3007話
生誕の塔の護衛を任されている冒険者達は、レイが……正確にはセトが近付いて来たのを見ても特に警戒する様子もなかった。
だが、その中の一人が、セトの後ろに見覚えのない人物がいるのに気が付くと、当然だが話は変わる。
「レイの後ろにいる奴は誰だ!?」
「知るか! けど俺達の役目を考えれば、このまま放っておく訳にはいかないだろ! 担当の者は警戒しろ!」
現場の指揮を任されている冒険者は、素早く指示を出す。
しかし、指示を出しながらも恐らくはそこまで警戒する必要はないだろうと、そう思っていた。
理由としては、レイやセトが特に隠れる様子もなく真っ直ぐ自分達のいる方向……つまり、生誕の塔のある場所に向かってやって来ているのだから。
そうである以上、レイが特に何か妙な考えを持っている訳ではないと予想出来る。
……実際にはガメリオンの解体をさせるという、護衛の冒険者達が考えているのとはまた別の意味で妙な考えをもっていたりするのだが。
その辺りの事情については分からないが、とにかく堂々とやって来ている以上、恐らく問題はないと思えた。
実際、もしレイが本気で自分達が近付くのを気が付かせないようにするのなら、幾らでも手段はある。
上空から地上に向かって降下してくるといったような真似をされれば、それに対処するのは……不可能ではないにしろ、厄介なのは間違いない。
そのような真似をせず、真っ直ぐ自分達のいる方に地上を走って移動してきてるのだ。
何らかの理由があってそのような真似をしているのは間違いないだろう。
具体的にそれがそのような意味を持っているのかは、実際に話を聞いてみなければ分からないだろうが。
そうして十分にセトが近付いてきたところで、この場の指揮を任されている男は鋭く叫ぶ。
「止まれ!」
これで、もし万が一にもレイに後ろ暗いところがあった場合は、制止の声を聞いても止まるようなことはせず、そのまま突っ込んでくるだろう。
しかし、幸いなことにセトは素直に止まった。
そのことに予想はしていたものの、それでも安堵した様子を見せる男。
大丈夫だとは思っていたが、それでも万が一のことがあった場合、自分達だけでレイ達と戦うといった真似をなければならなかったのだ。
そうならなかったことに安堵しつつ、レイの後ろに座っている男が見覚えのない相手であることに気が付き、眉を顰める。
「レイ、知ってると思うが生誕の塔や湖に近付くには、許可がいる。お前の後ろにいる男が許可を貰っているという連絡はこっちに来ていない」
その言葉に、レイは分かっていると頷く。
驚いている様子は全くない。
……そもそも、ダスカーから許可を貰っていないのだから、ここに連絡が来ていないのが当然だった。
「分かってる。ただ、この男……ボブはダスカー様にとって重要な人物なんだ」
そう言ったレイの横で、慌ててボブはセトから降りると姿を現した冒険者達に向かって頭を下げる。
「ボブといいます。現在はレイさんにお世話になっています」
頭を下げるボブの様子を見ながら、ふとレイは思う。
(ボブのことをダスカー様にとって重要な人物と言ったけど……本当にそうなのか?)
穢れにとって何か重要な現場を見たのは、間違いない。
その為、穢れの関係者に狙われているのも事実。
だが、穢れにとって最も有利なポイントであった、穢れという存在についてはもうダスカーに知られてしまい、更には王都にも連絡をされている。
そのような状況であると考えれば、もうこれ以上ボブが穢れの関係者に狙われる理由がある筈もないのではないか。
勿論、ケジメという意味でならまだボブが狙われてもおかしくはない。
ボブに知られたことで、穢れについて大きく知られてしまったのだから。
そういう意味では、まだボブが狙われてもおかしくはないのだが。
(いや、それは俺が勝手に考えたことだ。もしかしたら、俺が知らないだけでボブがきちんと狙われる理由があるかもしれないし)
迂闊にボブから目を離す訳にはいかないと考えつつ、レイはこの場の指揮を執っている男との会話を続ける。
「そんな訳で、ボブを入れてくれないか?」
「それは……だが、幾ら何でも勝手にそんな真似をする訳にはいかないだろう」
「何かあったら、俺が責任を取る。あるいは日に何度か馬車が来ているだろう? その時、ダスカー様に伝言を頼んでもいい。あるいは、俺がセトに乗って直接ダスカー様に許可を貰ってくるか?」
そのレイの言葉に、この場の指揮を執っている男は出来れば最後の選択肢を選びたかった。
しかし、今のダスカーが極限状態と呼ぶに相応しいような忙しさであるのを知っている以上は迂闊に頷くといった真似も出来ない。
「……ちょっと待ってろ。俺の判断だけじゃどうしようもねえ。上に聞いてくる」
そう言い、男はレイ達の前から立ち去る。
その代わりとでもいうように、他の冒険者達がレイの前にやってくる。
わざわざレイと敵対するつもりはないが、それでもこの状況でレイが勝手に生誕の塔の方に行かないようにしているのだろう。
それでも明確にレイと敵対したい訳ではないのは、その態度から分かる。
「それにしても、また無茶な真似をしたな」
レイの前に立ち塞がった冒険者の一人が呆れを込めてレイに告げる。
するとそんなレイのドラゴンローブの中では、無茶をしたという言葉に同意するかのようにニールセンがレイの身体を軽く叩く。
ニールセンに叩かれながらも、それを表情に出さず……満面の笑みを浮かべるレイ。
何故この状況で笑う? と冒険者達に視線を向けられると、レイは得意げな様子で口を開く。
「このボブは猟師で、解体とか上手いんだよ」
「それが、一体何がどうなって関係してくるんだ?」
レイの言葉の意味が理解出来ないといった様子の冒険者達。
そんな冒険者達の前に、論より証拠とレイはミスティリングからガメリオンの死体を取り出す。
どん、と。
そのような音が聞こえたような気がした冒険者達だったが、それは実際の音ではない。
ガメリオンの死体の重量感から、そんな風に感じただけだ。
「ガメリオン? ……って、おいレイ。まさかこれ!」
最初にガメリオンの死体の意味に気が付いた冒険者が、驚きと共に叫ぶ。
「正解。今日倒したばかりのガメリオンだ。お前達にとっては、今年の初物だろう?」
その言葉に、冒険者達が反応する。
生誕の塔の護衛を任されていた冒険者達は実力や性格がギルドに認められた者達だ。
だからこそ、今のこの状況で仕事を放り出してガメリオン狩りに行くなどといった真似は出来ない。
しかも少し前には、そろそろガメリオン狩りの季節だという話をしていたことも、現在のこの状況に関係してくるのだろう。
「それで……このガメリオンの死体をどうするんだ? もしかして、これを自慢する為にわざわざやって来たのか?」
「いや、違う。……まぁ、正直なところそういう風にしてもよかったんだけどな。ガメリオン狩りをやって結構な数を倒したんだが、解体はまだしてない死体のままなんだよ。で、まぁ……色々とあってギルムにも顔を出しにくい」
「ああ、クリスタルドラゴンの件か」
あっさりとそう言ってくる冒険者に、レイは少しだけ驚く。
「知ってたのか」
「当然だろう。こんな場所にいても毎日何度か馬車はやって来るんだ。その時に色々と話を聞くから、そこにはレイの情報もある」
「その割には、あまり食いついてこないな」
「クリスタルドラゴンは、レイが倒したんだろう? なら、ここで無理に言い寄るような真似をしても、それはレイに悪印象を与えるだけだろうし」
ギルドから信頼されている冒険者だからこその言葉だろう。
勿論、生誕の塔の護衛をしている冒険者の全てが同じように考えている訳ではない筈だった。
中にはレイからクリスタルドラゴンがどのような存在だったのか、少しでも情報が欲しいと思う者もいる。
何しろ、ドラゴンだ。
冒険者にとって、ドラゴンというのはそれだけ憧れの存在でもあるのだから。
……もっとも、実際に戦うとなれば非常に厄介な相手ではあるのだが。
「そうしてくれると助かる。そのせいでギルムに行くのも一苦労なんだし」
「あー……だろうな。で、ギルムに行きにくいのは理解したが、このガメリオンの死体をどうするんだ?」
そう聞きながらも、今までの話の流れから大体は理解しているのだろう。
意味ありげな顔で尋ねてくる冒険者に対し、レイは率直に答える。
「解体を手伝って欲しい。勿論ただでとは言わない。解体を手伝ってくれた奴には、ガメリオンの肉を報酬として渡す。獲れたての新鮮なガメリオンの肉だ。……どうだ?」
「そんなの、やるに決まってるだろう。ただ、そっちのボブが生誕の塔に入ってもいいと許可が出たらの話だが」
ガメリオンの解体にやる気を見せる冒険者達。
だがそれでも、許可のないボブを生誕の塔に近づけてもいいのかどうかの許可が出なければどうすることも出来ない。
(あるいは、もし許可が出なかったら生誕の塔から離れた場所で解体をするのもいいかもしれないな。湖は使えないけど。……いや、そもそもあの湖を使って解体するのは難しいか)
あの湖は、異世界の湖だ。
その貴重さは考えるまでもないだろう。
学者や研究者達が何人も呼ばれて調査を行われるような、そんな湖なのだから。
そのような湖にガメリオンの血を流したりといったような真似をした場合、叱責程度ではすまない筈だった。
そう思いいたると、レイは大きく息を吐く。
「レイ? どうしたんだ?」
「あの湖を解体する際に使えないかと思ったんだが、無理だよなと思って」
「それはそうだろう。あの湖がどういう存在なのか、お前も知ってる筈だろう?」
異世界からやってきた湖だと直接口にしないのは、ボブの件があるからだろう。
ボブについてはレイが責任を持つと言っているものの、だからといってその言葉だけを信じて完全に安心する訳にもいかない。
今のこの状況において、念には念を入れるというのは悪い話ではないのだから。
「そうなると、解体する場合は少し面倒だな。主に血抜きという意味で」
一応レイには流水の短剣という、水を生み出すマジックアイテムがある。
しかし、それを使った場合は水の味に陶酔する者が多数出てきてもおかしくはないのだ。
流水の短剣は、本来なら水を生み出して鞭のようにして扱う武器なのだが……炎系統に特化しているレイは、水を出すことは出来るものの、鞭として扱うような真似は出来ない。
だというのに、流水の短剣は使用者の魔力によって出す水の質が変わる。
レイが流水の短剣を使うと、出て来る水の量はそう多くないし武器として扱うことも出来ないものの、流水の短剣から流れ出る水は美食を好む貴族ですら飲んだことがないような、天上の甘露と呼ぶべき水となる。
……ある意味、その水の味を知れば是非ともまた飲みたいと思うので、そういう意味では本来の流水の短剣と違う使い方ではあるものの、大きな武器となるのは間違いない。
「それで……」
レイの前に立つ男が何かを言おうとした時、先程奥に向かった男、この場の指揮を任されている人物が戻ってきた。
「レイが責任を持つのなら、構わないということだ。ただ、一応ボブだったか? そいつのことは、次の馬車が来たら報告させて貰う。もしそれで実は許可されないといったようになった場合、レイにも相応の処罰が下るだろう。それでも構わないんだな?」
「ああ、それでいい。ダスカー様が今回の一件を知れば、ボブが入ってもいいと許可を出す筈だし」
そう断言するレイに、その場にいた多くの者がボブに視線を向ける。
一体このボブというのは、どういう男なのかと。
そんな疑問の視線を。
その視線を向けられたボブは、盛大に困った様子を見せていたが。
とはいえ、ダスカーについては穢れの件について他の者に知らせないようにと言われているので、正確な事情を口には出来ないが。
レイが何も言わないのを見て、指揮を執っている男はボブについてこれ以上聞かない方がいいと思ったのだろう。
「まぁ、いい。それで結局レイはボブだったか? そいつを連れて来てどうするんだ? 湖を見せたかっただけか?」
「いや、違うんだよ。ほら、そこのガメリオンの死体を見てくれ。ガメリオンの解体をして欲しいんだってよ。それで報酬としてガメリオンの肉をくれるらしい」
「ほう、それは……」
本当か? とガメリオンの死体を見て、次に改めて視線を向けてくる男に、レイは頷く。
「ああ。ガメリオン狩りをしてかなり確保したのは間違いない。だが、解体はかなり時間が掛かるから、手伝って貰いたい」
そうレイは告げるのだった。
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