3005話
レイは何かあった時の為……具体的には妖精郷や穢れに関して何かあった場合に備えて、ニールセンと一緒に行動することになった。
最初は面倒なことにならないといいけどと思っていたレイだったが、実際に行動をしてみるとそこまで気にする必要ではないのを理解出来る。
「はぁっ!」
デスサイズの一撃が、ニールセンの魔法によって急成長した植物に足を止められたガメリオンの首を切断する。
どさり、という音と共にガメリオンの頭部が地面に落ちると、切断された首からは大量に血が吹き出る。
「ふふん、どうよ」
レイの援護をしたニールセンは、得意げな様子で笑みを浮かべた。
「ああ、助かった。けど、森とかのように植物が大量にある場所じゃないから、ニールセンの魔法もあまり効果がないと思ってたんだけど……杞憂だったな」
勿論、実際にはトレントの森で使う魔法と比べると、ニールセンの魔法が弱くなっているのは間違いない。
秋も深まってきたことにより、夏は草原だった場所も多くが枯れている。
そんな中で、まだ枯れていない植物を使ってガメリオンの拘束をするのだ。
例えば、トレントの森ならモンスターにもよるが大体三十秒くらい動きを止められるのだが、この辺りでは五秒が精々といったところでしかない。
たった五秒。もしくは五秒も。
どう考えるのかは人によって違うが、レイの場合は後者だった。
高い身体能力を持っているレイにとって、相手が五秒も動けなくなるのなら、それは十分な時間。
それをやられた方にしてみれば、まさに致命的な時間だろう。
「私が一緒にいてよかったでしょう?」
「楽にガメリオン狩りが出来るのは間違いないな。ただ……あまり目立つような真似をするなよ? 人のいない場所までガメリオン狩りにやって来てるから、そう簡単に見つかるようなことはないと思うけど」
レイはそう言いながら、こちらに近付いてきているセトを見る。
レイとニールセンがガメリオンを倒したのとは別に、セトもまたガメリオンを一匹倒して、その死体をクチバシで引っ張っていた。
それ以外には、周囲を見ても他のガメリオン狩りをしている者達は誰もいない。
ここはギルムから大分離れた場所なのだから、当然だろう。
基本的にガメリオン狩りというのは、ギルムからそう離れていない場所で行われる。
これには色々と理由はあるが、やはり最大の理由としてはガメリオンを運ぶ労力を考えてのものだろう。
ガメリオンは身長三mオーバーというのは珍しくなく、それ以外にも前後にも大きい。
当然その体重は百kg程度ではすまない。
いらない部位を捨てたり、血抜きをしたりといった真似をすれば多少は軽くなるものの、それでも十分に重い。
それだけではなく、出来れば一匹だけを倒して持ち帰らず、数匹は持ち帰りたいと思うのが冒険者としての思いだろう。
とはいえ、ガメリオンが二匹、三匹ともなれば……荷車で運ぶのも大変だし、場合によっては荷車そのものが壊れてしまいかねない。
だからこそ、少しでも楽に……そして素早くガメリオンの死体を持ち帰る為に、ギルムからそう離れていない場所でガメリオン狩りを行う者が大半だった。
中には荷車とそれを運ぶ冒険者を複数雇うといった真似をする者達もいたが、当然ながらそのような真似をすればガメリオン狩りに参加した者が多くなった分だけ、分け前も少なくなる。
余程効率よくガメリオンを見つけて、そして倒すといった真似が出来る者達でなければ、多数を雇うといった真似はそう簡単ではない。
その辺りの盲点を突き、レイはセトに乗ってガメリオンがやって来る方に向かって移動し、そこでガメリオン狩りを行っていたのだ。
ここでなら、ニールセンが空を飛んでいてもそう簡単に見つかるようなことはないと判断して。
だが、レイが心配しているように、ここが絶対に安全――ニールセンが見つからないという意味で――という訳ではない。
今のギルムには増築工事の仕事を求めて多くの者達がやって来ており、そのような者達は実力という点でそう高いものではない。
しかし、増築工事が始まる前からギルムにいた冒険者の中には腕の立つ者も多い。
そのような冒険者達の中でもギルドから実力だけではなく人格的にも評価されている者達は、クリスタルドラゴンの解体を行っている倉庫の護衛であったり、生誕の塔でリザードマン達の護衛をしたりといった真似をしている。
それはつまり、腕は立つが人格的にはそこまで評価されていない者達は自由に行動しているということを意味していた。
異名持ちや高ランク冒険者であれば、ガメリオン狩りにギルムから離れた場所にやって来てもおかしくはない。
そして腕が立つということは五感が鋭いといった者も多く、場合によってはニールセンの存在が見つかる可能性が十分にあった。
レイが警戒しているのは、そのような者達となる。
「大丈夫よ。何かあったらすぐにレイの服……ドラゴンローブだっけ? それに隠れるから。それに、幾ら冒険者の目がいいからって、セトに気が付かれずに近付いたりは出来ないでしょう?」
「グルゥ?」
ニールセンの言葉に、セトは引きずってきたガメリオンからクチバシを離すと、どうしたの? と喉を鳴らす。
セトにしてみれば、自分の名前が呼ばれたから、それでどうしたのかというのを聞いただけなのだろう。
「誰かが近付いて来てもセトならすぐに見つけてくれると、そう話していただけだよ」
「グルルゥ!」
任せて、と自慢げに喉を鳴らすセト。
誰かが近付いて来たら、自分が絶対に見つけてみせると、そうやる気を見せていた。
そんなセトを見て、レイも笑みを浮かべる。
実際、セトに任せておけばその辺はあまり心配がないというのは事実なのだ。
……だからといって、全てを完全にセトだけに任せるといった真似をするつもりはないのだが。
「取りあえずニールセンの件はいいとして……ガメリオンか」
数百kgもあるガメリオンだが、レイにとってその運搬は苦ではない。
ミスティリングにいれれば、それで終わりなのだから。
あるいは、もしミスティリングがなくてもセトがいれば一匹程度なら足で掴んで運ぶといった真似も出来るのだが。
「後、どのくらい獲る予定なの? 今日だけで……もう十匹は獲ってるわよね?」
「どのくらいってのは決めてないな。俺の場合は、幾ら獲っても腐るということはないし」
ミスティリングがあれば、その辺の心配はいらない。
もっとも、そのような状況だけにミスティリングの中には数年前のガメリオンがまだ普通に残っていたりするのだが。
「けど……そうだな。ここであまり獲りすぎても他の冒険者に迷惑を掛けそうなのがちょっとな」
レイ達が現在いるのは、ガメリオンがやってくる方向の奥深くだ。
極端な話、ここでレイがガメリオンを全て殺してしまえば、ギルムの周辺にガメリオンが到着することはなくなる。
数年前、ちょうどガメリオン狩りの季節にダンジョンが出来て、何がどうなったかは不明だが、そのダンジョンにガメリオンが大量に捕らわれたことがある。
結果としてそのダンジョンはレイが攻略し、ダンジョンにいたガメリオンもその多くをレイが確保したのだが、その影響でその年のガメリオン狩りはそこまで盛り上がらず、市場にガメリオンの肉を流す為にギルドがレイから買い取るといったようなことになったこともある。
この場所でレイが全てのガメリオンを狩った場合、ダンジョンが出来た年と同じようなことになってもおかしくはなかった。
そのような状況にするつもりはレイもないので、ここで全てのガメリオンを自分達だけで狩るつもりはない。
「なら、もう帰る?」
だからこそ、レイはニールセンのその言葉に少し考えてから頷く。
「分かった、なら帰るとしようか。ガメリオンの解体も、出来ればやっておきたいし」
「解体って、ガメリオンは結構溜まってるでしょ? それを全部解体するの? どうやって?」
「自分でやってやれないこともないが……ただ、俺だけでやるのは面倒なんだよな。ボブに手伝って貰っても、一人だと数が少ないし」
ボブは猟師だけあって、レイよりも解体の技術は上だ。
旅をしながら猟師をしている以上、獲った獲物がどれだけの値段で売れるかは、ボブの旅に直接影響する。
高値で買って貰えれば、旅をする際にも値段は高いが美味い干し肉や焼き固めたパンの類を購入出来るし、宿も泥棒の心配がないきちんとした宿に泊まれる。
しかし、獲物の処理が雑であった場合、肉や毛皮の類は安く買い叩かれる。
そうなると値段の安い不味い干し肉を購入するしかないし、所持金によってはそれすらも出来ない。
泥棒がいる、もしくは宿の店主が泥棒であるような安宿に泊まったり、そもそも宿に泊まるような金もないかもしれない。
そんな風に、金の有無によって旅の快適さや充実度が違ってくるのだ。
そうである以上、ボブの解体の技量が上がるのは当然だった。
レイもまた、数をこなしたことや処理の仕方によって肉の味が変わったりもするので、相応に技術は磨いてきたが……それでもボブと比較すればかなり雑だ。
だからこそ、レイの場合はそこまで技術はないのだろう。
とはいえ、それでも平均くらいの技量は持っているが。
ボブだけだと人手が足りない。かといって、妖精達に頼むのもちょっと不安だ。
長はスキルか超能力かは分からないが、すぐに解体する方法があったものの、穢れの件で疲れている長に迷惑を掛ける。
さて、どうするか。
そう思ったレイだったが、セトが自分を見ているのに気が付く。
「グルルルゥ?」
「他にも手伝って貰えばいい? けど、問題なのはその手伝ってくれる相手なんだが……」
「グルルゥ、グルルルルゥ、グルゥ」
喉を鳴らすセト。
ニールセンはセトが喉を鳴らしているとしか思えず、その意味を理解出来ない。
しかし、セトと魔力的に繋がっているレイは何となく話を理解出来た。
「生誕の塔? けど、あそこにいる冒険者達も、もう俺については知ってる筈だぞ?」
そう、セトは生誕の塔にいる冒険者達に手伝って貰えばいいと、そう言ったのだ。
生誕の塔の護衛をしているのは、いずれも腕利きの冒険者だ。
当然ながら解体についても相応の技量を持っているだろう。
少なくても、レイより解体が下手な者はいないと思ってもいい。
だが冒険者である以上、クリスタルドラゴンについての情報を聞こうとしたり、あるいは自分の武器や防具として使う為にクリスタルドラゴンの素材を欲してもおかしくはない。
そうなるとギルムにいる時程ではないにしろ、面倒なことになるのは間違いないだろう。
レイとしては、出来ればそういう状況は遠慮したかった。
「グルルルゥ、グルルゥ、グルゥ!」
しかし、セトはそれでも生誕の塔にいる冒険者達に手伝って貰った方がいいと、そう言う。
実際には直接そのように言うのではなく、鳴き声のニュアンスでレイがセトの言いたいことを理解しているのだが。
「何? 生誕の塔に行くの? 私はいいわよ? 寧ろ喜んで行くわ!」
レイとセトの会話……という表現が正しいのかどうかはともかく、レイの呟きを聞いていたニールセンはそう告げる。
ニールセンにとって生誕の塔というのは、今までにも何度も行ってる場所だ。
それだけに久しぶりに悪戯をしに行きたいと、そう考えてもおかしくはなかった。
そんなニールセンの考えはレイも読める。
だからこそ余計にニールセンを連れて生誕の塔に行くのは不味いのでは? と思ってしまう。
「グルルルゥ」
いつもならレイが駄目だと言えば、セトは聞き分けよくすぐに諦める。
なのに、何故か今日に限って生誕の塔に行きたいと、そう言うのだ。
一体何故そこまでして生誕の塔に行きたいのか、生憎とレイには分からない。
(さて、この場合はどうするべきか。……ボブを連れて行った方がいいか? 何でセトがそこまでして生誕の塔に行きたいのかは、生憎と俺にも分からない。分からないが、それでもこうしてセトが我が儘を言うのは珍しいし、それを聞くくらいはいいか)
いつもセトに助けて貰っているという自覚のあるレイとしては、セトがそこまで言うのならと思えてきた。
問題なのはニールセンがいることだったが……
(ボブを連れて行くついでに長に会って、そこで念を押して貰えばいいか)
ニールセンにとっては不幸なことに、レイはニールセンについては長に任せることにする。
場合によっては、ニールセンがまたお仕置きされるようなことになるかもしれないが、それはそれ。自業自得と認識していた。
「分かった。じゃあ、生誕の塔に行くか。ただ、その前にボブを連れていくから、妖精郷に寄るぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らすのだった。
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