第25話
私は叫んだ。私は頭に爪を立てた。私は身体中の水分が眼球に集う感触を強く感じた。
脳をトワイライトへと変質させ、肉体を赤子のものへと還す。人それぞれの顔つきや感情だけをトワイライトに模倣させ、きっとこの赤子たちはこれから人間のときと同じように成長し、同じような姿になるのだろう。
しかし思想だけは私とアオイにのみ与えられた。アオイに物語を教えたように、感情の形を伝えたように、赤子のアークライツへと生まれ変わった全ての生命へ想像力を取り戻させる。
これがアオイの望み。迫害のない世界を作るために導き出した解法だ。
アオイが思想そのものを管理する。悪意や迫害の無い社会を作るため、知識の誘導を行うだろう。大きな争いのなくなった赤子たちの社会は、崩壊には程遠い安らかな世界を持続させてゆくだろう。淡々と生の循環を繰り返しながら。
しかしその歯車はただ模倣するだけだ。海辺に自販機などありはしない。赤子は取り出し口から産まれ出ない。
けれど彼女は習得の連鎖をただ繋ぎ合わせる事しかできない。人間という知識をそのままお茶会のウサギにも当てはめてしまっていたように。
思い返せばはじめ彼女に求めていたものとは、蓄積した選択肢を複合的に縫い合わせ、人間的なバリエーションを生む。ただそれだけだったからだ。
持てる選択肢をすべて使い、縫い合わせた素敵なパッチワーク。この光景が彼女の考え得る精一杯の調和なのだろう。
「NT215500研究員」
ケンシンの声を思い出す。一見意味のない管理番号は、他人を他人以上のものとして認識させなくする。
ケンシンという名前を知って、私と彼との信頼関係は急速に進んでいった。管理番号で呼び合うだけの仲ならば、明日死んだとて暖かなコーヒーの余韻には敵わない。
だからそうか。エクリプスの経営理念とは、孤独への予防線を張っていたのか。喪失を味わったものたちが、それを癒やすための技術を信じて集った場所。彼らはきっと次なる喪失、その果てにある孤独をきっと恐れている。私もまたそうであるように。誰しもがそうであるように。
孤独が訪れたとき、どうすればそれを打ち壊せるのか。
名前も知らない人ならば、貴方は悲しまずに済むだろうか。
その成果はたった今証明された。永久機関、つまり永遠に極めて近い構造は赤子という共通のパッケージによってスタートラインに並び、名前も感情もよく知る人々がその群れの中にいると知って私は酷く取り乱している。
ナルミもケンシンも、今は掌のように矮小な存在に成り代わった。くだらないジョークもちょっぴり怖いしかめっ面も、もう見られない。あるいは二十年ほど子育てをすればまた会えるだろうか。その頃には私の姿はどうなっているだろう。
少なくとも、あの日常の再現はもう叶わない。
「恐れないで、フカセ。私がいます。ずっと側にいます」
私の手を取る。優しさに満ちた視線。広がる赤子の群れ。耳に刺さる波の音。
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