3003話
霧の音を受け取ったレイは、当然だがそれを使ってみたいと思う。思うのだが……
「申し訳ありませんが、妖精郷で霧の音を使うのは止めて貰えると助かります」
長にそう言われると、レイも自重するしかない。
長が言うには、現在妖精郷を守っている霧の音がある以上、そこで更に別の霧の音を、それも長ではない別の誰か――この場合はレイ――が使うのは、同じ霧の音というマジックアイテムだけに妙な干渉が起きてしまうらしい。
「レイ殿も、どうせならしっかりと自分の霧の音がどういう効果を持つのか、試してみた方がいいと思いませんか?」
「それは……まぁ、そう言われればそうだな」
素材を集めたりして、折角貰ったマジックアイテムなのだ。
そうである以上、きちんと効果を確認しておきたいのは当然だろう。
「分かった。なら別の場所でやってくる。……妖精郷から少し離れればいいよな?」
「どのくらいの範囲に霧を発生させるのかにもよります。もしレイ殿が霧の音を使った時、その範囲に妖精郷が入ると干渉してしまうかもしれません」
「そうなると、俺が予想していたよりも少し離れた方がいいな。じゃあ、ちょっと試してくる。セト」
「グルゥ!」
レイの言葉に、今まで黙って話を聞いていたセトが待ってましたと喉を鳴らす。
何か難しい話をしていたので、その邪魔をしないようにと今まで黙っていたのだ。そして……
「あ、じゃあ私もレイと一緒に行動して、レイの使う霧の音がどういう効果を発揮するのか確認してきますね。レイのことだから、何か妙な風になったりしてもおかしくないですし」
自分だけここに置いていかれたくはないと、慌ててニールセンはレイと長に向かってそう言う。
穢れの件も今は一段落してるのだから、今は別にそのような真似をする必要もないとレイは思うのだが。
もっとも、ニールセンがいれば何かあった時に色々と便利なので、一緒に行くというのに敢えて反対はしなかったが。
「いいでしょう。では、ニールセンはレイ殿と一緒に行きなさい。何かあったら、的確に対処するように」
しまった。
長のその言葉を聞いて、言葉には出さなかったものの、ニールセンは露骨にそう表情に出す。
ここに残らなくてもよくなったのは、素直に嬉しい。
嬉しいのだが、この場合の問題は自分がここに残りたくないと露骨に表情に出してしまったことだ。
長にそんなところを見られ、それでこのように言われたのだ。
そう考えると、今はいいが霧の音の実験が終わって戻ってきた時……あるいは穢れの件も一段落ついたところで、何かお仕置きされてしまう可能性がある。
長のお仕置きの怖さを知っている……いや、体験したことのあるニールセンとしては、とてもではないが今の状況がいいものだとは思えない。
とはいえ、今この状態で自分はここに残ると口にしたところで、それに意味があるのかどうかは微妙なところだろう。
寧ろ下手にそんな真似をすると、余計に厳しいお仕置きが待っている可能性があった。
今のニールセンにとって最善の、そして最良の道はここに残ることではなく、レイと一緒に行動し、そしてレイの役に立ち、そしてレイの口からニールセンは役に立ったと褒めて貰うことだ。
そうなれば、お仕置きがなくなる……とまではいかずとも、軽くなる可能性もある。
「さぁ、レイ。さっさと行くわよ! 私が全面的に協力してあげるから、安心しなさい!」
「……どうしたんだ?」
急に態度を変えたニールセンを訝しげに見るレイだったが、協力してくれるというのなら助かるのは間違いない。
霧の音を起動させるだけなので、ニールセンの助けがいるかどうかは微妙だが。
それでも何かあった時に、ニールセンの助けはあった方がいいのは間違いない。
その何かが具体的にどのようなものなのかは、生憎とレイにも分からないのだが。
「いいから、ほら! 行くわよ!」
驚く程にやる気を見せるニールセンに、レイとセトは半ば引きずられるように移動するのだった。
妖精郷からそれなりに離れた場所。
樵達が木を伐採している場所でも、生誕の塔や湖がある場所でも、異世界に繋がる穴がある中央部でもない、そんな周囲は森だけがある場所にレイ達の姿はあった。
「ここなら霧の音を使っても問題はないだろ。それにしても、この霧の音は本当に……」
周囲の様子を確認したレイは、改めて自分の手の中にある霧の音を見る。
丸く、それこそ歪みがないような綺麗な円球に削られた青い宝石のようにしか見えない霧の音は、やはり芸術品と呼ぶに相応しい外見をしている。
どうやってここまで綺麗な円球を作ったのかは分からないが、表面の彫り物も非常に精緻で見ていて飽きないものだった。
「ふふん、凄いでしょう」
霧の音に目を奪われていたレイを見て、ニールセンが得意げな表情でそう言う。
ニールセンにしてみれば、長が作ったマジックアイテムを褒められるのは嬉しいのだろう。
先程まで長のお仕置きに怯えていたとは思えないような態度。
それはそれ、これはこれという認識なのだろう。
「ああ。素直に凄いと思う。こういうマジックアイテムなら、妖精の作るマジックアイテムの完成までにかなりの時間を必要とするのも理解出来る。……さて、出来ればもっと見ていたいけど、いつまでもこのままという訳にはいかないだろう。そろそろ試してみるぞ」
「グルルルゥ!」
レイと一緒に霧の音を見ていたセトが、その言葉で分かったと喉を鳴らす。
セトが見ても、霧の音は目を奪われる程の魅力を持っているのだろう。
「初めて使うマジックアイテムだし、何より妖精のマジックアイテムだ。多分大丈夫だとは思うけど、何かあったらすぐ対応出来るように俺の側に集まってくれ」
「長が作ったマジックアイテムなんだから、よっぽど変な真似をしなければ問題ないわよ」
「グルゥ」
ニールセンが不満そうにしながら、そしてセトが素直に自分の側まで来たのを確認すると、レイは手に持っていた霧の音に魔力を流す。
(これは……それなりに魔力が吸い取られていく感じだな)
莫大な魔力を持つレイだからこの程度なら全く問題はない。
それなりに魔力のある魔法使いでも、かなりの魔力を持っていかれるが気絶する程ではないだろう。……霧の音を使った後に魔法を使ったりは出来ないだろうが。
だが生活雑貨として使われているようなマジックアイテムしか使ったことのない者であれば、そもそも霧の音を起動出来るのかどうかすら怪しい。
それだけの魔力が霧の音には持っていかれるのだ。
そして、魔力の吸収が終わった時、レイを中心として半径三百mくらいに霧が生み出された。
「何?」
その霧の出現の仕方は、レイにとって予想外のものだ。
てっきり霧の音から霧が生み出され、それが周囲に広がっていくのだとばかり思っていたのだが……いきなり、レイが考えていた半径三百mに霧が充満した。
上空から見た訳でもないのだが、それも霧の音の効果なのだろう。何故かレイにはそれが分かった。
「うわ、ちょっとレイ。これ霧が濃すぎじゃない?」
自分の周囲を覆っている霧を見て、ニールセンがそう告げる。
実際、その霧はかなり濃い。
自分の数m先の位置も白い霧に覆われており、見ることが出来ない。
その白さはまさに乳白色と呼ぶに相応しく、牛乳が霧になったと言われても納得してしまうだろう。
「グルルゥ?」
レイとニールセンが戸惑う中、セトはそこまで気にした様子はない。
霧によって視覚は封じられているが、それ以外の感覚でレイやニールセンがきちんとどこにいるのか分かるからだろう。
「ちょっと、レイ。霧は、もう少し薄く出来ないの!?」
セトとは違い、まだこの濃霧には慣れないのだろう。
ニールセンが慌てた様子で言ってくるのを聞き、レイは再び霧の音を使う。
霧がもう少し薄くなるように……と。
すると先程と同じく霧の音に魔力を吸われる感触があり、周囲の霧が見て分かるくらい薄くなっていった。
薄くなっていった霧に安堵するニールセン。
「あー、これでやっとレイがどこにいるのかを見ることが出来るわ。全く、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったけど。……でも、どう? 霧の音の使い方は何となく分かったんじゃない?」
「まだ手探りってところだけど、何となくはな。正直なところ、まさかあそこまで濃い霧が出るとは思わなかったし。にしても、この霧の音、使い方によっては凶悪な性能を発揮しそうだな」
「……凶悪?」
妖精郷の周囲にある霧を発生させているという点で、ニールセンにとっては非常に分かりやすい効果を持つ霧の音だが、レイが思いついた使い方は全く違う。
例えば、モンスターであれ、盗賊団であれ、軍隊であれ……とにかく敵対した相手を先程のような自分の手の先すら見えない濃霧で包み込む。
次に地形操作を使えば、どうなるか。
現在の地形操作はレベル六で最大半径二kmの範囲を十m程操作出来るという効果を持つ。
その二つを組み合わせた場合、それこそ敵が何も出来ず一方的に全滅するという未来しかレイには思い浮かばない。
「ああ、凶悪だ。この霧の音があれば、それこそたった一人で軍勢を相手にしても圧倒的に有利な状況で戦える」
そう言うレイだったが、もしその言葉をエレーナ達が聞けば今更? と驚くだろう。
実際に霧の音と地形操作を使った攻撃は圧倒的なまでに凶悪な威力を持っているのは間違いない。
だがレイの場合、火災旋風というレイの代名詞とも呼ぶべき攻撃方法がある。
火災旋風を使わずとも、セトに乗って上空から地上に向かって大威力の魔法を連続して放つだけで、レイと敵対した相手は圧倒的な被害を受けるだろう。
もしレイが普通の魔法使いなら、魔法を使いすぎて魔力がなくなるまで地上で耐えれば対処出来るが、レイの場合は莫大な魔力を持つ。
勿論、莫大な魔力というのは莫大ではあっても無限ではない。
連続して魔法を使わせれば、レイも魔力切れになることはあるだろう。
……問題なのは、それが具体的にいつになるのか分からないということだろう。
レイの魔力切れを待ってる間に地上にいる者達が全滅してしまえば、意味はないのだから。
あるいは空を飛んでいるセトを落とせば数でどうにか対処出来るかもしれないし、あるいは異名持ちを集めてぶつけるといった真似も出来るだろう。
だが、その場合はどうにかしてセトを地上に下ろすしかないが、基本的には高度百mを飛んでいるセトを相手に、投石機の類を使ってもそう簡単に命中したりはしない。
竜騎士を出しても、レイとセトを相手にした場合、どうなるのかはベスティア帝国と戦った時に、セレムース平原で示されている。
そんな風にレイは霧の音がなくても、普通に一国を相手に戦える戦力を持つのだ。
もし何らかの理由で相手に勝てないと思えば、それこそセトに乗って逃げれば追い付かれることはない。
そんなレイが霧の音と地形操作を使って圧倒的殲滅力を手に入れたところで、そこまで驚くといったようなことはないだろう。
「私としては、寧ろ霧の音でそういう風に考えられるのが驚きだけど」
レイの説明を聞いたニールセンが、若干の呆れと共に呟く。
ニールセンにしてみれば、霧の音というのはあくまでも妖精郷を隠す為のマジックアイテムなのだ。
だというのに、レイはその霧の音とスキルを組み合わせ、凶悪な……それこそニールセンが聞いても凶悪としか言いようがないような攻撃手段として確立してしまった。
霧の音をそのような手段に使うというのは、完全に想定外だったのだろう。
「コロンブスの卵って奴だな」
「……何それ?」
当然だが、ニールセンはコロンブスの卵という表現を知らない。
レイより以前にこの世界に来た者達が広めている日本や地球の知識の類はそれなりにあるので、もしかしたらニールセンが知らないだけという可能性もあるのだが。
「そうだな。簡単に言えば一見誰にでも思いつきそうなことだが、最初にそれを見つけるのは難しいといったところか。あるいは物事の見方を変えれば予想外の結果を得られる……って風な意味もあったりするが」
「つまり、レイが霧の音を使って凶悪な攻撃手段を持ってるのは、最初にそれを思いつくのは難しいけど、そこまで不思議じゃないってこと?」
「そんな感じだな。実際、妖精郷では霧の音というのはそういうのだと認識されていただろうけど、もし何の事前知識もない状態で霧の音を手に入れた奴がいたら……そいつは、場合によっては俺よりもっと信じられないような、そんな使い方をするかもしれないな」
妖精の作ったマジックアイテムには、それだけの力があるのだ。
そう続けるレイに、ニールセンはどう反応すればいいのか分からなかった。
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