塔の護衛を任されている冒険者達にはすぐに受け入れられた。

 いや、受け入れられたというよりも大歓迎されたという表現の方が正しいだろう。

 実際に今の状況を考えれば、ガメリオン狩りに参加出来ない冒険者達が多いのだ。

 出来れば自分達もガメリオン狩りに参加したかったし、今年もガメリオンの肉を食べたいと思うのはギルムに住んでいる者にしてみれば当然の話だろう。

 だが、生誕の塔の護衛を引き受けている以上はそのような真似が出来ない。

 だからこそ、レイからの提案は多くの冒険者達にとって歓迎すべきものだった。

 ガメリオン狩りは出来なくても、ガメリオンの肉は食べることが出来るのだから。

 また……生誕の塔にいるのは、冒険者達だけではない。


「ちょ……レイさん、何でリザードマンと冒険者が一緒に暮らしてるんですか!? っていうか、リザードマン達が喋ってますよ!?」


 生誕の塔の護衛を任されている冒険者達の野営地にやってきたレイ達だったが、そこで見た光景にボブは驚きの声を上げる。

 ボブも猟師として旅をしているので、リザードマンと遭遇したことはある。

 もちろん、ボブの技量でリザードマンと戦って勝てる訳がないので、先に見つければ向こうに見つからないようにして逃げるし、向こうに見つかっても同様にすぐ逃げる。

 一匹だけで行動しているリザードマンなら、もしかしたら遠距離からの攻撃によってボブの弓で倒せるかもしれない。

 しかしボブにとって残念なことに、リザードマンはゴブリン程ではないにしろある程度の集団で動くことが多い。

 勿論絶対に集団で移動するという訳ではないので、場合によっては一匹で行動することもあるのだが、ボブがそのような状況に遭遇したことはない。

 そもそもリザードマンはゴブリンのようにどこにでもいるといったモンスターではないのだから、遭遇した回数そのものがそこまで多くはないのだ。

 それでも、ボブが知っていることもある。

 具体的にはリザードマンはモンスターで、人の言葉を喋ったり、何より人と友好的に接するといったことはない。

 ……あるいはテイマーがリザードマンをテイムしていれば、友好的なモンスターといった存在にもなるかもしれないが、テイマーというのはそこまで多くはない。


「あのリザードマン達は、別の世界から来たリザードマンだ。ちなみに向こうに見える湖も別の世界からやって来た存在だな。それとあの生誕の塔も」

「へ? あ……その、じゃあ……向こうで燃えているのは一体なんでしょう?」

「あれは異世界から来たスライムだな。危険だったから燃やそうとしたんだが、未だにああやって燃え続けている。いつ燃えつきるのか、正直疑問だ」

「……はぁ……」


 あれ? とレイは疑問に思う。

 ボブの性格からすれば、ここは好奇心を満たすのにちょうどいい場所だ。

 だからこそ、もっと喜ぶのではないかと思ったのだが。

 それがこんな声を上げるのは、一体どういうことだ?

 そんな疑問を抱いてボブに視線を向けると、そこには驚きすぎて呆然としているボブの姿があった。


(どうやら、驚きの連続で何も言えなくなったらしいな。……いやまぁ、何も知らないでいきなりこんな状況になれば、そんな風に思ってもおかしくはないと思うけど)


 ボブに色々と説明しようかと思ったレイだったが、今のボブの状況を見る限りでは何を言ってもすぐに反応は出来ないと判断し、それに突っ込むような真似はしない。


「なぁ、レイ。ガメリオンを狩ってきたって話を聞いたんだが……本当なのか?」


 取りあえずボブはもう少し放っておこう。

 そう思ったレイに、近くで様子を窺っていた冒険者の一人が尋ねてくる。

 この冒険者は、毎年ガメリオンの肉を食べるのを楽しみにしていた。

 だが今年は生誕の塔の護衛があるのでガメリオン狩りには行けず、ガメリオンの肉が馬車で運ばれてくるのを待つしかない。

 そう思っていたところで、レイがガメリオンの肉を持ってきたと聞かされたのだから、レイから話を聞きたいと思うのは当然だった。

 そしてレイは、男の言葉にあっさりと頷く。


「ああ。今日のガメリオン狩りで結構な数を倒したからな。ただ、それを解体するのは大変で……ギルムに行きにくいのは、知ってるだろ?」


 レイの言葉に、話していた男も……それだけではなく、他の面々も言葉の意味を理解して頷く。

 先程話した相手と同じで、クリスタルドラゴンの件を知った上で情報や素材を渡すように言ってこないのは、レイとしては非常に助かる。

 ここにいるのも腕利きの冒険者達である以上、クリスタルドラゴンについて聞きたくない訳ではないのだろう。

 だが、レイがそのような真似を好まないというのも、十分に理解出来るだけの付き合いはあった。

 リザードマンの件や湖の件で一緒に野営地で泊まったり、話したりする機会があったのが大きい。

 中には今回の件で話すよりも前にレイと話したことがある者もいたのだが、そのような者達はレイに対する理解がより深い。


「そんな訳で、どうするかと考えたところ……ここにいる面々なら、ガメリオンの解体を手伝ってくれるんじゃないかと思ってな。ちなみにガメリオンの解体を手伝ってくれたら……そうだな、三匹分の肉をやろう」


 ざわり、と。

 周囲で話を聞いていた者達はレイの口から出た言葉に驚く。

 報酬としてガメリオンの肉を貰えるのは嬉しい。

 だが、三匹分の肉ともなれば、それこそかなりの量となる。

 そんなに自分達が貰ってもいいのか、と。

 レイと話していた男が、その件について率直に尋ねる。


「本当にいいのか? 三匹分だろう? 結構な量になると思うけど」

「ああ。最初は一匹分だけでいいかと思ったんだが……」


 そこで言葉を止めたレイは、自分の方を見ているリザードマン達に視線を向ける。

 レイに忠誠を誓ったゾゾの姿はまだないが、他のリザードマン達は何人もレイの方を見ている。

 ただし、レイは基本的にリザードマンの見分けはつかない。

 ゾゾやゾゾの兄にしてここにいるリザードマン達を率いる立場になっているガガのような巨体を持っているのなら、はっきりと違うところが分かる。

 しかしそれ以上となると、生憎レイには見分けがつかなかった。


「リザードマン達の分を考えると、三匹分は必要だろ? ……それでも足りるかどうかは分からないけど」


 リザードマン達の数はかなり多い。

 それを考えると、ここにいる者達全員でガメリオン三匹分の肉というのは、少ないのではないかと思ってしまう。


「取りあえず三匹分で足りないようなら、また追加で出す」

「そうか。助かる」

「そういう風に言うってことは、俺の依頼を引き受けるってことでいいんだな?」

「ああ、勿論だ。他の連中が引き受けなくても、俺は絶対に引き受ける」

「ちょっ、待てよ! お前だけずるいぞ! 俺だってその依頼は引き受けるに決まってるだろ!」


 一人がそう言うと、他の者達も当然といったように自分もガメリオンの解体をすると言う。

 そんな冒険者達の様子を見て、リザードマンの中からも自分も解体をやると言う者が現れた。

 人が多ければ多い程、解体は早く終わる。

 それは事実なのだが、肉というのは解体の仕方によって味が変わるという一面もあった。

 だからこそ、レイはリザードマンに頼んでもいいのか? と疑問に思う。

 ここにいる冒険者達なら解体の技量に期待出来る。

 ……だからこそ、レイはここにやって来たのだから。

 しかしリザードマン達はどうか。

 残念ながら、レイはリザードマン達がどのくらいの解体の技術を持っているのかは分からない。


「なぁ、リザードマン達の解体の技量ってどんな具合だ? どうせガメリオンを解体するのなら、出来るだけ美味い肉を取りたいんだが」

「人によるな。トレントの森で獲った動物やモンスターを解体しているのを見たことがあるが、それぞれによって技量は違う。中には俺達と同じくらい上手い奴もいるが、肉の味を台無しにするような解体の仕方をする奴もいる」

「……その見分けは俺には出来ないから、お前達に任せてもいいか? 解体の技術が高い奴だけに任せたい」


 リザードマンもそれなりに解体の技術があるというのは、レイにとって悪い話ではない。

 問題なのは、その技術の有無の見分けがつかないことだろう。

 例えば、そのリザードマンが解体をするのが下手くそだというのは分かっていて解体ではなく別の仕事……内臓の処理のようなことに回しても、リザードマンの見分けが付かないレイにしてみれば、何気ない顔をして再び解体の方にそのリザードマンがいても気が付かない。


「そうか? こうして一緒に暮らしていれば、それなりに見分けがつくようになるんだが。……まぁ、いい。ならその辺についてはこっちに任せてくれ。それで、ガメリオンの死体は? どういう状態だ?」

「ここで出してもいいのか? きちんと解体しやすい場所でやった方がいいと思うけど。血抜きとかもしていないし」


 殺したガメリオンは、すぐミスティリングに収納している。

 首を切断した個体の類は、その死体を収納するまでにそれなりに血は出ているが、血抜きはその程度しかしていない。

 そうである以上、ガメリオンの解体をする時はまず血抜きをする必要があった。

 そしてガメリオンの身体の大きさを考えると、その身体から流れ出る血の量はかなりの量となる。

 野営地でそのようなことをすれば、暫くの間この辺にはガメリオンの血が流れるだろう。

 勿論、この場にいるような者達にしてみれば、血の臭いがあるからといって生活出来ない訳ではない。

 しかし、生活出来ない訳ではないが、それが快適かどうかと言えば、当然ながら快適ではない。


「そうだな。なら森の方で……ん? その前に、どうやらレイが話をするべき相手が来たみたいだぞ」


 話していた男がレイの後ろを見ながらそう言う。

 その言葉が気になってそちらに視線を向けたレイが見たのは、急いで自分の方にやってくるゾゾの姿。


「レイ様、来ていらしたのですね」


 以前会った時も大分流暢に言葉を発していたゾゾだったが、今こうして声を聞くと、普通にこの世界の住人と違わない滑らかさで、どこにも不自然なところはない。

 ……もっとも、リザードマンが普通に言葉を話している時点で不自然ではあるのだが。


「ゾゾか。ちょっと用事があってな」


 そのリザードマンの名前は、ゾゾ。

 他のリザードマンと同じく異世界から転移してきたのだが、レイとの戦いに負けたことにより、レイに従うという道を選んだ個体だ。


「どのような用件でしょう? 私に出来ることであれば、可能な限りのことはさせて貰いますが」

「モンスターの解体だよ。ギルムにはこの季節になるとガメリオンというモンスターが近付いてくる。それを結構な数狩ってきたんだ」

「さすがレイ様ですね」


 それはおべっかではなく、ゾゾの正直な気持ちだった。

 実際には、ガメリオンはそこまで強力なモンスターではない。

 いや、低ランク冒険者にとっては十分に手強いが、高ランク冒険者にとってはそこまで苦戦する相手ではないというのが正しいだろう。

 だが……それはあくまでも敵が一匹であればの話だ。

 連続して何匹ものガメリオンと戦うといったことがあった場合、どうしてもその連戦で体力を消耗する。

 だというのに、レイは十匹以上のガメリオンを一人で倒したのだ。

 実際にはセトやニールセンの協力があってのことだが。

 ゾゾはその辺りについてを理解し、レイを褒め称えたのだろう。

 ゾゾの言葉に頷いたレイは、そのまま言葉を続ける。


「ただ、十匹以上のガメリオンを倒したんだが、そうなると解体が面倒でな」

「分かりました。お任せ下さい」


 最後まで言わなくても、ゾゾはレイの言葉にそう告げる。

 レイが何を求めているのか、十分に理解しているからこその言葉。

 ゾゾにそこまで言われれば、レイもお前に任せないとは言えない。


「なら、頼む。他の連中にも頼んでるから、協力してやってくれ。リザードマンの方で解体が得意な奴がいたら、そっちにも任せてくれ」

「分かりました。こちらで出来る限り対応させて貰います」

「報酬……って言い方はどうかと思うが、解体した分の三匹分ガメリオンの肉はここにいる連中に渡すから、ゾゾも十分に食ってくれ」

「ありがとうございます。楽しみにさせて貰います。では、ガメリオンというモンスターを出して貰えますか?」

「出す前に、まずは解体をする場所に移動する必要があるな。かなり巨大なモンスターだから、俺が解体をする場所まで移動するのが手っ取り早い」


 そういうことになるのだった。

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