3006話
ガメリオン狩りを終えて妖精郷に戻ってきたレイは、セトやニールセンと共にボブを捜す。
ボブは妖精と遊んでいたので、すぐに見つかった。
「え? 生誕の塔……ですか? それに湖? 行きます!」
レイの言葉を聞いたボブは、すぐにそう返事をする。
ボブにとって妖精郷もかなり楽しい場所なのは間違いない。
しかし妖精郷が幾ら興味深いところだでも、ずっと同じ場所にいれば飽きてくる。
勿論、もう何もやることがないと思えるくらいに飽きた訳ではないのだが、元々好奇心の強いボブだ。
今では妖精郷の外に高ランクモンスターや穢れの関係者がやってくるかもしれないので、そう簡単に妖精郷から出るような真似は出来ない。
そんな中で、レイが一緒にどこか他の場所に連れていってくれるのだ。
レイの頼みをボブが聞かない訳がなかった。
(ボブを生誕の塔に連れていっても……今更だしな)
本来なら、生誕の塔や湖はそれなりの機密だ。
しかし妖精郷に関してはそれらよりも更に上の機密となる。
そんな妖精郷にいるボブなのだから、生誕の塔に連れていってもいいだろうというのがレイの判断だった。
穢れの関係で何かがあった時、生誕の塔にいる冒険者達に助けを求められるようにという思いもそこにはある。
「じゃあ、その前に長に会っていくぞ。ボブを妖精郷から連れ出すんだから、長にはきちんと言っておく必要がある」
「そう……ですね。妖精郷のすぐ外に出るくらいならいいですけど。かなり遠くに行くことになるようですし、前もってきちんと言っておく必要があるかもしれません」
レイの言葉にボブが納得した様子を見せるものの、ニールセンは気が進まない様子だった。
長と会えば、また何か仕事を押し付けられて自分は生誕の塔に行けないのではないか。
そんな風に思ってしまうのだろう。
とはいえ、妖精郷に戻ってきてボブを連れていくのに、ここで長に何も言わないまま……といった真似が出来る筈もない。
結局大人しくレイ達と一緒に長のいる場所に向かうのだった。
「ボブを? ……大丈夫ですか、レイ殿。穢れと関係する者達に狙われている以上、人の多い場所に出すのは問題なのでは?」
案の定と言うべきか、レイの言葉を聞いた長はそう言ってくる。
これはレイだからこそこのような言い方なのだろう。
もしニールセンがこのようなことを長に言った場合、それこそお仕置きをされてもおかしくはない。
それだけ長にとって穢れという存在は危険な相手なのだ。
「そうかもしれないが、ボブもいつまでも妖精郷にいると息が詰まるだろうし。それに……これから俺が行く場所は、ギルドに信頼されている冒険者達がいる場所だ。穢れの関係者がやって来ても、返り討ちにするだろうな。……黒い塵の人型になったら微妙だが」
レイが戦った穢れの関係者は、そこそこの技量というのが正直な感想だった。
生誕の塔の護衛を任された冒険者達の技量であれば、それこそ一人で十人近く……相性によっては二十人近くを相手にしても勝てるといった程度の技量。
しかし、それはあくまでも穢れの関係者が生きている時の話でしかない。
レイ達と戦った時と同じように自殺をして黒い塵の人型になってしまえば、動きそのものはそこまで素早くないものの、攻撃をしてもほぼ効果がないような、そんな能力を持ってしまう。
そうなった場合は、生誕の塔の護衛を任された人物であってもそう簡単に対処は出来ない。
「そうなった場合、どうするのです?」
「俺が戦った時は、生きた状態のままで何か……恐らく穢れを飲んでそうなった。なら単純な話だ。穢れを飲み込むよりも前に気絶させるなり、殺すなりしてしまえばいい」
黒い塵の人型になった時にどう対処するのかという長の質問に、そもそも黒い塵の人型にしなければいいというレイの言葉。
質問に答えるといったことでは間違っているのだろうが、それが一番手っ取り早いのも事実。
「分かりました。レイ殿がそこまで言うのですから、納得しましょう。それで、お戻りは明日に? それとも今日中に?」
「どうだろうな。ボブの説明をして、ガメリオン……モンスターの解体を頼んでとなると、具体的にどのくらいの時間が掛かるのか分からない」
「そもそも、生誕の塔にいる冒険者って強い人達なんでしょう? そういう人達がレイのお願いを聞いてくれるの?」
レイと長の会話に、ニールセンが割り込む。
疑問に感じたことを口にしたのだが、同時に長に自分も色々と考えているのだと、そう見せているのだろう。
「そうだな。ニールセンの言う通りになるかもしれない。けど、何人かは間違いなく俺の誘いに乗ってくる筈だ。協力してくれた奴には、ガメリオンの肉を幾らか分けるつもりだし」
ギルムに住んでいる者にとって、ガメリオンの肉というのは毎年の風物詩だ。
それだけに多くの者が楽しみにしている。
そしてガメリオン狩りはまだ始まったばかりで、まだその肉は大々的に出回ってはいない。
レイのように直接自分で狩りに行けば、自分の肉を確保出来るだろうが……生誕の塔の護衛を任されている以上、そんな真似は出来ない。
毎日食事や酒、それ以外にも様々な生活物資を馬車で運んでくるものの、その中にガメリオンの肉はまだ入っていないだろう。
ギルムの中でもある程度行き渡るようになれば、馬車で運ばれてくる中にガメリオンの肉が入ったりするのだろうが。
今はまだである以上、レイがガメリオンの肉を報酬として渡すと言えば、全員とはいかないまでも結構な人数が協力してくれる筈だった。
「それにリザードマン達もいる。解体が具体的にどこまで出来るのかは分からないが、ゾゾは俺に協力してくれるだろう」
レイに従うという立場を取っているゾゾは、今ではこの世界の言葉も十分に理解出来るようになっており、意思疎通も問題はない。
色々と器用でもあるので、解体の手伝いは出来るだろう。
それ以外のリザードマン達も、手伝えば美味い肉を渡すと言えば手伝ってくれる者が多い筈だった。
「そうなの? ……まぁ、レイがそう言うのなら、間違いはないんでしょうけど」
「解体をするだけなら、私がしますが?」
「長は穢れの件で色々と疲れてるだろ。それに今回の件はボブを向こうの連中に顔合わせをさせるという理由もある」
そこまで言われると、長もそれ以上は何も言わずに納得するのだった。
……若干渋々ではあったが。
「あれ? 今回はセト籠は使わないんですか?」
妖精郷を出て、霧が覆っている場所も出ると、セトの背に乗ったままのレイに向かってボブがそんな風に尋ねる。
かなりの距離を移動するという話だったので、ボブはてっきりセト籠を使って移動するのだとばかり思っていたのだろう。
「ああ。それなりに距離はあるけど、同じトレントの森だしな」
トレントの森はかなりの広さを持つ。
しかしそんな場所をセト籠で移動するようなことになれば、どうしても目立ってしまう。
もっとも、ボブを連れてトレントの森にやって来た時は、セト籠で移動したのだが。
その時の一件は、間違いなく目立っていただろう。
樵やその護衛、あるいは生誕の塔にいる者達に見つかるのはともかく、トレントの森にいるモンスター達にも見つかった可能性が高い。
(ん? あれ? ちょっと待った。もしかしてオークとかはともかく、黒豹が妖精郷の近くまでやって来たのって、実はそれが原因だったりするのか? ……いや、それにしては時差がある。違うな)
確信というよりは、出来ればそうであって欲しいと思うレイ。
セト籠でトレントの森にやって来てから、黒豹がやって来るまでは数日の時差があるのも事実。
その上、空を飛べる黒豹ならもしセト籠を見つけたのなら、その日のうちにやって来てもおかしくはない。
そう考えると、やはりレイは自分の考えは間違っていないと思う。
「さて、そろそろ移動するぞ。セト籠で移動出来ないのは残念かもしれないけど、空を飛ぶんじゃなくて地面を走るのならボブもセトに乗れるから、安心しろ」
「そうなんですか!?」
ボブにしてみれば、レイの言葉は予想外だったのだろう。
心の底から面白そうに叫ぶ。
好奇心の強いボブだけに、レイがセトの背に乗って移動しているのを見て、自分もそれに乗りたいと思っていたのだろう。
「空を飛ぶ時は、俺と……後は子供一人くらいしか背中に乗せることは出来ないけど、地面を走る時はそういうのは全く関係ないしな」
「……何でそんな風に?」
「さぁ?」
疑問を口にするボブだったが、レイもまたその辺の理由について分からない。
セトの好みでそのような真似をしている訳ではないのは明らかだ。
そうなると、恐らく魔獣術で生み出されたのが何か影響しているのだろう。
(あるいは、もしかしたらセト以外の普通のグリフォンも、実はそんな感じなのかもしれないけど。その辺は野生のグリフォンに遭遇してみないと何とも言えないしな)
もしかしたら実際のグリフォンもそんな感じかもしれないと思いつつ、レイはさっさとセトの背に乗り、ボブにも乗るように促す。
「ほら、乗れ。いつまでもここにいる訳にもいかないし、生誕の塔に向かうぞ」
「分かりました。……セト、よろしく」
「グルゥ」
自分に任せておかば大丈夫といった様子で喉を鳴らすセトの背に、恐る恐る……それでいて好奇心に満ちた様子で跨がる。
「レイ、私は?」
「ニールセンは……そうだな。取りあえず俺の肩にでもいればいいんじゃないか? もっとも、他の冒険者達には見つからないようにする必要があるけどな」
ニールセンの存在が他の冒険者達に知られると、間違いなく面倒なことになる。
そうならないようにする為には、ニールセンにはギルムでの時のようにドラゴンローブの中に入っていて貰うのが最善なのは間違いない。
そう思うも、どうせこうして森の中を進むのだからドラゴンローブの中に入っておく必要もないだろうと、そう判断しての行動だった。
ボブとニールセンの準備が整ったのを見ると、レイはセトを軽く叩く。
「いいぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに鳴き声を上げると走り始める。
「うわっ!」
セトの背に初めて乗ったボブは、予想以上の速度に驚きの声を上げた。
ボブにしてみれば、こんな速度で走るのは想像も出来なかったのだろう。
途中で鹿やウサギ、狐……珍しいところでは熊といった動物を見ることも出来たが、当然ながら今の状況では獲るといったような真似は出来ない。
そもそも、ボブは解体用の道具は持ってきているものの、弓や矢筒の類は持ってきていない。
狩りをするにも、道具がなければ出来ない。
他にもゴブリンを始めとしたモンスターも何匹か見つける。
(未知のモンスターがいれば、狩ってもいいんだけどな。そう簡単には見つからないか。けど……ゴブリン以外に、あっちはコボルトか。オークもいたし、何気にトレントの森には数の多いモンスターが集まっているのかもしれないな)
レイとしては、ゴブリンやコボルトはともかくオークの類はそれなりに増えて欲しいと思う。
だが、オークに襲われるという可能性を考えると、女の冒険者はあまり嬉しくないだろうとも思える。
ただ、襲われた時に女にとって最悪なのは、別にオークだけではない。
ゴブリンも同様だろう。
もっとも、樵の護衛や生誕の塔の護衛を任されている冒険者の多くは、ゴブリンやオークと戦っても問題なく勝てるだけの実力を持っているのだが。
「あ!」
不意にボブがレイの後ろで声を上げる。
何故いきなりそのような声を上げたのかは、レイにもすぐに理解出来た。
木々の隙間から生誕の塔が見えてきたのだから。
好奇心の強いボブだ。生誕の塔を見て、興味を抱くなという方が無理だろう。
その声を聞いたニールセンは、レイが何も言わずともドラゴンローブの中に入っていった。
だが生誕の塔が見えてきたということは、当然ながら生誕の塔を護衛している冒険者達にもレイは発見されることになる。
あるいはレイやセトなら見つからずに生誕の塔に近付くことも出来るのだが、もしそのような真似をすれば、見つかった時に面倒なことになる可能性もあった。
だからこそ、レイは特に自分達の素性を隠すような真似をせず、生誕の塔に近付いていき……
「止まれ!」
ある程度の距離まで近付いたところで、不意にそんな声が周囲に響く。
……実際には、ボブはどこから声が聞こえたのか全く理解出来ていなかったようだが、レイとセトはどこに誰が隠れているのかは理解出来る。
セトがいるのだから向こうもレイの存在は十分に理解していたのだろうが……それでも、レイの後ろに見知らぬ相手がいる以上、黙って通す訳にはいかない。
「グルルゥ」
聞こえてきた声に、セトは喉を鳴らしつつ歩みを止めるのだった。
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