第14話

 彼の説明では、まずアオイに疑似トワイライトで出来た肉体を着させるとのことだった。ただし脳以外の器官を。

 アオイの持つ、正確には「トワイライトで出来たアオイの脳」が持つ模倣の性質を使い、疑似トワイライトをトワイライトへと模倣させる。

 完全に置き換えられた時点で肉体を剥がし、また新たな疑似トワイライトを着させる。これによって生成量こそきっかり一体分だが、アオイが動く限りはトワイライトを生成できる。前向きに言えば着せ替え人形、悪く言えば便利な製造機だ。

 ゆくゆくは生成専用のアークライツを増やすが、生産の軌道が乗るまではアオイ一人が受け持つ事になる。


「アオイを道具として扱うのですか。疑似トワイライトを使ったら彼女がどうなるか検証したんですか」


「理論上、死にはしない。ただしトワイライトへ移行するまでは器官がまともに機能しない。そのため満足に生活は出来なくなる」


 疑似トワイライトは形こそ再現できても、細かな動作や各器官との連携ネットワークまでは再現できない。事細かな模倣を成すにはトワイライト製の脳だけでは難しい。脳に記憶域があるように、心臓にも記憶域が存在する。あらゆる細胞は単独で完結されるほど単純には出来ていない。

 それらが動作しなければ、呼吸すらままならない苦痛が続くだろう。


「そんな、そんなの!」


 これまで築き上げた、人間らしいアオイが壊れてしまう。また物言わぬ、身動きしない人形に戻ってしまう。なまじ心に似たものを持ってしまった以上、余りにも辛い苦痛だ。


「外の景色を見せたのはせめてもの温情か」


 ナルミは低く唸った。今まで聞いたことのない声色。彼は怒っている。これはディックの一存ではない。しかし噛みつく相手を彼しか知らない。


「……私の独断だ。せめて君達が受け入れやすくなればと」


 何も言えなかった。これからトワイライトを産み続ける人形になる彼女への、せめてものプレゼント。そしてそんな彼女を育てた私達への贖罪。

 それをこの堅物が与えてくれた。彼なりの誠意なのかもしれない。彼に罪はない。あるのはただ、欲望の消費を求め続けるこの社会にある。


「量産計画の正式稼働は目前だ。覚悟はしておいてほしい」


 それでは。彼はカップをゴミ箱に投げ入れ、すたすたと研究室を後にした。

 冷え切ったコーヒーを、私もナルミも飲む気になれなかった。

 アオイを見る。随分読む速度が早くなった、もうだいぶ読み進めている。

 なのに。なのに。 

 今日読んでいるのは、夏目漱石の『こころ』。こころとは何だ。何の為にあるのか。

 虹を美しいと思うことと、安易な消費に溺れることはイコールで結べるのか。

 ならいっそ、虹なんて見えなくなればいい。

 アオイを見捨てるのなら、それは八十二億人の共犯だ。文明を支える犠牲と無関係な人間なんて、絶対にいない。


 私はガラスを殴りつけ、ありったけ叫んだ。

 西暦二〇三九年、人類は二つ目の果実に手を伸ばしていた。

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